1999年8月17日 『絆』
今朝はいつもより少しだけ早く目が覚めた。
理由は大体想像付く。
はやる気持ちを抑えつつ
いつも通りの朝を過ごした。
新聞を読み終え、
いざ、花音君に電話を入れようと
携帯に手を伸ばした瞬間、
急に着信音が鳴り、
一瞬、走馬灯が走った。
ユリアさんからの電話で
詩音君が病室から消えたと教えられた。
その狼狽ぶりから
私も病院へ急いで向かう中、
今までにない胸騒ぎが不安を掻き立てた。
病院に着くと、
入り口にユリアさんの姿があった。
「ごめんなさい。
急にお呼び立てして」
「何をおっしゃいますか。
それより、何か手がかりは?」
「詳しくは私の部屋で」
そう言って部屋へと案内してくれた。
部屋へ入ると、ソファーへと促され、
彼女は少し震えた手で珈琲を煎れ始めた。
彼女自信、
気を落ち着かせようとしていたのだろう。
「どうぞお構い無く」
それだけ言って、彼女のタイミングを待った。
「どうぞ」
小刻みに震える珈琲を私に添えると、
ゆっくりと浅く腰掛けた。
珈琲独特の香りが漂うなか彼女が口を開いた。
「昨夜の見回りの際は
異常無かったみたいで、
今朝の回診で私が気付きました。
正直、何が起こったのか
全く理解できないまま、
気付いたら貴方に電話してました。
すいません」
「いやいや、
教えてくださってありがとう。
それより、昏睡状態の彼が目覚めたのか、
それとも、誰かが連れ去ったのか…」
「病院の入り口にある監視カメラに
独りで外に出る詩音が映っていたんです」
「カメラに・・・
そうなんですか・・・
警察へは?」
「いえ、まだ・・・」
「そうですか」
「ずっと昏睡状態の彼が
向かうところと言えば、
彼の記憶にある場所なんでしょうね。
昔住んでた家や思い入れのある場所など
何か心当たりはありませんか?」
「えぇ
いくつか思い当たるものは・・・」
「なら急ぎましょう。
今から別々に探しますか?」
「お時間は大丈夫ですか?
私も、あなたのご都合も考えずに
咄嗟に電話してしまったものですから。
何も考えてなくて・・・」
「構いませんよ。
それより貴方は動けるんですか?」
「はい、勤務を代わっていただいたので」
「そうですか。
なら、善は急げです。
早急に目星をつけて
手分けして探しましょう」
「はいっ」
ユリアさんは、昔火事があった場所へ、
私は、いつもの公園へと向かった。
公園へ着くなり、直感的にここだと感じた。
足早にいつものベンチに向かうと
詩音君が湖の畔に独り佇んでいた。
なぜ彼がと一瞬思ったが、
シオン君が連れてきたのだとわかった。
「詩音君・・・だね?」
「貴方が来ると思っていました」
「私も、キミがここにいると思いました」
「詩音として逢うのは初めてですね」
「そうですね・・・」
詩音君がシオン君だとの認識はあったが、
ここまで自分が冷静でいられるとは
正直、思っていなかった。
何とも、自然な再会だった。
「不思議ではないですか?
ずっと寝たきりだった私が
目覚めてすぐ、
こうやって歩き回っている。
これ自体、医学的にはほぼ奇跡です。
今、置かれた状況も
ある程度、把握できております」
「シオン君の存在・・・」
「えぇ
精神面で言えばそうです。
あとは母と、スタッフの方々・・・
毎日、欠かさず意識の無い私の体を
リハビリしてくれていましたから。
感謝してもし足りません」
「そうですね・・・」
「えぇ・・・
彼は私、私は彼ですが
双子である花音が居なければ
私は私のまま
病院で衰弱していくだけの存在でした」
「俄かに信じがたいことですが、
私も実際、信じがたい光景を
色々とこの目で見てきましたから、
ある程度の免疫は出来ております」
「それは助かります。
私達には
どうしても成し遂げなければ
ならないことがあります。
それには貴方のお力も借りねば
なりません」
「私の?」
「えぇ
ご協力頂く前に、
話しておくべきことがあります。
それを聞いた上でご判断ください。
先程も言いましたが、
貴方のお力が必要です。
しかし、力を貸す貸さないは
貴方の自由なので、強要はしません。
これは本音です」
「そうですか・・・
しかし、ご心配なく。
私は自分の意思で動いてきました。
これからもそうするつもりです。
乗りかかった船です。
最後まで見届けさせて頂きますよ。
私にできることがあるのなら
喜んでお手伝い致しますとも」
「・・・ありがとうございます。
ではまず、貴方方が多重人格と呼んでいる
私達3兄妹に宿る者達を
紹介しておきます。
まず、長男である私、詩音。
私にはラセツ、シュラ、アシュラと
主人格である私以外に3人おります。
そして、双子の弟、次男の花音。
彼にはカムイ、セツラ、カイン、
そして、私シオンと
主人格以外に4人おりますが、
先程も言った通り、内の一人は私です。
しかも、シオンは花音の中で生まれた
わけではないので、
こちらも正確には3人です。
最後に、一番下の妹、長女の恵梨守。
彼女にも、パンドラ、アベル、イリスと
主人格以外に3人おります。
因みに、今読み上げた順番は
表に出る頻度が高い順で、
出てきた順番ではありません。
個々が独自の能力を保有しており、
皆、互いの能力を理解しております。
勿論、同じ体に宿っている者同士に
限りますが・・・
今言った9人プラス主人格の3人、
合計12人のこの中に、
ある計画を阻止しようと
している者がおります。
それを見つけ出さねばなりません」
「ある計画・・・ですか・・・」
「えぇそうです。
それぞれに生まれ出でた者達を
主人格に統合する計画です」
「できるんですか、そんなことが?」
「えぇ
できるみたいですよ」
「その計画を阻止しようとしている者は、
何が目的なんでしょうか?
消滅したくないとかなんでしょうか」
「さぁそこまでは・・・」
「では、その者を除いた
主人格以外の者達は、
統合されても・・・
つまり消滅することを
受け入れていると・・・」
「セツラが言うには、そのようです。
元々、主人格を守るために
生まれた者達ですので・・・
と信じて疑わないのは
主人格の一人である私の傲慢でしょうか」
「・・・」
確かに、彼の言う主人格以外の者の
直接の声であるなら
今よりは幾分受け入れやすかったろうが
少しだけ複雑な気分になった。
皆が皆、それを望んでいるのであれば
私の入り込む余地などない。
しかし、事実、それを望まない者もいる。
主人格を守るために生まれてきたとしても、
自我を優先する人格の存在・・・
一人の人間の中に存在する別の人格。
その者たちが、自我ではなく
主人格の統率の下、存在しているならば
たぶん、問題は無かったのであろう。
主人格を守るために自我を与えられ
独自に主人格を守ろうとしていたなら、
それはもう完全な別個人となる。
そこに、何物にも変えがたい
繋がりや想いがあったとしても・・・
一人の人間の中に複数の他人が存在する。
そこに主従関係などあるのだろうか・・・
私には、到底想像もつかない世界だ。
「お断り頂いてもよろしいんですよ」
「・・・正直、複雑な気分にはなりましたが、
気持ちは変わりませんよ。
更に、行く末が気掛かりになりました。
貴方やシオン君、花音君、恵梨守さん、
そしてユリアさん・・・
貴方方の幸せを彼らと共に願います。
貴方方の為に、彼らの為に、
私ができることがあるのなら、
ぜひ手伝わせて頂きたい。
心の底から、そう思います」
「ありがとうございます・・・」
そう言う詩音君の表情は
私の気持ち以上に悲しげに見えた気がした。
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