1999年8月16日 『終息』

 目が覚めると薄暗い見慣れた天井が

私を優しく出迎えた。

時計に目をやると6時ちょっと前。

少しだけ寝過ごしたと体を起こし

ベッドから下りカーテンを開けると

外の景色に違和感を覚えた。

そこには綺麗な朝焼けが広がっていた。

暫く見入っていて妙な感覚に困惑した。

陽が・・・沈んでゆく・・・

もう一度、時計に目をやると

6時・・・夕?方???

頭の整理が全く追いつかない。

今まで・・・と言うより

昨日若しくは今朝だろうか

帰ってきた道も方法も全く思い出せない。

あの公園からの記憶を辿ることにした。


 私達は3人で歩き出した。

アベルという女性とシオン君が

並んで前を歩いた。

私は後から付いて行っていたが

彼らが道を探してる感じは無く

二人とも一言も話さないまま

何の問題も無く目的地へと着いた。

ここでも、シオン君ではなく

アベルという女性がフロントに立った。

昼間なだけあって空いているのかと思いきや

空き部屋は2部屋しかなかった。

確かに綺麗なホテルではあるが

まさかこれほど利用者が多いとは・・・

私が古いのだろうか。

そう考えながらパネルを見ていると

最上階の一番高額な部屋が消灯した。

消えたパネルに書かれていた金額に

一瞬で現実の世界に呼び戻された。


時間を金で買う・・・


そう感じた瞬間、そこには

各々の価値観の問題だという理屈と

この社会のシステムが生み出した

的を得た不条理さが見えた気がした。


「じいさん

 置いてくぞっ」


その声に急に我に返って振り向くと

二人してエレベーターから私を見守る、

安寧の表情が見て取れた。

これが、どういう理由であれ、

普通にSEXを前にした男と女の表情だとは

私には到底考えられなかった。

エレベーターの中でも会話はなく、

3人して正面を見据えたまま

微動だにしなかった。

目的の最上階に着き、

少しだけ薄暗い廊下を左へ進むと、

一番奥の右手のルーム№が点滅していた。

彼女がカードキーを差込み

扉を開くと廊下とは打って変わって

明るい品のある和風の部屋が現れた。


「ほ~高いだけのことはあるな」


「そうね。

 これなら集中できそうね」


「おいおいっ

 もう一人居ることを忘れるなよ」


「居ても居なくても

 私には関係無いわ

 私は目的が成就されればそれでいい」


「ムードも何もね~な~」


「あらっ

 ムードが必要なら創って差し上げてよっ


「ふっ

 ノーサンキューだっ」


このアベルとか言う女性、

物言いはきつめだが、挙動や物腰は柔らかい。

すぎる位に気が利く。

部屋に入るなり、

それぞれが何処に収まればいいのか

必要最低限の所作で自然と用意した。

気付くと私の前にお茶が出ていた。


「ありがとう」


「いいのよ」


そう言ってすっと椅子に腰掛けた。


「じゃ~言ってくるわっ」


そう言って

シオン君がバスルームへと消えた。


「何か聞きたいんでしょ?」


いきなり話を振られて驚いたせいもあり

頭の中が真っ白になった。


「意外とかわいいのね、あなた」


「ははっ茶化さんでくだされ」


「茶化してなどいないわ」


彼女の表情から本心だとわかった。


「今回の、この行為の意味は・・・」


「彼の要望に応えないと

 私達の望みも叶えられないからよ。

 まぁ、でも私達の望みが叶えられないと

 彼の望みも叶えられないわけだから

 完全なギブアンドテイクね。

 今までの女性達とはそこが決定的に違う。

 今回は私達が彼から彼の力を引き出し

 彼の望みを叶えてあげるの」


「彼の望みとは・・・」


「それは彼にしか分からないわ」


「あなた方の望みとは?」


「あら、見かけによらず攻めるわね」


「あっ・・・これは失礼」


「ふふっ冗談よ。

 でも質問の答えはノーコメントよ」


「そうですか・・・」


「あなたはどうして

 彼の傍にいるのかしら」


「私は、一年以上前に偶然見かけた

 事故現場の最中起きた奇跡の光景が

 総ての始まりでした。

 あの事故から一年過ぎた或る日

 偶然にも同じ場所で、彼・・・

 つまり花音君に再会したんです。

 今思えば、これら総ては偶然ではなく

 必然だったのではと思っています。

 再会できた花音君に私から声を掛けました。

 彼は、あたかもそれが必然のように

 私を受け入れてくれた・・・

そして、花音君にお願いされたのが

 きっかけとなって今に至ります」


「お願い?」


「えぇ

 彼が彼で無くなっている間の

 容姿や行動を調べて欲しいと・・・」


「そう・・・

 それで、あなたはシオンの傍に・・・」


その表情に少し翳りを感じた。


「おいおいっ

 その話いつまで続くんだっ

 オレを忘れてやしないかっ」


「まさか・・・

 あなたのそのセクシーな姿を

 放置してみたかっただけよ」


「良く言うぜ

 オレが割って入らなきゃ

 ずっと無視するつもりだったろ」


「あらっ心外だわ

 あなたがいけないのよ

 そんな挑発的な格好で現れたら

 誰でも放置したくなるわっ」


「ま~い~

 じいさんの相手はオレがしとく」


「話の相手だけになさいねっ」


「他に何の相手があんだよっ」


「ふふっ」


涼やかに笑って彼女はバスルームへと消えた。


「ったく・・・

 ありゃ絶対恵梨守より年上だっ

 いや、きっとオレよりずっと上だな」


「聞こえたわよ~」


「おっと」


「ふふっ」


そういってシオン君がおどけて見せた。


「そういやじいさん。

 何かわかったのか?」


「分かるも何も、

 私はキミの容姿や行動を

 花音君に伝えとるだけじゃよ

 何も嗅ぎ回ったりもしとらんし」


「そうか・・・

 オレが感じる限りこの一連のことで

 危険や害が及ぶことはないと思うが

 一応、注意しといくれ。

 何かが起きたとき、

 あんたまで守れないかもしれないからな」


「ありがとう。注意するよ。

 花音君にも似たようなこと言われたよ。

 人格は別でも本質は一緒なのかね・・・」


「さぁな」


次の瞬間、恐ろしく妖艶な気配を感じ

二人して振り向くと

一糸も纏わぬ彼女がそこに佇んでいた。


「おいおいっ気がはえ~な~」


「そんなに元気なアナタ自身を見せられたら

 アナタと交わろうとしている女性なら

 誰でもこうなるわよ

 さぁ・・・いらっしゃい」


「やっぱ年下扱いかっ」


「ふふっ

 きて・・・」


そのまま、二人は

二人だけの世界へと入り込んだ。

そしてそこには、

二人しか存在していないかのような

想いが絡み合い揺れ動いていた。

そこに不浄な観念も下品な表現も

ましてや動物の本能的な激情もなく

リズム良く、心地よく、情熱的に

互いが互いを求め、許しあい、受け止める 理性と道徳を超越したかのような

世界が広がっていた。

果てなく続くその光景に見惚れる中、

彼らが昇り詰める瞬間、

私の意識も柔らかく遠のいた・・・

その意識が遠のく中、

これで何かが終わる・・・

いや、始まるのかもしれない・・・

そう微かに感じた。


それで今だ・・・

自宅のベッドで夕方まで眠りこけていた。

そうだ、あの光景から今この状態までの

記憶がない・・・

私が単に覚えていないだけなのだろうか。

見ると、いつもの寝巻きを着ている。

念のため、他の部屋を見て回るも

誰の姿も無い。

一体・・・

何が起きたというのだろうか・・・

明日、花音君に

電話をしてみることにしよう。

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