1999年8月15日 『涅槃』

 あれから暫く経つが、

彼らから何の音沙汰も無い。

『便りのないのはよい便り』と良く言うが

気にして待つ側としては

気になってしょうがない。

そんな私を見透かしているかのように

やっと動きがあった。

『サインあり』のメールだ。

早速、花音君と連絡を取り

いつもの公園で待ち合わせることにした。

午後2時ちょっと前、公園に着くと

そこには既にシオン君と化した

花音君が待っていた。


「久しぶりだな、じいさん」


彼は振り向くことなくそう口にした。


「お久しぶりですね。

 お変わりはないですかな」


「あぁ

 あんたはどうだい?」


「私も変わりはないよ」


「それは何よりだ。

 早速向かうが、来るんだろ?」


「迷惑でなければ」


「迷惑も何も・・・

 こいつの・・・

 花音の頼みだもんな」


「えぇ・・・

 しかし、今では

 私自身の野次馬根性かもしれません」


「ふっそれはそれはっ

 そう言えばこないだ

 セツラに会っただろ。

 アイツは唯一、

 花音は勿論、オレらが覚醒中でも

 状況を把握できるんだぜ。

 便利だよな~

 そのアイツが始めた事だ。

 きっと、何かしら

 考えがあるんだろうよ」


「そうでしたか・・・

 状況は思っている以上に

 複雑なようですね」


このタイミングでの情報開示に

本当に『何か』が起きようとしてるのだと

認めざるを得なかった。


「それより、急ぐぞ。

 この感じは今までとは何か違う」


「そういうことなら急ぎましょう」


少しだけ足早に移動を始めたが

今回は、公園を出ることなく、

シオン君はこの公園の湖を囲む

遊歩道沿いを迷うこと無く歩いた。

ちょうど、いつもの待ち合わせ場所の

湖を挟んだ反対側ら辺にあるベンチに

彼女はいた。

私は普通に驚いたが、

シオン君には想定内だったようで

別段、驚いた風も無く

いつも通り歩み寄った。


そこに居たのは恵梨守さんだった。


「恵梨守さん・・・」


「なるほどなっ

 どうりで」


「お久しぶり

 って言ってあげたいけど・・・

 はじめまして

 私はイリス」


いつものシチュエーションとは違う。

恵梨守さんが意図的に呼び寄せた、

そんな感じだった。


「いよいよって感じだな」


「そのようね。

 ちょっと急ぎだったんで

 私が代行であなたを呼んだのよ」


「そりゃど~もっ

 もしかして、

 お前が最後なのか?」


「そうよ。

 私の・・・と言うより

 この子の願い・・・

 あなたに分かる?」


口調がこの前逢った彼女とは印象が違う。

見た目も声も全く同じだが

全く別物の存在感を感じた。

まぁ、自分自身で

恵梨守さんではないと言ってはいるが。

信じがたい現実とでも言おうか。

現実味の無い現実・・・そんな感じだ。


「あぁ~勿論だ。

 だが、オレが願いを叶えるためには

 お前らにはちと荷が重すぎやしないか?」


「そうね、流石に

 今は見た目が違うとは言え

 兄とSEXするというのは

 私やこの子の趣味じゃないわね」


「だろうな。

 で?

 どうすんだ?」


「私が私でなくなればいい」


「おいおい、

 そんなことが簡単に出来たら

 誰も苦労しない」


「アナタは出来てるじゃない。

 できるのよ私達にも・・・

 それも、アナタと違って

 私達は皆、自分達の意思で代われるの

 基本は恵梨守。

 あとは状況に合わせて

 適切な者が前に出る。

 個々が必要以上に

 主張することも無ければ

 内に篭ることも無い。

 記憶や経験を共有も出来るし

 遮断することも出来る。

 主人格である恵梨守を護るために

 私達は生まれた。

 彼女を護るためなら手段は選ばないわ」


そう言うと、彼女はゆっくりと目を瞑り

一呼吸置いて目を開いた。

その瞬間、閃光が走り視界を奪われたが、

目が慣れた頃には事は済んでいた。


「ほぉ~これはこれは・・・」


そこには、見たことのない

グラマラスな女性が立っていた。

漆黒の長髪が印象的で、

雰囲気も一変している。

見た目も中身も完全な別人だと

直感的にわかった。


「アベルよ

 イリスから話は聞いたわね。

 私に代わった時点で

 恵梨守に対しての総てを遮断したわ。

 時間が無いわ。

 急ぎましょう」


「仕方ね~な~」


「ちょっと、待ってください。

 3日間ルールは?」


「私達には不要よ。

 これは今までの契約ではなく

 『結びの契り』。

 私達だけではなく

 彼自身の願いも叶えられるの。

 これは終わりの始まり」


「言っている意味が・・・」


「直にわかるさっ」


「そうね・・・

 もしかしたらアナタが

 終わりの始まりを、その瞬間を、

 最初で最後、

 目撃する者なのかもしれないわね」


「終わりの始まり・・・」


私ら3人は一番近場のホテルへと入った。

真昼間から若いカップルに老人・・・

人にこそ見られなかったが

カウンターの従業員には

どう映ったのだろうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る