1999年8月5日 『虚構』
シオン君からの連絡がこなくなり
2週間が過ぎた。
昨日、話を聞いてもらうため
花音君に連絡を取り話をしてきた。
シオン君に逢えるのではとの
僅かな期待を持って・・・
昨日も容赦ない炎天下だった。
夏らしい賑やかさが気にならなかったのは
他に気を取られていたからに他ならない。
しかし、暑さには自然と対策をとった。
朝10時、花音君の携帯を鳴らすと
掛けたこちらが慌てるくらい
素早い通話状態となった。
「おはようございます。
何となく
そろそろ来そうな気がしてました」
話すタイミングを微妙に逃した私の
穴埋めをするかのように
花音君が話してくれた。
「おはよう花音君。
起きていましたか?」
「えぇ
起きてましたよ。
丁度、朝食を終えたとこでした」
「なら良かった。
ちょっとアナタとお話をと思いまして」
「ボクもそう考えていたところでした。
今日は何も用事は無いので
どうです?
ボクの家でお話しませんか?
昨日、母が美味しい紅茶を
買ってきたんです」
「紅茶ですか。
いや~ばあさんが好きで
ばあさんが生きてる頃は
専ら、紅茶でしたよ。
今では懐かしい思い出ですが。
では、散歩がてら伺いましょうかね。
お時間はどうですか?」
「お任せしますよ。
ボクは何時でも大丈夫なので」
「では、お昼を食べてから
アフタヌーンティーと洒落込みますか。
午後2時位に伺わせて頂きます」
「わかりました。
では、お待ちしてますね。
気をつけていらしてください」
「ありがとう。
では後ほど」
お昼までの時間、
いつもなら贅沢な時間を過ごしているが
今日は、気付けば時計を見ていた。
お昼をとってからも
立ったり座ったりと忙しなく
動き回っていたが
時間の経過は長く感じられた。
やっとのことで
身支度に入ってもいい時間になり、
意気揚々と着替えた。
約束の時間に間に合うように家を出て
ばあさんが好きだった
紅茶に合う洋菓子を買って
彼の自宅へと向かった。
約束の時間5分前には彼の住む
マンションへと辿りついた。
今回も、いつもの笑顔で
エレベーター降り口で出迎えてくれた。
「ようこそっ
時間ぴったりですね。
さぁどうぞ」
「出迎えありがとう
気を遣わせて申し訳ない」
「気なんか遣ってませんよ。
あっこれじゃ語弊があるな~
ん~~~~~」
「はっはっはっ
アナタはサービス業でしたね。
お母上の教育も相まって
そういうことも
しっかりと身に付いているんですね」
「あっ・・・いや・・・」
少し照れた花音君に連れられ
花音君の部屋へと通された。
昼過ぎということもあり
ユリアさんは仕事で留守だった。
私を部屋に通した後、キッチンへ行き、
美味しそうな香りが立ち昇る
紅茶のセットを持って戻ってきた。
「お待ちどうさま。
美味しいですよ、これ」
「えぇ、先程から良い香りがします。
これは、ばあさんが好きで
紅茶と一緒に出してくれたお菓子です」
「うわぁ
ありがとうございます。
素敵なアフタヌーンティーに
なりそうですね」
忘れかけていた懐かしい香りと味わいが
私の口数を自然と増やした。
彼は、そんな老人の長話を
興味深げに聞き入ってくれていた。
私の覚悟をそれとなく、
勿論、彼の重荷にならぬよう話した。
彼も彼なりの覚悟があったのは
言うまでも無い。
互いの気持ちの
再確認のようなものとなった。
彼と話をしながら
彼の中に眠っているであろう
シオン君の事を考えていた。
この2週間の間に2回、
記憶の空白があったが
その2回とも恐らくカムイ君だろう
ということだった。
つまりそれは、
最後にコンタクトを取った
あの女性との交渉が
成立しなかったことを意味する。
花音君の携帯にも着信履歴は
無かったとのことだ。
これで5人目。
二人してシオン君のことを気に掛けた。
もしかしたら、
彼の言っていた『最期の刻』が
不意に彼に訪れたのか、
それとも、
何かトラブルが起こったのか、
想像の域を出ない思考の輪廻に
明確な答えなど出るはずも無かった。
「サ・・・サイン・・・です・・・」
それはいきなり訪れた。
『彼が来る』
待ちに待った瞬間に、
私は勿論、花音君もほっとした様子だった。
とりあえず、何かがあったにせよ
消滅はしてないようだと・・・
それはそれで、翌々考えると
複雑な心境になった。
暫くすると、
花音君が例の光に包まれた。
「よぉ
久しぶりだな」
「えぇ
随分心配しましたよ。
私もですが、
花音君やユリアさんもね」
「ユリア?」
「あぁ~
花音君の母親ですよ」
「母親ね~
と、言うことは
エリスにユリアに花音にあんた・・・
こっちだけで少なくともオレも含めて
5人は知ってるわけだな。
オレという存在を」
「ですね。
キミの例の当事者達を除けば
そういうことになりますかな」
「あぁ~言って無かったか・・・
彼女らもその周りの人間も
契約成立後10日もすりゃ~
オレの存在はおろか
出来事すら記憶から消え去る。
罪悪感もただの奇跡に変わるのさ。
オレが存在していた証そのものが
消されていくんだよ」
「キミの存在していた証が・・・」
「あぁ
あちらさんにとっては
何とも都合の良い話だろ」
「複雑ですね・・・
しかし、先程言った4人には
キミという存在も、してきた功績も
消えはせぬよ」
「だといいがな・・・」
そう言って軽く笑って見せた。
「今から行くのかね?」
「いや
今日はそういうことじゃないようだ。
普通に2度起きたスルーの件。
オレ自身の存在と契約の性質上、
そういう確率は理論上ほぼ皆無なんだ。
なのに起こった。
限りなく無いことも無いが
まさに天文学的な数字になる。
ってそういうことじゃないんだよ。
最近、見られている。
あのお嬢さんに逢ったあの日からだ。
オレがこっちにいる間、
じいさん、アンタ以外のヤツにな。
あれはオレに興味がある視線じゃね~
監視している感じだ・・・
付かず離れず、冷静に見ている。
今、この瞬間もな」
「今もかね?
キミを監視していると?」
「あぁ」
「気のせいとか、
偶然とかではないのかね?」
「オレは偶然は信じない。
常に必然なんだよ。
あるべくしてある。
なるべくしてなる。
ましてや気のせいでもない。
確実に誰かの意思を感じる。
悪意なのか善意なのかまでは
分からないがな」
「そのことと、
キミが言っていた『最期の刻』とは
関係がありそうかね?」
「さぁな
だが、いよいよ感は
相変わらずだぜ」
「そうかね・・・」
「この視線と気配・・・
どこからだ・・・」
二人して辺りを見回したが
何の変哲も無い部屋だ。
というか、彼の部屋で視線を感じる、
そのこと自体が不自然だ。
ここでふと疑問に思ったことを聞いた。
「キミはこの部屋を知っているのかね」
「勿論
ここから始まることもあるし
ここで終わることもある。
アイツの部屋だ。
知っているさ」
「やはりそうでしたか。
なんとなくそんな気がしてたんですが
ちょっと気になりましてな」
「ふっ いいさ
!!!っ」
「シオン君っ」
呼んだ次の瞬間、
目の前には見ず知らずの青年が
冷徹な眼差しで佇んでいた。
細い銀縁の丸いメガネ。
漆黒の短めの髪に切れ長の目、
スラリとした高身長の
潔癖を絵に描いたような青年だ。
「お初にお目にかかります。
わたくし、セツラと申します」
「セツラ・・・」
「えぇ
花音の一人です」
「花音君の一人?」
「えぇ
シオンが言っていたのは私のことですよ」
「監視のことかね?」
「監視とは人聞きの悪い。
まぁ、しかしそんなところですね。
今はちょっと訳ありで
シオンには伏せておりますが」
「それは私にも言うなということかね?」
「ご名答。
まぁ記憶を消して差し上げても
よろしいのですが・・・
今回は見逃しましょう」
「いいのかね?」
「えぇ
問題ないでしょう。
ご縁があれば、
何れまたお目にかかれるでしょうし」
そう言うとその青年は
ベッドへと倒れこんだ。
慌てて覗き込むと、
そこには花音君が横たわっていた。
「花音君・・・」
花音君の顔を見てほっとしたが、
初めて出てきたセツラという青年の登場で
少々頭が混乱していた。
冷ややかな眼差しと
落ち着き払った物腰に
研ぎ澄まされた貫禄を感じた。
正直、花音君のシオン君、カムイ君、
そして、今回のセツラと言う青年・・・
ただでさえ、非日常に翻弄される中
非日常がもう一つ増えた。
ほどなくして目を覚ました花音君に
私はありのままを伝えた。
「セツラ・・・
聞いたことありませんね・・・
また増えたのか、それとも
初めて出てきただけなのか・・・
カムイにシオンにセツラ・・・
一体、
何人ボクの中にいるんでしょうね」
そう言う花音君の表情は
今まで見せていた決意のそれとは違った。
恐らく、私と花音君は、
同じ悩みが芽生えた。
色々気にはなったが
花音君と話をして、この日の事は
ユリアさんには花音君から
報告してもらうことにし、
私は帰路についた。
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