1999年5月23日 『驚愕』

 今日は、彼から

『サイン有り』とのメールが届いた。

少しの緊張と大きな好奇心で

私の胸は高鳴った。

午前10時過ぎのティータイムに

それを受け取った私は、早速着替えて、

お気に入りの帽子を手に

彼の言う場所へと向かった。

今日は休みだったらしく

自分の部屋で声を聞いた彼は、

わざわざ私の為に

この間の公園まで出て来てくれていた。

合流して彼の様子を伺ったが

特に変わった所は見当たらない。

彼自身、まだ意識はあり、

軽い頭痛を感じてる程度だという。

彼が彼でなくなるのに要する時間は

一瞬のようで、

いつそれが起きても

おかしくない状況であったため、

公園の中でも、

人気の少ないベンチへと移動した。

頭痛がすると聞いていた私は、

なるべく話しかけないように

静かに見守ろうとしたが、

彼が気を遣ってか話しかけて来た。


「もし、

 少しでも身の危険を感じるようなら、

 すぐここを離れてください。

 ボクは大丈夫ですから・・・

 ただ、今まで何回かあったんですが、

 事件になってないとこを見ると

 大丈夫だとは思うんですが・・・

 確証はありません。

 見てては欲しいですが、

 まずご自分の安全を

 一番にお考えください」


彼はそう言うと

透き通るような瞳で私を見た。

その瞳に吸い込まれそうな

心地よい感覚の次の瞬間、

それはいきなり始まった。

彼の体が小刻みに震え出したのだ。

前もって聞いていたせいであろうか、

不思議と畏怖は感じなかった私は、

そのまま隣で見守る事にした。

こないだのように

光に包まれるのであろうか・・・

想像すら及ばない出来事が

起こるのであろうか、

私は好奇心を胸に

その瞬間を待ち望んだ。

と、その刹那、

それはもう終わっていたのである。

時間にしたらほんの1~2秒程度・・・


「えっ」


私は驚愕した。

私は片時も目を離してはいない。

あるとすれば瞬きくらいだ。

その本当に一瞬で

それは終わってしまっていたのである。

美しい白銀の長髪に

美しい黒銀の瞳。

明らかに『彼とは違う彼』が

私の目の前にいた。

が・・・

見覚えがあった・・・

間違いない・・・あの時の彼だ。

一年前、あの事故現場に

花音君の代わりに女性に寄り添っていた

あの青年だ。

しかし、驚きはしなかった。

花音君の話を聞いた後である

誰でも想定できることだ。

そして、彼を認識した瞬間、

私はこちらの彼に会えることを

望んでいたのだと確信した。

まじまじ見つめる私を見て


「いつつつっ・・・

 ん?アンタ誰?

 ・・・オレを知ってるヒト?」


警戒心のカケラもなく彼が話しかけて来た。

声も話し方も

私が想像していた通りの青年だった。


「はじめまして・・・

 キミを以前

 見かけたことがありましてね。

 それがきっかけで

 キミじゃないキミと

 知り合えたんですが

 ・・・と言っても

 信じてもらえんでしょうな」


「ほぉ~う

 それはそれは・・・

 シオンだ・・・よろしくな」


彼は何を聞くでもなく

それだけ言って、立ち上がった。


「あのっ・・・」


慌てて私が言うと


「好きにしな・・・」


と鋭くも優しい眼差しで私を見た。

彼はあたかも自分の居場所を

把握しているかのように

そのまま迷うことなく公園を出たが

彼も『彼』と同じで

私との距離を離す事無く歩いてくれた。

偶然なのか、気遣いなのかは判らないが、

私が彼を見失う事はなかった・・・

10分程街を縫い歩き、

明らかに『何か』に導かれるかのように

『そこ』に着いたのだ。


「アレ・・・か・・・」


彼が呟いた視線の先には、

車いすに乗った少年と、

それを押す母親の姿があった。

彼は何の躊躇もなくその親子に歩み寄った。

そして子供には目もくれず

母親の耳元で何かを囁いたのである・・・


「・・・・・・・・・・」


決して上から目線などではなく、

悲哀すら感じる眼差しで

彼は母親を見つめながら続けた。


「返事は今日じゃなくてもいいが

 3日以内だ・・・

 気が向いたらここに連絡しな・・・」


そう言うと小さなメモを手渡した・・・

その親子が去ったあと、

彼女らに何をしたのか彼に尋ねると

彼は優しい眼差しのまま


「魔法をかけたのさ」


とだけ答えた。

そして


「アンタが望むなら、

 また逢えるだろうさ・・・」


そう言って、

街中へと消え去る彼の背中を見送った。

なぜだろう・・・

私は後を追う必要を感じなかった・・・

また、逢えるという

根拠の無い確信を胸に

私は帰路についた・・・

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