1999年5月20日 『再会』

 今日は、何やら朝から胸騒ぎがしていた。お気に入りの牛乳入りの珈琲を片手に

書斎の窓から空模様を伺うと、

さっきまで降っていた雨も上がり、

微かに陽が射していた。

私は虹に出逢えるのではないかと、

いつもより一時間早く

傘を片手に日課の散歩に出掛けた。

この時期のいつもの散歩コースではなく、

桜の頃に楽しむ並木道へと

自然と足が向いた。

あの事故があった場所である。

今思えば、

それは何かに導かれたのかもしれない。


「あれから一年か・・・」


今では、事故があった形跡は勿論、

人々の記憶からも消えているであろう。

そんな、

葉桜揺らめく並木道に踏み入ったとき、

空を見上げて佇む一人の青年の姿が

私の目に飛び込んできた。


「虹だ・・・」


その青年の透き通るような声に

私も目が空を仰ぎそうになったが、

私の目はその青年の黒髪に惹き付けられた。


「あの時の・・・」


私は抑えられない衝動にかられて

思わず声を掛けた。


「あなたは、一年前

 あの事故の現場に居た・・・」


そう言い掛けたとき


「えぇ・・・

 でも途中から記憶が無いんです」


と、あたかも話しかけられることを

分かっていたかのように

振り向くこともなくそう答えた。


「記憶が・・・」


この時は、

それ以上、言葉が見つからなかった。

そんな私を気遣うように

その青年はそっと口を開いた。

彼が言うには、

彼女の強い願いが心の中に流れ込んだ瞬間、

自分の中の何かが弾けたとのことだった。

次第に意識が遠退くなか

光の中に人影をみた瞬間から

家のベッドで目覚めるまでの記憶が

すっぽりと抜けていたというものだった。

しかも、あの事件以来、

記憶が飛ぶことが増えたと言うことだった。

その話を聞いた私は尚更その青年に惹かれ、

図々しくもまた会う約束をさせてしまった。


「では明日、


 今日と同じこの場所に

 

同じ時間でどうです?」


「えぇ・・・是非」


青年の優しい声が

心地よく私の胸に流れ込んだ・・・

二つ返事で了承する私を見て、

その青年は優しく微笑んだ。

その場を立ち去る彼の後ろ姿が

人ごみに消えるまでじっと見送った。

ふと見上げると、

大きな虹が私達の再会を見守るかのように

空高く弧を描いていた。

この再会は、

虹の架け橋による奇跡だったのだろうか。

この再会はやはり偶然では無い。

そう確信した一日だった。

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