末期症状

涼しくなったり、まだ暖かかったり、時々暑かったり寒かったりと、微妙な時期が今年も来た。

そしてこの微妙な時期を、屋敷で一番待ち望んでいた人物が居る。羊角だ。


「ああ、この時期は天使ちゃんの服が色々選べて本当に楽しいぃ・・・!」


寒暖差が安定しないこの時期は、羊角にとっては少女を着せ替え出来る良い口実になる。

というわけでその日その日に合わせた服を、女と一緒になって少女に着せている毎日だ。

少女としては本音を言えば、これぐらいの寒暖差はそこまで苦では無い。


でも二人とも楽しそうだし、嫌なわけでもないし、むしろ構ってもらえるのは嬉しい事だ。

という訳で今日も今日とて、お仕事以外の時間は見立てられた服を着る少女。

そうして着替えた服を嬉しそうに、若干照れ臭そうに、皆見せに行く様はとても微笑ましい。


何時かは自分で服を選ぶ日も来るのだろうが、その話をすると羊角と女は嫌そうな顔をする。

ただし羊角と同類扱いをされると女も心底嫌そうな顔をするので、我慢する気はある様だ。

女にすら中々味のある表情をさせる辺り、羊角は相当な人物とも言える。勿論悪い意味で。


「よし、今日もミスは無さそうね・・・!」


少女が快適そうに、きゃーっと楽しそうに走り回っているのを見て、ぐっとこぶしを握る羊角。

絶妙にその日の気温に合った服装をチョイスした上で、というのが羊角の拘りであろう。

決して着る人間の可愛さだけを求めていない。快適さも追及した上でのコーディネート。

いや、着ぐるみはどうなのだと言われれば、完全に可愛さしか求めてはいなかったが。


因みに選んでいる時の羊角の様子は、人によってはドン引きする様相だ。

荒い呼吸で子供服を手に持つ姿は、絵面だけを見ればかなり危険人物に見える。

黙っていれば美人なだけに、殊更その異常さを感じる事であろう。


むしろその姿を見て少女がニコニコしているのは、屋敷の住人にとっては若干不安材料だ。

あれが普通って思ってないよね、と真剣に心配されている時も少なくない。

とはいえ少女も羊角が若干変な人だ、という事は今では多少は理解していたりするのだが。


ただ少女にとって屋敷の使用人達は、大好きで尊敬する人達という揺るがない気持ちが有る。

屋敷に来てからずっとお世話になって、優しくしてもらっているという自覚が有る。

ならば少しぐらい変な部分も、おおらかに受け入れれて済ませてしまうのが少女なのだ。

実際は少しどころかかなりヤバい所まで来ていると、少女以外の誰もが思っている。


「ああ、天使ちゃんのインナー・・・洗いたくない・・・天使の香りが落ちちゃう・・・!」


最近の洗濯時の発言である。完全にヤバい。無論近くにいた者にどつかれている。

流石に単眼は手を出さないが、若干引き気味に「それは止めよう」と言っていた。

少年は何も言えない。言える訳が無い。思春期の少年に酷な事を期待してはいけない。

とはいえ羊角も流石にそれを実行に移す様な事はせず、きちんと洗濯はしている。


「当り前じゃない! 天使に着て貰うのよ! 着心地が良い清潔な状態じゃなくてどうするのよ! 天使の肌が荒れても良いって言うの!? そんなの私が許せないわ!!」


その手前の発言を思い出せ、と言いたくなる程の盛大なブーメラン発言だ。

尚その場に少女が居てもその発言をした辺り、羊角は本当に色々と開き直っている。

いつか本当に手を出さないだろうか、と若干皆が心配しているのは致し方ない事だろう。







ただ少女が嬉しさを表現しようと、ギューッと抱き着くとフリーズするので問題は実質無い。

その上見上げられてニコーッと笑顔を向けられた日には、時々一瞬思考が飛ぶ程である。


「天使ちゃんは意識を操る力を持ってると思うのよ。私偶に記憶飛ぶもの。もしかしたらそれが角の・・・いえ、天使の力・・・?」

「ね、ねえ、真剣に言ってそうなのが怖いんだけど・・・」

「え、真剣だけど」

「ならむしろ本格的に怖いよ・・・」


単眼との会話ですらこれである。最早単眼でもフォローしきれない。

尚記憶が飛んだ時の映像は設置カメラに大体残っており、後でホクホク顔で確認している。

やはり末期である。

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