皆の成果

「もう殆ど前の形に戻りつつあるねぇ」


老爺のその言葉を聞いて、少女はニコーッと笑って畑に目を向ける。

以前一度崩壊した山の畑を、地道に地道に少女は耕し直した。


勿論山が崩れたという事実がある以上、以前と全く同じ形には戻せていない。

それでも少女は日々出来る事を重ね、あの段々畑に近い物を作り出していた。

本格的に寒くなる前に少しでも、と先日から張り切っていた成果も有るのだろう


「みんなも手伝ってくれて、良かったねぇ」


少女は笑顔でコクコクと頷く。その顔からは心からの感謝が見て取れた。

実際の所は単眼以外は大きく役には立っていないのだが、それはそれで構わないのだ。

大好きな皆が手伝ってくれた。ただそれだけで少女の心はとても温かく感じているのだから。


そもそも少女の能力に付いていける人間が居ない以上、そこは致し方ない事であろう。

馬や牛も専用の農具もほぼ無く、簡易な農具で人力など、現代では有り得ない行為だ。


けれど少女はそれを可能にするだけの身体能力と、有り余る程の体力が有る。

特に最近は体の使い方に慣れて来たのか、その真価をいかんなく発揮している様だ。

大岩も気にせず持ち上げ端に寄せるなど、重機要らずのびっくり人間である。


そんな作業に屋敷で付き合える人間が居るとすれば、それは二人しかいないだろう。

角の力を使った女か、元々そういう事が得意な種族の血を引く単眼だ。

だが普段の女は普通の人間として過ごす以上、やはり役に立つのは一人だけになる。


虎少年も頑張って手伝ってくれてはいたが、もう少し歳をとったら期待という所だろうか。

今は丁度成長期なので、あと数年すれば中々の怪力になる事であろう。

平均的な大人の姿を調べた彼女が「このままで居て」と泣きついたのはどうでもいい話である。


「それにしても、お嬢ちゃんは本当に作物を育てるのが上手だねぇ」


老爺はあくまで庭師であり、農作物の育て方に精通している訳ではない。

なので畑の作物は所詮素人知識で育てている物であり、上手く育たない可能性だって大きい。

だというのに少女は滅多に作物を駄目にしない。どころか市場に出る物より立派な物も作る。


けれど少女はその言葉にフルフルと首を振った。

少女の反応に老爺が少し首を傾げていると、少女は老爺の手を取ってニコッと笑う。

そして両手で包むと感謝を告げる様に頭をペコリと頭を下げた。


この畑と作物は、自分が頑張ったから上手く行った訳じゃない。

勿論頑張らなかった訳じゃないけど、きっと自分一人ではどうにもならなかった。

適切な指示と監督をしてくれた老爺と、手伝ってくれたみんなが居たから上手く行った。

少なくとも少女はそう思っており、自分一人の成果などとはこれっぽっちも思っていないのだ。


「まったく、本当に、お嬢ちゃんは困ってしまうぐらい好い子だねぇ」


そんな少女に対し、老爺は複雑な気分でそう口にしていた。

決して悪い意味ではない。むしろ好感が持てるから、持てすぎるからこそ困ると思って。


けれど少女に老爺の複雑な思いが解るはずも無く、ふえっ?と声を漏らして首を傾げる。

何か困らせちゃったかなと不安そうに見上げる少女を見て、老爺はその頭を優しく撫でた。


「お嬢ちゃんは何も悪くないよ。こっちの都合さ。お嬢ちゃんはとても好い子だ。ああ。本当に可愛い子だ。どうかそのまま育ってくれると嬉しいよ」


少女の頭を撫でるその手つきはとても優しく、慈しむ思いが籠っている様だ。

老爺の想いが届いたのか、少女はにへーっと嬉しそうに笑う。

そしてはいっっと手を上げて応え、休憩は終わりだーと畑へパタパタかけて行った。






「この屋敷の住人と暮らして、全くスレないのはある意味才能かねぇ。旦那様を筆頭に変な人間が多いのに。いや、一人以外全員変が正しいかね?」


楽しそうに作業を再開する少女を見て、クスリと笑いながら老爺はポソリと呟く。

言葉の内容を鑑みれば失礼この上ないが、事実なので致し方ない。

男と女は元より、彼女と羊角も大分に癖が在り、複眼もある意味ひねくれている。

普通な大人は単眼ぐらいではなかろうか、と老爺は真剣に思っていた。


「俺が居るのに、正直な爺さんだな」

「いやはや、昔から嘘が付けない性格でして」

「良く言うよ」


丁度様子を見に来た男に聞こえる様に口にした辺り、老爺の発言は完全にわざとであろう。

だが男も多少自覚が有る故に反論も無く、静かに老爺に茶を渡して隣に座る。


「今日も元気だなぁ」

「ええ、元気ですねぇ」


二人並んでお茶を啜る姿は、まるで子と孫を見る親と祖父の様であった。

因みに女も近くに居たのだが、何となく邪魔する気が起きずにそのまま去って行った。

決して母親の様だとか、夫婦の様だと思われたくなかった訳ではない。決してない。

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