新しい体制

今日は少女は一人で、使用人服ではなく、私服でポッテポッテお出かけをしていた。

手には買い物バッグが下がっており、ふんふーんと調子の外れた鼻歌をご機嫌に歌っている。

つまりお使いだ。今日は一人で買い物に行く日なのである。


以前までの屋敷の住人達は、一時期は万全の態勢を敷き、準備万端で見送っていた。

その日は殆ど者の手が空くように調整され、少女の外出は不定期なイベントとなっていた訳だ。

だが最近の少女は定期的に外出をし、そしてそれを止められる事も無くなっている。


これは屋敷の住人達がいい加減過保護な対処を止めた、という訳では勿論ない。

相変らず誰かが屋敷でモニター越しに確認している。ならばなぜ定期的に出かけているのか。

それは羊角の発言がきっかけであった。


『天使ちゃんが自由に動ける体制を常に取るべきだと思うの!』


正直皆の内心は『また始まったよ』という気持ちが無くはなかった。

だが実際少女は外出に制限が在りすぎる。それはただの買い物であってもだ。

単純に少女の身分故の制限ならば良いのだが、住人達はそれ以外の心配で少女を留めている。


これは男や女にとっては、確かに余り良いとは思えない事であり、正鵠だと感じた。

少女が大きくなった時に、当たり前を当たり前に出来ない、というのは問題が有ると。

二人の意見が珍しくきっちりと合致した為、そこからの動きはあっという間であった。


少女が定期的に外の世界に触れられるよう、だけど目を離さない体制をすぐに決める事になる。

当然だが、これは屋敷の住人全員の協力と許可が有って、そこで初めて成立する事柄だ。

表面上の心配ではなく、心から少女を案じる皆の想いが有ってこそ、滞りなく事は進められる。


『ほむ、私はいいっすよん、旦那様。角っこちゃんは私も可愛いですしねぇ』

『ちみっこの為、ですか。良いですよ。子供の助けが出来ない大人なんてつまらないでしょう』

『おちびちゃんの将来の為ですもん。私は当然協力しますよ』

『僕にはただ一言、やれ、と言ってくれれば構いません』


男がこの件を話した際の住人達の返答は、その様な好意的な物であった。

最後の少年だけは少々毛色が違う様に聞こえるが、言外の言葉を男は感じている。


『あの子の為なら、全力で動きます』


と、目がそう言っていた。まだまだ可愛いなと男は思いながら、揶揄う事はしなかった様だ。

なお、羊角と老爺には確認していない。

羊角は言い出した人間だし、老爺は常に屋敷に居る訳でもないからだ。


そもそも羊角の言う『いつでも少女が出かけられる体制』とは、言葉通りの意味ではない。

あの言葉の真意は『いつでも様子を見られる体制』という意味だ。

つまり見守りをしないという選択肢はなく、しないなら外出を許可しないとまで言い張った。


当然羊角にそんな権限はないのだが、少女に関する事では少々タガが外れる羊角である。

若干何をするか解らないと思った男は妥協案として、今の体制を作り上げたという訳だ。

自身の欲望と少女にとっての最良が重なった結果、羊角は実にいい笑顔で満足していた。


男は『俺は何でコイツの要望を聞いているのだろう』と途中で素に戻っていたが既に遅い。

まあ、少女は角の事でどんなトラブルが有るか解らないので、無駄にはなっていないのだが。



そんなこんなで、少女は定期的なお使いという外出をする事になった訳だ。

勿論少女は大層喜んだ。だって一人でお使いに行けるなら、その分皆の負担が減るのだから。

まあ実際は更なる負担が増えているのだが、それは少女の知る由もない事である。


「やあ、今日もお使いかな?」


駅に着くと駅員に尋ねられ、はーいと元気良く手を上げる少女。

毎回同じタイミングで少女が来るので、駅員も慣れ親しんだ様子だ。


「今日もお菓子有るよー。お婆ちゃん達が君に渡してくれって置いてってるから」


駅員は駅員室に一旦引っ込むと、大量のお菓子が入った缶を持って来た。

それらは普段待合小屋でたむろしている老人方が、孫代わりに可愛がれる少女への好意である。


「お茶を用意するから、いつも通り待ってると良いよ」


少女は笑顔でコクコクと頷くと、ぽてぽてと待合小屋に向かう。

普段はここに近所のジジババ達が居るのだが、今日は一人も居ない。

その事にちょっとだけショボーンとした少女だが、仕方ないと思い素直に椅子に座った。


因みに切符は購入する必要が無い。事前に回数券を買っているからだ。

この駅に自動改札は存在しない。当然だがカードで通る事など不可能である。


待合室に誰もおらず、静かな空間に風だけが小屋を揺らす事で自己主張している。

少しして駅員室からしゅんしゅんと沸騰する音が聞こえ始め、その音に少女はホッとした。

なんだか世界で一人になってしまったような、変に寂しさを感じてしまったらしい。


ただと少女はハッッとした顔をし、これではいけないとプルプル首を振った。

そして頬をパンと叩いて気合を入れて、ちょうどそこで駅員がお茶を手にやって来た。


「なんだい今の音は、なにかあっ・・・ぷっ、可愛いお化粧だね」


小屋に入ってきた駅員にそう言われ、ふえっと不思議そうに首を傾げる少女。

そんな少女をくすくすと笑いながら、駅員は手鏡を見せた。

鏡には、頬に手形がしっかり残った少女が映っていたのである。強く叩き過ぎたようだ。


「ふふっ、何考えてたのか知らないけど、可愛い顔なんだから、気をつけなきゃだめだよ?」


少女は何だか気恥ずかしくて、頬を掌でグニグニしてうにゅーっと変な声を漏らしていた。







因みにそのシーンを見た羊角は、驚愕の表情で震えていた。


「て、天使ちゃんの、頬が、頬が・・・!」


その後帰って来た少女の頬に、色々塗られたのは言うまでもない。

実際は少女の回復力であれば、帰ってきた時点で元通りに治っている。

だがその道理が羊角の天使愛に通用するかと言えば、勿論通用する訳がなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る