ひとめぼれ

「ただいま帰りましたー・・・」


ある日の昼下がり、用事が有ると出かけていた単眼が、目を伏せながら屋敷に帰って来た。

それを一番最初に目撃したのは少女であり、当然少女はすぐに駆け寄って行く。

体調が悪いのか、嫌な事が有ったのかと、へにゃっと眉を垂らしながら単眼の様子を窺う少女。


「あ、えっと、うん、ごめんね。大丈夫だよ。ちょっと考え事してただけだから。ありがとう」


少女の心配そうな表情を見てワタワタと慌て、何時もの笑顔でニコーッと笑う単眼。

その様子に少女もほっと息を吐き、同じくニコーッと笑って返す。

更にどちらともなくキューッと抱き付き、何時も通り仲の良い二人である。


因みに少女は仕事中であり、近くに複眼が居たりする。

複眼はふっと優しく笑うと二人に近付き、傍に寄った頃には涼やかな表情に戻っていた。


「お帰り」

「あ、うん。ただいま。あ、そうだ、後で相談に乗って貰えないかな」

「相談? 時間要りそうな事?」

「うーん、そう、だね。ちょっと時間くれると、嬉しいなぁ」

「良いよ。あんたが相談なんて珍しいし。他二匹だったら報酬なしの相談なんて受けないけど」

「に、二匹って・・・」

「いいのよ、あいつらは匹で」


随分な言い様の複眼だが、彼女と羊角の普段の行いを鑑みれば致し方ないだろう。

悪ふざけ大好き人間と、天使ちゃん至上主義人間。どちらも面倒この上ない。

特に羊角に限って言えば、稀に仕事を忘れるので余計にである。


「あと少ししたら休憩だから、部屋に行くわね」

「うん、ありがとう」


複眼は少女に声をかけて仕事に戻り、少女もパタパタとその後ろを付いて行く。

それを見届けてから単眼は部屋に戻り、ベッドにゴロンと転がった。


「どうしようかなぁ・・・」

「さてどうするのが良いと思うね?」

「うーん、何が良いかって言われると、やんわり断るのが一番・・・何で居るの?」

「へっへっへ。悩みの匂いがしたので」


室内での独り言だったはずなのに返答が在り、途中までそれに気が付かなかった単眼。

半眼になりつつ声の主に目を向けると、彼女がベッドに顎を載せて単眼を見つめていた。


「いや、何時から居たの。まさか私の部屋にずっといたの?」

「真後ろに居たのに気が付かなかったんじゃん。扉入る時もずっと後ろ着けてたのに」


彼女は丁度複眼達と単眼が別れた所に現れ、目を伏せてい居る単眼に気が付いた。

同僚の様子がおかしい事を気にかけた彼女は、そーっと単眼の背後に忍び寄る。

何時気が付くかなーと足音を消して歩き、部屋に入るまで単眼は気が付かなかったという訳だ。

確実にそんな事をする意味は無い。


「普通に声をかけてよ」


至極まっとうな意見である。彼女はニコッと笑いながら目を逸らした。

ただ単眼は彼女の子の行動が、自分を元気づけてくれるためだと気が付いている。

悪ふざけをし手叱られるという過程で、重い気分を少しでも誤魔化させようと。


勿論ただ悪ふざけしたいだけの時も有るが、その時は複眼か女が制裁を加えるだけだ。

最近は少女に「めっ」ってされる為にやる事が有り、女に「めっ」されて頭が陥没するかと思う様なチョップを食らっていた。完全なる自業自得である。


「で、どしたの。何かやな事あったー?」

「うーん、むしろ内容自体は良い事なんだけどね・・・」

「お、何々。聞かせてみ?」

「うー、揶揄いそうだから相談相手選んだのに・・・」


彼女は悪い話では無いと聞いた時点で、ワクワクした顔を隠さずに話を促す。

単眼は少しだけ嫌そうな顔をしつつも、はぁとため息を吐いて諦めた。


「告白されたの。結婚して欲しいって」

「・・・え、マジ?」

「嘘ついてどうするの」

「そりゃそっか。悩んでるって、その相手が嫌って事?」

「嫌、というか、無理、というか・・・」


単眼が困った様子で口をもごもごさせ、はっきりしない様子を見て彼女はすっと立ち上がる。

その目は真剣そのもので、単眼は急な変化にちょっと面食らっている。


「もし面倒な奴なら何とかするけど。先輩も協力してくれるし」

「待って待って、そういう事じゃないの。さっき言ったとおり、本当に悪い事じゃないの」

「・・・そなの?」


彼女が本気で心配をしている上に、危険な方向に話が進みそうな気配になっている。

そこの事に気が付いた単眼は慌てて止め、キョトンとした顔で首を傾げる彼女。

けど続きを無理矢理促す事はせず、単眼が話せるまで静かに待った。


「・・・えっと、遊びに来たらしいご近所さんのお孫さんに、一目ぼれしたって、言われたの」

「孫。ああ、最近遊びに来た子が居た様な・・・待って、その子、私の記憶が確かなら」

「・・・6,7歳ぐらいの子だね」

「ぷふっ、オーケー把握した。ふくくっ・・・!」

「だから言いたくなかったのに! 絶対そうやって笑うって解ってたもん!」


つまりこの近所に住む祖父母に会いに来た男の子が、たまたま単眼を見つけて好きになった。

そうしてその子はすぐさま子供らしい「けっこん」という解り易い好意を告げたのだ。

おそらく単眼の様な大人の女性に対し、どれだけの重みのある意味なのか理解せずに。

とはいえ小さな子供にそんな重みなど理解出来ないのが当然で、仕方ないと言えば仕方ない。


「ふっ、ふふっ、で、な、なんて返事、したの。ぷくくっ」

「むうぅ・・・そ、その、まだ君は子供だから、無理じゃないかなーって言ったら、じゃあ大人になるまで待ってって言われて・・・その」

「ま、まさか、ふふっ、頷いたとか。くくっ」

「そのまさかですよーだ。だって泣き出すんだもん。解ったからって言って抱きしめてもしょうがないじゃない」

「あははははは! いやー、男を手玉に取る悪女様だわ!」

「貴女にだけは言われたくないもん」


大爆笑する彼女に対し、単眼はムーっと唇を尖らせながら拗ねる。

とはいえ彼女も深刻な内容じゃない事にホッとした反動も有り、余計に笑いが止まらなかった。

そうしてひーひーと息を吐き何とか笑いを止め、さてどうしたものかと顔を突き合わせる。


「まあ、そういうのって大人になったら割と忘れてるもんよ」

「後になってその場しのぎって事に気が付いたら、傷つかないかなぁ」

「へーきへーき。むしろそうやって皆大人になるのさ・・・」

「何窓に目を向けてかっこつけてるのよ」


小さな子供の勢いの言葉に真剣に悩む女性。

そんな女性の良さに気が付いたというならば、将来有望な男の子だろう。

何て彼女は思いつつ、何処まで本気か後日確かめてやろうなどと考え始めていた。










結局この件は羊角にも知られ、全く内緒にならずに複眼へ相談に向かう単眼。

しかもその結論が彼女が出したものとそう変わらず、笑われただけじゃないかとへこむ事に。

そんな単眼を見た少女は単眼を根転がさせ、頭を優しく抱えて慰めるのであった。


「味方はおチビちゃんだけだよう~」

「いや、力になれなかったのは悪いけど、これは仕方ないじゃない・・・」


複眼は呆れた様に息を吐くも、単眼が優しいが故の悩みだなと、ふっと笑顔を見せていた。

その子見る目有るじゃない、などと彼女と同じ感想を持ちながら。

もし複眼が彼女の思考を読み取れていたら、物凄く嫌そうな顔をした事であろう。

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