少女の成長への想い。

少女は記憶を取り戻した後、特に変化を見せる事はしなかった。

屋敷に来て直ぐの頃ならば確実に塞ぎ込んでいただろう。

だが今の少女には、大好きな人達が、心配をかけたくない人達が居る。

ならば自分がやるべき事は、皆に心配をかけずにいつも通りを振舞う事だと決めて。


翌日からは普段通り業務と勉強をこなし、自由時間に畑を耕し、犬と猫と楽しく遊ぶ。

彼女には揶揄われ、単眼からは可愛がられ、複眼に面倒を見て貰い、羊角の要望に応える。

虎少年が遊びに来れば素直に甘え、少年には少しお姉さんぶって接す。

大好きな男と女には勿論何時も通りに、頑張った所を見せて甘える毎日だ


これは普段の日常を送る事で、自分自身に対しても心を落ち着かせようとしていたらしい。

その成果は有った様で、日差しが優しい季節になる頃には心を落ち着ける事が出来た。

当然忘れた訳じゃない。忘れた訳では無いけれど、だからと言ってどうしようも無い事柄だと。


気が付いた事は恐ろしいけれど、それでも自分はここに居たいと少女は願う。

だからこそ普段通りにやろう。この不安はけして表に出さない様にしよう。そう、決めて。

心配をさせない為などという物ではなく、自分の為の嘘に、少しだけ後ろめたさを感じながら。


そんな決意を決めた後のある日、少女は過ごし易くなった庭で単眼と一緒に休憩をしていた。

正面に羊角も居るのだが、単眼の膝に乗る少女を撮影している様は休憩と言って良いのか悩む。


「つのっこちゃーん、おっやつっだよーん」


そこで彼女がお盆を手に踊りながらやって来て、少女はわーいと喜んで迎える。

お盆には人数分のドーナッツが有り、パラソル付きのテーブルに乗せられた。


「あたしが作りました! あ、た、し、が、作りました! 台所の主じゃないよ!!」

「ふふ、はいはい、ありがとう」


それなりに大きい胸を張って宣言する彼女に、単眼はクスクスと笑みを漏らす。

少女もつられたようにクスクスと笑い、その様子に彼女はうへへと嬉しそうに笑って返した。

テーブルに置かれたドーナッツはどれも一定の形で、既製品と言われても信じてしまう出来だ。

やっぱり皆はやれば何でも出来るなぁと、少女は密かに尊敬の気持ちを向けている。


「・・・ちょっと砂糖をまぶしすぎじゃないかしら、これ」

「文句言う人はあげませーん。今から頭に二つ角が生えてる人はおやつ無しです」


作られたドーナッツには砂糖がふんだんに使われており、甘いを通り越して甘ったるい程だ。

ただしこの面子でそれを気にするのは羊角だけであり、少女と単眼はニコニコで食べている。

当然作った本人はジャンク好きなので、濃い味は甘かろうが辛かろうが好物だ。

むしろ作った本人なのだから、好きな味な事が当然だろう。


「私限定で仲間外れにするのは流石に酷くないかしら」

「せっかく作ったのにケチ付ける方が酷いよねー。ねー、つのっこちゃーん?」


もぐもぐとドーナッツを無心に食べていた少女は、声を掛けられ少しびくっと跳ねる。

何々とキョロキョロしてから、彼女の方に顔を向けた。話を聞いていなかった様だ。

その様子が可愛くて、彼女はプルプルと震えて笑いながら先程の事を説明した。


ただその話を聞いた少女は、少々悩んでから何か思いついた様子を見せる。

そして羊角の手を握って待っててと伝え、パタパタと屋敷の中に消えて行った。


「天使ちゃんの手、柔らかくて気持ち良いわぁ・・・」


ただし当の羊角は、手を握られた事にご満悦である。もはや何をされても喜ぶだろう。

彼女と単眼は苦笑しながら少女が戻って来るのを待ち、暫くして少女はコーヒーを持って来た。

これならば甘い物も食べやすいだろうと、複眼に見て貰いながら入れて来た様だ。


「はぁう・・・私だけの為に・・・ああ、飲めない・・・!」

「いや、飲んであげなよ」


羊角は喜びの余りカップを掲げてそんな事を言うが、単眼は思わず素で突っ込んでしまった。

とはいえ少女が不安そうに、のんでくれないの? と首を傾げれば、素直に飲むのだが。


「ああ、幸せの味がする・・・」

「・・・なんか悔しいのは何故かな。あたしも角っ子ちゃんのコーヒー欲しくなった」

「あはは、ちょっと気持ち解るかも。普段に無い物って特別感あるもんね」


そう言われては少女が動かぬ訳もなく、任せてという表情でパタパタと屋敷に向かっていく。

少女の姿が消えて見えなくなった所で、羊角は表情を常の物へと変化させた。


「最近は、元に戻ってきてるわね、天使ちゃん」

「突然真面目に戻らないでよ。そうね、何悩んでたのか知らないけど、元に戻った感じだねぇ」

「おチビちゃん、何だか無理してたもんね。ただそれを隠そうとしてたからなぁ・・・」


実を言うと、少女の変化には全員気が付いていた。

何せ最初の頃の少女は『普段通り』では無かったために。

少女自身は普段通りにしていたつもりなのだろうが、少々気合が入り過ぎていたのだ。

普段の無邪気で可愛い様子が少し鳴りを潜め、只々気を張って頑張る様子だけが目についた。


「無理に聞き出してもねー。角っ子ちゃんが泣いてるとか悩んでるとか、解り易ければ聞くんだけど、聞いて欲しくなさそうだったからねぇ。それならこっちも知らない振りするしかないし」

「こういうのって、おチビちゃんも成長した、って事になるのかな」


彼女は若干詰まんないなーという顔を見せ、単眼は少し寂しそうな表情で語る。


「そうなるんでしょうね。何もかもを語るようにはならなくなった。少しずつ自意識や自我が強くなっている傾向、になるんじゃないかしら。それでも天使ちゃんは天使だけど・・・!」

「あのさ、真面目に話すときは最後まで真面目にしてくんない?」

「至極真面目だけど?」


そこにふざけているのか真面目なのか解らない事を語る羊角に抗議する彼女だが、羊角はいたって真面目な感想を語っているだけである。

たとえ周りからどんな目で見られようと、羊角の中では真面目な言葉なのだろう。多分。


「ま、何時か話してくれるか、自分の中で決着付けるでしょう。あの子だって、何時までも子供のままじゃないんだから。私達の心配なんか必要の無い大人になる日が何時か来るわ」

「意外。あんたは『何時までも可愛い天使ちゃんで居て欲しい!』なんて言うと思った」


羊角の大人らしい意見に、心底意外だという顔をする彼女。

だけど羊角は其れに気分を害する事無く、優しい笑みで返す。


「勿論そんな天使ちゃんも素敵だけど、大きくなった天使ちゃんも素敵だと思うもの」

「あはは、おチビちゃんは優しくて可愛い大人になりそうだよね」

「だあねー。角っ子ちゃんは大きくなっても角っ子ちゃんのままな気がするー」


そして笑顔で語る羊角の言葉に、単眼も彼女もクスクスと笑いながら同意をした。

皆少女の変化には気が付いている。当然心配が無いわけではない。

だけどそれでも少女が自身で乗り越えようというのなら、それを大人として見守ろう。

屋敷の住人達はそんな優しい目で、悩む少女の結論をせかさずに待っている。


それは当然男と女も同じ意見で、解っていて気が付かぬふりをしていた。

もう今の少女は屋敷に来たばかりの頃とは違う。甘える事を、頼る事を理解している子だ。

本当に語る必要が有ると思えば、きっと語ってくれると信じて。

優しい少女だからこそ、住民たちは皆優しく少女の答えを待っているのだった






因みに少女の変化により、一人だけ物凄く困ってる人間が居たりする。


「最近、物凄く、距離が近いんです・・・」


困り人とは少年である。少女は普段通りと言いつつ、少年への態度に気合を入れ過ぎていた。

その為対応に困った少年は、何度も狼狽える様子を見せぬよう、平静を装う努力をしている。

当然毎回そんな事が出来るはずも無く、狼狽えた様子を見た少女は満足して去って行くのだが。


「前からあの子と君の距離は近かったと思うけど」

「前以上にくっついて来るんです。ほんと、目に付いたらすぐって感じで・・・!」

「あー・・・この間も見つけた瞬間抱き付かれていたね」


ただしその後空高く頬り投げられてキャッチされていたのだが、虎少年はそれを口にしない。

少年にとって重要な所は、少女が抱き付いて来るという一点なのだろうと解っている。

虎少年とて抱き付かれて平気という訳では無いので、少年の心持では尚の事だろう。


「貴方は、割と平気ですよね。何かコツとかあるんですか?」

「いや、僕も平気な訳では無いんだけど・・・慣れた、というのも要因かな?」


虎少年は屋敷に来るともみくちゃにされる事が有る。それはもう見事に。

そもそもその前に、複眼と恋人のふりをした事も有るのだ。

それらの経験が平静を装う技術として、ある程度作用している事は確かだろう。

ただし最近の虎少年にとって複眼の傍は、落ち着く場所という存在になっていたりするが。


「慣れ・・・僕もいつか、慣れるん、でしょうか・・・」

「どうだろう。慣れと言っても、何も気にしなくなる訳じゃないからねぇ」


返答を聞きがっくりと項垂れる少年を見て、慣れるのは無理なんじゃないかなと思う虎少年。

だって少年は少女に対し、少なからず想う気持ちが有るのだから。

自分だって複眼の傍は落ち着くが、後ろから抱きしめられて平静でいる訳では無いのだし。


「まあ、彼女が悩みを話してくれるその日まで、頑張ろう?」

「はい・・・頑張ります・・・」


当然少女のおかしさに気が付いている二人は、苦笑しながらそう結論に至るのだった。

因みに少年は彼女や複眼に揶揄われるので二重で大変なのだが、それはまた別の話。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る