事後説明。

 少女と女の失踪から一日経った。

 まだ屋敷の住人達には今回の説明はされていない。

 だがそれは当人の二人が寝てしまっており、住人達も疲労が大きかったせいでも有る。


 よって翌日に全員が業務を休み、改めて説明を聞く流れになった。

 そして今、住人全員がその説明を聞く為に一つの部屋に集まっている。

 勿論そこには女と少女の姿も在り、男は皆が集まった事を確認してから説明を始めた。


「さて・・・じゃあどこから話そうかな・・・」

「ちょっと待って下さい」


 男が神妙な顔で語り出したのだが、彼女がそれを途中で止める。

 そしてそのまま女へを視線を向け、女を指さしながら目を細めて口を開いた。

 睨んでいるというよりも呆れているに近い表情で。


「これ何ですか」

「私をコレ呼ばわりとはお前にしては珍しいな。迷惑をかけた自覚はあるが」

「先輩の事を言ったんじゃなくて、その状態を言ってるんですよ」


 女はこれ呼ばわりに反応をしたが、彼女はそうじゃないと言い直す。

 彼女が気になった事は女自身ではなく、その女が膝に乗せて抱えている少女の存在であった。

 それも少女は照れくさそうにしながらも満足気で、女はぎゅっと抱きしめて放す気が一切ない事が伺える。


 あれだけ騒いで、泣いて、失踪して、住人達は必死になって探し回った。

 それが帰って来たら何事も無かった様にどころか、前より仲の良い感じでくっついている。

 皆が集まる頃には真面目な様子になるかと思ったら、結局そのまま男が話し出したので思わずつっこんでしまったのだった。


「・・・それはもう、今日は放置してくれ・・・集まる前に俺が散々つっこんだ」

「あっ、ハイ」


 男は早朝に女の様子を見に部屋迄行ったのだが、そこに女は寝ていなかった。

 確かに寝かしたはずの女が居ない事で、まさか少女も消えたのではと少女の部屋へも向かう。

 するとそこには、少女を背後から抱きしめて寝ている女の姿があったのだ。


 男は焦らされた事と目の前の落差にイラッとし、女を起こして説明を求めた。

 すると「また逃げられるのは嫌だからだ」と言って、少女が着替える時以外ずっとこの調子だ。

 その後起きた少女も最初こそ困惑が強かったのだが、一時間も経たない内にテレテレと甘えている様子をみせていた。

 そこでもう男は全てを諦めてしまったらしい。


「えーと・・・それで、事情なんだが・・・まず一番最初はこの子が逃げた理由、かな」

「ですねー。あの時すごい勢いでどっか行っちゃいましたからねぇ・・・あの後先輩の様子がおかしくなって、先輩もどっか行っちゃったわけですし」


 彼女は少女が逃げた時の事を思い出しながら呟き、少女は申し訳なさそうな表情を見せた。

 少女自身、今回の件で迷惑をかけたという自覚はある。

 だが今謝ってしまうと男の説明が中途半端になって邪魔になってしまう。


 だから皆に何と怒られようと、男の説明が終わったら謝る気でここに居るのだった。

 それでも今すぐにでも謝りたい気分は、少女の顔に暗い物を落としてしまう。

 男はそれが解ってはいるが、それでもあえて気が付かない振りをして話を進める。


「あれはこの子が・・・こいつの力に怯えたから、なんだ」

「力? それって一体・・・」


 男は言い難い事を伝える様にそう言うと、単眼が首を傾げて疑問を口にする。

 その反応は当然だろう。女の力などと言っても、その力の事を誰も知らないのだから。


「・・・コイツは過去、特殊な力を手に入れた。ただそれは普段は使わず、隠して生きている。使う様な機会なんて殆ど無いし、使えばこいつは体調を崩すからな」

「えっと、それは見て解る様な物、なんですか?」

「見ただけじゃ・・・多分解らない。俺は何度かこいつが力を使う所を見た事が有るが、怖いと思う時とそうじゃない時が有った」


 単眼の問いに、今迄の事を思い出しながら答える男。

 昨日や最初の頃は、女が角を見せた時は確かに恐怖を覚えた。

 だが何度か角の力を使った女に助けて貰った記憶もあり、その時は怖いとは感じていない。


 いや、正確に言えば、何時からか女が角を制御出来るようになっていた事が解ってからだろう。

 最初の頃は角が顕現すると明らかに普通ではなくなっていたが、日が経つにつれて平素の様子のまま角を顕現させていた。

 ただその代わり、年々不調の度合いが強くなっていたが。


「要は、これの存在が怖かったのだ、この子は」


 男がその辺りの事をどう説明しようかと少し思案していると、女が無雑作に角を顕現させた。

 その事に皆が驚き、少女も驚いた表情でまじまじと見ている。


「な、何それ先輩! どうなってんの!?」

「おチビちゃんと同じタイプの角・・・」

「これはまた・・・冗談みたいな光景ね」

「天使ちゃんとお揃い・・・良いなぁ・・・」


 皆女の角を見てそれぞれの反応を返すが、羊角の感想はかなり間違っている。

 だが今回はそんな事に突っ込む余裕は無く、皆女の角に意識を奪われていた。

 少年は言葉なく驚いており、理解が追い付いていない様子で角を凝視している。


「お、おい、昨日の今日で出して大丈夫なのか?」

「大丈夫だ。問題ない。むしろ今なら長時間出しておける」

「今なら?」

「その説明もする。今は皆に説明が先だろう」

「あ、ああ、そうだな・・・」


 男は女がまたおかしくなるか、もしくは不調になるのではと心配で声をかけた。

 だが女は「今だから平気だ」と聞こえる返事をする。

 男はその事に疑問を持ったが、状況が状況故にその説明は後回しにされてしまった。


「これは実際に在る様で、本来存在しない角だ。だから普段は消しておける」

「は、はぁ、そうなんですか・・・な、何か訳解んなくなって来た」

「奇遇ね、私も何が何だか」


 女の説明に頷きはしたものの、理解不能という表情の彼女と単眼。

 だが複眼はその角を真剣な様子で見つめ、そして不思議そうな顔を見せた。


「それが何なのか、というのは私にも良く解りませんが、見た所それが有るから怖いという感覚は有りません。先輩も普通ですし・・・」


 複眼は一旦角自体に付いて考えるのを止め、その角という存在の影響を探っていた様だ。

 だがどれだけ見つめていても怖いとは感じず、何より怖くて逃げたという少女が今は特に怖がっていない。

 それが見えた所で、なぜあんな事態になったのかが解らなかった。


「今はこの角に力が全くないからだ。空っぽのただの角。だから出したところで周囲にも私にも影響が無い。勿論この子も怖がらない」

「それで、か」


 男は先程の疑問が解消し、ぽそりと納得の言葉を呟く。

 それと同時に小さな希望を抱いた。

 このまま女は角を出しても平気になるのではと。


「一応言っておくが、これは一時的なものだ。またどうせ戻るし、私は普段からこれを出しておくつもりは無い。邪魔だしな」

「そうか・・・」


 だが女は男の思考を即座に理解し、否定を口にした。

 男もそこまで本気で希望を抱いたわけではなかったので、少々落胆しただけで気を取り直す。


「その力が空ってのは・・・もしかして昨日のアレが理由か?」

「察しが良いな。その通りだよ」

「アレ?」


 男と女の言葉に首を傾げる彼女。他の皆も同じ様に疑問の顏だ。

 ただ少女が少し困惑の表情を見せているのだが、それには今の所羊角以外気が付いていない。


「こいつら昨日、盛大な喧嘩をしてたんだよ」

「角の力を使ってな。私はおそらく使い切ってしまった・・・それと同時に今まで抑えていた物も全て解放したので、体に不調は残っていないんだろう。この子のおかげで色々助かった」

「角っ子ちゃんと先輩が喧嘩ですか・・・想像できない」

「だが事実だ。そして私の角の力に反応して、この子も角の力を使った。そして私の力が空になって意識が戻るまで、暴れさせてくれたんだ」


 あの戦いは、女の力が尽きる迄の持久戦。

 少女には女を殺す気など無く、女は少女を殺せない。

 女の力尽きればそれで終わりの、最初から結末はそう決まってる戦いだった。


「私はあの力を使うと、感情がおかしくなっていくんだ。憎悪や殺意が膨れていく。それを抑えて力を使うと、後で不調が体に出る。今回その全てを解放したおかげで体はとても楽だ」

「ちょ、ちょっと待って下さいよ、それって角っ子ちゃんと殺し合いしたって事ですか!?」

「・・・そうなるな。とは言ってもこの子の方が力が強く、何も通じなかったがな」

「そうなの!?」


 彼女はもう何を驚いて良いのか解らないと言った様子で驚き、少女に視線を向ける。

 だが当の本人は、困った様な笑顔を彼女に向けるだけだった。

 それには理由が有り、その理由は夜中に部屋に忍び込んだ女が知っている。


「この子は覚えていない、らしい。その時の事はな。逃げた事やその後の記憶は有るが、私と殴り合った記憶は全くないんだそうだ」

「あー、それで天使ちゃん、さっきから困った顔してたのねぇ」


 唯一少女の様子に気が付いていた羊角が納得した様子で頷く。

 少女は昨日の戦いを全く覚えていなかった。記憶に在るのは吹き飛ばされた犬の事が最後。


 その後の記憶は女に抱かれてベッドに転がっていた記憶になっている。

 状況の変化に付いて行けなくて女に説明を求めたが、聞かされた内容は荒唐無稽で、少女は当人なのに実感がわいていない。


 ただそれでも何故か、女を助けられたのだという実感だけは不思議な事に在った。

 少女は無意識の中で、どうにか女を救おうとした事だけは確かなのだろう。

 だからこそあれだけ怖がって逃げて申し訳ない気持ちが有ったのに、こうやって自然に女とくっついていられるのだろう。


「えっと、そんな危ない物なら、おチビちゃんは出しっぱなしで大丈夫なんですか? 教えて消すようにしてあげた方が良いんじゃ・・・」

「正直に言うと解らん。だがこの子はこの状態で安定している。下手に何かをしたり自覚させるより、このままの方が良いと思って黙っていた。実際今まで危うげな様子も見た事が無い。それに私は空っぽだが、この子はまだまだ力が残っているはずだ」


 あの時確かに少女の体力は尽きかけていた。

 だがそれは体力だけであり、少女の角の力自体にはまだまだ余裕が有った。

 覆しようのない力の差が、実はまだあの時点でも有ったのだ。

 それが見えていながら女は少女に近づき、そして少女は攻撃せずに女に抱きついた。


「多分だが、この子と私の角は、同じ様な物だが違う物なんだろう」

「じゃあ、ちみっこはこのままの方が安全、って事ですか」

「おそらくだがな」


 女は少女の角を撫でながら答え、少女は少し気持ち良さそうな顔をした後に、はっと真剣な表情に戻る。

 その様子にそこまで緊張していた皆の意識は少し緩み、羊角に限っては既に撮影を始めている。


「先輩の様子がおかしくなったってのは、何でなんですか? 角っ子ちゃん追っかけた時は普通じゃなかったんですよね?」

「私は今回の事で感情が余りにブレてしまい、その事で抑えていた物に抗えなくなった」

「じゃあ普段もその可能性が?」

「普段通りに生活している分には問題無い。今回は・・・角のせいでの出来事だったからな」


 少女が自分を化け物として見ていた。この角のせいでそうみられた。

 それが余りにも辛くて悲しくて、何よりも怒りに満ちた感情で、今までずっと抑えていた角の力に呑まれてしまった。


 ここまで例外的な事でなければ女が暴走する様な事はない。

 事実長年抑えきっていたのだから。

 とはいえまた同じ事が起こる可能性はゼロではない。

 けど、それでも――――。


「そっか、なら・・・おチビちゃんはもう先輩と仲直りしたのよね?」


 単眼は膝を突いて背を丸め、少女に視線を合わせて問う。

 少女は真剣な表情でコクコクと頷き、抱きしめられている女の手をぎゅっと握る。

 もう怖くはないと。そしてもう二度と逃げないと心に決めて。

 その様子に単眼はにこりと笑いながら小さな溜め息を吐いた。


「そっか、なら良いかな・・・私が聞きたい事は全部聞けたし・・・先輩がもう大丈夫って言うならそれで良いです」


 もう聞く事は無いと、二人に優しい笑みを向ける単眼。

 女の言った事を理解していない訳では無い。また似た様な事が起こるかもしれない。

 それが解っていても、解った上で単眼はそう言った。


「・・・良いのか? まだ聞けてない事が有るだろう?」

「その角がある理由とかですか? そんな事、私には興味が無いですよ。ただ先輩がいつも通りに戻れて、おチビちゃんがいつも通り幸せそうならそれで構いません」


 単眼は優しく笑いながらそう言うと、椅子に座って他の者達に目線で促す。

 皆はどうなのかと。言わないと多分この人には伝わらないぞと。


「あたしも正直どうでも良いかなぁ・・・いやまあ、危ないってのは解ったんだけど、正直何だかよく解んないし。普段通り角っ子ちゃんと楽しくやれるならそれでいーです」

「私も同意見ですね。黙っていたという事は聞かれたくなかったんでしょう? そんな事を根掘り葉掘りと詮索する趣味は有りません。普段通りの業務に戻れるならそれで良いですよ」

「私は天使ちゃんをいつも通り撮れればそれで満足ですねぇ」

「僕も、異論は無いです」


 羊角だけ少し欲望まみれな返事だった気がする。

 気を遣った冗談だと思いたいが、かなりの割合で本気だろう。

 とりあえず今は突っ込むと話が進まないので、皆はスルーする事に決めた様だった。


 少年は正直まだいまいち状況が把握しきれていないが、少女がもう大丈夫だという点で何も言う気は無い様だ。

 いささか単純すぎる選択な気もするが、恋は盲目とも言うし致し方ないのかもしれない。

 ただその選択理由を自分でまだ自覚出来ていない所は少年らしい。


「そうか・・・すまない、ありがとう・・・」

「俺からも礼を言う。ありがとう」


 女は皆の言葉に謝罪と礼を口にし、男も礼を口にする。

 そして二人して頭を下げ、少女も同じ様に皆に向かって頭を下げた。


 肝心の部分はまだぼかしたままで、少女もその事には気が付いている。

 けれどもそれで良いと、当たり前の日常が戻るのならばそれで良いのだというのが皆の結論だ。

 今はその事に感謝し、今回の騒動はこれで収まりとなった。






 尚、今日は皆有給になっている。なので誰も食事を作っていない。

 そして何故か男が料理を振舞う事になって、少女と少年以外の全員に酷評されるのだった。

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