その後の二人。

 あれから数日、一連の騒動も問題無く終わり、屋敷の中は普段通りの様子を見せている。

 因みに二人が暴れた川傍はぐちゃぐちゃになっているが、余りに酷い有様に人間の仕業とは思われず、何かしらの天災が在ったのだろうという事で片付いていた。

 男は心の中で「管理してる人本当にごめんなさい」と思いながら黙っている。

 ただしそのまま無視は心苦しく思い、管理資金の寄付をしてはいるのだが。


「あの時大暴れしたの、誰にも見られてなくて助かったよな。まあ、見られてても信じて貰えねーと思うけど。明らかにどっちも人間技じゃねーしな」

「そうですね。申し訳ありませんでした」

「いや、謝って欲しい訳じゃねーんだが・・・」


 男の言葉に無表情で謝罪を口にする女。ここ数日、女は男に余り反論をしていない。

 普段なら噛みつく様な言葉にもほぼ噛みつかず、殴り合いに限っては一度もしていなかった。

 その事に少し不安を覚える者も居たが、理由は皆解っているので余り気にしてはいない。

 ただ男だけが「調子狂う・・・」という呟きを多々漏らしている程度だ。


 何故女が男に反論せず、男と殴り合う事が無いのか。

 それは少女の存在が大きな理由となっている。


「なあ、それ、打ち込みにくくないか?」

「全く。むしろいつもより調子が良いぐらいですが」


 男は女の状態に半眼なりながら問うが、女は無表情のまま完全否定で返した。

 今の女は少女を膝に乗せており、その状態で端末に打ち込んでいる。

 明らかに邪魔にしか見えないのだが、女は何時もと同じ速度で作業をこなすのでそれ以上何とも言えない男であった。


 これが最近男との殴り合いが無い理由。

 男を構う暇など無いとばかりに、ここ数日は少女を全くと言って良い程放さないのだ。

 無論畑仕事などでは放さざるを得ないが、それ以外の時間はほぼほぼ少女と共に居る。


 少女としては一緒に居られる時間は嬉しいのだが、余りに構い過ぎる女に少し戸惑っていた。

 とはいえ一緒に居られる日が続いている事で、少女も少し甘える事に慣れ始めている。

 今も女にくっつく様に体重を預け、にへらっと笑いながら女の顔を眺めている。

 その事に気が付いた女は手に力が入り、キーボードからメキッと少し嫌な音が響いた。


「おい、今なんか嫌な音したぞ。大丈夫か」

「全く問題有りません。ちゃんと打てています」


 男は音に驚いて女に問いかけるが、しれっとした表情で返す女。

 少女も少し驚いているが、一応本当に入力には問題無い事にほっとした顔を見せる。

 男は女の様子にまた半眼で目を向けるが、一切効果が無い事に溜め息を吐いて自分の作業を続けた。




 仕事が終わり手が空くと、女は少女と共に部屋を出る。

 そして今度は少女の手を繋ぎ、ピョコピョコ動く少女の後ろをずっとついて回り始める。

 だがその様子は今迄と似て非なるもので、関係が逆の様子になっていた。


 今までは少女が面倒を見られている立場だったが、むしろ今は少女が面倒を見ている様になっているのだ。

 少女の行く先をとにかく付いて行き、傍から離れようとしない。

 雛に鶏が付いて行く様な光景になっており、それでいて女は無表情なのに幸せそうだ。


「つまんなーい。最近角っ子ちゃんとのお散歩もしてないし、あたしとってもつまんなーい」


 と一部で苦情が上がってはいるが、これも概ね皆は微笑ましく思っている。

 その後の夕食も少女を膝に抱える様にして摂ったり、風呂も全身洗ってあげたりしてとても楽しそうだ。

 ただし常に無表情なので、何も知らない他人が見ると凄まじく不気味ではあるのだが。


 そしてそのまま就寝も一緒の部屋へ向かい、少女か女の部屋で一緒に眠る。

 こんな感じで女はここ数日間幸せな毎日を過ごしていた。


 ただそんな女を見て、男はただただ溜め息を吐いている。

 女はその理由は解っているし、自分だって良くないと思っている。


 自分が今やっている事は、ただ少女が可愛いからの行動ではない。

 勿論少女は可愛い。毎日抱きしめたって飽きない位、今の自分にとっては愛らしい存在だ。

 けど、そうじゃない。今の自分はその想いだけで動いていない。


 ただ怖いのだと、不安なのだと、またあんな目で見られて逃げられるのではと、その想いからの行動なのだ。

 少女がこの手に触れられない所に消えるのが怖くて、その為にずっと傍に居るのだと、女はそう自覚していた。


「・・・だが、そろそろ振り切らねばな。お前にも迷惑をかける」


 眠った少女の頭を撫で、そろそろ普段通りに戻そうと口にする女。

 だが撫でた頭がもぞもぞと動き、上目遣いで少女は女を見上げた。

 どうやら目を瞑ってじっとしてはいたが、まだ起きていたらしい。


「起きてい――――」


 恥ずかしい所を見られ、女は言い訳をしようとした。

 だが少女はそんな女の頭を包むように優しく抱きしめ、後ろ頭を優しく撫でる。

 もう大丈夫だと言わん様子で、少女はただただ女の頭を撫で続けた。









 翌日、いつも通り畑仕事を張り切る少女の姿が在った。

 そしてやっぱりまだ吹っ切れていない女の姿も在った。


「あーん、先輩狡いー。最近本当に角っ子ちゃんと遊んでないよー?」

「良いじゃない、偶には。おチビちゃんも幸せそうなんだし」


 暫くは少女と遊べない事に愚痴る彼女と、それを諫める同僚達の姿が見られるのであった。

 ただ勿論彼女もタダ文句を言っている訳では無い。

 こうする事で不満を皆が溜めない様に、言いたい事を代わりに言う形をとってもいるのだ。


「そろそろ先輩を打ち倒してでも角っ子ちゃんと遊ぶべきだと思うんだよね!」

「返り討ちに合うから止めなさい・・・」


 皆の代わりに言っているはずだ。多分。きっと。

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