同じ存在。
少女と女が行方をくらまし、住人達が二人を必死に捜し回っている。
だが皆何処を捜せば良いとの当てもなく、とにかく手分けして走り回っている状態だ。
誰も彼もが余裕が無く、解決の糸口すらまだつかめていない。
そんな中、確信を持って少女を捜している存在が居た。
少女の足跡を違わずに辿り、着実に少女へと近づいている。
そしてその者はついに少女迄辿り着く。
少女は何時か単眼と来た川の傍で、大きな石の隙間に隠れる様に蹲っていた。
そこにいると知らなければ見つけられない様な所で、少女は身を丸めて蹲っている。
ただ近づいて行くと、少女の肩が震えている事が確認出来た。
えずく様な声も聞こえており、ぽたぽたと何かが落ちるのも見えている。
泣いているのだという事が解ったその者は、少女を驚かさない様に小さくわふっと吠えた。
少女はその声に泣き顔のまま後ろを振り向き、近づいて来る者を確認する。
それはへっへっへと舌を出しながら少女に近づく犬。
誰よりも先に少女を見つけたのは、男の飼い犬だった。
少女を捜していたのは人間達だけではなかったのだ。
犬は少女に近寄ると、少女の涙をぬぐう様にペロペロと舐める。
少女はその事に一瞬呆けた顔をしたが、すぐにクシャっと泣き顔に戻ってしまった。
そして今度は犬に抱きつき、声を出して思い切り泣き出してしまう。
少女はどうしたら良いのか解らなくなっていた。
最初の頃は女が怖かったという事は、どうしたって変えようはない。
実際怖くて何度か泣いてしまった覚えも有る。
だけど今の自分はその怖かった人が大好きだ。今は本当に大好きなんだ。
なのに怖かった。恐ろしかった。だから拒絶してしまった。あんなに大好きな人を。
大好きな人の驚きの中に確かに見えた悲しげな表情が、目に焼き付いて離れない。
どんな理由が有っても、あんな悲しげな顔を自分がさせてしまった、という事が許せない。
少女はその罪への想いから屋敷に戻れず、ここで蹲って自分を責めていた。
大きく泣いていなかったのは泣いてはいけないと思っていたから。
悪いのは自分で、泣く権利なんか無いと思い堪えようとしていたからだ。
結局堪え切れずにえずいてはいたが、それでも大きく泣いてはいない。
だからなのか余計に思考も感情もままならず、少女はここから動けずに居た。
だけど犬がやって来た事で気が緩んでしまったらしく、今は我慢をする様子は見えない。
溜まってしまった感情を全て吐き出す様に思い切り泣いている。
犬は少し困惑しつつも、少女が落ち着くまでお座りをして大人しく待つのだった。
暫くして少女は落ち着きを取り戻し、犬から離れてぺこりと頭を下げた。
犬は気にするなと言わんばかりにワフっと吠えて、ペロペロと少女を舐める。
その優しげな様子に少女は笑顔で応えようとして、表情が固まった。
「みつ・・・けた・・・」
女がそう呟きながら、少女に近づいて来るが見えてしまったから。
屋敷で見た時と違い確かに在る大きな角。
そしてどす黒い何かは、屋敷で見た時よりも濃く女の体に纏っている様に少女には見えた。
「おい、で・・・」
女の目は少女を捉えているようで捉えている様に見えない。
言葉と同時に差し出された手は、いつもの様に取りに行って良いと思えない。
あの黒い物は近づいてはいけない物だ。今の女は明らかにおかしい。
少女はそう判断し、犬も女に恐怖と違和感を抱いて尻尾を丸めていた。
「何で・・・逃げる・・・」
言われて少女は自分が後ずさっている事に気が付く。
完全に無意識だったが、また女から逃げようとしていた。
その事にはっとし、無理矢理体をその場に固定した。
もう逃げないと。たとえこの人がどうあろうと拒否しない様にと。
「良い、子だ・・・」
女はそんな少女に笑みを見せ、ゆっくりと頭に手を持って行く。
そしてそのまま―――首を掴んで持ち上げた。
何で。どうして。
そんな疑問をぶつける様に女の顔を見つめるが、女はただ笑顔を見せるだけでそれ以上の反応を返さない。
苦しげな様子の少女を見て手を緩める所か、ギリギリと力を更に込めていく。
犬はその状況に尻尾を丸めながらも少女を掴む手に噛みついた。
いや、噛みつこうとしたが、その牙は女に届いていない。
噛みついたはずの腕から数ミリ浮いたところで、それ以上牙が通らなくなっている。
「じゃま、だ」
女が煩わし気にそう言うと、見えない力に犬は吹き飛ばされて地面を転がっていった。
キャンと泣き声を上げながら飛んで行く犬を見て、少女は今の自分の状況よりも犬の方を心配して、届かないと解っていながらも犬に向けて手を伸ばす。
だがそれも女が更に力を込めた事で段々と意識が朦朧とし、少女の手は落ちてしまった。
「これで、もう、逃げない・・・」
少女の手がだらんと落ちたのを見て、女は定まらない視点のまま呟く。
その意味を本人が解っているのか怪しげな様子で、けど心底嬉しそうな様子で。
「後は・・・その、血肉、を・・・」
女は少女を更に上に持ち上げて抱え、逆手で手刀を作る。
その視線は少女の腹に向いており、その視線通りに貫手が放たれ――――。
「がっ・・・ぐうっ!?」
その手が触れる直前に女は大きく吹き飛ばされた。
角が出て異常な力の有る女ですら耐えられない、強大な力による衝撃。
地面をゴロゴロと転がるも途中で手で跳ねて体勢を直し、顔を上げて少女を確認する。
『―――――――――!』
そこには、先程迄少女であった者が咆哮を上げていた。
完全に正気を失った瞳が女を捉え、女よりも遥かに強大な何かを纏っている。
お互いに誰が見ても異常な状態だと解る目で見つめ合い、どちらともなく動いた。
速度はどちらも異常の一言。
初速から百キロ以上は出ているかという速度で二人は肉薄する。
示し合わせたように踏み込んで拳と拳が重なり、衝撃音と共に骨と肉が砕ける音が鳴る。
その音は全て女の物であり、少女は全くの無傷で拳を振り抜いていた。
女は拳どころか肘まで完全に砕けてぐちゃぐちゃになっている。
「ぎっ、ぐ、があああああ!」
だが女が叫びながら逆手で殴りに行くと、その間に逆再生されたかのように腕が治っていく。
そして少女は先程の一合で取るに足らないと判断したのか、その手を踏ん張りもせず無雑作に打ち払った。
女の腕はまた簡単に吹き飛び、千切れた筋肉と折れた骨が露出する。
「ぐっ、が・・・!」
女はこのままでは敵わないと判断して大きく下がり、その間にまた腕が逆再生の様に治る。
だが少女はそれにぴったりと付いて行き、下がる女の腹を狙って殴り抜いた。
ただそれは直撃とならずに掠るだけに留まり、だが力を纏った拳は掠っただけで女を遥か彼方まで吹き飛ばす。
「げはっ・・・あ・・・が、あ・・・!」
女が纏っている異常な力。人知を超えた超常能力。
だがそれを遥かに超える力を少女は持っている事がこの時点で確定した。
少女が遥かに上。女は足元にも及ばないと。
「ふ、うううぅ・・・!」
だが女はそれでも逃げず、少女の下へ向かう。
呼吸を整え、神経を集中し、体の隅々まで力を行き渡らせる。
少女はそんな女の様子に何を思ったのか、力を纏って全力で殴りに行った。
「があっ・・・!」
だがその一撃は先程迄と違い、綺麗に流れる様な女の体捌きによっていなされ、纏う力も同じ様に力の使い方を変えた女に流された。
少女は力が通じなかった事に確かな驚きを見せ、だがすぐに追撃を打ち込む。
それも女は綺麗に流し、それどころかその流れのまま反撃を繰り出した。
少女が何度も見せて貰った、女の使う武術の動きのままに。
そこで初めて女の一撃を食らい、今度は少女が大きく吹き飛んでいく。
だが途中で何も無い空中で跳ねて体勢を立て直し、何事も無かったかのように地面に立つ。
女の一撃は確かに直撃した筈だが、その一撃は少女に一切の損傷を与えていなかった。
「ふうっ・・・!」
女は慣れた構えを取り、少女は無雑作に踏み込む。
武術を修めた女に少女の力は届かなくなり、だからといって女の力は少女に通用しない。
お互いに決め手が無く、お互いに打開する手段も無い。
只々お互いの力がぶつかり合う衝撃が、周囲の環境を蹂躙していく。
踏み込む度にクレーターが出来、少女が吹き飛ぶ度に周囲の地面や石、木々が砕ける。
そしてそれを、少し離れた位置から呆然と見つめる者が居た。
「・・・ははっ、しゃれになってねえな、二人共」
男は偶々この近くを通っており、余りに大きな音がした事で先程ここに辿り着いた。
そして二人の戦いを見て、隙あらば女を撃つ為に銃を構えて―――気が付くと降ろしていた。
怖くなった訳でもない。約束を反故にするつもりも無い。
ただ、二人を見ていて感じてしまった事が有ったから。
「・・・楽しそうにじゃれ合いやがって」
今二人がやっている事は、けしてそんな可愛い言葉で表現して良い内容ではない。
どちらもが明らかに相手を殺す気としか思えない攻撃を、何度も何度も打ち込んでいる。
だがそれでも、何故か男には、二人が楽しそうに見えた。
「あー・・・くそ、気合い入れて来たんだけどなぁ・・・何か気が抜けちまった」
男はそう呟きながら犬の下向かうと、丁度犬は目を覚ましてキョロキョロと周りを見ていた。
犬は男の存在に気が付くと尻尾を振って近づき、お座りをして少女と女に目を向ける。
そちらでは当然だが、まだ二人の戦いは続いている。
凡そ人間同士が放つものではない衝撃音を鳴らしながら、まるでお互い以外は何も見えていないかのように。
「お前が一番最初に見つけたんだな。毛のせいでぱっと見は怪我が解らねえが、大丈夫か?」
男は心配げに犬に訊ねると、犬は大丈夫ですと言う様にわふっと吠えた。
元気そうな事に安心する男だったが、念の為後で病院に連れて行こうと思っている。
ただ今は――――。
「ごめんな、もう少し、あいつ等の様子を見させてくれ」
男は犬の横に腰を下ろし、完全に観戦の体勢に入った。
犬は少し心配げな様子で尻尾も丸まっているが、それでも大人しくそこで待つ。
二人の戦いは相変わらず千日手の様相だ。
だが、少しづつ変化が現れてきていた。
「くうっ・・・!」
女が少女の力を流し損ねる場面が、何度かに一度起きていた。
体勢を崩してしまい、反撃に移れないどころか隙を晒している。
だがその隙にも拘らず少女は追撃が出来ないでいる。
たとえ出来たとしても、その時には既に女は体勢を立て直していた。
「はあっ・・・はぁっ・・・!」
女は段々呼吸が怪しくなっており、少女も同じく息が切れている様に見える。
二人とも無尽蔵の様に見えた体力が、どうやらやっと尽き始めているようだった。
普通ならばそんな事は有りえな力の持ち主達。だが同じ領域に居る者同士なせいか、力を削り合っているせいか、明かな消耗をお互いに見せていた。
そして――――。
「はっ、ははっ・・・本当に、お前は・・・」
女は正気を取り戻した瞳で少女を見ていた。
腕はもう上がっておらず、構えを取る事も出来ていない。
立っているだけで精一杯といった様子だが、それでも一歩一歩少女に近づいていく。
おそらく今少女の攻撃を食らえば、自分は絶命するだろう。
そんな確信を持っていながらも、女は無防備に少女に近づいて行く。
そして対する少女は――――そんな女の腰に、ぎゅっと抱きついた。
女と同じく息は切れ、足元もおぼつかない様子で、女に縋りつく様に抱きついている。
だが顔を上げて女を見つめる目は、まだ正気に戻っているとは思えない。
それでも優しく女を抱きしめ、ふと正気に戻った笑顔を見せた次の瞬間、少女は気を失って崩れ落ちた。
「・・・撃退するつもりじゃなく・・・助けて、くれたんだな、お前は・・・」
女は気を失った少女を地面に落ちる前に抱きしめ、そのまま膝を突いてボロボロと泣き出した。
言葉に出来ない感情を嗚咽で吐き出しながら、少女に感謝してもしきれない想いを抱いて。
そして暫く泣き続け、気が付くと女は座ったまま少女を抱きしめて眠ってしまっていた。
女の頭に既に角は無く、いつも通りの女の姿に戻っている。
「ったく、幸せそうに寝やがって・・・二人抱えて帰れってのかよ・・・」
男はぶつぶつと文句を言いながら二人に近づき、どうしたものかと思っていると犬が少女の下に潜り込む。
そして器用に少女を背中に乗せ、わふっとひと鳴きした。
「ははっ、じゃあその子はお前に頼むよ。この馬鹿は俺が背負っていくから」
男は犬に少女を任せ、自分は女を抱える。
そして携帯端末で二人を見つけた事を伝え、解決した事も伝える。
単眼に約束を守って貰いますからねと言われ、帰る足取りが少し重くなる男であった。
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