葛藤。
少年は悩んでいた。少女との接し方に。
とても可愛らしい格好をして女と出かけて行ったり、男と二人で遊んでいたりする姿を見かけたと思ったら、使用人の格好をして仕事をしている。
この間など、裏に畑を作っていたと思ったら、男を膝枕していた。
少女の振る舞いを見てきた少年には、一体どう接すればいいのか距離を測りかねていた。
ただ、少女はそうではない。この間少年と一緒に仕事をし、仲良くなれたと思っている。
故に今の状況が出来上がっていた。
「くっそ、おいこらぁ!なんでお前は俺ばっか狙いやがる!先に進めねーだろ!」
「気のせいです旦那様」
「絶対気のせいじゃな、あ、また、てめえ!」
「偶々あなたが狙いやすいだけです。ええ勿論。なのでそこで溺れていて下さい」
今部屋には男と女、そして少女と少年がコントローラーを握ってゲームをしている。
多人数対戦型のゲームだ。
少年も別にゲーム機を触った事が無い訳ではない。
なので出来ない事は無いが、それ程上手いわけでは無い。
だが自分の隣にいる少女は、そんな自分よりも慣れていないようだ。
少年は少女に誘われてこの場に居る。最初はてっきり仕事を頼まれたのだと思っていた。
旦那様がもう一人欲しいと言っていると聞いて、二つ返事でついてきた形だ。
少年の困惑を置き去りにして、男は女に文句を言いながらプレイをし、女は徹底的に男を狙い撃ちしている。
少女は楽しそうにピコピコ動かしているが、先ほどからうまく動かせていない。
それどころかステージギミックで自爆している事もしばしば。
だがそれらを気にした様子はなく、とても楽し気だ。
そんな少女を負かすのも気が引け、男を負かすのはもっと気が引ける。
そして女を負かすのは怖い。そもそも上手くて勝てる気がしない。
そんな葛藤を口に出すわけにもいかず、少年は微妙なプレイを見せている。
というかそもそも、仕事を放棄して遊んでいて良いのだろうかとも思っている。
「どうした?遠慮などせず、このごく潰しを叩き潰していいぞ?」
「あ、あはは」
女は少年が遠慮している事には気が付いている。
表現こそ変な人間だが、気遣いが出来ない人間ではない。
ただ伝われば良いのだが、本人の性格上やはり伝わりづらいのが現状だ。
完全に仕事で、相手がお客様とあれば女のスイッチは切り替わるのだが。
「だーれがごく潰しなんですかねぇ」
「すみません旦那様。まさか自覚がなかったとは・・・」
「憐みの面向けんな!」
少年にとってはこの二人の関係も謎である。
女の男に対する言動は、使用人にあるまじきものが多い。
聞いている少年からすれば冷や汗ものだ。
だが男は文句を言うだけで、何か処罰をするなどという事は無い。
それは少女も同じくであり、少女の振る舞いに男が何かを言う所を殆ど見かけない。
なので少年は、この二人は旦那様にとって特別な人間なのだという事で決着していた。
そう判断した少年は、その後は少女との距離をなるべく近くしないように気を付けようとしたのだが、結果はこの通りである。
仕事をしていれば笑顔でこちらに来て挨拶をしに来るし、時には以前のように使用人の服を着て一緒に作業をしだす。
今日など返事をした際に、ニコニコ笑顔で手を握られた。
少年は少女の距離の近さに、自分の耐性の無さも相まって距離を測りあぐねていた。
だが少女はそんな少年の心など知る由もない。
今もなんとかステージをクリアできた事で、少年の手を取って喜んでいる。
少年は少女の顔が近い事にどぎまぎしつつも、その笑顔の可愛さに見惚れてしまっていた。
「あー、ちょっと休憩。疲れた」
2時間程たった頃に、男がコントローラーを置いて言った。
「旦那様一人で騒ぎ過ぎですよ」
「誰のせいですかねぇ!」
「人のせいにするとは、程度が知れますね」
休憩でもこの二人は変わらないんだなと思いながら、少年もコントローラーを置く。
少女もそれを見て、同じように置いた。若干そわそわしているのはご愛敬だ。
「ちっと飲み物とってくる。お前ら何飲む?」
男が立ち上がり、3人に問う。少年はそれを聞いてすぐに立ち上がった。
そういう雑用ならば、やるのは自分だと。
「僕が行ってきます。旦那様はお寛ぎください」
「んー、じゃあ一緒に行くか」
「解りました、お供します」
少年は男の言う通り、共に部屋を出て行く。
女は部屋から動かずに二人を目で見送った。
少年が動かなければ自分が行く気であったが、少年の意思を見て動かなかったのだ。
勿論、男の思惑も理解した上である。
「慣れないか?」
「え?」
男は自身の飲み物を用意しながら、少年に問う。少年は一瞬何を言われたのか解らなかった。
だがすぐに思い至る。おそらく少女の事だと。
「意識してるのがまる解りだからな」
「す、すみません」
「謝る必要はないさ。ただ、そんなに気にする必要は無いぞ」
グラスにお茶を注ぎながら、本当に何でもないように言う男。
その姿を見て、少年はなんとなく気が楽になったのを感じる。
「あの子はまあ、事情が有って面倒を見てる、近所の子とでも思っててくれればいい」
「近所の子、ですか」
「そう思えば少しは気楽だろ。他の使用人連中の態度もそんなもんだしな」
男の言う通り、少女は使用人達には揶揄われている事も有る。
本人はその事実に気が付かない事の方が多いのだが。
ただそれ位の気安さで良いと男は思っている。
流石に以前のアダルトビデオ事件のような事が有れば、その限りではないが。
「年も近いし、お前さんの良い話し相手になるかなと思ったんだがな。想像以上に純情だったみたいだ」
「そ、それは・・・」
男の言う事に身に覚えのある少年は、顔を赤くする。
そんな少年を眺めながら、男は今さっき注いだお茶を飲む。
「ぷはぁー。それに仕事仕事じゃ息がつまる。ちーとぐらい肩の力抜いた方が良いぞ。あの年増みたいになられたら困るけど」
「それは申し訳ありません」
「「うわぁ!?」」
いきなり現れた女に驚き、揃って声を上げる二人。
そして驚く男を冷たい目で見下す女。
「まさか陰口を叩かれているとは思いませんでした」
「あー・・・」
流石に男も本人が居ない所で言ったのはまずかったと思っているのか反論をしない。
女はその様子を見て、深くため息を吐く。
「全く。何時までも戻ってこないから、何をしているのかと思えば」
「あー、すまん。あ、悪いけどあの子に先にお茶持って行ってもらえるか?」
「はい、解りました」
女に謝罪しつつ、少年にお茶を持って行くように頼む男。
少年は即返事をしてお茶を持って行く。
少年はこの時、驚きがまだ後を引きずっていた。故に気が付いていなかった。
このまま戻れば二人きりだと。
「やっぱ無理だったか」
「当たり前でしょう」
暫くして部屋の外からこっそりと中を覗く男と女。
中ではニコニコしながら少年を見つめる少女と、所在なさげにしている少年の姿があった。
男は二人きりにすれば少しはマシになるかなと思っていたのだが、無理だったようだ。
「でも、むしろ好都合か?」
「そう上手く行きますか?」
「さてな」
男の思惑など少年が気が付けるはずも無く、早く戻って来てくれと願うばかりだった。
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