少女の記憶。

 少女の記憶には、赤で染められた物が有る。

 周りの状況がどうだったか、誰が居たのか、自分の状況がどうだったのか。

 そんな記憶は一切ない。


 ただただ、赤いという事だけが、その記憶に残っている。

 何処で出来たのか解らない記憶。格子の中のどこで見たのか解らない記憶が。


 ちゃんと覚えているのは、その後もずっと見慣れることになる格子の景色。

 物心ついた時から見覚えのある景色。売れない奴隷としての日々。

 最初こそある程度お腹が膨れる食事を貰えていたが、日が経つにつれ減っていく食事。


 それでも少女は死ななかった。

 体がやせ細り、力も上手く入らなくなっても、少女は生きていた。

 本来なら、死んでいてもおかしくない。

 いや、むしろ死んでいる方が当然な環境で少女は生き残った。


 少女は、普通では無かった。それを少女自身が自覚していない。

 それは幸せなのか、不幸なのか。







 少女は今日も元気だ。ニコニコといい笑顔で、使用人の服を着て掃除をしている。

 最近では掃除で危なげな感じも無く、使用人が様子見をする必要も無くなってきている。


「角っこちゃん、ご機嫌だねー」


 彼女に話しかけられ、笑顔でコクコク頷く少女。

 彼女の言う通り少女は最近楽しくて仕方ない。

 お仕事も大凡問題なくこなせるようになり、男の遊び相手にもなれ、少年とも仲良くなれた。

 女の形相に驚くのは未だ無くならないが、それでも前よりは大分減った。


 それに最近の少女は自分の種を気にするのを止めた。それも大きく作用しているのだろう。

 自分は自分。そう思い、男に恩返しをしようと、役に立てる技術を覚えている。

 最近では女がやっている事務仕事を教えて貰ったりなど、本格的に勉強している。


「この調子だと、正式に雇う事になるのかなー」


 彼女が少女の頭を撫でながら言うと、少女は満面の笑みを見せる。

 もしそうなら、男の為にもっと頑張れるという事だと。

 男に満足してもらえるように頑張れると。


 ただし、ここに一つ危険な思考が混ざっている。

 少女の思考には、未だ彼女から植え付けられた知識の訂正が済んでいない。

 これは誰も気が付いていない事である。

 もしこのまま男が少女を正式に雇った場合、少女は即日に実行するであろう。

 一人前の使用人扱いならば、やらなければ、と。


「しかし角っこちゃんの角、珍しいよね」


 彼女の言葉に少女はコクコクと頷く。それはそうだろうと。

 少女自身も鏡に映る自分以外は見た事が無いのだから。

 勿論少女も角が生えてる人間は何人か見た。

 だが、自分と同じような角の持ち主は見た事が無い。


「触り心地良くていいよねー」


 彼女はそう言って少女の角を撫でる。

 少女はそれを心地よく受け入れ、なすがままにされている。

 彼女も特に何かを思って言った事では無い。単純に『珍しい』と、ただそれだけだった。

 だからこの話は此処でおしまい。少女も特に続けることは無かった。







「まあ、珍しいよな・・・」


 その会話を陰から見ていた男は、静かに呟く。


「そうやって無駄に格好つけるの止めてくれません?気持ち悪い」

「年増さんは無駄に突っかかって来るねぇ。更年期障害がだんだん酷くなってないか?」

「あ゛?」

「あ゛?」


 合図などいらぬと、交差する二人の拳。

 綺麗なクロスカウンターが男に刺さり、崩れ落ちるのだった。

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