倉庫。
少年は困惑していた。先日お嬢様だと思って逃げた相手が、一緒に仕事をしている事に。
それもとても楽し気にやっている。
使用人の服を着て何の躊躇もなく汚れるその様に、少年は一層困惑する。
そんな呆けている少年に気が付いた少女は、少年を見つめながら笑顔で首を傾げた。
「あ、い、いえ、何でもありません」
少年は顔を赤くして焦りながら仕事に戻る。
少女はそんな少年を不思議そうに見るが、自身も直ぐに仕事に戻った。
本日は倉庫の掃除だ。大仰な掃除ではなく埃を払う程度の掃除。
とはいえこの倉庫も中々に広く物も多い。真面目にやれば1日仕事だろう。
そして少女は真面目にやってしまう子だ。
張り切って一番奥まで行くのは当然、自分の汚れなど気にせず隅からちゃんと掃除している。
そんな少女を見て、少年は呆けていたのだ。
少年は傍にいる少女が何者なのか解らなくなっていた。
以前にお嬢様なのだと思い込み、そのまま他の使用人にも訪ねていない。
故に、未だに少女がお嬢様だと思っていた。
だが少年も余り気にしてばかりではいけないと掃除に集中する。
気にしていると緊張してしまうというのも理由では有った。
なにせ少女は可愛いのだ。耐性の無い少年には、一層可愛く見える程に。
そんな少女と二人きりなどと意識すると、何も出来なくなってしまうだろう。
だが、一心不乱に掃除していたのがまずかった。
いや、誰が悪いといえば、両方悪いのだろう。集中しすぎていた。だから気が付かなかった。
お互いに端から中央に動いて、もう体が当たりそうな程近づいている事に。
故に起こった不幸な事故。
少年と少女は、お互いの尻をぶつけてしまった。
少年はすぐに何が起こったか察知し、体を上げて少女に振り向こうとする。
すぐに謝ろうとしたためなのだが、それは少女も同じだった。
結果、振り向いた少年の手に、同じく振り向いた少女の胸が有った。
「あ、いや、こ、これは」
少年はすぐに手をどけて、顔を真っ赤にしながら焦る。何て事をしてしまったのかと。
謝るべきなのに焦りすぎて言葉が出ない少年。
だが対する少女は、少年が焦る様に不思議そうに首を傾げるだけだった。
少女の中ではただ手が当たっただけなのだ。
故に少女は、とりあえず当たった事を先に謝る為に頭を下げた。
「あ、い、いや、その、こ、こちらこそ申し訳ありません!」
少女が頭を下げるのを見て、物凄い勢いで頭を下げる少年。
だが、少年の頭上からはクスクスという笑い声が聞こえてきた。
少女はあんまり勢いよく頭を下げる少年が、何だか可笑しくなってしまったのだ。
顔を上げた少年はそんな少女を、笑顔を見せる少女を見て、思わず見惚れてしまう。
「楽しそうなのは良いが、のんびりやっていると日が暮れるぞ」
「は、はいぃ!」
何時の間に居たのか、女がドスをきかせた声で二人に声をかける。
少年は驚きのあまり声が裏返ってしまい、少女も流石に驚いた表情を見せている。
女はいつもの鋭い目で二人を見据えていた。
「せめて昼食までにきりの良い所までやっておけよ」
「はい、すみません!」
女の言葉に声が裏返ったまま答える少年と、焦ったようにコクコクと頷く少女。
その様を見た女は眉間に皺を寄せながら、倉庫を出て行った。
当然少女が可愛かったせいなのだが、最近は少年の事も少し可愛がっている。
そのせいで少年は事ある毎に睨まれているのだが、少年が理由を知る由もない。
女が去って行くの見送った二人は、お互いに顔を見合わせる。
目が合った少女は両手をぐっと握り、少年に頑張ろうと意思表示を見せ、トテトテと別の場所に移動した。
少女を見送った少年は、こっそりと少女と同じような動作をして、少女の反対方向に向かった。
「何なんだあの可愛い生き物達は」
倉庫を去った様に見せて女がその様子を見ていた事には、二人共気が付いていなかった。
その後凄まじい形相で仕事をする女が見られたが、使用人達にとっては慣れた事である。
ただし、揶揄った男だけは被害を被っていた。こちらもいつもの事である。
少女は掃除が終わった倉庫を見て、満足気に額の汗を拭う。
そんな少女を見て同じ様に満足気な少年。結局二人共、1日仕事で掃除をやってしまった。
少女は少年の手を取り、女に報告に行こうとする。
少年はいきなり掴まれた手に慌てたが、振り払う訳にもいかず、顔を赤くしてついて行った。
女を見つけ報告する少女と、何時まで手を握られていれば良いのか困ったままの少年。
そして、それを見て眉間に皺を寄せる女。
「随分と仲が良くなった様だな」
「い、いえその、これは」
女は方眉を上げながら言うと少年は焦ったように口を開くが、良い言い訳が思いつかずに結局黙るしかなかった。
だが少女はそんな少年の気持ちを理解する事なく、笑顔でコクコクと頷く。
偶々傍にいた男は、少年を同情する様な気持ちで見ていた。
「とりあえず二人共風呂で汚れを落としてこい。着替えは持って行ってやるから」
「は、はい」
女は比較的静かに伝え、少年はホッとした様に返事をする。
少女は満面の笑みで頷き、手を握ったまま少年と共に浴場に向かう。
一緒に脱衣所に入ろうとして、流石の少年も手を放す様に言った。
「可愛かったな・・・」
その夜、少年は握られていた手の柔らかさを思い出しながら、少女の笑顔を思い出していた。
だが少年は結局、少女が何者なのか聞くのを忘れている。
それに気が付いたのは翌日の朝になってからだった。
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