少女の決意。

 少女の自室にはモニターが有った。

 少女はそれの使い方を知らなかった為、最初は置き物か何かだと思っていた。


 だが男の部屋や彼女の部屋で画面に何かが映っているのを見た事で、その存在に興味を持った。

 少女が使い方を尋ねた結果、彼女が少女に要らぬ知識植え付ける事になったのだが。


 それからの少女は、自室でモニターから流れる映像を見る事が増えた。

 世界の情勢。国内の情勢。他愛のないバラエティー。

 知識を追求する物。ただ何かを紹介する物。

 様々な番組を見て、少女は少しずつ世界を知っていく。常識も、非常識も、どちらも。


 少女は頭は悪くなかったが、今まで何も触れて来なかった。

 物心ついた時から少女は奴隷だったが故に、まともに覚えている一番古い記憶も格子の中だ。

 だから誰も気が付けなかった。少女の吸収力に。何も知らなかった少女が、学ぶ力に。









 だからと言って少女が劇的に変わるわけもなく、あまり変わらない日常が過ぎている。

 最近の少女は、当たり前に様に使用人達に混ざって仕事をしていた。

 少女は物覚えが早く、気が付けばそこに居るのが当たり前の様になっている。

 勿論何処かマスコット的な扱いをされているが、それでも少女の居場所はそこに有った。


「旦那様、よろしいのですか?」

「本人がやりたいっていうなら、良いんじゃない。楽しそうなんだろ?」

「ええ、とても」

「ならいいさ。適度に様子見てやってくれ」

「頼まれずとも、当然です」

「あっそ」


 男と女はそんな少女を楽し気に、そして何処か心配気に見守っている。

 他の使用人達は男が少女を買って来た理由を知らない。

 いや、古くからいる老爺と幼い頃から居た女以外は、少女を何故買って来たのかを知らないというのが正しい。

 だからこそ理由は言わない方が、少女にとって過ごしやすいと男は思っている。


「あ、きたねえ! 今のハメだろ!」

「ハメられるほうが悪いのです」


 先ほどの雰囲気など一瞬で消え去り男が女に文句を言うが、女は完全に切り捨てる。

 二人は今格闘ゲームをやっている。

 コンボゲーによく有る、拾ったら勝ちという勝負がそこでは展開されていた

 男は先ほどから悉く女に勝てないでいる。


「ざっけんなよくそ年増」

「五月蠅いですよ素人童貞」

「素人童貞ちがわい」

「ならば真正の童貞でしたか。その年になって無様ですね」

「てめえだって処女だろうが。俺より年上の癖に男性経験の一つもないとか。ハッ」

「あ゛?」

「あ゛?」


 そして発展するリアルファイト。相変わらず女の勝利、に見えたが今回は様子が違う。

 男は崩れ際に女の足にタックルを仕掛け、マウントを取ろうとする。

 予想外だった女はとっさの受け身しか取れず、面を食らってなすがままに成ってしまった。


 そして男は女の上にのしかかり、女の両腕を抑え込む。

 これで顔に打撃跡が無ければきっとかっこいいのだろう。

 若干鼻血が出ている点もマイナスである。


「そー毎回毎回、負けてられっかよ」

「・・・童貞のくせに」

「はっ、負け犬の遠吠えは聞こえませんねー」

「ちっ・・・あ」


 男が勝ち誇った笑みを見せ、女は舌打ちをする。だが女の視界にとあるものが入った。

 男も女が何かを見ている事に気が付き、その目で確認する。

 そこには何かを悩む少女が、少し開いたドアの向こうから此方を見ていた。


 いつから見ていたのかは解らないが、少女はこの状況を見ていたのだ。

 少女は女が男を組み伏せている光景は今まで何度も見ていたが、逆を見るのは初めてだった。

 だから、目の前の光景がいまいち理解出来ずに悩んでいた。


 だが、そこでふと思い出した。彼女の言葉を。

 男性が何をしたら喜ぶのか。使用人はどういう仕事をするのか。

 奇しくも以前彼女の持っていたディスクの内容と酷似した状態で、男と女はそこに居る。


 という事は、自分は女の仕事を邪魔したのかもしれないと思い至る。

 少女は邪魔をした事を慌てて謝り、その場をパタパタと去っていった。


「どうするんですか、旦那様」

「・・・どうするって、お前」


 少女は確かに頭は悪くない。間違いなく悪くない。

 屋敷の仕事も教えればやれるし、女が教える勉強も何も躓くことなく覚えていく。

 モニターから流れる情報もきちんと覚えている。


 だが、少女の認識は、とある一点が変わっていなかった。

 彼女に教えられた事は本来子供が知る事では無いし、やる事では無い。

 だから「大人になったらする事」なのだ、という認識はまだ消えていなかった。


 故に少女は心に決める。

 いつか、主人に、ちゃんとお仕事が出来る様にと

 早く大きくなりたいなと願いながら、今日の失敗を仲の良い使用人仲間の彼女に言うのだった。

 その日のうちに使用人全員に話が広まったのは言うまでもない。







 その後しばらく女が不機嫌極まりなく、男ですら何も文句を言わなかった。

 それが他の使用人達の更なる噂の燃料になる事など気が付かずに。

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