執事見習い。

「よ、よろしくお願いします!」


 ある日、少年が執事見習いとして屋敷にやってきた。

 とはいってもここでずっと働くわけでは無く、ここで勉強をしていずれ帰る身だ。

 男の友人の家に勤める執事の孫らしい。少女と同じぐらいの年齢だ。

 子供らしい高い声での挨拶が可愛らしく感じる事だろう。


「ああうん、よろしく。まあ、何か困ったらこいつに言ってね」


 男はいつもの調子で軽く返事をし、女に少年の面倒を投げた。

 女もいつも通りと対応し、少年の前に出る。

 少年は女の眼光に固まっていた。相変わらずの女である。


「ここでは使用人の纏め役をしている。何かあれば私に言え」


 この屋敷に「執事」は居ない。

 その役は女が請け負っており、基本的に屋敷の事は女に聞けばほぼ解る。


「は、はい!」


 少女はそれを、何故か使用人の中に混ざって見ていた。

 少女は使用人達に混ざって仕事はするが、使用人ではない。

 あくまで少女がお手伝いをしているだけだ。


 給金の類は発生していない。だからこそ、使用人達も彼女を可愛がっている。

 そこそこお手伝いの出来る、少し面倒を見ていなければいけない子として。


 だが少年がそんな事を知る由もなく、並んでいた使用人に少女を見つけ、自分と同じぐらいの子がいると少し安心した。

 この屋敷では、少年少女と呼べるような見習いは基本雇わない事にしている。

 なのでこの屋敷には、少女以外に女の子と呼べる者は居ない。


 そもそも使用人の数もそこまで居るわけでは無い。

 大きな屋敷だからといって、必要以上に抱える気は無いという男の意向だ。

 雇おうと思えば雇えるが、人があまり多いのが好きでないというのも理由ではある。


「では、まずは屋敷の中を案内しよう。ついて来い」

「はい、お願いします!」


 女が少年を連れて奥に行くと、それを合図としたかの様に使用人は皆散っていった。

 少女は解っていなかった為、皆が散っていくのをキョロキョロと見ていた。

 そして少し悩んだ後、いつもの使用人の彼女にトテトテとついて行こうとする。


 最近は完全に女か彼女が少女の面倒見役になっていた。

 勿論、他の使用人達も面倒は見てくれている。完全にマスコットではあるが。


「あ、ちょっとまって」


 だが少女は男に呼び止められ、すぐに振り返って男の下へ歩いて行く。

 そして男の前でキチンと背を伸ばして、ワクワクした顔で男の言葉を待った。


 その顔を見て男は少し悩む。

 男の些細な言動からも、少女が張り切ろうとするのが最近は解っている。

 だが、流石に今回の事は大丈夫だろうと気楽に結論を出し、男は少女に要件を告げた。


「あの子年近いだろうから、何かあったら様子見て、話し相手にでもなってあげて」


 男は、子供が大人に話せない事が有ると知っている。だから少女に話し相手を頼んだ。

 勿論相手が少女だから話せるという訳ではないが、まだ同じ子供の方が気楽だろうと。

 頼まれた少女はコクコクと頷き女と少年の後を追おうとするが、それは男によって止められた。


「今日は良いから。しばらくしたらね」


 と言われ、少女は首を傾げたものの、素直にコクリと頷いた。

 ただ顔がワクワクしている事に、男は少しだけ不安を覚えたのであった。







 少年が来てしばらくたった頃、少女は言われた通りに少年の様子を見ていた。

 ただひたすらに、物陰からじっと見つめていた。

 そう、ひたすらに様子を窺っていた。少年はいつ自分に話しかけてくるだろうかと。

 そして使用人たちは皆、クスクスと笑いながらそんな少女を見ていた。


「あ、あの、何か用なのかな?」


 最初の頃こそ、仕事ぶりを見られているのかと気にしない様にしていた少年だが、流石に毎日では声をかけずにはいられなかった。むしろ良く今まで声をかけなかった物である。

 声をかけられた少女はやっと男との約束を果たせると、とてとてと少年の傍に歩いて行く。


「あ、あれ?」


 そこで少年は気が付いた。少女が使用人の服を着ていない事に。

 少女には見間違う事などありえない特徴がある。頭に一本の角という特徴が。

 角の生えた少女など、この屋敷には彼女以外見かけた覚えは無い。


 だが少年の目の前にいる少女は、とても可愛らしい服に身を包んだ良家のお嬢様の様だった。

 それにより少年は混乱してしまう。少女はいったい何者なのかと。


「あれ、えっと、君、使用人じゃ」


 狼狽えつつ問う少年の言葉に、ふるふると首を振る少女。

 少女は、自分が使用人として雇える程ではないという自覚が有った。

 何より面倒を見て貰っている身。その恩を少しでも返せればと行動しているに過ぎない。

 だが少年は少女の答えに勘違いをして、一歩下がって頭を下げる。


「す、すみません、てっきり使用人の方かと。失礼な態度を取って申し訳ありません」


 少年は少女がこの屋敷の主人所縁のお嬢様だと、そう認識して頭を下げた。

 ある意味で間違ってはいないが、少女は別にこの屋敷のお嬢様ではない。

 一応客人扱いされては居るものの、そこまで重々しい扱いをされてもいない。

 使用人達には揶揄われ、遊ばれ、愛でられている事からも窺える。


 だが少女は頭を下げる少年を前に、どうしたものかと悩む。

 何故少年が頭を下げているのか解らなかったからだ。

 先の通り、少女はそこまで客人扱いされているわけでは無い。

 皆に気軽に話しかけられているので、少年が何故謝るのかが解らなかった。


 とりあえず顔を上げさせようと、少女は少年の手を取り手と顔を上げさせる。

 それに応じて少年が顔を上げると、にこやかな笑顔でこちらを見つめる綺麗な女の子がいた。

 そしてその女の子は自分の手を握っている。

 そう認識した少年は顔が熱くなっていくのを自覚し、狼狽えたように口を開く。


「あ、あの、て、手が仕事で汚れていますので、その」


 あわあわとしながら口を開く少年を、不思議そうに首を傾げながら見つめる少女。

 その仕草が余計に可愛らしく見え、少年は一層顔を赤くする。

 少年は同年代の女の子に耐性が無かった。

 周囲は大人ばかりで、関わりも仕事での関わりだった。

 故に、同年代の少女に顔を近づけられ、手を握られるなどという事は初体験だった。


「す、すみません、ま、まだ仕事があるんで失礼します!」


 少年はどうして良いのか解らなくなり、その場を走って逃げだした。

 勿論少女の手を無理矢理振りほどく事などせず、優しく手を放してからだ。

 少女は走って去って行く少年をポカンと見つめて見送った。

 そして我に返り、失敗したのだと、少女は少し落ち込みつつ自室に戻る。







「・・・私はあんな事された事ないぞ」


 それを見ていた女は、少年を恨めしそうに睨んでいた。

 暫くなぜ睨まれているのか解らず、訊ねても別にお前は悪くないと返され、びくびくしながら仕事をする日が少年には続いた。

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