今度こそお仕事。

 少女は張り切っていた。

 少女の目の前には、完全に放置されて少女の背丈を越える雑草がこれでもかと頑張っている。

 それを目前にして少女は手に持った鎌に力を込め、目を輝かせる。

 今日は初めて、ちゃんとお仕事が出来るのだと。


 普段少女が着ている服は、女が見繕った可愛らしい服だ。

 だが今日は女が以前用意した使用人の服を着ている。

 鎌も女が研いでくれているので切れ味は十分だ。

 だがそんな事は少女には関係なく、ただひたすらに目の前の仕事に張り切っている。


「お嬢ちゃん、無理しないようにねぇ」


 少女の後ろに座る老爺から声をかけられ、コクコクと頷く少女。

 老爺はそんな少女を孫を見る様な目で見つめる。

 本来この仕事を誰かがやるとするならば、老爺がやる仕事なのだ。

 だが男の一言から少女がやる気になってしまった。


「昔は土いじり結構好きだったんだよな。今やるとしたら裏の放置してる土地ぐらいか」


 と、少女には難しくて良く解らなかった本を読みながら、少女の前で呟いた。

 それを聞いた少女は女にどうしたらいいか、何をすればいのかを聞いて実行に移している。

 自分がやりたいという少女を女も止められなかったのだ。


 なので、普段は表の庭を管理している老爺に監督をお願いしている。

 老爺は自分の仕事はそこまで忙しくないからと、快く引き受けてくれたのだ。

 無論弟子がおり、時間が本当に有ったからではある。


「楽しそうだねぇ」


 少女は、とにかく草を刈っていく。

 裏庭一面に放置されていた雑草を、目につく所からどんどんと。

 少女は最近力が有り余っていた。その余っていた体力を存分に消費しているかの様だ。


 少女自身は知らない事だが、少女の種族は身体能力に優れている。

 奴隷商に居た頃ならばいざ知らず、今は栄養のある食事を毎日食べ、適度な運動をし、睡眠もしっかりとっている。

 本来なら大人でもそこそこ重労働な筈の労働を容易くこなせる程、今の少女は力が余っていた。


「・・・こりゃ凄いな」

「おお、旦那様」


 男は少女の事が気になり、様子を見に来ていた。

 だが草刈りに夢中になっている少女はそれに気が付かない。

 そんな少女に苦笑しつつ、老爺に飲料の入ったグラスを渡す。

 老爺は有りがたくと受け取り、ゆっくりと口に含んだ。


「わりいな、爺さん。手間かけて」

「なんの、孫が出来たみたいで楽しいですよ」

「そりゃ、助かる」


 男は老爺の隣に腰を下ろし、自分も老爺と同じようにグラスを傾ける。

 中身はただの水だが、それを偶々見ていた使用人の一人には昼間から酒を飲む親子にも見えた。

 二人に血縁関係など無いが、男はそれなりに老爺を気遣っている。

 その様子が親子の様に見えるのだろう。


「あの子、どうするおつもりで?」

「・・・まあ、あの子に決めさせるさ。そのうち全部教えてな」

「酷ですな」

「かもな」


 楽しそうに草を刈る少女を見つめる老爺に、男も同意する。

 男は安かったから少女を買ったわけでは無い。男は最初から少女を買うつもりだった。

 書類も確認し忘れたわけではなく、最初から全てを知っている。

 全てを知って少女を買いに行ったのだ。


「今は、楽しく生きさせてやりたい。遊ぶ事も知らない子だ。本当に、何も、な」

「・・・ですなぁ」


 二人が何かを想いながら少女を見つめている間に、少女は草を全て刈ってしまった。

 刈り終わった少女の顔は、達成感でいっぱいだ。

 額に落ちる汗を拭い、老爺を見て、初めて男の存在に気が付いた少女は急いで男の下に向かう。


「おつかれ。ほら、飲みな」


 男は駆けて来た少女に飲み物を渡し、喜んで少女は受け取る。

 だが少女の笑顔は、次の男の言葉で消えてしまった。


「なあ、爺さん、刈るんじゃなくて抜かないと駄目じゃね?」

「そうですなぁ」


 渡された飲み物を持ったまま、少女は固まってしまう。

 この世の絶望のような顔をする少女を見て、男は自分の失敗に気が付いた。


「ま、まあ、さっきの状態だとそれどころじゃなかったし。手伝うから少しはやっちまおう」


 慌てて慰めようと口にした事を、男は暫く後で後悔した。

 少女は全てを抜ききるまで作業を止めることは無く、それを見ていた男は途中で手を止められなくなった。

 そんな二人を、老爺は愛おしそうに、そしてどこか寂しそうに見つめていた。

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