お散歩。
「良い天気だねぇ」
少女は自分の頭を撫でながら言う彼女にコクコクと頷きながら歩く。
その手にはリードが握られており、リードの先には主人の飼い犬が繋がれている。
連れているのは大型犬だが、穏やかな気性で少女が引っ張られる事もない。
むしろチラチラと心配そうに少女の様子を見ている程だ。
「角っこちゃん、あっちの方行こうかー」
一緒に付いて来てくれた彼女に従い進行方向を変えると、犬が察してゆっくりと移動する。
犬が少女より大きいため、傍から見るとどちらが散歩して貰っているのか疑問に思う程穏やかに付き従っている。
少女はそんな事には気が付かず、気合の入った表情で歩を進める。
彼女は少女と犬の行動を見て、思わず吹き出してしまう。
「あはは、楽しそうだねぇー」
少女を見て笑う彼女に首を傾げるが、少女は何がおかしいのか解らない。
なぜなら少女は、主人に頼まれた仕事を頑張っているつもりなのだから。
例え傍から見れば犬に散歩して貰っている様に見えようとも、少女自身は真剣なのだ。
「あ、あの子友達なんだよ」
彼女が指をさす方向の先には、小型犬を散歩させている老婆が居た。
小型犬は嬉しそうに犬の傍によって来ると、お尻の匂いを嗅ぎ合った後にお腹を見せた。
そのお腹に鼻を埋める犬と、尻尾を振って成すがままにされている小型犬。
「あら、可愛らしい子がお散歩しているのね」
犬の行動を観察していた少女だったが、老婆に話しかけられてはっと顔を上げる。
慌てて頭をぺこりと下げると、老婆は優しく微笑み挨拶を返してくれた。
「お婆ちゃん、今日は旦那さんは?」
「寝てるのよ、今日は」
彼女が老婆と世間話をし始めたので、少女は小型犬に近づく。
犬は少女が小型犬の傍に来ると、そっと離れてお座りをした。とことん賢い犬である。
小型犬は『撫でるの? ねえ撫でるの?』と言わんばかりに尻尾をぶんぶん振っている。
腹を撫でてあげると一層嬉しそうにする小型犬に、少女も何だか嬉しくなった。
「あらあら、よかったわねー」
「あははっ」
その光景をにこやかに見つめる老婆と彼女に気が付かずに、少女は小型犬のお腹を撫で続ける。
隣で『僕も撫でてくれないかなぁ』と見つめる犬の視線にも気が付いていなかった。
「お帰り」
屋敷に帰ると女が少女を出迎える。
流石に最近、女の声で少女が驚くことは減った。人間とは慣れる生き物である。
だがそれでも女がこちらをじっと見ていると、何かしたかと少女は不安に思うのだが。
「手を洗ったら自室に戻っていろ」
女は犬を預かると、少女にそう告げて屋敷に入っていった。
少女は付いて来てくれた彼女に礼をして、言われた通り手を洗って自室に戻る。
待っている間ベットの端に座り、足をポフポフとクッションに当てて遊ぶ。
最近、少女はこうやって待つのが習慣になっていた。
「何をしている」
音もなく現れた女の言葉に、少女は驚き過ぎて心臓をバクバク鳴らしながら女に顔を向ける。
女はギリィと音が鳴りそうな程歯を食いしばりながらこちらを見ていた。
少女は立ち上がり、直ぐに謝った。
何が悪いのかは良く解らなかったが、きっと怒られる事だったのだろうと。
「・・・菓子だ。食え」
女はそんな少女に目を向けず、テーブルに菓子とお茶を置いて去っていった。
最近慣れてきたと思った矢先に驚いてしまった事に、少し落ち込みつつ少女は菓子を口に運ぶ。
菓子を口に含んだ瞬間少女は先ほどの悩み顔が完全に消え、幸せそうな顔で手足をバタバタさせていた。
「せんぱ――」
前方に女を見つけた彼女は女に声をかけようとして、今はダメだと確信する。
女が今、凄まじい形相で少女を見つめている事に気が付いたからだ。
「あの人なんでああかなー。もうちょっと普通に笑えばいいのに」
そう、女は何も怒ってないどいない。最初から何も。
女はただ、唯々あの少女が可愛く愛おしく思っていた。
ただそれが一般的な感情表現や表情と一致していないだけで。
女の中では、屋敷の誰よりも少女を可愛がっているつもりだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます