初めての仕事。

「ん、どしたのその恰好。というか良くサイズが有ったな」


 男はノックも無しに自室に入って来た女を咎めもせず、その横に居る少女の格好の疑問を先に解こうとした。

 少女は今、使用人たちと同じ格好をしている。

 少女用の大きさの服が無かった為に女が急遽昔の服を繕い直して合わせた服なのだが、そんな事は少女と男が知る由もない。


「仕事をしたいと言ったので取り敢えず着せました。貴方の役に立ちたいそうなので置いて行きますね。私はまだ他の仕事が有りますので、終わり次第様子を見に来ます」

「え、いやおい」


 女は男の返事など無視して、少女を部屋に置いて去っていく。

 おいて行かれた少女は何かないかと期待を込めた目でこちらを見ていた。

 もしこの少女に尻尾が有ったなら、パタパタと振っていただろう。

 内心、子守任せて行きやがったアイツと思いながら男は悩む。


「んー、仕事、仕事ねぇ」


 男は少女に仕事をさせる気はなかった。

 少なくとも少女が少女でなくなるまでは自由にさせる気だった。

 なのでやらせる仕事など、特に思いつくわけもない。


 男は自室をぐるっと見て、何かを思いついたように戸棚を開ける。

 少女が首を傾げつつ見つめていると男は何か大きな箱を持ってきた。

 持ってくる際にガチャガチャと騒がしく音が鳴っている事に、少女は一層首を傾げる。

 一体中身は何なのだろうと。


「この中に色々ゲーム突っ込んでてさ。買ったり貰ったりしたものの遊んでない物もあった気がするんだよ」


 男はそう言いながら、少女が習った文字で書かれている大きな本やサイコロ、複数のカードなど、色んな物を出していく。

 男は適当にそれらを出した後、少し悩んで一つのボードゲームを少女の前に置いた。


「これなら、確かルール簡単だった筈」


 男は中に入っていた説明書を開き、少女にゲームのルールを説明する。

 少女は男の言う事を真剣に聞いてちゃんと覚えようと張り切っていた。

 男はそんな少女に笑顔を向けていたが少女は説明書を真剣に見つめていたため、その表情には気が付く事は無かった。








「旦那様、お飲み物をお持ちしま―――」


 女が男の部屋に今度はちゃんとノックをして入り、目に入って来た光景に絶句した。

 少女が涙目で男を見つめており、男は苦笑いをしながら頬をかいていたからだ。

 女は無表情で男の下へ歩いて行き、男の頭を鷲掴みにした。


「いだだだだだ!!」

「どういう事かお聞かせ願えますか?」


 女はとても柔らかく優しい声音で男に問う。

 その腕には血管が浮くほど力が込められているが、あくまで口調は優し気だ。

 少女はその光景にビクリとした後、固まってしまった。

 女のこんな声を聞いた事は初めてだったし、何故こんな事になっているのか解らなかったからだ。


「痛い痛い! 聞いてからやれよ!!」

「これは申し訳ありません女の敵め」

「だから話聞けって!」

「なんですかロリコン」

「やましい事はしてねぇ!」

「みんなそう言うんですよペドフィリア」


 何故女がこんな事をするのかは解らないが、女は自分を見て行動したと少女は理解していた。

 故にこの光景は自分のせいではないかと少女は思うがどうしていいか解らず、やはり唯々狼狽えるばかりだった。








「はあ、なるほど」

「ほら、別におれ悪くないだろ」

「泣かせたのは事実です」

「いや、そうだけどさ・・・お前が言うなよ」


 男は事情を頭をさすりながら説明するが、女は変わらず冷たい態度だ。

 少女が半泣きだった理由は至極簡単な話だった。少女は自分の不甲斐無さが悔しかったのだ。


 少女はゲームが下手だった。

 最初の方は良かった。まだ初心者だからと、こういう遊びをした事が無いからだと男は言っていたし、少女もそういう物かと思った。

 実際少女は遊びという事をした事がない。だからこその下手さは確かにあった。


 だが少女のゲーム下手は半端では無く、どのゲームをやっても悉くお話にならなかった。

 最終的に運が物を言う種類のボードゲームをやる事になった。

 それでも酷い負け方をしてしまったせいで、男も何も言えなくなってしまったのだ。


 少女はあまりにも下手な自分が何だか悔しくて、主人の相手をちゃんと出来なかった事が悔しくて泣いていたのだ。

 けして女が言った様な、不埒な事をしようとしていたわけでは無い。


 女もそれは理解していた。先の言動はある程度理解した上での言葉だ。

 何らかの理由で少女を泣かしたと判断し、腹を立てただけの事だった。

 ただの八つ当たりである。

 普段自分が少女を怯えさせている事などは、勿論完全な棚上げだ。


「まったく。ほら、とりあえずこれでも飲んで落ち着け」


 女はため息をつきながら少女に持ってきた飲み物を渡す。

 少女がわたわたとそれを受け取ると、女は少女の後ろに座った。

 手には持ってきたもう一つの飲み物が有る。


「・・・俺のは?」

「ありませんよ?」


 女は当たり前の様に飲みながら男に応える。

 男は半眼で女を見るが、女は一切気にしない。気にしているのはむしろ少女だ。

 二人の顔をオロオロしながら見ている。

 少女はハッとして男に自分の飲み物を差し出すが、女にひょいと取り上げられて横に置かれる。


「旦那様は絶食の修行中だ。絶対に渡すな」

「何時からうちは修行僧の館になったんですかね」

「久々にこれでもやりましょうか、旦那様」

「無視すんなよ・・・」


 女は男に飲み物を渡す気が無い様だ。おそらくまだ少し怒っているのだろう。

 男の咎めも無視して、傍に有ったボードゲームを少女の頭越しに用意しだす。

 少女はやはりオロオロしているが、男がそれ以上何も言わずに女の用意を手伝い始めたのを見て首をかしげる。

 そもそも女はなぜ自分の後ろに居るのだろうかと。


「ほら、やってみろ」


 用意が出来ると女は少女に声をかけ、少女は慌ててボードゲームに目を向けてコマを動かす。

 暫く男と少女の遊戯を黙って見ていた女だが、途中で少女の手を掴む。

 勿論力はそこまで籠っていない。


「今、何処に置こうとした」


 女に聞かれた少女はボードと女の顔をきょろきょろした後に、動かすつもりだったところを恐る恐る指さす。


「そうするとこう動かれて、後はそのまま逃げ道が無くなる。そこを取られるともう何もできずに終わる。そっちは囮だ。捨てておけ」


 女は少女に的確なアドバイスを下す。女は少女を勝たせるためにここに残ったのだ。

 いや、今勝たせることが出来なくても良い。ちゃんと遊べる程度にしてやろうと。

 少女は女の言葉に驚きながらも、アドバイス通り素直にコマを動かしていく。


 その後も女の指摘を聞いた少女は、教えられるたびに女に尊敬の気持ちを抱いていた。

 自分では全然分からない事を、女はすぐに見つけて教えてくれる。

 そして女の甲斐あって少女は遊びを楽しむ余裕ができ、男はそんな光景を優しく見ていた。

 無論少女が楽し気にし始めたあたりから、女の形相は酷い物だったが。









「結局一日遊んじまった」

「仕事残ってたんですけど、どうしましょうか」

「お前・・・終わらせてから来たんじゃないのかよ・・・」


 遊び終わった後の二人の会話に、自分が仕事をしに来た筈だったことを思い出した少女だった。

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