勝利を信じて








それから、改めてミコの紹介をして、

みんなで今後について確認して――


きたる勝負の時までの僅かな時間を、

各々で過ごそうという話になった。


温子さんは爽と

ホールデムについての打ち合わせに。


龍一は黒塚さんと羽犬塚さんを連れて、

妹さん――美里ちゃんの介抱に。


そして、先輩とミコは、

それぞれ分かれて武器を探しに向かった。


それぞれがそれぞれの過ごし方を選ぶ中、

じゃあ僕はどうしようかと考えて――


結局、那美ちゃんと二人で過ごすのが、

一番いいのかなという結論に至った。





「……もう何が来ても、

驚かないと思ってたんだけどなぁ」


「ん、何の話?」


「ミコちゃんのこと。

琴子ちゃんも殺し屋だったんだなって」


「あと、いきなり晶ちゃんのことを

投げ飛ばしちゃうし」


「あー、普段の琴子のイメージとは真逆だもんね。

無愛想で近寄るなオーラ全開だし」


「そうだね。

でも、根っこのところはちゃんと同じだと思うよ」


「えっ、根っこって……どこが?」


「晶ちゃんのことを大好きなところ」


「いやぁ、ないない。

昔からミコは僕より琴子姉さんに懐いてたし」


「どっちかっていうと僕は、

琴子姉さんのオマケって感じだったかな」


「そういえば、お姉さんと琴子ちゃんの名前が

同じなのって、何か意味があったりするの?」


「んー……父さんが付けたのかもしれないけれど、

ミコの希望なんじゃないかなって思う」


「お姉さんみたいになりたかった的な?」


「うん。実際、妹のほうの琴子は、

琴子姉さんに雰囲気が似てる気がするかな」


転じて――琴子はミコの中に、

後から作られた人格だっていうことだ。


もっとも、それが分かったところで、

琴子が僕の妹であることには変わりない。


大事なのは琴子の生い立ちじゃなくて、

琴子とどう過ごしていくかだ。


「でも、今後はミコも生活に混じるとなると、

色々と苦労しそうでちょっと怖いか」


「ミコって昔から猫みたいっていうか、

警戒心と好奇心の両方が強かったから」


「でもって、興味ないものはすぐに飽きて投げ出すし、

困ったことがあったら実力行使だしね」


おかげで、どれだけ僕が

ごまかしついでに引っぱたかれたか。


しかも、ミコの攻撃は

避けにくい上に痛いから性質が悪い。


「……ちょっと羨ましいかな」


「えっ、どうして?」


「晶ちゃんを一番古くから知ってるのって、

私だと思ってたから」


「……そっか。そうなるのか」


言われてみれば、って感じだけれど。


「でも、関係ないよ。

僕の一番最初にできた友達は那美ちゃんだし」


「それに……」


「それに?」


「それに……僕が一番好きなのも、

那美ちゃんだから」


口にした途端――

那美ちゃんが真っ赤な顔で固まった。


急に会話が途絶えて、

部屋の中がしんと静まった。


その静けさに敏感に反応した耳が、

お互いの呼吸の音を拾い上げる。


それが何だか無性に恥ずかしくて、

少しの間、息一つをするのにも慎重になった。


けれど、そうすればそうするほど、

今度は荒く胸を打つ鼓動の音が気になった。


そんな気恥ずかしさが落ち着いてくると――

入れ替わるようにして、不安が少しずつ胸を昇ってきた。


……会話を止めてしまったけれど、

今の流れで言うのはまずかっただろうか?


那美ちゃんは、今の僕の言葉を、

どういう風に受け止めたんだろうか?


そんな不安が、

向こうにも伝わったらしい。


「……どうしたの、いきなり?」


那美ちゃんは、固まった会話を溶かそうとしてか、

ぎこちない笑みを浮かべた。


「あ、もしかして、気を遣ってくれた?

私が羨ましいって言ったから」


「いや、気を遣ったとかじゃないよ。

そのままの意味」


「えっ……」


「それと、いきなりじゃない。

ずっと前から言おうと思ってた」


那美ちゃんの顔から、

笑みが消える。


冗談じゃないことを察してくれたらしく、

動揺のままに手で口元を多う。


その那美ちゃんの様子を見て、

一度、大きく深呼吸した。


「でも、なかなかタイミングが合わなかったり、

僕に勇気が足りなかったりで、言えなかったんだ」


「そうしてぐずぐずしてる間に、

那美ちゃんと疎遠になって……」


「結局、きちんと言うまでに、

凄く遠回りをしちゃった」


遠回りをしている間に、

色んな女の子と知り合った。


何かがもう少し違っていれば、もしかすると、

他の人を好きになっていたかもしれない。


それくらい、みんな魅力的だった。


でも……僕の中から、

いつまでも那美ちゃんは消えなかった。


当然だと思う。


どれだけ冷たくあしらわれても、

折れそうになっても。


子供の頃からずっと一緒に過ごしてきた好きな人を、

忘れられるはずなんてない。


「もしかするとこの時間が、

僕らにとって最後になるかもしれない――」


「そう考えたら、やっぱりちゃんと

言っておきたいかなって思ったんだ」


改めて、

那美ちゃんの真っ赤な顔を見つめる。


相手にも聞こえてしまいそうなほど、

自分の心臓が高鳴っているのが分かる。


恥ずかしさだったり緊張だったりで、

つい茶化してごまかしたくなる/目を逸らしたくなる。


それでも――


「だから、その……」


さっき好きだと言えた勇気を

両手で握り締めて、何とかその気持ちを堪えた。


声がなるべく震えないように、

大きく息を吸って――言った。


「僕は、那美ちゃんのことが好きです」


「ずっと好きでした」


「あの笹の林で出会った時から、

ずっとです。ずっと、ずっと……」


「だから、ここから生きて帰った後に、

僕と付き合ってもらえませんか?」


那美ちゃんの目を見る。


と、その潤んだ瞳から、

どんどん涙が溢れてきた。


「えっと……な、那美ちゃん?

大丈夫?」


どうしていきなり泣き出したんだ?


思う間に、那美ちゃんが屈み込むように体を丸めて、

細かく震え始めた。


手で押さえた口元からは、

小さく嗚咽が聞こえて来た。


「あー……ごめんね。

僕の都合で、変なこと言って」


……まあ、仕方ないか。


前みたいに仲良くしようとは言っても、

僕は那美ちゃんを殺しかけたわけだし。


そんな男に告白されても、

ただ怖いだけだろうし。


「とりあえず何もしないから安心してよ。

もう、僕は絶対に那美ちゃんを傷つけない」


「って、言ってる傍から泣かせてたら、

説得力ないかもしれないけれど……」


那美ちゃんが嗚咽を漏らしながら、

ぶんぶんと頭を横に振る。


……こうなったら、変に言い訳しないで、

素直に謝って終わりにしよう。


玉砕した辛さよりも、

那美ちゃんに泣かれるほうがずっと嫌だ。


「嫌がらせをするつもりじゃなかったんだけれど、

僕の気持ちだけを優先しちゃってた」


「本当にごめん。

もう二度と言わないから、泣かないで」


「っていうか、

那美ちゃんが嫌なら――」


「嫌じゃない!!」


部屋を出るよ――と言いかけたところで、

那美ちゃんがいきなり怒鳴った。


その予期していない大声に、

思わず背筋が伸びた/首が竦んだ。


そうして、さっきよりも

少し高くなった視点から――


那美ちゃんの、

ぐしゃぐしゃになった顔が見えた。


「ちがうの……嫌じゃないのぉ!

嬉しいのぉ……」


「わだしもっ、ずっと、ずっと晶ちゃんのこと、

すぎだったがらぁ」


「那美、ちゃん……」


「でもっ、わだし、

あぎらちゃんに酷いこどしででっ……」


「なのにっ、それなのにあぎらちゃんはっ、

すぎっでいっでくれでっ」


「わだしっ、う、嬉しくて、

なみだっ……とまらないっ……」


那美ちゃんが、

目元を手の甲で何度も拭う。


それでも掬いきれない涙が、

真っ赤な顔を伝って床に落ちていく。


その子供みたいな泣き方がいじらしくて、

何かしなきゃという気になって。


自然と、那美ちゃんを抱き寄せた。


「あっ、あぎら、ちゃん……」


胸に直接伝わってくる涙声。


その温かい響きに/温かい体に、

大きな喜びと深い安堵の気持ちが湧いてきた。


「……よかった。

嫌がられたのかと思っちゃった」


「ばか……いやなわけないでしょ……」


「うん、ごめん」


「ばかぁ……」


那美ちゃんが僕の背中に手を回して、

強く抱き付いてくる。


大好きな人がそうしてくれることが嬉しくて、

僕もまた那美ちゃんの体を抱き締めた。


でも、どれだけくっついても、

全然足りている気がしなかった。


胸の中ですすり泣く那美ちゃんの頭に

頬を擦りつける。


もっともっとくっつきたくて、

二人で融け合うように体を寄せる。


匂い/体温/鼓動の音――

伝わってくる色々なもの。


その全てが愛おしくて、心の底から、

この人を好きになってよかったと思えた。


「晶ちゃん……」


「那美ちゃん……」


お互いの名前を呼んで、

どちらからともなく見つめ合う。


那美ちゃんの真っ赤な顔で、

世界がいっぱいになる。


その中心で、潤んだ瞳がゆっくりと閉じられて、

目の端からまた雫が頬を伝っていった。


嬉しくて止まらないと言っていた涙。


その温かさを僕も分けて欲しくて、

那美ちゃんの頬に自分の頬を押しつけた。


そして、少しだけ顔をずらし――


心が求めるままに、

那美ちゃんの唇へそっと口付けた。


強く抱き締め合った体と正反対な、

優しいキス。


その初めての感触は、

とろけそうなほど甘く柔らかくて。


まるで、初めて手を繋いだ時のような、

幸せな気持ちで一杯になった。


子供の頃からずっと一緒だった女の子と、

やっと、深いところで繋がれたような気がした。








各々で過ごす時間は、

あっという間に過ぎ去り――


「――それじゃあ、

最後にもう一度確認をしようか」


待ち合わせ場所に全員が集まったところで、

温子さんがみんなの顔を見回しながら切り出した。


「まず、チームは二つに分ける。

志徳院葉と戦う組と、獅堂天山と戦う組だ」


獅堂組こっちはもう既に、

私と晶くんとミコちゃんの三人で決まってるんだよね」


「だから、この三人以外は、

志徳院さんのほうに行ってよ」


「ミコちゃんって言うな」


「獅堂は化け物だけど、

ミコちゃんも含めた三人なら勝機はあると思う」


「おい……」


「そういえば、志徳院組こっちが先に終わったら、

黒塚さんを手伝いに行かせたほうがいいですか?」


「いや、それは必要ないかな。

獅堂相手だと個々の能力より連携のほうが大事だし」


「その点、勝手の分かる三人だけのほうが、

勝率が高いと思う」


「あと、そっちは死神を警戒したほうがいい。

勝ちが決まった後なんかは、特にね」


「あれ? カジノエリアって、

暴力行為は禁止じゃないんですか?」


「五日目からは、全てのエリアで

戦闘が解禁されることになってるんだ」


「安全な場所はどこにもない。

つまり、死神がいつでも暗殺を仕掛けてくるってこと」


「じゃあ……“審判”を使った葉さんだけが、

暴力から守られるんですね」


「逆に言えば、向こうも暗殺が怖いから、

“審判”は必ず防御に使うと思っていい」


「他の攻撃的な機能に関しては、

考慮から外してしまって構わないだろうね」


「……分かりました。それじゃあ、

黒塚さんはありがたくこっちで頂きます」


「どうぞ。あと、武器もある程度持っていっていいよ。

拳銃レベルだけど、銃器も確保できたし」


「うおー! マジで本物の銃だ!

ちょっと撃ってみていい?」


「そうだな。余分があるなら、

全員で一度くらい試し打ちしてみるか」


「……あれ、温ちゃんが優しい?

絶対怒られると思ってたのに」


「お前は私を何だと思ってるんだ……」


「練習しとこーゆー話やろ。

いざ使お思っても、いきなりは使われへんやろし」


「俺も黒塚さんも、

いきなり後ろから撃たれるんは勘弁やしな……」


「っていうか、持ってたとしても、

使わないのが一番いいわよ」


「羽犬塚さんなんか、

引き金を引けるかどうかも分からないし」


「ううん、引く! いっぱい引くよ!」


「……いっぱい引かれたら、

それはそれで困るんだけど」


『私も頑張る!』という羽犬塚さんの意思表示に、

黒塚さんが引きつった笑顔を浮かべる。


……争いごとへの適正とかを考えても、

羽犬塚さんには銃を持たせないほうがいいんだろうな。


「そういえば、カジノエリアには、

残る全員で行くんだよね?」


「そうだね。誰かを残して行く意味もないし、

全員で行くほうが安全だろうから」


「じゃあ……ここでいったん

お別れってことになるのかな」


獅堂天山がこの迷宮に出現するのは、

日付が変わる午前零時。


その時間が近づけば、獅堂との遭遇を嫌って、

葉が脱出してしまう怖れがあった。


それを回避するためには、

なるべく早く葉に勝負を挑まなければならない。


「……勝てるよね?」


「もちろん、勝つつもりだよ」


「とーぜんっしょ」


準備万端ってところか。

それなら、後はもう信じるだけだな。


「黒塚さん、龍一。

大変だと思うけれど、みんなをお願い」


「おー、任せとけや。

肉壁くらいは上手くやったるわ」


「いや、それ割とシャレになってないから……」


「冗談やって。

死なない程度にがんばりますー」


「いいから余計な心配してないで、

そっちもちゃんとやりなさいよ」


黒塚さんが

激励と共に蹴りを入れてくる。


その、そこはかとなく本気で痛い蹴りに、

苦笑いと共に『頑張るよ』と返した。


そして――さっきからずっと視線を感じていた、

那美ちゃんのほうへと向き直る。


「那美ちゃんも気を付けて。

羽犬塚さんと二人で温子さんたちを助けてあげて」


「……うん、分かった」


「私も頑張る。いっぱい撃つからっ」


いや、なるべく撃たないで下さい。


「晶ちゃんも……」


「……うん」


那美ちゃんの言葉に強く頷く

/見つめてくる瞳を真っ直ぐに見返す。


言葉は少なくても十分だった。


目が合っただけで、

気持ちが通じたのが分かった。


「ミコちゃんと真ヶ瀬先輩も、

晶ちゃんのことをお願いします」


「保証はできないけど、

できるだけ死なないようにはするよ」


「元々、晶くんを巻き込んだのは私だし、

晶くんのことが好きだからね」


……先輩にその恰好で好きって言われると、

何かこう微妙な気持ちになるんですが。


「ボクは晶が嫌いだけど、

那美ちゃんが言うから仕方なく守ってやる」


「いや……わざわざ嫌いって言わなくても」


それくらい分かってるし――と苦笑いを見せたら、

どうしてかミコに思いっきり睨まれた。


な、何かよく分からないけれど、

後ろから刺されないようにだけ気を付けよう……。


「それじゃあ、私たちはそろそろ行くよ。

相手も待ちくたびれてるだろうからね」


「あ、温子さん。ちょっと待って」


「うん? まだ何かあるの?」


「ああいや、別に大したことじゃないよ。

ただ、こういうのもいいかなと思って」


はい――と、みんなの前に手を差し出して、

そこに温子さんの手を重ねる。


びっくりしたような顔で、

じっと僕の手を見つめてくる温子さん。


けれど、すぐにその顔は笑顔に変わり、


「そうだね。こういうのもいいか」


他のみんなにも、

手を重ねるように促した。


「へー、何か委員長っぽいじゃん」


「ぽいじゃなくて、委員長だからね」


にひひ、といつもの笑顔を浮かべつつ、

爽の手が温子さんの手の上に。


そこに、龍一が/羽犬塚さんが/黒塚さんが

/那美ちゃんが手を重ねていく。


「はい、ミコちゃんも」


「何でボクまで……」


「みんなで同じ方向を目指してる仲間だからだよ。

ほら、早くっ」


那美ちゃんがぱっとミコの手を取って、

強引に自分の手の上に重ねる。


その一瞬の早業にびっくりしたのか、

大きな目を丸くして、瞬きを繰り返すミコ。


……あれ、本当に不思議だよなぁ。


暗殺者の警戒をかい潜って、

いきなり手を掴んでくるんだから。


でも、そこが僕の、

こっちの世界への入り口だった。


その入り口に立てたんだから、

ミコもきっと上手く馴染んでいくだろう。


「後は先輩だけですよ」


「えーっ、私もやらなきゃダメ?」


「嫌そうに言ってても、先輩が実は

こういうのを好きだってことは知ってますよ」


「ふふっ、さすが晶くん。

やっぱりバレてるか」


「そりゃまあ、

どれだけ振り回されたと思ってるんですか」


引きつった口元を見せてやる。


それに先輩は、とてもとても嬉しそうに笑って、

みんなと手を重ねてきた。


若干、ミコが嫌そうにしたものの、

これで全員の手が揃った。


大きな手/小さな手/柔らかな手

/傷だらけの手――


それらは“判定”みたいにそれぞれが違っていて、

誰一つとして同じものはない。


歩いてきた/触れてきたものが、

年輪みたいにその人だけの手を作っている。


そんな様々な手が、

今、僕の上に重みと温かみを感じさせてくれていた。


みんなが一つの目的のために

共鳴している実感があった。


「……僕さ、こっちの世界に来た時って、

ずっと一人なんだろうって思ってたんだ」


「でも、那美ちゃんと出会って、

手を引かれて、みんなと知り合って……」


「今はこうやって、

運命を共にできるようになった」


「こんな状況で不謹慎かもしれないけれど……

そのことが凄く嬉しいんだ」


「みんな、僕と知り合ってくれて、

友達になってくれて、本当にありがとう」


重ねていた手から

みんなの顔へと視線を移す。


そこには『何を当たり前のことを言ってるんだ』

とばかりの笑顔が並んでいた。


その、当たり前だと思ってくれていることも、

思わず泣きそうになるくらい嬉しかった。


「僕は、みんなを信じるよ。

だから、みんなも僕を信じて欲しい」


「勝とう」


「勝って、またみんなで、

笑って過ごせる生活に戻ろう」


全員で頷く。


それから、重ねた手に向かって、

みんなで『勝とう!』と気合いを入れた。


それがどんなに困難なことだとしても、

可能性を信じてぶつかっていく。


これからも、

みんなと日々を過ごしていくために。


那美ちゃんと、

失った時間を取り戻していくために。







“この観音開きの扉には、

つくづく縁があるな――”


もはや慣れた扉の重みにぼんやり思いつつ、

温子がカジノエリアの扉を開く。


「へー、こんな場所あったんだ!」


暗鬱とした迷宮とは対照的な

明るく清潔感のある広い空間に、連れが声を上げる。


その声に反応して、

勝利すべき相手がソファ越しに振り返ってきた。


「随分遅かったのね。

待ちくたびれちゃった」


「それは悪かった。

準備は万端だから、すぐに始めよう」


「ふーん……万端っていうのは、

その初めて見る子を連れて来たこと?」


葉が目を向けた先で、

温子の“準備”が手を高々と挙げる。


「朝霧爽でっす!」


「初めまして。志徳院葉よ。

葉って呼んでちょうだい」


「……それで、朝霧爽っていうことは、

朝霧さんの双子の妹さんで合ってる?」


「“双子の妹”だと把握しているということは、

事前に資料でも見ていたのか?」


「ええ。朝霧さんの参加は、

かなり前から決まっていたから」


「なら、紹介の手間が省けるな。

これからのゲームは爽にもテーブルに着いてもらう」


「別にルール上は問題ないだろう?」


「ええ、もちろんよ」


笑顔で了承して、

葉がソファから立ち上がる。


「うっわ! よく見るとこのおねーさん、

超美人さんじゃん!」


「ふふ、お姉さんなんて随分とお上手ね。

言われて悪い気はしないけど」


「えっ、だっておねーさんじゃない?

私たちとそんなに年離れてないでしょ?」


「ああ、言い忘れてたけれど、

彼女には私たちと同い年の子供がいる」


「はぃいいいいっ!?

何それマジでっ? 嘘でしょっ?」


爽が目を擦りながら、

疑惑の人の頭頂から爪先まで何度も見直す。


「随分、面白い妹さんね。

どうやってここに連れてきたの?」


「それを教えてやる代わりに、

須賀さんをどこへやったのか教えてもらおうか」


ざっと部屋を見回しても、警戒していた御堂数多や、

人質のはずの須賀由香里の姿はどこにもなかった。


前者はどこかに潜ませているとしても、

今さらになって人質を何故隠すのか。


「由香里ちゃんなら、

もう脱出させちゃった」


「……脱出? なぜ?」


「あの子の扱いをどうしようか迷っちゃって。

私も脱出した後に決めようと思ったの」


「ほら、私が一位で脱出すれば、

後でどうとでも処遇を決められるじゃない?」


葉がポーカーテーブルの淵を撫でながら、

温子へと微笑みかける。


実際は、その話は真実ではない。


葉自身にも理由はよく分からないというのが、

本当のところだ。


だが、それを説明したとしても、

温子らには恐らく理解されないだろう。


それ故の適当な言い訳だったのだが――


「……なるほどな」


葉の狙い通り、

温子はひとまず納得したようだった。


「それじゃあ、妹さん……

爽さんを呼べた理由を教えてもらえる?」


「“星”の大アルカナの効果だよ。

無理のない範囲での願いを叶えるんだ」


「ふーん……そんな便利なものがあったの。

もしかして、隠してた?」


「そっちも“世界”か何かを隠していたんだろう?

お互い様だと思うけれどね」


しれっと“世界”について言及する温子。


その様子とこれまでのやり取りには、

葉との勝負に対する緊張や不安は感じられなかった。


およそ二時間ほどのインターバルで、

きちんと準備をしてきたのだろう――そう葉は判断した。


「いい勝負ができそうね」


くすりと笑って、葉がポーカーテーブルへと着く

/続いて温子と爽の二人も着席する。


ディーラーがそれを待ちわびていたように、

カードの封を開けてカットし始めた。


「さて……勝負が始まる前に、

確認しておきたいことがある」


「何かしら?」


「このゲームは、さっきまでやってたルール――

田西と勝負した時と同じルールもので構わないな?」


「さっきと同じっていうなら、そうね。

でも、わざわざ確認するってことは何かあるの?」


「イカサマについて」


――葉の目が、僅かに細まった。


「イカサマはバレなければイカサマにはならない、

というルールの確認を、さっきは忘れててね」


「もしも問題がなければ、

そのルールのままで行こうと思うんだが」


「……いいわよ。

でも、イカサマのペナルティは?」


「勝負は即座に負け。

全ての財産を相手に没収されるというのは?」


「ふーん、じゃあそれで。

でも、イカサマの証明はどうすればいいの?」


「証拠を掴むか、仕組みを暴くかして、

この場でそれを提示することにしよう」


「疑わしきは罰せずと言うだろう?

『この人は何かしている』だけなら個人の感想だ」


「そうね。そうしましょう」


葉が頷きながら、

温子の顔を/心の奥をじっと見つめる。


この場でイカサマの話をしてきたというのは、

これからそれをしますと宣言するようなものだ。


葉が警戒をするのは当然だし、

温子側も当然、やりづらくなるだろう。


なのに、わざわざそういったリスクを負ってまで、

イカサマについて確認したのは何故か。


考えられるのは二つ。


イカサマを本当に実行するか、

イカサマを警戒させることで注意を逸らすか。


葉の溜め息――

“どっちだとしても、舐められてるなぁ”。


付け焼き刃のイカサマなど見逃すはずもないし、

そんなことで注意を削がれるほどヤワでもない。


楽しいゲームの相手がそんな手に走ることも、

その程度だと思われたことも、この女には不満だった。


「そういや温ちゃん、順番ってどう決めんの?

時計回りとかなら、座る席って選んでいいの?」


「あー、私と葉の勝負は中断って形だったけれど、

この際だからボタン決めから始めてもいいか?」


「ええ、どうぞ」


内心の不満をおくびにも出さずに、

葉が頷く/ディーラーへカードを配るように促す。


「そういえば、

爽さんはこのゲームは初めてなの?」


「あ、はい。そうです。

一時間前に温ちゃんに教わってきました」


「ふーん。そんなので参加していいの?

冗談とかじゃなく命がかかってるんだけど」


「ABYSSは約束事は違えないから、

負けたら本当に殺されちゃうわよ」


「あー、その辺は大丈夫です。

ちゃんと覚悟した上でここに来てますから」


「っていうか、ABYSSって本当にいたんですね。

しかも、こんな綺麗なおねーさんだなんて!」


「ちなみに葉さんは仮面を着けないんですか?

学生じゃなくてもABYSSってできるんですか?」


「お前なぁ……ゲームが始まらないだろ?

そういうのはゲームに慣れてからにしろ」


「えーっ。あたし、

聞きたいこと一杯あるんだけどー」


「ふふ、賑やかな子ね。

本当に朝霧さんと双子なの?」


「よく言われるよ」


温子の溜め息と同時に、

ディーラーがカードを配りボタンが決定――


着席は時計回りに葉、温子、爽の順であり、

温子がSB、爽がBBとなった。


「そういえば、チップはどうするの?

二人で分けて持つの?」


「そうするよ。

爽と私できっかり半分ずつだ」


開始時点で、温子のチップは1600枚強。

葉のチップは4400枚弱。


それを半分に分けて持つのだから、

葉が900枚も賭ければ二人はもうオールインになる。


勝負から下ろし、ブラインドを毟り続けるだけで、

あっという間に死んでしまいそうだった。


だが、そのことを

温子たちが分かっていないはずがない。


果たして、

何を仕掛けてくるのか――


警戒する葉の手元に、

最初のカードがやってくる。


ダイヤのK、ハートの3。


三人テーブルでの勝率は31%ほどであり、

勝負手というには若干物足りない。


が、様子見としては悪くなく、

ひとまずは20枚を積むコール


「じゃあ私もコールしていくか」


SBの温子が10枚を積み足す。


先の勝負での温子は、

ほとんどの状況で基本に忠実なプレイングだった。


大胆に動いたのは、勝負時と踏んだ場合か、

確実に有利である時のみ。


そういう信用を作っていたのもあるだろうが、

本質的に安定志向なのは間違いない。


つまり、現時点での彼女のカード評価は、

可もなく不可もなくといったところだろう。


やはり気になるのは、

次の新顔がどういう風に動いてくるか。


「えーと、じゃあレイズで。60枚」


早々にチップを積んできた。


ルーズ気味に立ち回るのだろうか。

それとも自信があるのだろうか。


葉が積み上げられたチップから、

未知の対戦者の顔へと目線を上げる。


――思わずぎょっとした。


そこには、葉を異様なほどにじっと見つめる、

朝霧爽の爛々と輝く瞳があった。


観察されていた――今のレイズへの反応だろうか。

だが、いつから?


心当たりはどこにもないが、

恐らく始めからと考えて間違いはないだろう。


ゲームが始まってからではない。

この部屋に入った瞬間からだ。


しかも、それは恰好だけポーズではなく、

本気で葉を分解しようとしているのが感じ取れる。


鼻先に臭う同類の気配――

“この子も恐らく分析魔だ”。


ホールデムは初めてだと言っていたものの、

十分に警戒に値する相手と見て間違いない。


「フォールドね」


ならばヒントは与えまいと、

葉は最初のゲームを下りた。


突っ張れないこともなかったが、

恐らく爽のほうが強いカードを持っている。


相手にチップも情報も与えずに、

勝てる場面でだけ勝負していけばいい。


葉に続いて温子も下りて、

最初のゲームは終了。


「えー、もう終わり?

みんな全然まだ勝てるじゃん!」


「コールで様子見の相手に、お前が強気に積んだから、

相手が警戒して下りたんだよ」


「私はそもそも仲間だしな。

奪い合いをする必要なんてどこにもない」


「そりゃそうだけどさー、

もっと殴り合いしなきゃゲームになんないじゃん」


「あら、凄い自信ね。

そんなにいいカードだったの?」


「はい。Aが二枚だったんで」


瞬間、場から言葉が消え失せた。


葉がじっと爽を見る

/その首を僅かに傾ける。


その真意を窺う視線の間に、

温子の『あーもう』という声が入ってきた。


「お前な……ホールカードの情報をばらすなよ。

Aポケットが来て嬉しいのは分かるけれど」


「えー、だって別にいいじゃん。

それが本当かどうかなんて分からないんだし」


「葉さんだって、

別に今のを信じてるわけじゃないでしょ?」


「当たり前だろう。

相手を誰だと思ってるんだ」


朝霧姉妹が揃って葉へと視線を向け、

反応を促してくる。


それに、葉はいつもの笑顔を浮かべて、

『どうかしら』とだけ答えた。


そして始まる第二ゲーム。


葉のホールカードは

ダイヤの3とクラブの8。


酷いカードだが、BBで20枚賭けている以上、

レイズがなければ新たに積まずとも参加できる。


さて、二人の出方は――


「レイズ。20枚だ」


「んじゃ私もレイズ。40枚ね」


コールでフロップへと行きたい葉の思惑に反し、

またもや80枚のコストが必要となった。


80枚ならば払える。


払えるが、

80枚で収まってくれる保証がどこにもない。


そもそも勝ち目のない札なのだから、

これもまた葉には下りる以外になかった。


「……何かホールデムってつまんねー」


「今度はホールカードをばらすなよ。

やったらお前が面白いことになるぞ」


「『押すなよ? 押すなよ?』

っていうネタ振り?」


「ネタかどうか、

試してみれば分かるだろうな」


姉妹のじゃれ合い――

その間も常に爽に観察されている感が消えず。


続く第三戦。


「あー、今度はよわーい」


「だからお前は黙ってろ」


嘘か本当かも分からない爽の言葉が聞こえて来る中、

葉が配られたカードの端をめくる。


その細い指の下で、

勝負のできそうな絵札が二枚見えた。


これであれば、ブラフだろうと何だろうと、

相手のレイズ合戦にもついていける。


「じゃーレイズで。40枚ね」


最初のアクションを決める爽が、

先の言葉とは正反対なレイズ。


だが、葉とて今度はされるがままではない。


チップの山から30枚を手に取り、

SBぶんの10枚と合わせた40枚でコール。


「おおー、凄い!

一気にホールデムっぽくなった!」


上がる爽の感嘆の声。


しかし、その賑やかな反応の一方で、

観察してくる目の鋭さがぐっと増すのを感じる。


もちろん、葉のポーカーフェイスは

保たれたままであり、一分の隙も見せない。


逆に葉のほうから二人の反応をつぶさに捕らえ、

その手元に伏せてあるカードを予測していく。


そのお互いの視線/思考が錯綜する中で、

温子もコールを選択した。


全員が40枚のチップを積んだところで、

ようやく初めてのフロップへ。


コミュニティカードが開示されるが、

それを確認する前に、葉が二人の反応をチェック。


温子は特に表情の変化なし

/爽はこれまでと同じ賑やかなリアクション。


では、葉も改めてカードを――と思ったところで、

今度は二人が葉へと目を向けてきた。


それを笑顔で往なしつつ、

次のアクションを考える。


新たなカードは

スペードの6、クラブのJ、クラブのK。


現時点で言えば、

葉の勝率はかなり高い。


ここで引く理由はないが、

肝心の相手がどう出てくるか。


「どーん! レイズで100枚!」


手札によほど自信があるのか、

爽はここでもチップを積んできた。


どころか、ゲーム開始以降、

未だにレイズ以外の選択をしていない。


勇者というよりは子供じみた、

怖れを知らない突撃。


「お前……本当に大丈夫なのか?」


「え? まあ大丈夫じゃない?」


姉の心配を聞き流しながら、

爽がにひひと不敵に笑う。


そのあまりの迷いのなさは、

思考停止でレイズを選んでいるようにさえ見える。


「フォールドよ」


そんな爽の動きに対し、

葉はあっさりとフォールドを選択した。


根拠は二つ。

一つは、爽の傾向がまだ読み切れていないこと。


そしてもう一つは、100枚という、

彼女らにとっての大枚を積んできたことだ。


『参加するからにはレイズ』というのは基本だが、

フロップの段階でそれは些かやり過ぎている。


もし、このままのペースで進んでいけば、

先に待っているのはオールイン。


しかも、コミュニティカードで

フラッシュやストレートが見えているのだ。


例えAポケットが来ていても、

命のかかっている勝負でオールインは考えづらい。


つまり相手のレイズの目的は、

葉の深入りレイズを誘うのではなく、下ろすこと。


オールインまでの吹っかけ合いになるより先に、

プリフロップの40枚を掠め取ることが目的となる。


――普通に考えれば。


そう。この朝霧爽という少女が普通でないことを、

既に葉は感じていた。


これまでにレイズを繰り返したり、

真偽はともかく、自身のホールカードを明かしたり。


どうにも立ち回りに、

緩いプレイヤーと印象付けようとする作為を感じる。


そんな相手が『弱いカードで下ろそうとしている』

と思い込むのは非常に危険だ。


チップの殴り合いをした先で、

実は相手はJKのツーペアでしたとなったら笑えない。


もちろん、本当にブラフや運任せの可能性もあったが、

それは仕方ないと割り切る。


コストは40枚。

安い撤退費用だろう。


そんなフォールドを選択した葉に、

爽が『すっげー』と口をぽっかり開いた。


「ホントに温ちゃんの言う通りだ。

いい手が入った時は引いてくるんだね」


「だから、自分のカードをばらすなってば。

相手が強いことは分かっただろう?」


「いやだって、超すげーじゃん!

あたしマジで感動しちゃった!」


爽がキラキラと目を輝かせ、

葉に熱い視線を送ってくる。


何か印象付けるための演技かと思ったものの、

どうもそれは違うらしい。


どこまで本当かは分からないが、

葉には爽が純粋に感動しているように見えた。


「そんなに喜んでもらえると嬉しくなっちゃうわね。

どう? ポーカーは楽しいでしょう?」


「はい、すっごく!

だから絶対に勝ちたくなりました!」


悪びれもせずに言い放つ爽。


その熱の篭もった笑顔に、

カジノの元クイーンが微笑み返す。


退屈な勝負になるのではと思ったものの、

どうやらまだまだ楽しめるらしい。


「おいおい、勝つのはいいけれど、

雰囲気はもう掴めたのか?」


「あー、大丈夫だと思うよん。

読み合いとかはまだ分かんないけど」


「なら頼もしい限りだ。

手加減なしで暴れてやれ」


「あら。手加減なしで暴れさせてもいいの?」


「……どういうことだ?」


「ほら、手加減なしでっていうことは、

昔の爽さんに戻るっていうことじゃない」


「爽さんがお姉さんの真似をしちゃったら、

またみんな不幸になっちゃうと思って」


「えっ……」


爽の笑顔が消え失せて、

親に突き飛ばされた子供のような顔になる。


何故そうなったかは、

もちろん葉も分かっていた。


分かっていたからこそ言ったのだ。


温子のデータは、

この迷宮に来る前に分析している。


その際、両親の離婚歴が目に止まり、

志徳院葉の習性でその経緯をしゃぶり尽くした。


結果出てきたのは、朝霧姉妹の飛び抜けた成績と、

姉よりも常に後に始め、かつ先を行く爽の能力。


それが家庭を、そして姉妹を

別方向へと押しやる力となったのは明らかだった。


その力を形にした“真似”という行為が、

この少女の傷になっていないわけがない。


「……そうか。

私のデータを見ていたんだったな」


「ええ、そうね。随分と優秀な妹さんで、

朝霧さんも苦労したでしょう?」


あわよくば、これで妹が萎縮する、

もしくは姉妹の仲に傷が入らないだろうか――


そんな葉の奸計を、

しかし、温子は鼻で笑った。


「気にすることはないぞ、爽。

真似したければガンガンすればいい」


「えっ……?」


「私の真似をすると不幸になる?

そんなわけあるはずがないだろう」


「私も爽も、昔のままじゃないんだ。

今さらお前に真似されたくらいで怒らないよ」


「それに、私が怒っていた本当の相手は、

お前じゃなくて不甲斐ない自分だからな」


「でも、当時の私にはそれを整理しきれなくて、

お前を排除する以外に解決できなかったんだ」


「まあ、排除しても結局、

私だけのものが欲しくてゲームに行ったんだけれど」


「能力が高いことに良いも悪いもなくて、

所詮ただの個性なのにな」


「温ちゃん……」


「だから、そんな些細なことで怒って、

凄く申し訳ないと思ってる」


「今さらだけれど、ごめん」


「ううん、温ちゃんが謝る必要なんてないって!

だって、悪いのはあたしだし……」


「どっちが悪いかはいいよ。

お互いもう、昔のことは水に流そう」


「いま必要なのは、勝つことだ。

そのために出来ることは何だってやる」


「もし、周りを不幸にした経験が怖いなら、

ここで幸福な経験で上書きしてやればいい」


「お前が私の真似をして勝てるなら、

それは全員を幸せにするはずだから」


「それとも、お前から見た今の私は、

真似されたくらいで怒るように見えるか?」


「……ううん。

そんなことないっ」


「そうだ。もう私たちは子供じゃない。

お前も私も、自分の道を行ってここまで来たんだ」


「だから、お前はもう誰にも気を遣うな。

やりたいようにやれ」


「それで失敗したら、

私がちゃんとフォローしてやる」


温子が爽の肩を叩いてニヤリと笑う。


それに、爽はぐっと唇を結んだ後、

右手で目元をごしごしと擦った。


「温ちゃん、ありがと。

あたし超頑張るから、温ちゃんも頑張ろう」


「ああ。この葉とかいうABYSSを、

二人でやっつけてやろう」


顔を引き締めた双子の姉妹が、

揃って打倒すべき相手を見据える。


その決意に光る四つの瞳に、

志徳院葉は困った風な笑顔を浮かべ――言った。


「まあ、正攻法で勝てばいいか」


そうして、温子がフォールドを宣言。


三戦目のゲームは正式に終了を迎え、

ディーラーがカードを回収した。





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