兄弟対決2




「那美ちゃん!」


ミコの声に顔を上げると、

部屋の中央に横たわる那美ちゃんが見えた。


っていうことは、

本当にここが当たりだったのか?


「数多はっ?」


「いや……気配がない。

絶対に待ち伏せてると思ってたのに」


「もしかして、雑魚二人に見張りを任せて、

どこかに行ったとか?」


「あの数多ひとが? いやいや、まさか」


あの何よりも確実性を重視する人が、

大事な人質を任せて出歩くとは思えない。


何か、他に理由があったりするのか?


「何にしても、鬼の居ぬ間に洗濯だ」


「数多のいない間に那美ちゃんを確保できるなんて、

これ以上の幸運はないだろ」


「……まあ、そうだね」


何だかんだで、

あの人と争わずに目的達成できたのは事実だ。


肩すかしを食らった感はあるけれど、

望んでいた最良の結果と言っていいだろう。


「……とりあえず、

那美ちゃんは寝てるだけみたいだな」


「ああ、薬で眠らせてるって言ってたかな。

多分、朝まで寝てるんだと思う」


「この首輪は?」


「ああ、ABYSSが生け贄と人質につける首輪。

僕の首にもあるでしょ?」


「外に出たり、壊そうとしたり、

五時までに外せないと作動するらしい」


「ふーん……クリアすれば外れるのか?」


「そういえばどうなんだろう?

その辺りは詳しく聞いてなかったな……」


「ただ、人質を救出してクリアのはずだから、

このまま待ってれば誰か来るんじゃないかな」


「僕らの様子は、そこらに設置されたカメラで

撮影されてるらしいし」


「条件を満たしたことは伝わってるのか。

なら大丈夫だな」


「だね。このまま待ってみよう」





「那美ちゃん助けてから何分経った?」


「三十分……」


ミコと顔を見合わせる。


生まれる共通見解――“どう考えてもおかしい”。


誰かがクリアを告げに来るわけでもなく、

首輪が外れるわけでもない。


こちらのクリアが伝わっていないのか、

はたまた処理をされていないのか。


「数多に連絡を取る手段はないのか?」


「それが、携帯が没収されてるんだ。

ミコのは?」


「ボクのはあるけど、

聖経由でしか連絡の取りようがないぞ」


「聖先輩経由か……」


数多が先輩からの電話を取らない可能性を考えると、

もっと確実な連絡手段が欲しい。


何か、数多に繋がるルートは……。


「そうだ……多分行ける」


「おい、どこ行く気だ?」


「処理班の連中のところ。

恐らく、数多との連絡手段を持ってるはず」


ちょっと待っててとミコに言い残して、

化学室の前に走る。


転がってる二つの体。


そのうち、僕がやったほうの男を漁り、

仮面に仕込まれていたインカムを見つけた。


恐らく、何も設定を弄らなければ、

このまま数多に連絡できるはず――


「晶か?」


そうして、予想通り繋がった先から、

予想外の言葉が飛んできた。


「……何で僕だと分かった?」


「お前が人質を救出するだろうことは分かっていた。

その後に連絡してくることもな」


……ちょっと待て。


ということは、もしかして、

那美ちゃんをわざと助けさせたっていうのか?


「……意図が分からない。

あんたは、僕を殺したいんだろ?」


「なのに、大事な人質までタダで差し出した上に、

どうしてわざわざ僕をクリアさせるんだ?」


「ああ、確かにお前はクリアしたな。

人質の救出に成功だ」


「……?

質問の答えになってない。理由を答えろ」


「お前に人質をくれてやりたかった。

それ以外には何もない」


「嘘だ」


「信じたくないなら勝手にしろ」


興味なさげな数多の呟き。


確かに、そこに嘘があるようには思えなかった。


じゃあ……

本当に、僕に人質を助けさせたかったのか?


それこそ、わけが分からない。


もし数多の話が本当なら、

最初から人質を取る必要はないことになる。


僕を生かしてクリアさせるなら、

ゲームをする意味すらない。


こいつ……何を考えてる?


「話は終わりか?」


「……いや。

クリア後について聞きたかった」


「人質を助けてクリアしたのに、

首輪が外れないし、ゲームの終了宣言もない」


「どういうことだ?

このまま待ってれば迎えが来るのか?」


「来るだろうな。地獄から」


――は?


ちょっと待て。地獄から?


「おい。僕はクリアしたんだろう?」


「ああ。人質の救出に成功した。

人質はお前のものだ」


「だったら、

どうして僕が死ぬことになるんだ!?」


「五時になれば首輪が作動するからだろう?」


『どうして分かりきったことを聞くんだ』

とでも言いたげな声。


それでようやく、

自分がハメられたことに気付いた。


そう――


「首輪を外すクリア条件は、

チェックポイント全部通過ってことか」


「ああそうだ」


「っ……!」


奥歯が鳴る。


勝負開始前のやり取りを思い出す。


「もし、人質を救出せずにクリアしたら?」


「クリア条件はそれぞれ独立している。

その場合は人質を得られないままクリアだ」


クリア条件は独立していて、

人質を助けなければ人質を得られない――がありなら。


逆に、チェックポイントを全部通過しなければ、

首輪を外すことができない――もあり得る。


僕に人質を助けさせて当然だ。


数多にとっての人質は、

僕をゲームに参加させるまでの餌でしかなくて。


人質も僕もまとめて殺るためのクリア条件しくみが、

別に用意してあったんだから。


「……理解したよ」


「そうか」


では、後で会おう――と、

数多から通信を切ってきた。


直後、かつんと足音を立てて、

那美ちゃんを背負ったミコが僕の前に現れた。


「やばそうだな」


「ミコ……聞いてたのか?」


「誰もいない学園で、

あれだけ喋ってればな」


……確かに、

聞こえないわけがないか。


「それで、ボクたちの勝つには、

チェックポイントを全部回らなきゃいけないと」


「そうだね。

……正直言って、やられたよ」


「そうは言っても、やるしかないだろ」


「それは間違いない。

このままだと、僕も那美ちゃんも五時には死ぬし」


ただ、どうやって

クリアを目指していくべきか……。


「これまでに確認したチェックポイントは?」


「学習棟の二つだね。三年と二年の教室」


「後の三つは部活棟にあるはずだから、

こっちを先に探すのが無難かな」


「だろうな」


チェックポイントを回れば回るほど、

処理班の数は増えていく。


チェックポイントを回るたびにそれを全て片付けるのは、

体力的にも時間的にも現実的じゃない。


なら、最初の三つだけは追加される処理班を片付けて、

残りの二つは逃げ切ってカードだけ回収する。


この状況では、恐らくそれが最善……。


相手も当然、僕らの狙いは読んでくるだろうけれど、

読まれていたところで何ができるわけでもない。


力技で押し切るのみだ。


「ただ、那美ちゃんをどうするか……」


「連れて回るしかないだろ。

置いて行けば殺されるぞ」


「晶も気付いてるだろ?

もう既に、僕らが見張られてるってことを」


「……まあね」


どこからかは上手く隠されて分からないけれど、

さっきから見られている感覚はあった。


処理班は全員片付けているから、

監視してるのは数多で間違いないだろう。


「負担を増やす狙いも込みで、

僕らに人質を助けさせたんだろうね」


「だろうな。

陰湿で周到で、とことん数多らしい」


「まあ、行こうか。これ以上時間を使うのも、

向こうの思うつぼだろうし」


「そうだな」


「あ、那美ちゃんは僕が背負うよ。

ミコより僕のほうが体力あると思うし」


「……いや、いい。ボクが担ぐ」


「いやいや、よくないでしょ。

体力消耗するよ?」


「ミコは僕にとっての切り札なんだから。

僕で足りることは、僕がやっておくよ」


「……分かった。

でも、変なところ触るなよ?」


「あのね……」


……まあ、冗談を言うだけの余裕があるだけマシか。


この先のことを考えたら、

笑ってられるのは今だけだろうし。





「……ここからが本番か」


空き教室にあった、

一つ目のチェックポイントのカードを取る。


これで、処理班が追加されたはずだ。


「なに硬い顔してるんだ?」


「ミコ……」


「出て来た雑魚は

ボクが蹴散らしてやるから安心しろ」


「その代わり、

晶はちゃんと那美ちゃんを守ってろよ」


「……オッケー。任せて」





が――





「……出てこないな」


見張られている気配は依然としてあるけれど、

処理班が襲ってくる気配はない。


「学習棟のほうに回ってるのか?」


「その可能性はなくもないけれど……」





二つ目のチェックポイント、

生徒会室に到着――


が、ここまで処理班との遭遇はなし。





さらに三つ目のチェックポイントまでも、

処理班は出て来なかった。


「これ、やばいね……」


「間違いなくな。

数多のやつ、処理班を溜めてやがる」


チェックポイント通過ごとに

増える処理班は、五人。


計画では、その五人を細かく片付けて、

数的不利を作らないようにと考えていたけれど――


その処理班をこちらの前に出してこなければ、

相手の兵隊の数は溜まる一方だ。


もちろん、幾つかのチェックポイントを素通りさせる、

というデメリットはある。


でも、こちらの勝ち筋を潰すという面で見れば、

この上なく効果的だろう。


二対五を三回なら突破される可能性はあっても、

二対十五を一回なら、まず突破はされないのだから。


「団体に遭遇したらどうする?

狭い場所におびき寄せて、数を減らすか?」


「それができるならいいんだけれど、

時間制限があるから無理だと思う」


狭い場所におびき寄せるまでは可能でも、

向こうは無理に攻めてくる必要はない。


五時までのおよそ三時間を、

じっと待って消費させれば済む話だ。


「可能性があるとすれば、当初の予定通り、

残り二カ所を速攻で攻めるくらいしかないよ」


「十五人の壁もルートを全部塞ぐなら、

二分割しなきゃいけないだろうし」


「ミコが窓から侵入できることを考えれば、

もしかするとさらに割れるかもしれない」


「……相手の対応に期待ってところか。

可能性がないよりはマシだな」


「そうだね。基本路線は、

人数が薄いところを狙っての一点突破だ」


「陽動は?」


「可能なら。……でも、難しいだろうね」


数多に訓練されている以上、

恐らく、消火器程度じゃ怯まないはずだ。


火を使うことができればまた別だけれど、

ABYSSの秘匿に関するルールに触れる可能性がある。


解釈次第で首輪を使用されるような行動は、

選択肢に入れられない。


「十五人か……」


この厚い壁を、どうやって突破するか――








「おーす隊長殿。どうした?」


「生け贄が四つ目のチェックポイントを通過した」


「うぇっ? 四つ目まで通過させたのかよ?

ちょっとお前それマジで?」


「処理班の数増やすっつっても、

さすがにそれはリスク高すぎんじゃねーの?」


「逆だ。半端な数で突破されたら、

それこそ向こうに勝たれる可能性がある」


「守るべき拠点を一カ所に絞って、

そこに全力を注ぐのが正しい」


「だったら、最初の五人も

大事に取っておけばよかったと思うけどねぇ」


「確実に人質おもりを拾ってもらいたかったからな」


「首輪を解除してから人質という手順だと、

向こうに勝ち筋が生まれる」


「人質には価値があり、拾える機会に拾う。

そう思ってもらうには、五人を捨てる必要があった」


「なるほどねー。よく考えてるもんだ」


「それに、最後の一カ所にお前を置けば、

兵隊は五人払っても釣りが来るからな」


「……にしても、やり過ぎだと思うけどねぇ。

ゴキブリ殺すのにマシンガン持ち出すみたいな」


「念には念をだ」


「だからって、

アタシを処理班預かりにまでするかフツー?」


「雑魚狩りでも手伝うという話だったからな。

遠慮なく使わせてもらった」


「そりゃそうだけどよー。

こんなん狩りにすらなんねーだろ」


「仕事だからな」



「おー、いいねぇ楽しそう。

アタシも兄弟嬲りに参加してーなぁ」


「お前は指示があるまで待機だ。

部屋に入るやつは味方でも殺せ」


「へいへい、分かりましたよー」



「ったくよぉ、面倒くせーなぁ。

けどまあ――」


「この部屋に入って来さえすれば、

隊長殿をブッ殺してもいいってことだよなぁ……?」






「ミコ! 大丈夫か!?」


「ボクの心配してる暇があったら、

しっかり那美ちゃん守ってろ!!」


「っ! でも――」


このままじゃ――と言い終わる前に、

敵のボウガンの砲列が一斉に火を噴いた。


十にも届こうかという文字通りの矢の雨を、

僕の前面に立つミコが神業で弾き散らす。


けれど、それでも手が足りず、

撃ち漏らした幾つもの矢がミコの体を切り裂いた。


「ミコっ!」


「だからボクに構うな!

また来る前に前進しろ!」


体中のあちこちに傷を抱えたミコが、

背中越しに怒鳴る。


それとほぼ同時に、槍と短刀を携えた処理班が、

一斉に突撃してきた。


その攻撃を往なし防ぎながら、

何とか反撃を試みつつ前へ出る。


が、狭い廊下でこうも組織的に動かれては、

どうにも手の施しようがない。


せいぜい、相手の武器をはたき落とし、

浅い傷を与える程度。


そして、その小手先のやり取りの後は、

再び波が引くように突撃隊が下がり――ボウガンが前へ。


「晶、どけっ!」


再び矢から僕と那美ちゃんを守るべく、

こちらもミコが前に出て――傷を負う。


「駄目だミコ、いったん引こう!」


「バカ言うな!

ここで教室に戻ったら終わりだぞ!」


「っ……!」


「道は正面しかないんだから、

強行突破しかないんだよ。覚悟を決めろ」


「でもっ……

ミコだって分かってるだろ!?」


繰り返しのように見えて、状況が悪化しているのは

火を見るよりも明らかだった。


ミコの負傷も原因ながら、

一番は体力の消耗だ。


ここに来て、

目に見えてミコの運動量が落ち始めた。


恐らくは、何年もトレーニングをしていない、

琴子の体を無理に動かしてるからだろう。


今のまま動き続けていれば、

もうすぐ何もできなくなるのは確実。


維持できている攻防のラインも、

すぐに決壊するだろう。


だったら、自らラインを押し下げてでも、

教室に避難して休んだほうが――


「また来るぞ!」


「っ……くそっ!」


突っ込んでくる近接部隊へと、

拾った矢を幾つか投げつける。


それから、来るなら来いと、

ナイフを手に相手の攻撃を構え――


「!?」


槍衾やりぶすまをかいくぐり、

僕の前を走るミコの姿を見た。


「ミコ、お前――」


「いいから那美ちゃんを抱えて、

ボクの後をついてこい!」


「いや、ついてこいって……」


道なんてないだろう?


どこをついていけっていうんだ?


そう思っていたのに――


「……嘘だろ?」


敵陣深く切り込んだミコの通った後に、

いつの間にか道ができていた。


ただ――ぐちゃぐちゃだった。


どこに隙間があるか分からないくらい、

ぐちゃぐちゃでどろどろだった。


幾つもの刃物が、手が、体が、

ミコの体へと向かっていく。


荒れ狂う暴力の渦。

逃げ場なんてどこにもない。


なのに、どうやっているのか、

ミコは倒れない。


致命的なものだけは的確に避けているらしく、

傷だらけになりながらもひたすら前進していく。


「うあぁあああぁぁっっ!!」


そうして、とうとう人垣を突き破った。

廊下の向こうの景色が見えた。


その空いた隙間を、急いで走り抜ける。

閉じようとする強烈な意思を押し返す。


突き出される槍を弾き、

足を掴もうとする手を蹴飛ばす。


道を塞いでくる体を突き飛ばし、

絡みついてくる触手じみた腕を潜り抜ける。


それでも逃げ切れる気がせずに、

最後は思い切り――跳んだ。


那美ちゃんを抱えたまま地面を転がる

/怪我をさせないように全身で庇う。


その最中に聞こえて来る、

ボウガンの射出音――


けれどそれは、ミコが弾いてくれたらしく、

僕のほうまでは届かなかった。


「やった……!」


――袋小路からの脱出成功。


ミコの驚異的な技術と勇気に畏敬を抱きつつ、

お礼を言おうと立ち上がって見返る。


が、そこにある姿を見て、

今さっき思っていた気持ちが一気に吹っ飛んだ。


「ミコっ!?」


「……大丈夫だ。まだ生きてる」


「いや、それは生きてるけれどっ……」


血だらけだった。


廊下に血が滴っていないのが不思議なくらい、

背中や手足が傷だらけだった。


無事な箇所なんてどこにもない。


目を背けたくなるくらい、

痛ましい有様だった。


そんなミコの背中から、

『おい』と声が飛んでくる。


「ボクがここで、こいつらを足止めしといてやる。

お前はその間にチェックポイントに行け」


「いや……足止めって、お前……」


「連中が体勢を立て直してる今が

チャンスなんだよ」


跳んでくるボウガンの矢を弾きながら、

ミコがか細い声で呟く。


「ボクはもう、さっきので一杯だ。

足が痛んでほとんど走れない」


「那美ちゃんを置き去りにしたところで、

逃げ切るのは不可能だ」


「だから、お前が那美ちゃんを連れて、

チェックポイントまで行け」


「いや、そんなの……」


「無理とか言うなよ? 見捨てるとかじゃない。

お前が行くしか方法がないんだよ」


「だから、行け。

走れなくても一、二分は足止めできる」


「その間に、お前がクリアしろ」


「そんな……」


「お前がクリアすれば、ゲームは終わるんだろ?

だったら早く終わらせればいい」


それは……その通りだ。


走れる僕が、早くゲームをクリアする。

ミコの言うことは理屈の上では正しい。


でも――


ミコをここに置き去りにしていくのか?


真正面からやれば一対一でも苦戦する処理班が、

十人以上いる前に?





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