あの時と同じ








ミコの提案を受けるか撥ね除けるか。


迷った末に、僕は――


「……分かった」


その提案に、頷きを返した。


「そうだ……それでいい」


「でも、必ず戻るから」


「すぐにクリアして、

このゲームを終わらせてくるから」


「期待しないで待っててやるよ」


薄く笑うミコを背に、

那美ちゃんを抱えて廊下を走る。


……本当は、

バカな提案をするなと言いたかった。


だって、ミコはもう限界だ。


あの華奢な体が血塗れになって、

細い足が震えていて。


あんな状態で足止めだなんて、

殺されるのを待つようなものだ。


けれど、例えあの場に僕が残っても、

運命は変わらないだろう。


僕も、ミコも、那美ちゃんも、

圧倒的な数に押し潰されるだけだ。


だったら、僕がクリアを目指すほうが、

まだ全員が生き残る目が出てくる。


チェックポイントは一つ上の三階。


那美ちゃんを背負ったままでも、

一分もあれば辿り着ける。


十中八九、数多がいるけれど、

カードさえ取ればそれでゲームは終わるんだ。


例え僕が殺されても、

ゲームさえ終わらせれば二人は助かる。


それなら、十分に現実的なはず――


「――がっ!?」


階段を昇り切った直後に、

いきなり景色が真横に流れた。


もしかして、横合いから吹っ飛ばされた?

っていうか、まだ処理班が残ってたのか?


「痛っ……!」


頭を打ったのか、立ち上がろうとしても

上手く力が入らず手が滑る。


酷い目眩がして、

何もしなくても景色がぐるぐる回っていく。


やば……嘘だろ?


こんな時に、僕がこんな、

寝てる場合じゃないのに……。


歓声が聞こえる。

地べたに接した耳に足音が侵入ってくる。


今、どういう状況だ?

那美ちゃんは無事なのか?


体がじわりと溶けていくような、

沈んでいくような感覚に襲われる。


意識が今まさに消えようとしているのだと分かり、

思わず全身が粟立った。


ここで寝たら終わりだ。


死ぬ。

那美ちゃんが、ミコが、死んでしまう。


嫌だ。やめてくれ。

僕はまだ消えるわけにはいかない。


「やめ……ろ……」


目の前に降りてくるとばりに必死に抗う。


けれど、体の感覚が消失して、

音が聞こえなくなって、何も見えなくなって――






生け贄への奇襲の成功に、

処理班の面々はめいめい歓声を上げた。


しかも、反撃を警戒していたものの、

どうやら打ち所が悪かったらしい。


転倒したまま動かなくなった笹山晶の元へ、

仮面の男たちが集合する。


生け贄を取り囲む彼らが手に持つのは、

ナイフや斧といった種々の凶器。


男たちはそれらを一斉に振り上げ、

勢いよく振り下ろした。


が――


それらの凶器は、昏倒していた男の体ではなく、

彼の上に倒れ込んだ仲間の体に突き刺さっていた。


突然の出来事に驚いた男たちが、

慌てて数歩後ずさる。


一体どうして、惨事が起きたのか。


その答えが、


「毎度思うんだが――」


仲間の下からゆっくりと這い出てきた。


「――もっと楽な状況はないもんかね?」


先ほどまで昏倒していたはずの生け贄が、

苦笑いを浮かべて立ち上がる。


先ほどまでとは明らかに違う、

異様な雰囲気。


それに仮面の男たちが気付いた時には、

既に仲間の一人が投げナイフに倒れていた。


怯む三人の処理班。


そんな彼らを見据えつつ、

御堂アキラが佐倉那美を素早く拾い上げる。


「……重いな」


面倒臭そうな呟き

/まあ仕方ないなといった諦め顔。


そんな緩さを見せながらもナイフを抜きつつ、

アキラが近くにいる処理班に接近――


人一人を抱えていることを感じさせない機敏さで、

男の足を切り裂いていた。


ナイフを振るって血糊を落としながら、

アキラが残る二人へと見返る。


僅か十秒足らずの間に三人が倒れた事実に、

処理班の二人は及び腰だった。


それを目敏く読み取ったアキラが、

体を前傾させる。


リノリウムを踏み抜く勢いで床を蹴り、

二人のうちの片方へと向かっていく。


先立つ恐怖に駆られ、

胸の前で斧を構える仮面。


そんな彼に、アキラは猛烈な勢いで接近し――


その横を、あっさりと通り過ぎた。


間の抜けた声を背中で聞きつつ、

アキラがほくそ笑む。


彼の目的は、笹山晶のそれと同じ、

ごく短時間でのゲームクリア。


そのための障害を排除することはあっても、

無理矢理に処理班を仕留めることはない。


それに気付いた二人が、

慌ててアキラを追いかける。


が、彼我の距離は既に十メートル弱。

今からでは追いつけるわけもない。


邪魔が一切なくなった廊下を、

アキラが一気に駆け抜ける。


最終チェックポイントはもう目の前。


そんな、クリア目前といった状況で、

アキラの脳裏を思考が走る。


“まだ来ないのか?”


“それとも、中で待っているのか?”


“だとしたら、幾ら何でも俺を舐めすぎだ”


”が――いずれにしても必ず来る”


予知じみた確信に基づいて、

アキラが神経を最大限に尖らせる。


最終チェックポイントの教室に、

獣臭のような強烈な危機を感知。


他に脅威は――なし。


やはり教室の中か?

だったら、勝機はある――


アキラが微笑を浮かべる。


教室内に入った瞬間にカードをもぎ取るべく、

脚部に意識を集中させる。


――その瞬間を待っている男がいた。


「!?」


アキラの微笑が凍り付く。


突如、背後に現れた脅威から逃れるべく、

闇雲にその場から飛び退く。


着地/急制動――だが止まりきれず、

リノリウムを滑り転がり地を舐めた。


床の高さから眺める先には、死神の姿。


どこから現れたのかは分からない。

最初から傍にいたのかもしれない。


ただ確実に分かるのは、

死神が出てくる条件が整ったということだった。


「お前の評価を再び改める必要があるな」


血の滴るククリナイフを下げて、

死神がアキラを見下ろす。


「少なくとも、落ち零れではない。

レイシスと同程度か」


「が、やはり暗殺者としては欠陥品だ」


蒼い顔で笑みを浮かべるアキラに対して、

数多が足下に転がるものを蹴飛ばす。


「余計なものを庇うからそういうことになる」


「……俺もそう思って、

一度は捨てたつもりだったんだがな」


「あいにくと、こいつは呪いのアイテムらしくてな。

捨てられないのは仕様なんだ」


「……?」


自身のよく知る相手と微妙に違う雰囲気に、

死神が僅かに顔を顰める。


が、結局は些事に過ぎないと判断し、

一歩、アキラへ向かって歩を進めた。


「だいぶ時間はかかったが、

これでようやく仕事を完了できる」


「随分と仕事熱心だな。

仕事人間は惚れた女に逃げられるぞ」


ククリナイフを握る手が、

ぎしりと音を立てる。


その様子に、アキラはふぅと溜め息をついて、

ゆっくりと立ち上がった。


それから、残った左手でナイフを構え――


「……足掻くか」


音もなく走って来る御堂数多に背を向け、

最終チェックポイントへと走り出した。


その二十秒後――


およそ三時間に渡るABYSSのゲームは、

静かに終演を迎えた。






「う……」


「あ。目が覚めた?」


「っ! お前は……!」


「はいストップ。

君、今動くと本当に死ぬよ?」


体を起こし制止されると同時に、

ミコの全身に痛みが奔った。


自分で把握できるダメージだけでも、

相当な重症だと分かった。


大人しくベッドに体を預け、

周囲に目をやる。


見慣れた景色と匂いから察するに、

どうやら琴子の部屋らしい。


だが、ゲームは一体どうなったのか――


「……おい。今、何時だ?」


「夜の十時だよ。

……日曜日のだけどね」


「はぁ!? ゲームはどうなったんだ?」


「というか、晶はっ?

那美ちゃんはっ?」


「……二人とも殺されたよ。

ゲームは、君たちの負けだ」


「……嘘だ」


「私もそう思って映像を確認したけど……

残念ながら本当だよ」


「だったらどうしてボクが生きてるんだ!?」


「君が力尽きて倒れた直後に、

晶くんが数多に殺されたんだ」


「ゲームがそこで終了したから、

止めを刺されることはなかった」


揺れることのない蒼い瞳で、

淡々と語るラピス。


少なくとも、

嘘を言っているようには思えなかった。


「じゃあ……もう、

二人には会えないのか?」


「……そうだね」


「っ……」


「くそっ……くそぉ……!」


掛け布団を顔まで引き上げて、

ミコが嗚咽を漏らす。


悔しかった。


御堂の家が襲撃された時と同じだった。


自分の知らない間に全部が終わって、

何もかもがなくなっていた。


あの時は家だったが、今回は人。


晶、那美と、

せっかくこの世界で作った居場所が――


大切だったものが、

跡形もなく消え去ってしまった。


「なんで……また、ボクだけ……」


「……辛いところに悪いんだけど、

君にはちょっと急ぎで選択してもらわなきゃいけない」


ミコの看病の傍らに広げていた本を指で撫で、

ラピスが椅子から立ち上がる。


「君は今、プレイヤーとして登録されてるけれど、

それは仮登録の状態なんだ」


「そろそろ本登録するか、

登録を取り消すかの期限が近い」


「もし、君が笹山琴子として生きるのであれば、

私のほうで登録を取り消しておくよ」


「でも、もしも復讐をしたいっていうなら、

このままプレイヤーとして生きる道もある」


「晶くんと佐倉さんを殺したABYSSを、

殺して回る道だね」


「もちろん、ただ殺して回るだけじゃない。

三つの学園をクリアすれば、望み通りの報酬も出る」


「もし、復讐や報酬に興味があるなら、

プレイヤーとして生きるのも悪くないかもしれない」


プレイヤーとして生きる――


情けない自分への悔しさと、

ABYSSへの恨みは確かにあった。


もし、復讐ができるのであれば、

それをやりたい気持ちもある。


だが、ミコの体はミコ一人のものではない。


もしも復讐に手を染めるなら生活は一変するし、

それが琴子には辛いものであることも間違いないだろう。


一人で決めるには、

あまりにも大きな決断過ぎる。


琴子と相談したい。


「……あれ?」


そう思ったところで、

違和感に気付いた。


「どうしたの?」


「いない……」


「いないって……何が?」


「琴子が、ボクの中にいない」


嘘だろう、とミコが自分の胸の辺りを撫でる。


目を瞑って、意識の中を引っ掻き、

琴子のいる引っかかりを懸命に探す。


しかし、指先にかかるものは何もなかった。


自分の中から、

完全に琴子は消えてしまっていた。


「そんな……」


どうして、とミコが繰り返す。


けれど、幾ら呟いたところで、

その理由が分かるはずもなかった。


ただ――もう琴子とも会えないことだけは、

ハッキリ理解できた。


ミコの瞳から、再び涙が溢れ出す。


どうして自分が大切だと思ったものは、

全部なくなってしまうのか。


悔しくて堪らなかった。


悲しくてとにかく涙が零れた。


そうして、どれくらい経っただろうか――


「……ちょっとまだ話をするのが早かったかな。

混乱してるみたいだし」


「一応、明日の晩までは待てるから、

もし決まったら連絡をちょうだい」


ラピスが静かに告げて、

本を手にミコへと背を向ける。


それから、連絡先を書いた紙と薬を机に置き、

いそいそと出口へと向かう。


「――待て」


そこに、ミコの声が飛んだ。


「……何かあるの?」


「なってやるよ。プレイヤーに」


ラピスがドアノブにかけた手を止めて、

ミコに振り返る。


「……本当にいいの?

もっとゆっくり考えてもいいんだよ?」


「嘘つけ。本当は心変わりする前に

決めて欲しいんだろ?」


図星を突かれ目を見開くラピスの前で、

起き上がれないはずのミコが体を起こした。


そうして、血の足りてない蒼い顔で、

熱に汗を浮かせながら、仄かに笑った。


「利用できる新しい駒ができて、

嬉しいと思ってるんだろ? なあ――」


「――真ヶ瀬優一」


「……あはっ。バレてたんだ」


「当然だ。お前のことは

ずっと前から警戒してたんだからな」


「ずっと前って、いつから?」


「お前が御堂を襲撃してきた時から」


「……なるほどね。

覚えてるなら、それは警戒されるか」


「参考までに聞いておくけど、

琴子ちゃんが私を嫌ってたのもそれが原因?」


「琴子は知らないけど、

深層意識では少なからずあっただろうな」


「まあ、それ以外でも

相性は悪かったみたいだけど」


「そっか。ちょっと納得した」


小さく肩を竦めて、

ラピスが微笑を浮かべる。


「君が正直に教えてくれたから、

私からも正直に言うね」


「昨日のゲームの映像を見るまで、

君があそこまで優秀だと思ってなかったんだ」


「でも、あの映像を見た今は、

君のことを誰よりも評価してる」


率直なラピスの賞賛に、

ミコが当然だろうとばかりに鼻を鳴らす。


「私は事情があって、今、手駒が欲しい。

だから、君がプレイヤーになると凄く嬉しい」


「でも、君は晶くんが大事にしていた妹さんだし、

琴子ちゃんのことも知ってるから、無理強いはしない」


「日常に帰りたいと思うなら、

きちんと責任持って帰してあげようと思う」


「その上で聞くけど――どうする?」


プレイヤーになるか、ならないか。


人生を決めかねない重要な質問に、

けれどミコは、すんなりと頷いた。


「……別にいいよ。なってやる。

ボクも他にやることはないからな」


「ホントっ?」


「ただ、一つ条件がある」


「条件……何かな?」


「ボクがムカついたら、

お前のことも殺していいか?」


予想外の質問に、

目を丸くするラピス。


けれど、すぐにその表情を崩して、

さっきまで座っていた椅子にぴょんと飛び乗った。


「いいよ、それでも。

私は目的さえ果たせればそれでいいし――」


「どうせ、生徒会と同じような感じだしね」


「……そうだな」


椅子の背もたれに顎を乗せて微笑むラピスに、

ミコが不愉快そうに鼻を鳴らす。


それで、契約は完了。


御堂ミコというプレイヤーが、

正式にABYSSに登録された――









SUGA:

おーい、いるー?


MIKO:

なんだ?


SUGA:

何だじゃないっつーの。

書き置き読んだなら返事よこせって言っただろ。


MIKO:

読んだ。


SUGA:

おせーから。今じゃねーから。


MIKO:

別にどうだっていいだろ。勝てば。


SUGA:

だから、今回は一筋縄じゃいかないんだっつーの。

舐めてるとホント死ぬぞ?


MIKO:

分かった分かった。

さっさと次の学園の情報よこせ。


SUGA:

あーはいはい、分かりましたよ!

ヽ(`Д´)ノプンプン


SUGA:

三つ目の学園だけど、朱雀学園な。

あんたもよく知ってるだろ?


MIKO:

……まぁな。


SUGA:

通例で、三つ目の学園はこれまでとレベルが違う。

プレイヤーを殺すために用意された学園だ。


SUGA:

部員の平均的なレベルも高めだけど、

データ見る限り去年よりはマシかな?


SUGA:

去年は部長があの森本聖っていう時点でヤバすぎ。

副長の鬼塚耕平も、余所なら部長級だしね。


MIKO:

……ふん。


SUGA:

でも、今年も負けず劣らずヤバいと思う。


MIKO:

どうせ殺すんだから何でもいい。


MIKO:

それより、ターゲットの名前を寄越せ。

進級して残ってるやつがいるんだろ?


SUGA:

それが、去年は事故があったらしくて、

二年以下のABYSSが全部入れ替わってるんだよ。


SUGA:

残ってた森本と鬼塚は卒業済みだから、

誰の情報も残ってない。


MIKO:

何だよ、使えないな。


SUGA:

俺の責任じゃねーっつーの(;´Д`)


MIKO:

とにかく、今回は調査からなんだな?


SUGA:

部員を狙うならね。


MIKO:

どういう意味だ?


SUGA:

部長に関しては、

本人の意向でデータを開示してるんだ。


SUGA:

名前は藤崎智久。森本聖の後釜で、

運営が直々に送り込んだ今世代最強のABYSSらしい。


SUGA:

あ、顔写真はこれな。



MIKO:

性格悪そうな顔してるな。


SUGA:

でも、その顔をずっと拝むことになるから。

儀式中も仮面を付けないABYSSらしいし。


MIKO:

自己顕示欲の固まりか。


SUGA:

ちなみに、その前の森本聖は前世代で最強、

もう一つ前の高槻良子も、そいつの世代で最強。


SUGA:

……こうして書くと、朱雀学園は頭おかしいな。

ここに送り込まれる=殺す気満々だわ。


MIKO:

ああそう。


SUGA:

いやいや、ちょっとはビビれよ?(´・ω・`)


MIKO:

相手が誰だろうと関係ない。

ABYSSは皆殺しにするだけだ。


SUGA:

……お前と同じようなこと言ってるやつを、

前にも担当したことあるよ。


SUGA:

でも、そいつは駄目だった。

俺はお前に同じ目に遭って欲しくない。


MIKO:

ボクはそいつとは違う。だろ?


SUGA:

……まあそうなんだけどさー。


MIKO:

情報はもう終わりか?


SUGA:

情報はね。あと注意点が一つ。


SUGA:

あんたが在籍してたのは……去年だな。

多分、知り合いが二年に進級してるはず。


MIKO:

……だろうな。


SUGA:

一応、違うクラスにしておいたけど、

ABYSSについては漏らさないようにしろよ。


MIKO:

大丈夫だ。

もう、ボクの居場所はそこにないからな。


SUGA:

……うーん(´・ω・`)


SUGA:

個人的な意見だと、あんたはもっと、

友達とか作ったほうがいいと思うんだけどね。


SUGA:

まあ無理にとは言わないから、

時間を作って昔の知り合いに会いに行ってみなよ。


SUGA:

……って書いても、

見てねーんだけどねー。


SUGA:

既読がつかない書き込みはさみしー(´;ω;`)ブワッ





「……そういうわけで、

お前にはこれからゲームに参加してもらう」


夜――朱雀学園の三年の教室。


半年前、笹山晶という男が必死で目指したそこで、

藤崎智久は生け贄を前にルールを説明していた。


「クリア条件は一度しか言わない。

心配ならメモ推奨だ。命に関わることだからな」


『命に関わる』


ABYSSらしからぬ服装の藤崎の口からでは、

冗談にしか思えない言葉だった。


だが、既にその超人的な膂力を見せつけられた生け贄は、

彼の言葉を疑うことはない。


彼の機嫌を損ねないよう姿勢を正し、

何度も頷きながら、必死になって彼の言葉を待つ。


その態度を満足げに見下ろしながら、

藤崎が不遜に椅子の上で足を組み替えた。


「では、まず一つ目だが――」


瞬間、ガラスが派手な音を立てて砕け、

教室の中へと散らばった。


悲鳴を上げ逃げ惑う生け贄/眉を持ち上げる藤崎。


そんな彼らの瞳に映るのは、、

闖入者たる少女――御堂ミコの姿。


「――藤崎智久だな?」


「おいおい……女の分際で、

人間様の名前を軽々けいけいに口にするってのはどうなんだ?」


「というか、今は俺様が

生け贄にルールの説明をしている最中なんだが?」


「大丈夫だ。ルールを説明する必要はない」


眉根を寄せて首を傾げる藤崎に、

ミコが抜き放ったナイフを突き付ける。


「お前は、今からここでボクに殺されるからな」


「……あー」


がりがりと、藤崎が頭を掻く。


「お前がアレか。プレイヤーか。

登録から二校クリアまで最短記録の」


「そうだ。もう一度聞くぞ。

お前が部長の藤崎で間違いないな?」


「フッ、フフッ……」


ミコの質問に、藤崎は肩を揺すって、

心底おかしそうに笑った。


「だからさ、さっき言っただろ?

俺様は言ったよな? 女の分際で――」


「人様の名前を

口にしてんじゃねぇよボゲがァ!!」


藤崎が立ち上がる。


「――バカが」


その瞬間を狙って、

ミコが藤崎の背後からナイフを突き出した。


が――


「だから――見切ってんだよ女ァ!」


その攻撃を藤崎は肘で叩き落とし、

流れるような動作で拳を放つ。


それをミコは体を反らして回避しつつ真横に跳躍――

空いた藤崎の脇腹蹴りつつ、大きく距離を離した。


二人の体に当たった机が、

がたがたと音を立てて揺れる。


理解できない事態を目の当たりにしている生け贄が、

かちかちと歯を鳴らす。


だが――ABYSSの部長とプレイヤーの耳には、

そんなものは入っていなかった。


彼らの思考を占めるのは、

似たようなお互いの第一印象。


“なるほど……”


“これが、当代最強か”


“これが、最短記録保持者か”


期せずして出会った強敵に、

修羅たちの口元が三日月を形作る。


空気が張り詰める。

窓の向こうの朧月が、ぼんやりと二人を照らす。


そんな、惨劇に相応しい薄暗い夜に――


重苦しくもおごそかに、

闇に生きる少女の言葉が響いた。


「さあ、ABYSSを始めよう――」



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