兄弟対決1

――ゲーム開始の時がやってきた。


「一人か……予想では

ミコを連れてくるのだと思っていたんだが」


「那美ちゃんはどこだ?」


「学園のどこかに眠らせた状態で置いてある。

必要なら自分で見つけるんだな」


……あくまでゲームの中で、ってことか。


まあ、クリア条件として設定されているなら、

当然の処置だな。


「……何があった?」


「何の話だ?」


「先週の時点でのお前は、

もっと惨めに怯えていたはずだ」


「なのに、俺の前に立っているお前には、

その時の萎縮がない。何故だ?」


「……“御堂数多”とやり合う覚悟ができた。

それだけだ」


「なるほど。面倒だな」


さして面倒でもなさそうに呟いて、

兄さんは――数多は、改めて僕の目を見据えてきた。


「始める前に、

もう一度ルールを確認しておく」


「行動範囲は学園の校舎内。

零時開始で、明け方五時で終了とする」


「お前と人質には首輪を装着する。

作動条件は三つだ」


「ABYSSの秘匿を犯す行為、首輪を破壊する行為、

そして制限時間の五時を迎えた場合」


……五時までにゲームをクリアできない場合と、

ルール違反した場合ってことか。


「ゲームのクリア条件は二つ。

チェックポイントの全踏破と、人質の救出」


「チェックポイントは五カ所。

場所については自力で探すこと」


「チェックポイントの通過判定は?」


「チェックポイントに置いてあるカードの回収だ。

カードの位置情報が移動することで回収とされる」


「もちろん、カードや首輪の位置情報を使って、

お前たちの位置は割り出すことはないから安心しろ」


「そこはフェアにやる、ってことか」


「お前がルールを違反しない限りはな」


「また、チェックポイントを通過するごとに、

処理班を五人ずつ追加する」


「人質については、学園内のどこかに置いてある。

こちらも自力で探せ」


「もし、人質を救出せずにクリアしたら?」


「クリア条件はそれぞれ独立している。

その場合は人質を得られないままクリアだ」


「つまり、人質はABYSSによって処理される」


なるほど……

じゃあ、人質の救出以外の選択肢はないな。


ただ、チェックポイントの踏破のほうが、

条件としてはずっと厳しい。


これだけ難易度に差があるってことは、

恐らく、人質は数多が守っているんだろう。


何とかして引き剥がさないとな……。


「武器の使用は基本的に自由だ。

ただしゲームであるため、銃器は使用を禁止する」


「ないとは思うが、もしも持っているなら、

今のうちに通信機器と一緒に全て出しておけ」


「電話の持ち込みは不可なのか?」


「外部と連絡を取れる可能性のあるもの全てだ」


「……分かった」


逆らっても無駄だと判断し、

大人しく携帯を差し出す。


「また、通常の儀式では撮影係が付くが、

今回は各所に設置したカメラにより撮影を行う」


「以上だが、質問は?」


「大丈夫だ」


数多の目を見据えたまま頷く。


と、数多は仮面の口元を押さえて、

笑いを堪えるように静かに長く息を吐いた。


「それでは、

ABYSSを始めるとしよう――」





促されるまま校舎内に入り――

外から鎖で施錠された。


……逃げようと思えば、

そもそもガラスを割って出ることもできる。


ただ、首輪を付けられてる以上、

クリアする以外に道はない。


余計な考えは捨てて、

足音を消しつつ、ひとまず昇降口を離れる。


家から持ってきた武器は、

近接戦闘に耐えうるナイフのみ。


それ以外は、

重量を考えて現地調達をすることにした。


特に、生徒会室にあるロッカーには、

真ヶ瀬先輩の秘蔵コレクションが入っているはずだ。


本物かどうか不明な銃器は使用不可能だとしても、

スタンロッドや刀剣は頼りになるだろう。


「……この辺りでいいか」


適当に離れたところで、

手近な教室に飛び込み施錠――改めて作戦を考える。


まず、狙うべきクリア条件は人質の救出。

これは間違いない。


ただ、保険をかけるという意味で、

チェックポイントの位置を把握しておくのはアリだ。


処理班が増える条件は、

チェックポイントの通過。


ということは、チェックポイントに行っても、

カードを取らない限り処理班が増えることはない。


武器の確保も込みで、敵の数が少ないうちに、

できることはやっておくべきだろう。


ついでに、人質の居場所も分かるかもしれないし、

数多がいなければその場で奪還まである。


「……パッと考えつくのはこれくらいか」


やっぱり、読まれてるだろうか?


……いや、考えるだけ無駄だな。


仮に読まれていたところで、相手は五人。


人質の傍に一人付けておこうと考えるだろうから、

実際に動けるのは四人。


しかも、僕と処理班がやりあった時の情報から、

連中は二人一組で行動させるはずだ。


つまり、このそれなりに広い校舎で動く組は、

四人を二で割った数――二組しかない。


たった二つしか目がない状態なら、必ず死角は出る。

僕はそこを突いていけばいい。


行こう。


時間は五時間あるとはいえ、

あんまりのんびりもしていられない。


何より、時間を稼いでいると思われたくない。





改めて廊下に出ると、

途端に、夜の寒さが身に沁みてきた。


季節はもう十一月。

世間の認識では、もう秋よりは冬だろう。


……そういえば、去年もうこうして、

夜になってから寒さを意識していたな。


毎日が学園祭の用意に大わらわで、

帰ろうにも帰れない状態で。


凄くしんどくて、もう嫌だって時に、

先輩方がよく温かいものをおごってくれたんだ。


『来年はこういうキツいのは無しにしましょう』と、

あの時は言ったものだけれど――


今、この状況になってみたら、

急にあの頃が懐かしくて仕方なくなった。


先輩におごってもらった肉まんの味が、

溜らなく恋しくなった。


「……余計な感傷だな」


振幅が大きくなりそうな心の振り子を、

深呼吸で押さえる。


色々考えるのは後だ。

今は、希望は胸の中にしまっておくのがいい。


もう二度と来ることもないと思っていた校舎にさえ、

こうしてやってきている自分がいるわけで。


あのしんどくも楽しかった日々だって、

もしかすると、またやってくるかもしれない。


全てはこの状況を乗り越えてこそ。


そう気を引き締め、

もう一度だけ深く息を吸った。


そうして足音を消し、物陰に隠れながら、

教室を回っていく。


武器の確保なら生徒会室が優先目標だけれど、

焦ってそこを目指すようなことはしない。


確実に押さえたいポイントは、

状況が良くなってから向かう。


とにかく、まずは一階――





……ん?


一年の教室、最後の一つの扉に手をかけたところで、

他とは異なる僅かな重みを感じた。


罠だと判断し、扉から手を離す。


それから、感覚を研ぎ澄ましつつ後退し、

周囲の状況を確認する。


気配や物音はない。


ただ、僅かな甘さと鉄臭さが、

鼻腔を通して舌先を撫でてきた。


……この教室に何かあるのか?


ガラス越しに室内の様子を伺うも、

見える範囲には何もなし。


ダメ元で教室後部の扉に手をかける――

こちらには重みはなし。


果たして、このまま開けていいのか?


三秒ほど迷った後――


他の教室から箒を取ってきて、

それで扉を開けた。


が、何もなし。


安全と判断し、警戒しつつ教室の中へ。





そうして前方の扉を確かめたところ、

ちょうど開きづらくなるよう本が立てかけてあった。


その傍には、わざと垂らしたであろう血が数滴。


罠と見せかけて時間を稼ぎつつ、

こちらの神経をすり減らすだけの仕掛けフェイクだった。


「……面倒だな」


こういうのを幾つも仕掛けられると、

徐々に効いてくる。


単体では害はなくとも、本物の罠の可能性がある以上、

こちらは警戒せざるを得ない。


もちろん、フェイクだけじゃなく、

本物の罠だって仕掛けてあるだろう。


あの人らしい、

実にいやらしい手だった。


けれど――


「ちょっと昔を思い出してきたな……」


この手の訓練は、

御堂で嫌というほどやってきた。


一歩間違えれば死ぬような状況も多々あったけれど、

それを生き残ってきているから今の僕がいる。


勘さえ取り戻せれば、

そうそう怖れるようなものじゃない。


「……他には何もなしか」


チェックポイントのカードはなし。

伏兵もいない。


次だな――



「っ!?」


廊下に出た瞬間に矢が飛来し、

慌てて中に引っ込んだ。


同時に接近してくる足音/衣擦れの音。


瞬間、ヤバいという思考が走った。


が、ベランダから外に出ようにも、

学園外の範囲か判断できず出ることができない。


使える教室の出入り口は廊下側のみ。

が、そっちは敵がリアルタイムで絶賛接近中。


つまり、逃げ場を完全に塞がれた。


一瞬で訪れた窮地に自分の愚かさを呪いつつ、

覚悟を決めてナイフを抜く。


それから一拍遅れて、

前後の扉から処理班が教室に乱入してきた。


「ふっ――!」


飛来する矢を弾き飛ばす

/机の間を縫って移動し、もう一人から距離を取る。


敵の得物はボウガンとフレイル。


矢を見た時は、まさかとヒヤリとしたものの、

普通の処理班らしくて一安心。


が、珍しい武器をどう受けていいのか分からず、

近接側の処理班からは距離を取るしかできない。


その隙に、ボウガンの処理班が

次弾を装填/発射/移動――やたらと丁寧な立ち回り。


一方でフレイルは性能とリーチに物を言わせて、

大味にこちらを追い詰めてくる。


障害物が多く、矢の防御はしやすいものの、

フレイルが防御を迂回して届いてくるから性質が悪い。


教室からの脱出を試みても、

すぐに進行方向を塞がれる。


恐ろしくやりづらい。


武器のチョイスもこの展開も、

数多の指示であることは疑いようもなかった。


「くっ……!」


まんまと敵の思惑に乗ったことを腹立たしく思うも、

今さら後悔しても何の意味もない。


とにかく状況を変えるべく、

この場では全く役に立たないナイフを敵に投げつける。


回避に体勢を崩すボウガンの仮面。


その隙に机を持ち上げて、

こちらはフレイルの仮面へと投げつけた。


フレイルの仮面の驚愕。


が、当然フレイルで防御できるわけもなく、

命中/よろめく/がたがたと机を揺らして後退する。


その隙にダッシュ――

飛んでくる矢を這いつくばって回避しつつ廊下へ。





――よし。

ひとまず脱出は完了。


が、初期に配置されている処理班は五人。

もたもたしてると他の連中が来る。


足音が鳴るのは諦めて廊下を走る

/階段を駆け上がる。


追ってくる足音を意識しつつ、

再び手近な教室に飛び込み施錠。


もちろん、相手はすぐさまやってきて、

扉をぶち破ってくるだろう。


けれど、十秒も稼げれば十分だ。


「ふぅ……」



“集中”――

身体を戦闘用に作り替える。


筋肉が蠕動する/血流が加速する

/精神が研ぎ澄まされる。


その全てを成ったと同時に目を開き、

飛んできたボウガンの矢を掴み取った。


その運動エネルギーを手の中で殺しつつ、

振り下ろされるフレイルの一撃を躱す。


そうして空いた相手の脇腹に、

蹴りを叩き込んだ。


さらに肩でぶつかっていき、

目の前の処理班を吹っ飛ばしつつ跳躍――


フレイルの処理班を跳び越え、

ボウガンの仮面へと一気に肉迫し拳を見舞う。


が、すんでの所で躱される

/廊下に逃げられて距離を取られる。


一瞬、追いかけようとも思ったものの、

深追いはせずに教室内での戦闘の継続を選択。


起き上がろうとしているフレイルの仮面の手を踏みつけ、

呻き声の漏れた口元に膝蹴りを叩き込んだ。


仮面の割れる感触――噴き出す血/悲鳴。

苦し紛れに飛んでくるフレイル。


それを回避しつつ、

一気に止めをと思ったところで――


「おっと」


教室の黒板側の扉から入ってきたボウガンに、

攻撃を阻止された。


ならばと、再び無人となった廊下へ飛び出す。


「うわっ!?」


そこに、三体目の仮面の一閃が飛んできた。


頬に疼き――浅いがどうやら掠めたらしい。


が、痛みに足を止めている暇はない。


新手の得物たる匕首が振るわれるのを

躱す/避ける/往なす。


当たりこそしないものの、

紙一重にならざるを得ない相手の技術に脅威を覚える。


同時に、ナイフを手放したことを後悔する。


身体能力は“集中”状態の僕が勝っているとはいえ、

こいつと素手でやり合うのはかなり厳しい。


そうこうしている間に、

フレイルの処理班が復活――


口元から血をだらだら零しながら、

こちらの動きを制限するよう立ち回ってくる。


その合間にボウガンの矢が飛んでくると、

もうほとんど対処はできてないも同然だった。


「ぐっ……!」


形勢は完全に不利。

防戦一方というには守りも怪しい状況。


しかも、援軍が一人来たということは、

いつもう一人来ても不思議じゃない。


何とかして逃げ出したいけれど、

相手が隙を見せてくれないと――



そう思っていたところで、

突然、廊下の窓ガラスがぶち破れた。


それとほぼ同時に、

ボウガンの仮面が首筋から血を噴き出して昏倒した。


仲間の突然の惨事に、

驚愕して動きを止める処理班たち。


対して、その惨事を引き起こした張本人は、

ニヤリと口元に笑みを浮かべ――


「随分、苦戦してるじゃないか」


軽口を叩きながら、

処理班の二人の間を風になって吹き抜けた。


それで、屈強な男たちは物言わぬ屍に変わり、

騒がしかった廊下は一気に静かになった。


その圧倒的な蹂躙に、

若干の恐怖混じりの感心を抱きつつ――


「ありがとう。

助かったよ――ミコ」


恐ろしくも頼もしい援軍を、

笑顔でもって歓迎した。


「結構、時間かかったね」


「これでも相当急いだらしいけどな。

何段階か手続きをすっ飛ばしたとか言ってたぞ」


「ま、これで晴れて、

ボクもプレイヤーってわけだ」


聖先輩が土壇場で考えついた秘策――

“ミコのプレイヤー化”。


プレイヤーはABYSSのゲームに乱入して、

ABYSSを殺すことができる。


そのため、数多が幾ら部外者を拒もうとも、

ミコの乱入を防ぐことはシステム的にできない。


また、プレイヤーは

ABYSSの資産でもあるらしい。


そのため、ゲーム外においては、

プレイヤーは逆にABYSSに守られる。


ミコのゲームに参加する権利を確保しつつ、

ゲーム外での安全を保証する手段としては最良だ。


「でも、終わったら

プレイヤーを降りることはできるんだよね?」


「最終的に適正で差し戻すとか言ってたな。

まあ、多分大丈夫だろ」


「だといいんだけれど……」


「それより、

何でこんなのに苦戦してたんだ?」


ミコが足下に転がる処理班を

つまらなそうに見下ろす。


「いや、こんなのって……相当強いよ?

特に連携させると手に負えない」


「さすが数多に鍛えられてるって感じ。

複数だと“集中”ありでもギリギリだ」


「バカだろお前」


いや、バカって……。


「あんな正面からじゃ

苦戦するに決まってるだろ」


「ボクたちは……御堂は何だ?

戦士じゃないだろ?」


「……ああ」


そういうことか――と思い至ると、

ミコは僕の顔を見てにやりと笑った。


「正面からなんてやめて、小狡く、卑怯に、

相手の意識の死角から攻撃すればいいんだよ」


……確かに、僕はちょっと

正面から行き過ぎてたかもな。


もっと上手く不意打ちできれば、連携もされないし、

身体能力で勝るこっちが負ける道理はないか。


となれば、相手に先に発見されないように、

これまで以上に索敵が重要になってくる。


まあ、ミコと二人なら片方が囮になることも可能だし、

これまでよりずっと楽にやれるのは間違いない。


「それで、現状はどうなってるんだ?」


「一階の一年の教室から回ってたところ」


「那美ちゃんの居場所を探してるのか」


「それもあるけれど、

チェックポイントも探してる感じかな」


「処理班追加の条件がチェックポイント通過だから、

追加される前に動けるだけ動いておこうと思って」


「なるほどな。

その方針で問題なさそうだ」


「初期の処理班の数は五人だから、

ここの三人を除けば残り二人だね」


「ただ、処理班とは別に数多がいて、

恐らく那美ちゃんを守ってる」


「那美ちゃんを

助け出せばクリアなんだろ?」


「だったら、数多はどっちかが囮になって引きつけて、

その隙に那美ちゃんを救出すればいいな」


「僕もそれしかないと思う。

そのためには、処理班を全部片付けてかな」


「もちろん、那美ちゃんを助けられそうだったら、

そのまま助ける感じで」


「それでいくか。

それじゃあ、次に行くのは学習棟の二階か?」


「あ。その前に、

下に行ってさっき投げたナイフを回収してくる」





ミコと二人で、

学園内の探索を再開する。


先の反省を踏まえ、教室に入って調べるのは一人。

もう一人は廊下で待機。


罠がありそうな場合は、二人で検証の上、

最大限警戒しつつ確認という形が自然とできていた。


あまりにこの形が馴染むところを見るに、

御堂の家でも二人でこんな行動をしていたのかもしれない。


そんな想像をしている間に、

一つ目のチェックポイントを発見。


場所は、廊下の突き当たりにある、

二年の教室の一つだった。


さらに探索を進め、

学習棟でもう一つチェックポイントを発見。


が、人質は見つからず、次は部活棟へ――





「……おい」


ミコが聞こえるか聞こえないかで呟いたのは、

部活棟へ入ってすぐのことだった。


何事かと目を向けると、

角の向こうを見てみろというアイコンタクト。


何かあったのか……?

そんな疑問は、すぐに吹っ飛んだ。


――処理班が二人。


二十メートルほど先の化学室の前に立ち、

警戒も顕わに周囲を窺っていた。


「どう思う?」


「……あそこに何かある、

って考えるのがまあ自然だね」


しばらく様子を窺っていても、

二人がどこかに移動する気配はない。


「ただ、残り二名の貴重な戦力を割くっていうのは、

どう考えてもおかしい」


「化学室の中に、

よっぽど大事なものでもあるんじゃないか?」


「……かもね。

例えば、人質とか」


罠の可能性は、正直言って低い。

仕掛けに人を使うのは効率的に良くないからだ。


もし百歩譲って罠だったとしても、

それは一人いれば済む。


わざわざ二人も用意するなんて、

あの数多がやるとは思えない。


となると――

本当に、あそこに人質がいるのか?


「どうする?」


「……行ってみる価値はあると思う。

少なくとも、処理班は減らせるし」


「分かった。ボクのほうで外に回る。

一分経ったら、晶はあいつらを引きつけろ」


声を潜めて確認しあった後に、

ミコが遠く離れた窓から外へと出て行く。


……ミコがプレイヤーの立場で本当によかった。


もし、ミコが追い返されたり生け贄扱いだったら、

作戦の幅がかなり狭まっていただろうし。


聖先輩にはホントに感謝だな。


「後はこっちで

そのアシストを生かさないとだな……」


差し当たっての課題――

どうやって連中の気を引くか。


幾つか手段はあるけれど、

注意レベルじゃあんまり効果はなさそうだ。


連中は二人。仮に音を立てても、

確認に来るのは一人だけだろう。


片方が扉の前に張り付いたままじゃ、

ミコの仕事が増えるだけだ。


求められているのは、

向こうの二人を確実に動かすこと。


となれば――


「やるしかないか……」


時計を確認しつつ、

“集中”して約束の時間を待つ。


そうして、秒針が一回りしたところで、

連中の前に躍り出た。


すかさずこちらに身構える処理班の二人。

一見する限りだと、二人とも空手か。


が、飛び道具を隠し持ってる可能性を考慮しつつ、

正面を外すように蛇行しながら距離を詰める。


その距離が半分になったところで、

相手が僅かに動きを見せた。


その動作が何かを為す前に、

先の処理班三人組から回収した匕首を投擲――


処理班が回避動作に移ると同時に、

窓からミコが乱入した。


驚愕する二つの仮面。

けれど、もう遅い。


回避動作に入った体は行動修正もままならず、

仮面の片割れが為す術なくミコに喉を切り裂かれる。


辛うじて逃れたもう片方には、

僕から走った速度そのままの体当たりを食らわせた。


扉と僕の体に挟まれて、

仮面がカエルのような呻き声を上げる。


伝わってくる骨の砕ける感触。


扉のガラスが砕け、

頭の上から降り注いでくる。


けれど臆さず、そのまま処理班の体を盾に、

化学室の扉をぶち破った。


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