ゲームクリア

「お疲れ様。昨日はホントありがとね。

龍一がいてくれて助かったよ」


「いやいや、気にせんでええよ。

無事に戻ってきてよかったやん」


ばちんと背中を引っぱたいてくる龍一。


その痛みを感謝の気持ちで受け止めつつ、

起き抜けに届いた龍一からのメールを思い返した。


『学園近くの公園に、午後二時に』


どういう話があるのかは、

大体予想はついている。


「それじゃあ、

どこかに入ろうか?」


「いや、実は行くとこ決めてるんよ。

ちょっと遠いんやけど、大丈夫か?」


「そんなに遠くじゃなければ。

琴子には出てくる時にちゃんと言ってきたしね」


「そんなら大丈夫そうやな。

んじゃ、ちょっと歩こうか――」





いきなり路地裏に連れて来られたと思ったら、

何だか急に開けた場所に辿り着いた。


ここは……何の場所なんだ?


「切り裂きジャックの墓や」


「切り裂きジャックのって……えっ?

生きてるんじゃないの?」


「正確に言うと、

初代ジャックの墓やねん」


「聞いたことないか?

今、街にいるジャックは二代目やって」


「いや……今、初めて知ったよ」


そもそも、切り裂きジャックについて知ったのも、

つい最近の話だったし。


「ちなみに二代目は俺や」


「はぁ!?」


「……そんだけええリアクションしてくれると、

なんや言ったかいがあるな」


いや、二代目って……

切り裂きジャックは世襲制なのか?


っていうか、何で龍一が?


「まあ、ポン刀持って悪いやつ成敗しとったら、

勝手に二代目言われとるだけやけどな」


「その悪いやつっちゅーのが、

片山のばら撒いてたフォールを使ってた連中やねん」


「えっ、まさか皆殺しにしてるの……?」


「いやいや、ちゃんと峰打ちにして生かしとるよ。

急所も避けてな」


そういえば、琴子からジャックの話を聞いた時に、

峰打ちして回ってるって言ってたか。


だから昨日も、

龍一は峰打ちで戦ってたと。


「なるほどね。

だとすると、ちゃんとお礼を言わないとかな」


「お礼って、何の話や?」


「昨日、琴子と佐倉さんが、

ジャックに助けてもらったって言ってたからさ」


「いやいや、んなアホな。

俺は昨日、佐倉さんに会うてへんって」


……はい?


「いや、そんなはずないでしょ。

助けられた佐倉さんが言ってたのに」


「そう言われてもなぁ。

あの後、誰も見つけられんかったし」


……だとすると、

佐倉さんが嘘をついた?


いやでも、嘘をつく理由なんて、

どこにもないよな?


「もしかすると、誰か他の人に助けてもらったのを、

切り裂きジャックだと勘違いしたのかな」


「……でも、ABYSS崩れの連中に

勝てる一般人っておるんか?」


あー……それは確かに。


片山の手下でも、

普通の人より遙かに強いのは間違いない。


アレに勝てる人間となると、

相当限られてくるんじゃないだろうか。


「あ、おったわ。

ABYSS崩れの連中に勝てる一般人」


「えっ、誰?」


聞き返すと、

龍一が人差し指で眉間を突いてきた。


「勝てるやろ?」


「……ああ、うん。まあね」


そりゃあ、僕は勝てるけれどさ。


「せっかくだから、

本題の一つもここで聞いとこか」


ずずいと龍一が体を寄せてくる。


「晶、お前何者やねん?」


何者……か。


まあ、龍一も正体を教えてくれたんだし、

僕も言ってしまうか。


正直に打ち明けることが、

お世話になった龍一への誠意でもあると思うし。


「僕は、元暗殺者だよ」


「それは……あー、

本気で言うとんのやな?」


「もちろん。龍一をごまかすために、

嘘をついてるとかはないよ」


「なるほど、分かった。

それで、元暗殺者が何でこんなとこおるんや?」


「諸事情で、

一家が全滅しちゃったんだよね」


「それで、落ち零れだった僕は暗殺者を廃業して、

笹山の家に養子に入った感じ」


「まあ、廃業って言っても、

一度も仕事をしたことはないんだけれどさ」


「……なるほどなー。しっかし、元暗殺者か。

そういうことなら、クッソ強いんも納得できるわ」


「昨日は正体知るまで、マジでびびっとったんやで?

『片山のやつこんな下っ端抱えてんのか!?』って」


「それを言うなら、僕も冷や冷やだったよ。

『このABYSS油断したら殺される!』って」


『いやー危なかった』と、

お互いに苦笑いを浮かべる。


「じゃあ、普段の運動音痴はアレか?

猫かぶっとる感じ」


「まあ、そういうことだね。

そのほうが面倒じゃないし」


「なるほどなー、そういうことやったか。

上手いこと騙されたわー」


「一応、秘密にしといてね。

元暗殺者って表に出しても、いいことなんてないし」


「あー、その辺は分かっとるから安心しとけや。

俺も猫かぶっとるしな」


「晶のほうこそ、

俺がジャックやいうのは内緒にしてや?」


「それはもちろん。

指切りでもしようか?」


小指を差し出すと、

龍一は勘弁してくれとばかりに手で扇いできた。


「いやー、でも晶の正体が暗殺者でよかったわ。

ABYSSやったらどないしよ思ってたしな」


「それもまた、お互い様だね。

僕も龍一がABYSSじゃなくてよかったよ」


「もし、龍一と殺し合うなんてことになったら、

色んな意味で辛いからさ」


友達を殺す意味でも、

強い相手に骨が折れるっていう意味でも。


「……俺の目に、

狂いはなかったっちゅうことやな」


「何それ、いきなり?」


「実はな、晶のことをABYSSや思ったのは、

昨日やないんやで。入学してすぐや」


一年の頃から……?


「話すと長くなるから詳しくは言わんけど、

俺、実はプレイヤーっちゅうやつでな」


「ABYSSを殺すために、

入学してきたんよ」


「で、こいつがABYSSやー思って、

晶に近づいた」


……そうだっのか。


そんな目的があったなんて、

全然気付かなかった。


「知らんと思うけど、実は晶って、

過去の経歴真っ白なんやで」


「多分、暗殺者やめて笹山晶になった時、

過去を全部不明にしたんやろな」


「ちょっと待って。

……それ、ホントに?」


「おお。調べたから間違いないで」


「んで、そのあからさまに怪しい経歴と、

たまに見える警戒心で、こいつABYSSやなーと」


「ただ、探ろう思って話してたら、

ああこいつやっぱ違うわーってなってな」


「晶が人を喜んで殺してるとこ、

全然想像できんかった」


「晶みたいなええやつが人殺しになったら、

逆に苦しむやろうと思ったんよ」


「……何で今さら、

そんな話するのさ?」


「いやー、暗殺者にならんで

よかったなと思ってな」


「あー……もしかして龍一、

僕に気を遣ってる?」


僕の人生が暗殺者ルートから外れたことを、

遠回しに慰めてる的な。


「いやいや、どうやろな?」


口笛を吹きながら、

堂々ととぼける龍一。


いや、申し訳ないけれどそれ、

バレバレだから。


「あのね……変な気を遣わなくていいよ。

別にもう、全然気にしてないから」


「確かに、実家が全滅したり養子になったりって、

客観的には悲劇だけれどさ」


「今は、こうなるのが運命だったと思ってるよ。

もちろん、悪い意味じゃなくてね」


「暗殺者ルートから外れなければ、

龍一とか爽とか温子さんとも知り合えてないし」


「僕に妹だって、

いなかったわけだしね」


「……そか。

ほんならよかった」


「んでもまあ、一個だけ言うとくと、

別に気ぃだけ使つこうたわけやあらへんよ」


「なんちゅーかこう、

隠し事するんはフェアやないおもてな」


「いや……ちゃうな」


「俺が隠し事をしたくなかった」


龍一……。


「晶が初めてやねん。

俺が敵以外に切り裂きジャックて名乗ったんは」


「別に、特別誰かに言いたかったとか、

そういうわけやないんやけどな」


「でも、言うたってどうせ誰も信じへんやろし、

言うのは色々危ないやろ?」


「せやから、ずっと誰にも言わんと、

黙っとるかー思とったんやけど……」


「いざこうして話してみたら、

『何や自分も話したかったんやなぁ』ってな」


「……分かるよ、それ」


「僕も、自分が元暗殺者だって話すのは、

龍一が初めてだったんだけれどさ」


「秘密を共有できる相手がいるっていうのは、

結構、悪くないって思った」


「……せやな。悪くない」


「うん。悪くない」


「何やもー、晶がこんな話が分かるやつやったら、

もっと早めに言っておけばよかったわー」


「別に、これから話せばいいだろ。

これで終わりってわけじゃないんだし」


「んー……それがな、

そういうわけにもいかんくなってしもてな」


「……何かあったの?」


「昨日、片山を殺したやろ?

あれが、三人目のABYSSってカウントされてな」


「プレイヤーが三勝したもんやから、

この学園はクリアっちゅう扱いになったんよ」


「……いやごめん、

言ってる意味が分からない」


「あー、ほんなら先に、

プレイヤーの説明をしとこか」





……プレイヤーはABYSSを殺すのが役割ロールで、

各学園に派遣される。


三つの学園で三人――合計九人を殺すとゲームクリア、

報酬として願いを叶えてもらえる。


そして龍一は、片山が昨日言っていた通り、

うちの学園で既に二人のABYSSを殺してる、と。


「俺もな、まさかまだ、

自分がプレイヤー扱いされとると思わんかったわ」


「プレイヤーとして、

一年半も活動してなかったわけやし」


「でも、そのおかげで、

願いを叶える権利は失効してなかったんだよね」


「まあそうなんやけどなー」


「ちなみに、どんな願い?」


「昨日の晶と同じや。

ABYSSから、妹を取り返すことよ」


「えっ……龍一の妹も、

儀式に巻き込まれたってこと?」


「いいや、妹がガキの頃に、

両親がABYSSに売った」


はぁ? 何だそれっ?


「俺も詳しいことは知らんけど、

なんやうちの妹に、薬の適合性があったらしくてな」


「うちの両親も研究系の仕事やってるんやけど、

科学のためなら何やっても許されるんやと」


「凄い両親だね、それ……」


「あいつら、頭おかしいねん」


暗殺者の家の人間が言うのもおかしいけれど、

さすがに一般家庭でそれは常軌を逸してる。


「まあそんなわけで、

妹を取り返そうと思っとるわけよ」


「……なるほど。理解したよ」


琴子を探すのにも親身になってくれたのは、

そういう事情もあったのか。


「それじゃあ、これからは、

妹さんを助けるために学園を渡り歩くんだ」


「せやな。

忙しなると思うわ」


「……いつ街を出るの?」


「一ヶ月後くらいっちゅう話やったかな」


それだと、学園祭は

ギリギリ間に合わなさそうか。


せっかく龍一と仲良くなれたのに、

あと一ヶ月しかないんだな……。


「なぁに、心配すんなや。

黙っていなくなったりせぇへんて」


「ホントに?」


「二度と会えんかもしれんしな。

さすがに黙って行くには、この学園に慣れすぎたわ」


「プレイヤーなんて、

普通は半年も同じ学園におらんちゅー話なのにな」


「そのおかげで龍一とも仲良くなれたんだし、

僕はよかったと思うけれどね」


「残った理由がかっこええなら、

素直に喜べたところなんやけどなー」


「なに、どんな理由なの?」


「……この学園の部長にボコにされて、

見逃してもらった感じ?」


うわぁ……。


「うわぁって顔すんなや……

俺も結構気にしとるんやから」


ああ……トラウマになるくらい

やられたんだな。


龍一をそこまで圧倒するとか、

ABYSSの部長ってどんな化け物なんだろう?


「ああ、そうや。

晶に一個、聞いときたいことがあったんやった」


聞いておきたいこと……?


「晶、切り裂きジャックを

継ぐ気ないか?」


「いやいや、何をいきなり」


「俺はもうすぐこの街からいなくなるやろ?

そしたら、正義の味方がいなくなるやん」


「せやから、晶にジャックを名乗ってもらえれば、

この街の平和が守れるなー思ったんよ」


「ちゅーわけで、どや?

三代目切り裂きジャック、就任せんか?」


「いや……それはさすがに

遠慮しとくよ」


「えーっ、なんでー?」


「何でって……正義の味方になって、

街のみんなを守るなんて無理だってば」


「今回の件で思い知ったけど、

僕は手の届く範囲ですら守れてる気がしないし」


「いやでも、ジャックは女の子にモテモテやで?

宝くじとか当たってまうで?」


「龍一見てたら、

一発で嘘だって分かるよそれ」


「むむむ……!」


「ま、まあええんやけどな。

ダメ元ちゅーか、冗談やったし誘ったの」


「その割りには、

凄い悔しそうな顔してるんだけれど……」


「ダメ元やからそんなことはない」


「それより、さっき部長に

ボコられたって言ってたよね?」


「この男、華麗に話題転換を決めよった……。

しかも胸を抉るような話題に……」


「いや、割と真面目な話でね」


「……あーはいはい、ボコられましたー。

それが何かー?」


「いや、部長について教えて欲しいなって思って。

僕、この学園のABYSSと揉めてる真っ最中だから」


「あー、そういや、

ABYSSと殺し合うとか言うてたな」


「一応、聞いとくけど、

どういう経緯でそうなったん?」


「生徒会の用事と諸事情で遅くなったら、

いきなりABYSSと出くわした感じ」


「えー、うそぉ?

あのABYSSが部外者を残したまま儀式ぃ?」


「僕だって納得いかないけれど、

現に巻き込まれちゃってるわけだし」


「それに、あり得るあり得ないで言ったら、

ABYSSも暗殺者も存在自体あり得ないよ」


「あー、そりゃそうやな」


笑い事じゃないんだけれどなぁ。


こっちは命がかかってるわけだし。


「また琴子が浚われでもしたら最悪だから、

何とか早く解決したいんだ」


「あー、まあ、その辺は心配せんでもええで。

多分、部長が晶を狙うことはないやろ」


……どういうことだろう?


「生徒会の元副会長やねん。

ABYSSの部長は」


「元副会長って……聖先輩がっ!?」


『せやで』と頷く龍一。


「……いや、嘘だろ?」


「いやいや、ホンマやで。

あの人、実はちょー怖いからな?」


あー……それは何となく、

分からないでもない。


「でも、聖先輩が

ABYSSだったなんて……」


「その辺は俺には何とも言えんけど、

何や事情はあるみたいやで」


「具体的には知らんけど、

あの人も人を殺すのが楽しいって感じやないもん」


「あと、別に猫かぶっとるとかやなくて、

あの人の場合は日常側のとぼけた感じが素やな」


「でなきゃ、ボコられた俺が、

こうして晶と話しとるわけないやろ?」


「……そっか。それもそうだね」


聖先輩がABYSSというのは、

ショックだったけれど――


事情があるなら、

それも納得はできるかもしれない。


僕だって、そうすることで誰かを助けられるなら、

ABYSSに所属するかもしれないし。


「まあ、あの人には俺のほうからも話しとくわ。

休戦協定破ったことも謝らなあかんし」


「十中八九、

事情を話したら納得してくれる思うで」


「そうだと助かるね」


「ああ、ただ琴子ちゃんと佐倉さんに関しては、

ちゃんとお前から口止めしとけよ?」


「なんぼ森本さんが優しいゆーても、

秘密を漏洩されたら処分せなアカンやろからな」


「オッケー。

その辺はちゃんとやっとく」


「あと、聖先輩との話し合いで必要なら、

僕のことも呼んでもらって全然構わないから」


「そうならんようにするけどな。

まあ、任しとけや」


「ああ、できれば早めにお願いしていい?

この間、黒塚さんに死刑宣告されたんだよね」


「奇襲とかされたら困るから、

その前に黒塚さんを止めてもらいたいんだ」


「あー、多分やけど、

あいつはABYSSちゃうで」


……はい?


「もしも晶に絡んできたなら、

あいつもプレイヤーなんちゃうかな」


「確か、転校してきたばっかりなんやろ?

俺と同じパターンや思うで」


ってことは、僕の経歴とかを調べて、

ABYSSだと当たりをつけてるってことか……。


「まあ、大丈夫やろ。昨日の夜の件は、

すぐに黒塚幽の耳にも入るやろうし」


「ああ、さっきプレイヤーの説明で出てた、

パートナーからか」


「せやせや。昨日の片山の居場所なんかも、

俺のパートナーに調べてもらったんやで」


「へー……そうだったんだ」


「一年半ぶりやし、あいつに説明せんと活動やめたから、

連絡取れるか心配だったんやけどな」


「でも、何とかなってよかったわ。

これからも付き合い続けんといかんし」


「っと、話が逸れたな」


「黒塚幽の件は、一旦このまま様子見しとけ。

多分やけど手け引くはずやから」


「それでもまだちょっかいかけてくるなら、

俺から直接話したる」


「分かった」


「もし、俺がいなくなった後で何か困ったら、

森本さんか鬼塚に相談すればええから」


「鬼塚……何で?」


「いやー、あいつも本当はまともなヤツやで。

ただ、会うなら夜にしとけ」


「ふーん……覚えておくよ」


鬼塚がまとも、か。


前に龍一から聞いた話は、

僕を鬼塚に近付けないための方便だとしても。


琴子が怪我をさせられたこともあるから、

あんまりいいイメージはないんだよな。


……まあ、聖先輩がいるんだから、

敢えて鬼塚に話を持って行くことはないか。


と――


ふいに、この広場へと

誰かが近づいて来るのに気付いた。


目を向けてみると、小さな広場の入り口には、

花束を抱えた女性が立っていた。


年齢は二十代後半くらいか?

やけに綺麗な人だけれど……。


「あら……お墓参り?」


「まあ、そんな感じですわ」


「そう。賑やかで素敵ね」


その人はにっこりと笑って、

切り裂きジャックのお墓の前にしゃがみ込んだ。


「……知り合い?」


「いいや、全然知らんけど、

切り裂きジャックの墓参りが目的やろからな」


「同じ故人を偲ぶゆー気持ちがあるんやし、

そら軽く雑談くらいはするやろ」


「俺が昨日来た時も、

そなえもんが新しくなってたで」


「ああ、昨日言ってた用事って、

お墓参りのことだったんだ」


どうりで龍一が

路地裏にいたわけだ。


「それだけやないけどな。

メインは秘密基地の手入れやったし」


「……何それ?」


「そらもう、隠れ家よ。

秘密基地は男と書いてヒーローの醍醐味やろ?」


「いや、別にそんなことないけれど」


「んじゃ、俺が秘密基地の楽しさを教えたる。

今度、招待するから遊びに来たってや」


秘密基地の楽しさかぁ……。


そういう系なら、

むしろ佐倉さんが喜びそうな気がする。


僕は……まあ、

暇があったら付き合うか。


そう思っていたところで、手を合わせ終えたのか、

女性が立ち上がりこちらへと笑いかけてきた。


「あなたたちも

刀也さんの知り合いかしら?」


「刀也さん……

って、どなたでしょう?」


「ああ、この人のこと」


恋人でも紹介するみたいに、

女性が切り裂きジャックのお墓へ目配せする。


……初代切り裂きジャックの本名って、

刀也っていうのか。


「切り裂きジャックとの関係は……

まあ、他の人と同じようなところですわ」


「あら、そうなんですか」


「お姉さんのほうは

どういった感じで?」


「お友達です。

あとは、お世話になったり同僚だったり」


……っていうことは、

先代の切り裂きジャックと親しかったってことか。


「あの……切り裂きジャックって、

どういう人だったんですか?」


「僕、実は最近になって知ったばかりで、

正義の味方ってことしか分かってないんですよね」


「んー……そうだなぁ」


「子供みたいな人かな。

それと、凄く強い人」


「でも、見た目から想像できないくらい

脆い人でもあった」


「まるで、ダイヤモンドみたいに」


ダイヤモンド……。


「ああでも、華があるわけじゃないの。

本人は至って普通だったし」


「輝いていたのは、刀を振り回してる時と、

子供みたいな話をしている時だけね」


「……聞いた感じだと、

想像してたのと全然違いますね」


「僕はもっとこう、

武士みたいな人をイメージしてたんで」


「ふふっ、残念でした」


「でも、武士じゃないけど、

剣術は教えていたって聞いたことがあるわね」


「お弟子さんがいたっていう話なんだけれど、

あなたたちはご存じない?」


「僕はさっき言った通り、

何日か前に知ったばかりなんで」


「ああ、そうだったわね。

じゃあ――」


整った小さな顔が、

ここに来て初めて上を向き――


「あなたは?」


色素の薄い大きな瞳が、

余すことなく龍一の顔を捕らえた。


「どう? 御存知ない?」


「……あー。申し訳ないんですが、

俺もよう知らんのですわ」


「そう……残念ね」


「それじゃあ、

ちょっとだけ頼まれてくれない?」


「何をですか?」


「あなたたちはいつか、

刀也さんのお弟子さんに会うかもしれないでしょう?」


「その時に、

この紙を渡して欲しいの」


「これは……?」


「私の電話番号。

困った時は、私に連絡を寄越すようにって」


「いやいや、俺らみたいなのに、

こんなん気軽に渡したらあきませんって」


「個人情報いうやつは、

気軽に他人に教えたらダメなやつです」


「大丈夫。

あなたたちは悪用なんてしないから」


「あのね……」


「はい。要らなかったら捨てて下さい」


ニコニコ笑顔で

電話番号を差し出してくる女性。


何を言っても無駄だろうと悟ったのか、

龍一は渋い顔で紙を受け取った。


「私の名前は葉です。

植物の葉っぱの音読みですね」


「もし切り裂きジャックのお弟子さんに会えたら、

よろしくお伝え下さい」


「あー……はい。伝えますー」


龍一の返答に満足したのか、

葉さんは小さく手を振って、広場から出て行った。


残された僕と龍一で、

どちらともなく顔を見合わせる。


「なあ……これ、どう思う?」


「どう思うって……渡すしかないんじゃないの?

切り裂きジャックの弟子に」


「いや、もう渡しとるし」


渡してる……?


「いや、だから俺やねん。

切り裂きジャックの弟子ゆーのは」


「はぁ!?」


また実は俺パターン!?


「いやでも……そうだとしたら、

ちょっと出来すぎでしょ」


「葉さんは最初から知ってたんじゃないの?

龍一が弟子だってこと」


「本当に切り裂きジャックの知り合いなら、

龍一のこと知ってても不思議じゃないし」


「やっぱ、晶もそう思うか……」


それでも、納得が行かなそうに龍一が眉根を寄せて、

口でへの字を作る。


「まあええわ。

一応、ジャックの弟子としては受け取っといたる」


「それでいいんじゃない?

番号登録しておくだけでいいんだから」


「それに、もし本当に何かあったら、

本当に助けてもらえるかもしれないし」


「そうやったらええけど……

まあ、あんまり期待せんでおくわ」


龍一が手の中の紙を適当に畳んで、

ポケットに押し込む。


「なんや邪魔入ってもうたし、

今日はこれで終わりにするか」


「あれ、本当はまだ何かあったの?」


「いや、話しとかなアカンことは、

もうすっかり話したで」


「せっかくやから、この後にどっか寄って、

もうちょっと何かしよかって思とったんよ」


「あー、悪くないけど、

琴子も心配だし今日は帰るよ」


「ああ、そやったな。

そのほうがええわ」


「ほんじゃ、家に帰ってゆっくりしいや。

琴子ちゃんを安心させたれよ」


「龍一も、昨日はかなり動いてたし、

今日はゆっくりするといいよ」


「せやな。ゆっくりするかー」


ほな/それじゃあ、また月曜日に。


そんな言葉を最後に、

龍一と別れた。



そして、帰り道。


街路樹からはらはらと落ちる紅葉を見て、

ふと思った。


あと何回、

龍一とこんな挨拶を交わせるのだろうか――と。



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