片山派への誘い1

「……あれ?」


やたらとお腹が減ったため、

お昼のおかわりを求めて購買に行った帰り道――


突然上がった大きな笑い声に目を向けると、

見覚えのある顔が、三人の男に囲まれているのが見えた。


「あれは……丸沢か?」


不穏な空気を察して、

足を止め様子を窺う。


と――丸沢は胸ぐらを掴まれたり、

お尻に蹴りを入れられたりと、小突き回されていた。


その場の全員が笑ってはいるものの、

どう見ても普通の友人関係には見えない。


「イジメ……だよな?」


ただ、どうして丸沢は、

されるがままになっているのか。


ABYSSの中では弱いほうとは言っても、

一般人と比べれば強さは段違いだ。


負ける可能性はゼロなんだから、

嫌なら追い払えばいいと思うんだけれど……。


「何やってるの?」


迷ったものの、さすがに放っておく気にはなれなくて、

囲っている連中に声をかける。


と、僕のことを生徒会の人間だと知っていたのか、

三人は丸沢を置いてそそくさと去って行った。


「大丈夫?」


「あ、うん……まあ」


「さっきのって……止めてよかったんだよね?

抵抗してなかったけれど」


「その気になれば勝てる」


「えっ?」


「本当は一瞬でぶちのめせるんだぞ。

あんな奴ら」


あーっと……。


「つまり、実力では勝てるけれど、

敢えてやらせておいたってこと?」


水を飲む鳥のように、

何度も頷く丸沢。


「片山くんの指示で、

学園の中では暴力を振るわないようにしてるんだ」


「学園の中で問題になったら、

部長に隠しきれなくなるから……」


あー、なるほど。


ABYSSはできるだけ目立たずに、

普段通り振る舞うべきってことか。


「じゃあ、やっぱり止めてよかった。

勝てるって言っても、ストレス溜まるでしょ?」


「あ……うん。ありがとう」


「いや、別にお礼言われることじゃないよ」


「止められそうなイジメの現場を見たら、

止めるのが普通だしね」


「でも……止めてもらったのって、

今回が二回目だから」


「あー……まあ、全然関係ない人が止めるのって、

なかなか難易度高いよね」


「僕は生徒会の人間だったからよかったけれど、

他の人だと因縁とか付けられることだってあるだろうし」


「前に止めてくれた人は、

全然関係ないのに声をかけてくれたんだ」


「もちろん、生徒会でも何でもない、

普通の女の子で……」


「へーそうなんだ。

凄いね、その子」


「だよね? 凄いと思うよねっ?」


何度も同意を求めてくる丸沢に、

素直に頷き返す。


「よかった……片山くんに言っても、

全然理解してもらえなかったから」


「あー……」


片山と直に話したことはないけれど、

傍から見ていた感じ、難しいだろうなぁとは思う。


鬼塚にも煽りをくれてたくらい好戦的みたいだし、

人助けの話なんかは興味ないんだろうなぁ。


「まあ、今度から絡まれてるところを見かけたら、

できるだけ助けに入るよ」


「本当は一緒に行動とかもできるといいんだけれど、

さすがにそれはABYSS的な意味でまずいだろうし」


「あ……うん。そうだね。

まずいよね……」


仕方ないよね――と、

丸沢が小さくなって俯く。


いや、別にそこまでがっかりしなくても。


「あっ、でも、いいこと思いついた!

今日の放課後って時間ある?」


「え? 一応、大丈夫だと思うけれど……」


「よかった。じゃあ、後で連絡するから、

放課後は空けておいて。絶対に」


「……分かった。放課後だね」


「絶対だよ!」


念押しにさらに念押しを重ねてから、

丸沢は購買のほうへと駆けていった。


何の気なしの人助けから、

丸沢と友好的に話せたのはよかったけれど……。


何だか、妙な話になってきたぞ?






「ごめんね、待たせたかな?」


「ああ、大丈夫だよ。

僕もちょっと、生徒会に寄ってきたから」


「家に帰って用意をしてきたら、

思ったより遅くなっちゃって」


「用意……?」


「うん。はい、これ」


丸沢が満面の笑みで渡してきたのは、

萌え絵の女の子が描かれた箱だった。


「えーと……これは?」


「さっきのお礼。

何年か前のゲームけど、僕のバイブルなんだ」


バイブル……これが?


これがバイブルなのかっ?


「あー……ホントに当たり前のことをしただけだから、

お礼とかは別にいいよ?」


「いや、当たり前のこととか関係ないよ。

お礼をしたいって、僕が思ったんだから」


「だから、是非これを借りて欲しいんだ」


メガネの奥に秘めた瞳を輝かせながら、

丸沢が笑顔でゲームの箱を差し出してくる。


「いやでも、うちは妹がいるから、

ちょっと環境的に厳しいというか……」


「あ、もしかしてアレかな?

美少女ゲーってやったことない感じかな?」


「絵で引いてるかもしれないけど、本質は違うんだよ。

中身は硬軟併せ持った極上のエンタメなんだ」


「入り口で変な偏見持たないで、

とにかく一度やってみて!」


「最初のハードルさえ乗り越えれば、

絶対にハマるから。絶対に!」


「う、うん……」


ああ……何か、

宗教に勧誘されてるみたいだ。


そう考えると、バイブルっていう表現も、

あながち間違いじゃないのかもしれない。


「妹さんが気になるなら、

イヤホンか何かをつけてプレイするといいよ」


「でも、無音はダメ! 絶対ダメ!

音がない美少女ゲーは、薬のないABYSSだから!」


そんなに重要なのか……。


「まあ、本当は妹さんにも布教して、

堂々とプレイして欲しいんだけどね」


「いや、さすがにそれは

難易度が高いかな……」


「うん。だから、笹山くんだけでも、

この僕と同じ感動を味わって欲しいんだ」


同じ感動かぁ……。


まあ、せっかく好意で勧めてくれてるわけだし、

無下にするわけにはいかないか。


きっと片山にも勧めたんだろうけれど、

絶対に断られてるはずだしなぁ。


「分かった。じゃあ、借りるね」


「本当? よかった!

感想楽しみにしてるから、今度聞かせてね!」


「う、うん……」


これは……大変なことになってきたぞ。


バイブルって言ってるくらいだから、

適当に感想を言うわけにもいかないだろうし。


……まあ、暇を見つけてやるしかないか。


「さて、と。

用事ってこれで終わりかな?」


「もし他にないなら、

ちょっとABYSSについて色々聞きたいんだけれど」


「あ、その話は移動してからにしない?」


「え……どこに?」


「片山くんの隠れ家」


……あの片山に、

今から会いに行くのか?


っていうか、隠れ家に僕を連れて行くって、

結構やばくないか?


「心配しなくても大丈夫だよ。笹山くんなら、

きっと片山くんとも仲良くできると思うから」


「それに、もし上手く馴染めなくても、

僕がいるから心配ないし」


「だから、ね? 行こうよ」


「うーん……」


丸沢には申し訳ないけれど、

正直、片山とは仲良くはできないと思うんだよな……。


何故か僕を狙ってきたり、

僕の入部も快く思ってなかったのもそうだ。


少なくとも、

好意的な感情は持たれてないだろう。


ただ、ABYSSの話とか、フォールの効用の件とか、

情報を得られるなら欲しいとは思う。


現状、鬼塚はそれなりに信用しているけれど、

他の人の話も合わせて総合的に判断したいし。


それに、今後もABYSSとしてやっていくなら、

なるべく敵は作らないほうがいいのも間違いない。


……そう考えると、いい機会か。


「分かった。行こう」


「本当? よかった。

それじゃあ、案内するねっ」


にこにこ笑顔の丸沢が、

こっちこっちと手招きしながら先を歩き出す。


なんか、微妙に調子が狂うなぁ。






「あ、あのさっ。笹山くんって、

佐倉さんとの仲、よくないの?」


「……どうしたの、急に?」


「あ、その……片山くんに聞いてたから」


……片山が、

僕と佐倉さんの関係を知っている?


別に隠していたわけじゃないし、

傍から見てれば不仲は分かると思うけれど……。


もしかして、僕を狙ってきたことと、

関係があったりするのか?


例えば、死んだ兄の遺志を継いで、

佐倉さんを生け贄にしようとしてるとか――


「予め言っておくけれど、

佐倉さんを生け贄にするのは拒否するからね」


「し、しないよっ!

そんなこと絶対にしない!」


「じゃあ、どうして

佐倉さんの話が出て来たの?」


「えっと、それは……

き、共通の話題になるかなって思って……」


「佐倉さんを利用しようとしているとかは?」


「ないないっ。それもないよ」


「笹山くんが敵なら人質もあり得たけど、

こうなった今、片山くんは見向きもしないと思うし」


「それに、僕もできるなら、

佐倉さんに悪いことしたくないし……」


今、さらっと凄いこと言ったな。

人質だとか何とか。


丸沢がこんなに人懐っこいと思ってなかったけれど、

それはあくまで身内にだけってことか。


敵対した人間や欲望の対象には、

躊躇なく暴力を行使していくんだろう。


誰だって身内には優しいものだと思うけれど、

やっぱり相容れられない存在だと再認識させられるな……。


「笹山くん?」


「ああいや、

そういうことなんだと思って」


丸沢に愛想笑いを返す。


……まあ、意思の疎通ができないわけじゃない。


きっちり線は引くけれど、

仲良くしておくに越したことはないだろう。


「佐倉さんに関してだけれど、

まあ、あんまり仲は良くないかな」


「ふーん……でも、

昔は仲良かったんだよね?」


「うちの学園に入る前はね。

僕と佐倉さんは、幼馴染みだったから」


「どうして仲が悪くなったの?」


「それは……僕もよく分からないかなぁ。

ある日突然、嫌われちゃった感じ」


「それじゃあ、今はもう、

仲良くしたりとかはないの?」


「僕からは仲良くしたいと思ってるけれど、

佐倉さんに拒絶されてるから無理だろうね」


「ふーん……それは残念だったね!」


「でも、気落ちする必要なんてないよ。

女の子は他にも一杯いるからねっ」


「笹山くんはかっこいいから、

きっと他の子が放っておかないと思うし」


「もし必要だったら、笹山くんが女の子を探すの、

僕も手伝ってあげるから!」


「う、うん……ありがと」


顔が引きつるのを何とか堪えつつ、

社交辞令の笑顔を返す。


何だか異様に嬉しそうというか乗り気だけれど、

どうして僕にそんな肩入れしてくれるんだろう?


もしかして、

これもさっきのお礼の延長だとか?


そんなに構ってくれなくても

いいんだけれどなぁ……。





「……で?」


「あの……それで、

笹山くんを仲間にどうかなって……」


「仲間にねぇ……」


一通り丸沢の説明を聞いた片山が、

価値を計るようにじろりと目を向けてくる。


「一つだけ確認しておきてぇんだが、

お前、部長とはどういう約束で入ったんだ?」


「……どういうっていうと?」


「すぐに辞めるかどうかだよ」


「俺の見立てだと、部長はお前を守るために、

ABYSSに入れてやったんだと思うんだが」


「秘密を知った一般人を殺させないためには、

ABYSSにしてやるしかねぇもんな。違うか?」


「それは……」


「安心しろよ。俺がそれを聞いたところで、

部長に何か害が及ぶわけじゃねぇ」


「ただ、部長が俺をよく思ってない以上、

部長の犬を手元に置くわけにはいかないんでな」


「……なるほど」


僕の立場が不透明なうちは、

検討に値しないっていうことか。


その考えは正しいと思うけれど、

僕も別に、何としてでも入りたいわけじゃない。


「僕の立場を答える前に、

僕からも聞きたいことがあるんだけれど」


「言ってみろ」


「僕を狙っていた理由は?

それと、今後も僕を狙うのかどうか」


「別に俺は、

お前を積極的に狙ってたわけじゃないんだがな」


「尾行を付けておいて?」


「まあ、強いて言えば、

死んでもいいくらいには思ってたさ」


「でも、お前は正直どうでもよかった。

俺の本命は温子だからな」


温子さんが本命……?


「先週、あいつのことをABYSSに誘ったら、

興味ないっつって断られたんだよ」


「昔と比べてだいぶ丸くなっちまったもんでよぉ、

ま、気に食わねぇわけだ」


「だから、温子を変えた周りの環境をブッ潰して、

温子に元に戻ってもらおうと思ったと」


「……その環境っていうのが、僕か」


そういうことだ――と、

片山が鷹揚に頷く。


「ただ、ABYSSになっちまった以上、

もうお前には危害を加えることができねぇ」


「部員同士での殺し合いは禁止されてて、

破ると問答無用で処刑だからな」


「こっそり殺ったとしても、まずバレる。

何でだか分かるか?」


「……ABYSSが超人だからか?」


「その通り、グッドだ。

察しがいいのは嫌いじゃないぜ」


「ABYSSを殺せる人間は限られている以上、

真っ先に疑われるのが身内だ」


「その行動は、階級章で管理されている。

行動のログを見れば、何をしてたかなんて一発だ」


「仮に、階級章を別の場所において殺したとしても、

不携帯を理由に処分することもできるからな」


「恐らく、部長にも言われたんじゃないか?

階級章は常に持ち歩くようにって」


「ああ」


「もし、階級章を忘れた時に何かがあれば、

そいつは処分される。覚えておけ」


「ABYSS同士の殺し合いについても同じだ。

部長だろうと例外のないルールだからな」


「分かった。覚えておく」


「つーわけで、お前を狙っていた理由と、

今後狙うかどうかについては答えたぜ」


「今度はお前の番だ。

お前は、どういう約束で入ったんだ?」


「山田のやつがクビになったらしいが、

最初から入れ替わるつもりで入ったのか?」


「……僕が入ったのは、お察しの通り、

ABYSSに狙われないようにするためだよ」


「適当な期間だけ所属して、

儀式に参加する前に抜ける予定だった」


「山田の代わりに正式に所属になったのは?」


「昨日、元部長に入部テストをされて、

有無を言わさずに決められたんだ」


「聖先輩の意思は関係ないよ」


「なるほどな。

あの女が関わってたってことか……」


「事情は把握した。話を戻すぜ」


「丸沢が仲間に推薦するって話だったが、

お前に入る気はあるのか?」


「……よく分からないっていうのが本音だね。

今日、いきなり連れて来られたから」


「……あ? どういうことだ丸沢?」


「ご、ごめん……」


「とりあえず、

どういうグループなの?」


「……この先の説明は、

俺にもリスクを伴うんだが?」


「誰にも言わないよ。

抜けた後に狙われるのも嫌だしね」


「分かってるじゃねぇか。グッドだ」


「俺のグループは、

簡単に言えば『もう一つのABYSS』だ」


「所属は俺と丸沢を除けば二十人。

全員にフォールを服用させてる」


「いや、それってまずいんじゃ……」


「バレればな。

だが、証拠なんざ出ねぇよ」


「仮に兵が捕まったところで、

出て来た薬が誰のものか特定できるわけがねぇ」


「むしろ、それが上にバレでもすれば、

管理責任を問われるのは部長だろうからな」


「兵にフォールを食わせて、まだ半年くらいか。

超人っていうにはまだ程遠い」


「が、もうしばらくすれば、

そこらのABYSSと同レベルに成長するはずだ」


「そうやって戦力を整えていって、

いずれは部長に、最終的にはABYSSを手に入れる」


「ABYSSが無理だとしても、

似たようなもう一つの勢力を立ち上げてみせる」


「力は金を呼び、金は女を呼び、女は権力を呼び、

権力は個の力では及びもつかない化け物を生む」


「その“わらしべ長者”って化け物に、

俺はなろうと思ってる」


「……率直な意見を言うと、

そんなに上手く行くとも思えないけれど」


「お前の成功のラインはどこだ?」


「どこって……」


「世界征服っていうなら、

確かに成功はしねぇだろうな」


「ただ、一大勢力を築くくらいなら、

できると思わねぇか?」


片山が、信念の滲んだ真面目な顔で

僕を見据えてくる。


「同じ暴力で生きる組織で言うなら、

どこぞのマフィアと入れ替わるのはできないか?」


「そのマフィアが持っている人脈に、

俺がこれから集める力と金と女を注ぎ込めばどうなる?」


「今からコツコツ積み上げるのと、俺の考えで動くの、

どっちが権力を得られる確率が高いと思う?」


「俺の考えは、

非現実的な馬鹿げた妄想か?」


「それは……」


「考えるまでもねぇよな?」


頬の皮を歪ませて、

開いた隙間からくつくつと笑声を漏らす片山。


「俺は、このゲームに勝つつもりだ」


「そして、そのために、

俺はお前が欲しいと思ってる」


「僕を?」


「鬼塚に勝ったんだろ?

その強さだけで、十分に価値はある」


「でも……僕を嫌ってるんじゃないのか?

ABYSSへの入部を反対してたり」


「嫌いじゃねぇよ。鬼塚の件を知るまでは、

死んでもいい程度に興味がなかっただけだ」


「それと、入部に反対したのは、

強力な駒を部長の手元に置きたくなかったからだ」


「俺の兵隊もそうだが、組織に属していない人間は、

何かと使い勝手がいいもんでな」


「丸沢が連れて来なけりゃ、

部長との関係を確認し次第、俺が接触する予定だった」


「見返りは十分に用意する。

どうだ? 俺と同じゲームをしねぇか?」

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