片山派への誘い2


……片山と同じゲームをするということは、

暴力で願いを叶えるグループに所属するってことか。


メリットは、恐らくある。


片山たちを敵に回さない意味でもそうだし、

色んな情報も流してもらえるだろう。


ただ、片山たちのグループは、

説明の通り“もう一つのABYSS”だ。


手を汚さないようにという聖先輩の気遣いを、

僕自ら台無しにしてしまっていいんだろうか?


何か、上手い手は……。


「……条件付きの参加でどうだろう?」


「条件?」


「僕は、ABYSSに興味がないのと同じで、

片山くんのゲームにも興味はないんだ」


「欲望のために他人に暴力を振るったり、

他人を不幸にしたり……僕はそういうのはしたくない」


「おいおい……マジで言ってんのか?

頭大丈夫か?」


「もちろん。でなきゃ、

ABYSSにも喜んで所属してるよ」


「僕は、他人を傷つけたくない。

でも、同じくらい、君たちを敵に回したくもない」


「……だから、

条件付きの協力ってことか?」


「そうだね」


「積極的に誰かを傷つける行為には参加しないけれど、

片山くんが誰かに狙われるようなことがあれば助けるよ」


「それと、無茶な相手に挑もうとしているなら、

事前にそれを止めることもしようと思う」


「……無茶な相手っつーのは誰だ?」


「今のところは、

鬼塚に聖先輩……それと、元部長かな」


「何故そう思う?」


「理由は言えないけれど、

他人の強さを計る機能を僕は持っているから」


「なるほど。……じゃあ質問だ」


「今、俺と丸沢を含む全兵力を注ぎ込んだら、

お前を殺せるか?」


「無理だよ。

ABYSSのルールは抜きにしてもね」


嘘だと思って圧力をかけに来たんだろうけれど、

あいにくと全て本当だから、それは通用しない。


二十人を束ねてる人間なら、

僕の回答が本気かどうかは分かるだろう。


「……ちなみに、鬼塚なら?」


「それも……無理じゃないかな。

ある程度の差がつくと、もう数は意味ないから」


「ABYSSじゃない人間が束になったって、

ABYSSの人間には勝てないでしょ?」


「なるほどな。

そこは、俺の考えを改めなきゃいけないわけだ」


「それと、お前が必要だということを

再確認したよ」


「条件付きでもいい。

俺のグループに入れよ笹山」


……こっちの条件をフルで飲んでもらえたなら、

考えることはないか。


「分かった。これからよろしく」


「……やった、やった!

よかったね、笹山くん!」


「う、うん……ありがと」


何故か手を叩いて喜ぶ丸沢に、

とりあえず愛想笑いを返しておく。


「んじゃ、お前が食客になったっつーことは、

俺の兵にも連絡しておく」


「僕はどんな風に活動に参加すればいい?」


「お前が必要な時には、俺から連絡する。

それまでは何もしなくてもいい」


「ま、儀式に参加したくなったら、

いつでも言ってくれていいけどな」


「……さっきも言ったけれど、

私利私欲で人殺しをするつもりはないから」


「分かってるよ。好きにしろ」


「あと、幾つか質問があるんだけれど、

聞いてもいいかな?」


「なんだ?」


「フォールについてなんだけれど、

初めて飲んだ時って、何か体に変化はあった?」


「例えば、手足がつったり、微熱が出たり」


「いや、俺はそういうのはねぇな。

丸沢はどうだ?」


「僕もないけど……」


「ってことは、

そうそう出るもんじゃないってことだ」


「もしお前にそういう症状が出てるなら、

薬じゃなくて風邪を疑ったほうがいいだろうな」


風邪か……。


とは言っても、

身体能力が上がってるのは間違いないんだよな。


風邪の疑いも込みで引き続き様子を見つつ、

服用を続けてみるか。


「他の質問は?」


「えーと……元部長のことについて、

知ってることを教えてもらえるとありがたいかな」


「何であの女の話が出てくるんだ?」


「昨日、ボコボコにされたのと、

あんまりよろしくない話を聞いたから」


「そのよろしくない話ってのは、多分正解だな。

あのクソは天然記念物レベルだぜ」


……誰が見ても、

あんまりいい人間じゃない、ってことか。


「あの女は、[学園'うち]の二年前の生徒会長だ。

ついでに、二年前のABYSSの部長だな」


「今の立場はよく知らねぇが、

俺に薬をぽんぽん寄越せる立場にいるのは確かだ」


「最終的にはあいつもブチ殺す必要はあるが……

今の兵力じゃ勝ち目はないんだったな?」


「そうだね」


「じゃあ、今は雌伏の時だ」


「言っておくが、ビビってるんじゃねぇぞ。

現実的な思考で利がないからだ」


「よく、漫画や映画なんかで、

勝ち目のない戦いに赴くシチュエーションがあるな?」


「凡夫にはさぞかし格好よく見えるんだろうが、

俺にはアレがクソに混じったコーンにしか見えねぇよ」


「勝負は勝つから楽しいんだ。

利益を得られるのであれば、それは勝つからこそだ」


「負け覚悟で戦いに臨むなんざ、

現実でやるのはオツムのイカレたバカだけだな」


……負け覚悟の戦いは僕も否定派だけれど、

それに挑むのをバカだとは思わないかな。


鬼塚の言う諦めない意味でもそうだし、

何より、命を賭けた覚悟を笑う気にはなれない。


「話が逸れたな。

あいつも倒すべき敵と覚えておけばいい」


「ただ、それまでは極力関わらないようにしろ。

あの女は人間ブッ壊れてるからな」


あれ? その話って……。


「……なに変な顔してんだ?」


「ああ、ごめん。

昨日、元部長も同じようなことを言ってたから」


「俺と温子をか? まあ確かに、

温子も俺もブッ壊れてるところはあるだろうよ」


「ただ、高槻と俺と温子じゃ、

同じブッ壊れてるでも質が違う」


「どう違うの?」


「温子は他人を違う生き物だと思ってるが、

高槻は他人をオモチャだと思ってやがるんだ」


「もっと突っ込めば、温子は殺すために殺すが、

高槻は遊ぶために殺すってところだな」


「ちなみに、片山くんは?」


「俺か? 俺にとっちゃ他人はゴミだな」


「道端のゴミはどうでもいいが、

俺の縄張りに落ちてるゴミは掃除する程度だよ」


「……なるほどね」


僕のことを興味ないって言ってたのは、

他人をそういう風に見ているからってことか。


確かに、壊れてるっていうのは正しい気がする。

暗殺者向きではあるけれど。


さておき――


「それじゃあ、最後にもう一つ質問。

ABYSSって、学園のさらに上があるんだよね?」


「そうだな」


「もし知ってるなら、

そっちも詳しく教えて欲しいかな」


「いや、あいにくと全然だな。

むしろ俺が教えて欲しいくらいだ」


「部長にならない限り、

時たま降りてくる情報くらいしか入ってこないんでな」


「そうなんだ……」


「ただ……ABYSSのトップの名前だけは、

確かどっかで聞いたな」


「お。何て名前?」


「獅堂、だったと思う。

地位も実力もABYSSじゃ一番って話だ」


「まあ、どれだけ強いんだか知らねぇが、

こいつに勝てる戦力が集まるのはまだまだ先だな」


これからかかるだろう時間の膨大さを前に、

片山は大きくため息をついた。


……本気で、

ABYSSのトップを狙ってるのか。


「他に質問は?」


「あーっと……今のところ大丈夫かな」


「それより、もう結構遅くなってきたから、

妹が心配する前に帰らないと」


「分かった。今日はもう帰っていいぜ。

正体がバレねぇようにするのは必要なことだからな」


「何かあったら俺にメールを寄越せ。

俺のほうでも用事がある時はメールする」


「分かった」


「期待してるぜ」





帰り道――


一人街灯の下を歩いていると、

自然と溜め息が漏れた。


こうして、何も警戒せずに歩けるようになったのは

素直にありがたいけれど……。


果たして、

今日の選択は正解だったんだろうか?


何だか、自分がどんどん、

おかしな方向に行ってる気がしないでもない。


この先、一体どうなるんだろう……?







「よ、ようやくエンディングか……」


丸沢から借りたゲームをプレイしてみようと、

開始したのが昨日の二十三時。


なのに、話が山場に差し掛かる辺りで雀が鳴き始めて、

終盤に突入した辺りで完全に夜が明けていた。


まさか、こんなに時間がかかるとは……。


「……朝日が痛い」


このゲームの選択肢を

全部選んでいくのはしんどいなぁ。


まあ、丸沢がバイブルというだけあって、

話が面白かったのは救いか。


続きはまた今晩にでも――と、

ゲームを終了して、PCの電源を落とす。


それから、歯磨きをしようと席を立ち、

大きく背中を伸ばしたところで、


「おっ?」


木曜の夜から持続していた筋肉痛が、

収まっていることに気付いた。


これなら、二錠目を行ってしまっても

いいかもしれない。


幸い、ゲームのプレイ中もずっと間食していたから、

空っぽの胃に薬が入るようなことはないだろう。


二錠目を水で流し込む。


それから、また筋肉痛が襲って来ないことを祈りつつ、

ベッドへと飛び込んだ。




――それから、何事もなく時間が過ぎ、

一週間が経った。


ABYSSからも片山からも連絡はなく、

当然、危険に巻き込まれるようなこともない。


一時はどうなることかとも思ったものの、

ようやく日常が戻ってきた感じだ。


ただ、その取り戻した日常の中で、

変化が二つほどあった。


一つは、黒塚さん。


僕への疑いは消えてくれたのか、

毎朝の屋上での監視はいつの間にかなくなっていた。


もう一つは、僕の体だ。


フォールを大体三日に一度のペースで飲み続けたところ、

徐々に体が慣れたのか、筋肉痛は起きなくなった。


身体能力の上昇も、相変わらず継続中。

日々の服用のたびにその効果を実感する。


正直、『こんなに楽に強くなっていいのか?』

という気すらしてくるくらいだ。


ただ同時に、食欲と色欲も

どんどん増しているのを感じる。


特に、飲んだ直後は物凄く渇いてやばい。


そんなに早く効くわけがないんだけれど、

プラシーボ効果とかなんだろうか。


「……それとも、

これも薬の作用なのかな?」


手の中にある、

今日のぶんの薬を眺める。


今までは、副作用ばっかり気にしていたけれど、

依存性については全然考えてなかったな……。


日常を維持する力を欲して飲み続けていたのに、

薬に縛られて戻れなくなるとか、笑い話にもならない。


高槻良子から逃げ切れそうなくらいとか、目標を決めて、

薬の量をちょっとコントロールしてみるか。


そう決めて、

とりあえず今日の分を口に放り込む。


……水を持ってくるのを忘れてた。


まあいいや、このまま飲んじゃえ。


「――うっ」


瞬間、まるで誰かに観られている時のような怖気が、

喉元から頭へと這い回っていくのを感じた。


そのくらりとするような危機感に、

慌てて後ろへ飛び退く。


当然のように突っかかって、

背中からベッドの上へと倒れ込んだ。


「……あれ?」


少し経って――


いや、厳密には、

少し時間が経っていることに気付いて。


ようやく、

起きなきゃ遅刻するという思考に至った。


けれど、部屋の天井がゆらゆらと揺れていて、

何だか上手く起きられる気がしない。


目眩……?


何だかよく分からない。


ただ、気持ち悪いなと思った。


……どうしていきなり、

こんなことになったんだ?


考えられるのは、フォールの服用だけれど、

今まではこんなことなかったのに……。


もしかして、期間内の用量を超えた?


それとも、今までは偶然こうならなかっただけで、

実はこういう作用もあった?


今までと今回とで、何が違う?


「あ……」


薬を噛み砕いたからか?


舌下錠みたいに、口腔粘膜から摂取すると、

効果が早く出るのかもしれない。


だとすると、さっきのはまずったな……。


僕は別に休みでもいいけれど、

琴子を遅刻させるのはまずい。


何とか起きて、琴子を――



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