ケーキ作り1

そして、ついにやってきた日曜日――


幽が、勉強会&ケーキ作りのために、

笹山家へとやってきた。



そわそわしている幽に椅子を勧めて、

飲み物を取りに行く。


「妹さんは?」


「今、ちょっと外に買い物に出てるよ。

材料に余裕があったほうがいいんじゃないかって」


「そんなに気を遣う必要なんてないのに」


「まあ、それだけ琴子も

ケーキ作りを楽しみにしてるんだと思うよ」


実際、先生役を頼んだ時も、

こっちが思ってる以上に乗り気だったし。


「真面目過ぎるのが[玉'たま]に[瑕'きず]だから、

もう少し力を抜いてくれるといいんだけれどね」


『ふーん』と頷く幽に、

とりあえずコーヒーを差し出して椅子を勧める。


が、幽は部屋の入り口で立ったまま、

じっと僕のほうを見つめてきた。


「……ねえ晶。

何か気付いたことはない?」


何か……?


「あ、ミルクと砂糖だね。

今持ってくるから、ちょっと待ってて」


「……ありがとう」


力なく呟いて、

ようやく幽が椅子に腰を下ろした。


その向かいの椅子に座り、

僕もコーヒーカップを傾ける。


「そういえば晶。

何か気付いたことはない?」


何か……?


「ABYSSが動いたとかはないと思うけれど……。

何か動きがあったとか?」


「……いえ、全然」


「なんだ。何かあったのかと思った」


「別にないわよ」


……あれ?


何だか、幽がむすっとしているような気がするけれど、

僕の気のせいだろうか……?


「ねえ晶、いい加減、

他に何か気付いたところはない?」


何か……?


「あ、お茶請けもあったほうがいいか」


「違う」


えっ。


「他にこう……あるでしょう?

何ていうか、気付かないほうがおかしいものが」


「気付かないほうがおかしい……?」


一体なんだろう?


「あっ」


「ようやくっ?」


「昨日ばたばた片付けてて、

お花に水あげるの忘れてたんだった」


どうりで萎れてるわけだ。

いやー、危ない危ない。


「ありがとう幽。

忘れるところだったよ」


「いえいえ、

どういたしまして……」


はっ……!?


『私、超絶不愉快なんですけど』という幽の顔が、

向かいの席から僕のことを睨み付けていた。


「あ、あの……幽さん。

僕、何か悪いことしましたでしょうか……?」


「……本気で分からないの?」


本気で分からない……?


っていうことは、あからさまなヒントに、

僕が気付いてないってことか?


そういえば、さっきから幽が、

『何かに気付かないのか』って聞いてきてるような……。


もしかして、幽が僕に、

何か気付いて欲しいヒントを出していた?


改めて観察するべく視線を投げると、

幽もそれに気付いたのか、姿勢を正して咳払いをした。


それから、何だか高級そうな猫の風情で、

優雅にコーヒーカップを傾けたり。


……一体、幽は僕に、

何を求めているんだろうか?



「ただいまー」


「あ、帰ってきた」


「あ、おはようございます」


「ええ、おはよう。

お邪魔してるわ」


「あのっ、この間は助けていただいて、

どうもありがとうございました」


「別にそんな感謝なんてしなくていいわよ。

私が止めたくて止めたんだから」


「でも、嬉しかったです。

あと、かっこよかったです」


「……そうかしら?」


琴子の率直な褒め言葉に、

照れ笑いを浮かべる幽。


その様子が微笑ましくてにやにやしていると、

気付いた幽がぷいっと顔を背けた。


「今日はうちで勉強会と、

みんなでケーキ作りするんですよね?」


「ええ、そうね。

……っと、そうだ。一つ聞いていいかしら?」


「何ですか?」


「今日作るケーキって、

チョコレートケーキじゃないわよね?」


「はい、苺のショートケーキの予定です。

もしかして、チョコレートはダメな感じですか?」


「……そうね。ちょっと」


ふーん……幽って

チョコレートがダメなんだ。


「他にダメなものってありますか?」


「いいえ、後は大丈夫よ。

後でお世話になるから、よろしくね」


「はい。美味しいケーキ作りましょうね」


「あ、でもエプロンがあと二つ必要かな?

薄力粉をふるったりするし」


「あー、そうだね。

すっかり忘れてた」


「そんなに気を遣わなくて大丈夫よ?」


「いえ。先輩の服ってすっごく可愛いですし、

汚れないように注意しないとっ」


「……聞いた、晶?」


えっ?


「先輩って何着ても似合うんですね。

制服もかっこよかったし」


「ありがとう。

さすが妹さんはお兄さんと違うわね」


……もしかして、

服を褒めて欲しかったのか?


そう思って幽を見れば、

『やっと気付いたかばーか』とばかりに半目で睨まれた。


「あーっと……ごめんなさい。鈍感で」


「全くだわ」


「え……もしかしてお兄ちゃん、

黒塚先輩の私服に気付いてなかったの?」


「いや、気付いてなかったわけじゃないよ?

私服を着てたことは知ってたんだ」


「別にいいわよ。

何か言うまでもない程度だったって話だから」


「そんなことないよ。凄く可愛い」


「な、何よ。今さら褒めちゃって。

気でも遣ってるの?」


「いや、そんなんじゃないよ。

普通に可愛いと思ったから」


素直な気持ちを口にすると、

幽は鼻を鳴らして、ぷいと顔を背けた。


その様子に、

琴子と顔を見合わせて笑っていたところで――



「お。もう一人が来たか」


最後の一人がやってきて、

楽しい一日がようやく始まろうとしていた。





「それじゃあ、

勉強会を始めようと思います」


「いえーい!」


「勉強……」


「いや、そんなに緊張しなくていいよ」


「基本的には問題を解いて、詰まったら、

解法を覚えてまた問題に戻る感じだし」


「晶たちも同じことをするの?」


「僕らは宿題をやる感じかな。

あつらえ向きというか、今週は結構宿題が出たから」


「でも、僕はほぼ終わらせてあるから、

今日は幽の勉強を見るのに専念するつもり」


「大丈夫だよ、幽。

あたしもばっちり教えたげるから!」


「爽は自分ので手一杯になるんじゃないの?

今回の宿題、結構難しかったよ」


「ふっふーん。まあ見てなってば」


……やけに自信ありげだけれど、

温子さんに教えてもらってきたとかか?


まあ、自信満々の爽が玉砕するのはいつものことだから、

爽も僕が面倒を見るつもりでいたほうがいいか。


「よし、じゃあ始めようか」


わーわーと騒がしい爽を背中の向こうに追いやって、

改めて幽と向かい合う。


「さてと。それじゃあ早速、

幽には問題を解いてもらおうかな」


「いきなりっ?

ちょっと早くない?」


「でも、幽がどこまでできるか確認しないと、

何を勉強していいか分からないしね」


「というわけで、基本の五教科に関して、

問題を作ってきてみました」


幽の前に、

プリントアウトした問題を差し出す。


「多分、どんどん難しくなるけれど、

ひとまずこれを分かるところまで解いてみて」


「分かった。

解けるところまでね」


「制限時間は、

各教科ごとに五分かな」


「五分!?

ちょっと短すぎじゃないのっ?」


「だから、解けるところまででいいよ。

点数取るのが目的じゃないから、出来は気にしないで」


「というわけで、まずは国語から。

よーいスタート」


「ちょっ……ずるい!

いきなり始めるなんて卑怯よ!」


「そうだそうだ! 晶の人でなし!」


「騒いでると、時間なくなるよ?」


「っ……覚えてなさい!」


キッと僕を睨み付けてから、

幽がその鋭い視線をプリントへと向ける。


そうして、

幽の学生らしい試練が始まった。





「……オッケー。大体把握」


「全然解けなかった……」


「うん……まあ、ちょっと難しく作ってたしね。

そんなに気落ちしないでいいよ」


机に突っ伏す幽を慰めつつ、

答案に再度目を落とす。


教科によってばらつきはあるものの、

幽の学力テストの結果は“小学校高学年止まり”だった。


念のためと思って、

小学生レベルの問題まで仕込んでおいて正解だったか。


もし、下限を中学生に設定していたら、

一問も解けなかった可能性が高いし。


とはいえ、これをどう教えていくか。


普通にやったとしても、勉強が面白くない上に、

実践的にならないだろうしなぁ。


「……ちなみに、

幽は好きな教科とかある?」


「国語とか?

色んなお話が読めるから」


「あー。じゃあ、

図書室で読んでる本とかも物語系?」


「そうね。グリム童話とかが好きよ。

エルマーの冒険とかも読んだわね」


なるほど。

国語っていうよりは、ストーリーが好きなのか。


「それなら、今日の勉強は、

歴史についてやってみようか」


「いいけど……次は何の問題を解くの?」


「いや、問題は解かなくていいよ。

単純に物語として話していく感じ」


「歴史は下手な本より物語として面白いから、

幽もきっと楽しめると思うよ」


とっかかりとして面白くなければ、

勉強がつまらないまま終わってしまう。


それはよりは、役に立つ立たないは別にして、

勉強っぽいことを楽しくできるほうがいいだろう。


ただ、幽の興味を引きそうなのは、

どの辺りの話だろうか。


やっぱり人気どころの

戦国時代とか幕末辺りが――


「ちょっと待ったァーっ!」


そう思っていたところで、

爽が机を手の平でばちんと叩いた。


「その続きは、

あたしに任せてもらおうかっ」


「でも、宿題終わったの?

まさか、適当に終わらせたりしてないよね?」


「そう思うんだったら、

チェックしてみればいいじゃん」


ほれほれ~と、ひらり差し出されるプリントを、

とりあえず受け取ってみる。


やけに自信満々だけれど、

本当にできてるんだろうか?


「……うおっ」


見事に全部終わっていた。


しかも、

ざっと確認した限りでは全問正解。


「へっへーん、どうよ?

このあたしの予習の成果!」


「ちなみに、他の宿題は予習段階で、

全て終わらせて来てるんだぜ?」


「……何で今回に限って、

そんなにやる気出してるのさ?」


「あのねー……勉強会っていったら、

ギャルゲーの王道イベントっしょ?」


「……つまり、幽に勉強を教えて距離を縮めたいから、

下心全開で予習してきたっていう話?」


「そういうこと」


『さあ、あたしを褒めてもいいのよ?』

とばかりに胸を張る爽。


感心していいものやら、

呆れていいものやら……。


その情熱を普段から勉強に傾けておけば、

温子さんも試験前に苦労することないだろうに。


「というわけでっ!

ここからはあたしも幽と勉強するかんね!」


「……いいけど、

爽って歴史いけたっけ?」


「こんなこともあろうかと、

色んな教科を囓ってきたから大丈夫」


もはや執念だな……。


「爽も面白い話を知ってるの?」


「そりゃもう、ほのぼのからエグいのまで!

秀吉の鳥取城攻略とかどう?」


「いや、それは気分が悪くなるからやめよう」


そういうえげつないのを出して、

幽が拒否反応を示したらどうするんだ。


「じゃあ、もっとマイルドなやつでいくから!

とにかくあたし! あたしに任せて!」


自分の宿題を吹っ飛ばしながら、

両手を上げて全力アピールしてくる爽。


……まあ、予習してくるぐらいの気合いの入れようだし、

ここは爽に譲るとするか。


椅子に深くかけなおして、

幽と爽と、三人で向かい合う。


そうして、僕らの勉強会は歴史談義へと変わり、

あっという間に時間が過ぎていった。




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