ケーキ作り2
「それじゃあ、
ケーキ作りを始めたいと思います」
午後――
お昼をみんなで食べ終わった後に、
琴子先生によるケーキ作り講座が始まった。
なお、僕はエプロンの数の関係で、
毒味係という名の強制的な見学だ。
「えーと、今日の目的は、
お二人にケーキ作りを体験してもらうことです」
「作り方は調べればすぐに分かるので、
それを暗記する必要はありません」
「だから今日は、一連の流れを経験することで、
『こんな風に作るんだ』を知ってもらいたいと思います」
ふむふむ、と頷く幽&爽。
「それで、今日作るのは、
シンプルな苺のショートケーキです」
「ここでクイズですが、
ショートケーキに必要なパーツは一体何でしょうか?」
「苺と生クリームとスポンジ?」
「はい、正解です。その三つの中で、
スポンジがケーキ作りの大半を占めています」
「というわけで、まずは一番最初に
そのスポンジの生地を作っていきましょう」
「まずはスポンジ……!」
「……幽、大丈夫?
なんか顔が硬いけれど、緊張してない?」
「な、何言ってるのよっ?
この私が緊張なんてするはずないじゃない!」
いや、明らかに
顔とか肩とかに力が入ってるんだけれど。
大丈夫かな……?
「っていうか晶こそ、
その手に持ってるものはなに?」
「ん? ああ、せっかくだから、
動画で録っておこうかなと思って」
デジカメを掲げて見せる。
「お、いいじゃんいいじゃん。
晶にしては気が利くじゃん」
「えっ……撮るの?」
「だめ?」
「でも、失敗したら……」
「失敗も含めて思い出だってば。
後から見て笑えるように、安心して失敗してよ」
「む。失敗してよって何よ?
黒焦げのケーキを食べたいの?」
「いや、可能な限り、
健康に害のないものでお願いします……」
「あはは。
でも、お兄ちゃんの言う通りだと思いますよ」
「楽しく作ってみるのが今回の目的ですから、
失敗なんて全然気にしなくて大丈夫です」
「それに、私も何回も失敗して、
そのたびにお兄ちゃんに後始末してもらってますから」
「そうだね。酷い時なんかは、
煎餅みたいなケーキを食べたこともあったし」
「それはっ……む、昔の話だもんっ」
「……そんなこともあったのね」
「はい。だから、みんな失敗してますし、
気にしなくて大丈夫ですよ」
「それなら、まあ……」
「じゃあ、撮るからね」
「ちょっと晶。幽とあたしの初めての動画なんだから、
最高画質でバッチリ録ってよ?」
「はいはい、
おーせのとーりに」
とは言うものの、
僕も最初から最高画質で録っておくつもりだった。
何せ、あの幽の動画撮影だ。
しかも、初めてのケーキ作りなんてイベント。
またとない機会なのに、
画質をケチる意味なんてどこにもない。
「それじゃあ、
改めて始めていきたいと思います」
「ケーキ作りに大切なのは、
きちんとした分量で作ることです」
「なので、まずは黒塚先輩、
薄力粉を110グラム量って下さい」
「110グラム……」
「このはかりですね。
1グラム単位で合わせて下さい」
「朝霧先輩は、今のうちにお湯を湧かして下さい。
バターの湯煎の用意をしましょう」
「1グラム単位……」
ぶつぶつと呟きながら、
幽が薄力粉の封を開く。
それから、はかりの上に――
「幽、ちょっとストップ」
「何よ、邪魔しないでくれる?」
「いや、そのまま台の上に乗せるのは、
衛生上問題があるんじゃ……」
「でも、こうしないと量れないでしょう?」
「あ、ごめんなさい。
先にボウルを乗せるのを言ってませんでした」
ちょっとごめんなさい、と幽の手を避けて、
琴子がはかりの上にボウルを乗せる。
それから、はかりの目盛りを動かして、
ボウルが乗った状態を0グラムに調整した。
「こうすれば、110グラム量れますよね」
「こ、こんな手段があったなんて……!?
琴子、あなた天才?」
「いえいえ、やり方を知ってるだけです。
そんなに大したことじゃないですよ」
「そう、謙虚なのね」
晶はいい妹さんを持ったわ、
と噛み締めるように呟きながら、計量を再開する幽。
けれど、袋を傾けてもなかなか出て来ないのか、
揺すったり叩いたりと悪戦苦闘しているご様子。
「くっ……なかなか難しいわね」
「固まってなかなか出て来ないんですよね。
でも、ちょっと気を抜くと『どばっ』って――」
「あ……」
「……『どばっ』ったね」
はかりの指す重さは、
およそ目標量の二倍ほど。
まあ、明らかに失敗だろう。
「晶が悪いわ」
「何で僕が!?」
「晶が視界に入ったから、
私の集中力が乱れて『どばっ』ったのよ」
「いや、幽が不器用なだけじゃ……」
「お兄ちゃん。黒塚先輩だって一生懸命なんだから、
変なこと言って邪魔しないでっ」
「えっ? あ、ごめんっ」
「な、何てよくできた妹さんなの……。
晶、琴子を私にくれる気はない?」
「ダメ」
「じゃあ、私が琴子の
お姉さんになればいいのね」
――瞬間、その場の全員が幽を見つめ、
凍り付いた。
「? どうしたの?」
「……いや、何でも」
「そだね、何でもー」
「続きをやりましょう」
「……?」
純粋に、琴子の姉になるって意味を
分かってないで言ったんだろうな……。
まあ、誰も指摘する様子もないし、
このままそっとしておこう。
「それより、この多めに出しちゃった薄力粉は
どうすればいいの?」
「あ、ラップに包んで冷蔵庫にしまっておきます。
すぐまた私が使いますから」
「じゃあ、少しずつ減らして量ればいいのね?」
はかりの目盛りを凝視しながら、
おっかなびっくりという手つきで計量を再開する幽。
減らすほうはやりやすいのか、
110グラムに合わせるのはすぐにできた。
「それじゃあ、
今度はその薄力粉をふるいにかけます」
「ふるい?」
「今はほら、一部の粉が固まりになってるんで、
それを完全に粉にする作業ですね」
琴子が大きなボウルの上にふるいを乗せる。
そのふるいの網の上に、
先ほど幽が計量した薄力粉を投入――ふるいの横を叩く。
と、下のボウルには、
[細雪'ささめゆき]のように細かな粉が降り積もっていた。
「これを三周くらい繰り返して、
粉を細かくして空気を含ませます」
「これをきちんとやらないと、
粉の固まりが残ったり、スポンジが膨らまないんです」
「なら、きちんとやらないといけないわね」
出来映えに反映する作業ということで、
幽の目に力が篭もる。
「それじゃあ、
黒塚先輩はふるいをお願いします」
「朝霧先輩はどうですか?」
「ちょうど今、お湯が沸いたところ。
こっからどうすればいいの?」
「それじゃあ、そのお湯に小さめのボウルを浮かべて、
そのボウルの中でバターを溶かします」
「あ、[湯煎'ゆせん]ってやつだよね?」
「そうですね。
バターが沸騰しないようにだけ気を付けて下さい」
「了解ー。じゃあ、火を止めて水入れてだね。
バターってどれくらい入れんの?」
「バターの量は50グラムですね。
黒塚先輩がやったみたいに、はかりで量って下さい」
「ほいほい。
っと、ボウルの重さを基準点にしてだね」
「……どうしたの、幽?
手が止まってるけれど」
「何か、私が爽の実験台になったみたいで、
ちょっとだけ悔しい……」
「大丈夫だよ。
幽が頑張ってるの、僕はちゃんと見てるから」
がっくりと落ちた肩に手を置いて、
落ち込む幽を慰める。
「頑張って、僕に美味しい毒味をさせてよ」
「……分かってるわよ。
待ってなさい、とびきりのを食べさせてあげるから」
唇を尖らせて、
幽がふるいの縁を一心に叩く。
「あ、黒塚先輩。
ふるいが終わったら教えてもらっていいですか?」
「いいけど、次は何をするの?」
「ケーキの型にパラフィン紙を敷いて、
レンジをオーブンモードにして火を入れます」
「ケーキを焼くのねっ?」
「その準備ですね。
先に熱い状態にしておかないとダメなんです」
「でも、もう少しで焼きに入りますから、
頑張って下さいね」
「分かった!」
さっきにも増して、
懸命にふるいを叩く幽。
タンバリンでも叩くかのようなその様子に、
何だかノリノリだなぁと感心。
まあ、楽しんで作れるなら何よりだ。
「朝霧先輩は湯煎は終わりましたか?」
「全部溶けたよん。
次はどうすればいい?」
「今度は卵の湯煎ですね」
「へー、また湯煎するんだ。
ちなみに、湯煎ってどんな意味があんの?」
「卵が冷たいままだと、
バターと混ぜ合わせた時に分離しちゃうんです」
「あー、バターって油だもんね」
「でも、お湯の温度が高すぎると、
今度は卵が固まっちゃいますから注意して下さい」
「な、何か難易度が高そうなんだけど……」
「まあ、とりあえずやってみましょう。
とりあえず、ボウルに卵を四つ割って下さい」
「ほいさっさ」
パックから卵を手に取る爽。
途端、ぐしゃっと音を立てて、
爽の手の中で卵が砕け散った。
「……」
「三秒後のお前の姿だ……」
「手、拭きなよ」
「なにさ! 卵の一つや二つ割れないくらい、
よくあることじゃん!?」
「と、とりあえず拭くやつ!
拭くやつ!」
琴子がおたおたと机の上を漁り、
爽にティッシュを手渡す。
爽は手を拭いた後、卵をしげしげと見つめ、
うーむと難しい顔で唸った。
「どうして上手く割れないんだろ……?」
「力入れすぎなんじゃない?」
「だって、力入れないと割れなくない?」
「そんなことないよ。
卵をボウルの縁で少しだけ割ってやればいいんだ」
「はい、ちょっとお手を拝借」
「あっ……」
卵割りを実践するために、
卵を握る爽の手の上に手を重ねる。
「あー、やっぱり力入ってるね」
「えっ……? あ、うん……」
「もっと力抜いていいよ。握るんじゃなくて、
落ちないくらいに包んでればいいから」
「え、えっと……これくらい?」
「もっと力抜いていいよ。あと、指を開いて、
卵の割れ目を入れる場所も確保して」
「はい。それで、左手でボウルを持って――
それじゃあ行くよ」
爽の手越しに、
ボウルの縁に卵をぶつける。
と、縁のめり込んだ場所に、
一直線の割れ目が刻まれた。
「はい。後はこの割れ目に両手の親指をかけて、
横に引けばいいよ」
「……おおー!
ホントだ、すげー!」
「簡単でしょ?
後は自分でやってみてね」
「う、うんっ。ありがと」
爽が光明を見出せたと判断して、
再び外野席に戻る。
と、椅子に座ったところで、
幽が半眼でじーっと僕を見つめていることに気付いた。
「ど、どしたの幽?」
「随分と懇切丁寧な
ご指導をされているようね」
「え? そ、そうかな?」
「あんまりに熱心過ぎるから、
ついついふるいを叩く手に力が入っちゃったわ」
先のタンバリンのような軽快さはどこへやら、
べちんべちんと重い音を立ててふるいを続ける幽。
何だかよく分からないけれど、
後でちゃんと謝っておこう……。
それから、
十分ほどが経ち――
作業にかかりっきりだった二人が、
ようやく雑談を交わせるようになってきた。
そうした中で、
ケーキ作りは次のステップへ。
「黒塚先輩と朝霧先輩の作業が終わったので、
これから二つを混ぜて生地を作って行きます」
「ここからは、
手早くやっていかなきゃいけないんですけど……」
「黒塚先輩、お願いできますか?」
「わ、私っ?」
「はい。今日は先輩のためのイベントっていうことを、
お兄ちゃんから聞いていたんで」
「やっぱり、メインは幽にお願いしないとね。
爽もいいよね?」
「もち! 幽のためなら、
あたし何だってしちゃうもんね」
「というわけで、はい。
どうぞ、先輩」
琴子が、さっきまで爽が湯煎していたボウルを
幽へと差し出す。
「……うん」
幽はそれを、嬉しさと恥ずかしさの混じった笑顔で、
抱き締めるように受け取った。
「それじゃあ、生地作りですね」
「いつもはミキサーを使ってるんですけど、
今日はせっかくだし手で泡立てましょう」
「大変なんですけど、そのほうが美味しく仕上がるし、
何より自分で作った感じがすると思います」
「そうね。分かったわ」
「それじゃあ、ボウルを抱えて、
生地が白っぽくとろっとなるまでかき混ぜて下さい」
かしゃかしゃといい音を立てて、
幽が生地を泡立てていく。
「おおー、幽かっこいい!
本物のパティシエっぽい!」
「そ、そうかしら?」
「うん。何ていうか、様になってるよ。
お世辞じゃなくね」
「べ、別に褒めたって何も出ないわよっ」
赤くした顔を俯ける幽。
それでも、ホイッパーの動きは淀みがなく、
ボウルと擦れる音を立てながら生地を作っていく。
「……でも、これ結構しんどそうだね。
幽にやってもらって正解だったぁ」
「手でやると本当に疲れるんですよね」
「黒塚先輩も大変だったら、
ミキサーにするから言ってくださいね」
「大丈夫。
体を使うのは慣れてるから」
「ホントに大丈夫?」幽っていつも本読んでるし、
病み上がりだし、あたし心配なんだけど……」
「大丈夫、心配ないよ」
こと体力面に関しては、
幽はその辺の男よりもずっと凄いはずだ。
それに、あんなに生き生きとした幽の顔は、
プレイヤーでいる時しか見たことない。
それくらい――ABYSSと同じくらい、
ケーキに対して真剣に向かい合ってるんだろう。
「本人がしたいって言ってるんだから、
やりたいようにさせてあげようよ」
僕が幽に、ABYSS以外の
“したいこと”をあげられたのなら――
それだけで、今日の集まりは大成功だ。
これ以上は何も望む必要はない。
後はのんびりとできあがるのを待って、
幽の初めてのケーキを美味しく毒味するとしよう。
「……ふぅ」
最後にありったけの生クリームをしぼり終え――
ようやく、幽の手が止まった。
「次は何をすればいいの?」
「あとは何もありませんよ」
「えっ? じゃあ……」
「はいっ。ケーキ完成です」
「本当……に?」
「やったね、幽」
おめでとう、と幽の肩を叩く。
すると幽は、不安そうに瞳を揺らして、
僕のほうへと見返ってきた。
「幽と爽が作ったんだよ。本当に」
「そうそう。
って言っても、ほとんど幽がやってたけどね」
「お疲れ様です、黒塚先輩」
「やったね幽! おつかれさまー!」
「あ、ありがとう……」
もじもじと体を揺すり、
居心地なさそうに目を泳がせる幽。
そんな幽に、向かいの椅子を引いてやって、
着席を促す。
「じゃあ、早速取り分けましょうか。
こっちは朝霧先輩にお願いしていいですか?」
「オッケー任せて!
完璧な直角で切ってみせるから」
「いや、そこまでしなくていいから、
崩さないように気を付けてね?」
「大丈夫だってば。任せて任せて」
たった今、できあがったばかりのケーキに、
爽がナイフを入れていく。
時折危なっかしかったり、苺が落下したりと、
微妙にハプニングはあったものの――
琴子がコーヒーを入れている間に、
何とか全員の手元にケーキが行き渡った。
「それじゃあ、みんなでいただきますか」
「あ、ちょい待ち」
「えっ? まだ何かあった?」
「毒味役でしょ、晶。
晶が一番最初に食べなきゃダメじゃん」
あー……そういえば、
そういう建前で見学だったんだっけ。
「でも、みんなで作ったんだから、
みんなで食べちゃってもいいんじゃない?」
「それはそうだけど……」
「晶」
向かいの席から呼びかけられて、
何事かと顔を向けた瞬間――
口の中に、何かを突っ込まれた。
甘いの温かいのとびっくりしたので目を見開くと、
視界の先で、幽が不安そうに僕を見つめていた。
「どう?」
どうって……
そんなの、決まってる。
「ほいひいお」
上手く伝わらないのがもどかしくて、
手で丸を作ってみせる。
すると、幽の顔がみるみるうちに赤くなり、
押さえきれないといった感じで笑顔が零れた。
「よかったですね、黒塚先輩」
「ありがとう、琴子。本当に……」
「いやー、これで晶がまずいとか抜かしたら、
ケーキに顔面を押しつけるアレもんだったよね」
「いや、そんなこと言うわけないでしょ。
本当に美味しいんだから」
「みんなも早く食べてみなよ。
多分、同じ感想だから」
それじゃあ――と、
みんなで手を合わせる。
それから、それぞれが思い思いに
ケーキを口に運んでいく。
「ん~、おいしい~!」
「ホントおいしー!
何これ、こんな上手くできんの?」
「今日のは特別いい出来だと思います。
お店で並んでても不思議じゃないです、これ」
「そだね。
ああ~、うんまーい!」
お昼を一杯食べていたにも関わらず、
爽が忙しなくフォークを動かし続ける。
「幽はどう?」
「晶……どうしよう?
こんなに美味しいなんて……」
「いや、どうしようって」
予想外の反応に、
思わず笑ってしまった。
「ゆっくり味わえばいいと思うよ。
せっかく作ったケーキなんだから」
「でも私、変な味になってるんじゃないかって、
心配してたから……」
「幽が一生懸命作ってたんだから、
美味しくないわけないじゃない」
「あと、みんなで作ってみんなで食べるから、
美味しいんだと思いますよ」
「みんなで……?」
もぐもぐと幸せそうにケーキを口に含みながら、
琴子が幽に向かって頷く。
……確かに、琴子の言う通りだ。
みんなで食べるから、美味しい。
それは何も、ケーキに限ったことじゃない。
どんな料理でも、大概そんなものだ。
きっと、気分も調味料の一つなんだろう。
「みんなで食べるから……か」
「……どうしたの?」
「いえ。その通りだと思っただけ」
幽が微笑んで、コーヒーカップを傾ける。
……気のせいかな?
さっき、一瞬だけだけれど、
幽が思い詰めた表情をしていたような……。
「でも、安心しました」
「ん? 何がー?」
「私、実はちょっと緊張していたんです。
その……黒塚先輩は、噂だと怖い人だったから」
ああ……。
図書室の魔女って呼ばれていたり、
授業に全く出なかったり――
生徒会に来た投書だと、
一年生の生徒を突き落とした容疑もあったか。
まあ、それらは一応事実なんだけれど、
事実じゃない黒い噂もだいぶ流れているとは聞いていた。
しかも、幽はそれを否定してこなかった。
する必要も感じなかったはずだ。
一般の生徒には、
どう思われていてもいいから。
プレイヤーが学園にいるのはABYSSを狩るためで、
誰とも仲良くなるつもりはなかったから――
「だから、鬼塚先輩から助けてもらったり、
感謝もしてたんですけど……仲良くできるのかなって」
「でも、実際に話してみて、ケーキも一緒に作って、
全部誤解だったんだなって分かりました」
「黒塚先輩は、
優しいお姉さんって感じです」
真っ正直からそんなことを言われて、
戸惑ったのか嬉しかったのか――
気付けば、
幽は真っ赤になっていた。
「そんな、私……」
「もちろん、お世辞じゃないです。
先輩と知り合えてよかったと思います」
「よければまた、
一緒にケーキを作りましょう」
幽は、何か言おうと口を開いて、
閉じて――
「……うん」
結局、上手い言葉が出なかったのか、
ただ素直に頷くだけだった。
「……晶は羨ましいわね。
琴子が妹で」
「ん……そうだね。
他の人に誇れる妹だと思うよ」
「お、お兄ちゃん……
言い過ぎだってばっ」
いやだって、
本当にそう思うし。
「だったらお兄ちゃんだって、
他の人に自慢できるお兄ちゃんだよ」
「えっ? そ、そうかな?」
「絶対そう。
琴子が言うんだから間違いないもん」
「……まあ、そうだったとしても違っていたとしても、
兄として恥ずかしくない人間でいるようにするよ」
「ああーん、いいなぁこの関係!
あたしも琴子ちゃんの姉になってイチャつきてぇー!」
「晶、琴子ちゃんあたしにくれない?
代わりに温ちゃんあげるから」
「あのね……
そんなことできるわけないでしょ」
というか、温子さんがそれ聞いたら、
思いっきり引っぱたかれるぞ?
「でも、爽の気持ちも分かるわよ」
「美味しいケーキを作ってくれて、
こんなに可愛らしい妹なら、私も欲しい」
「だよねー。
さすが幽、あたしと気が合いまくり!」
「幽の意見は、
爽みたいに邪なのじゃないと思うけれど……」
いやでも、ケーキを食べたいっていうのは、
ある意味では下心に満ちているのか?
何にしても、
琴子は大人気だなぁ。
それでも、僕の妹なんだけれどな!
「じゃあ……」
「うん?」
「……私のお姉ちゃんになるっていうことは、
お兄ちゃんと結婚するってことですか?」
――瞬間、その場にいる琴子以外の面々が、
一斉にケーキを喉に詰まらせた。
「ど、どうして、
そんな風に話が飛躍するんだっ?」
「だって、現実的にお姉ちゃんになるなら、
お兄ちゃんと結婚することになるし……」
「それは……確かにそうだけれど、
さすがにそこまで真剣に考えてないんじゃ……」
「そ、そうよ!
晶と結婚なんてあるわけがないでしょう!?」
「あ、晶と結婚とか、
あたし、あたしっ……!」
「じゃあ、そういうのはないんですね」
「……な、ないわ」
「ない。ない。ない」
「そうですか。ないですか」
幽&爽の全力否定を目の当たりにして、
居たたまれない気持ちになる。
僕との結婚って、
そんなに言うほど嫌なのか……。
嫌われるようなことをした覚え、
特にないんだけれどなぁ。
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