協力関係2


「黒塚さんは、本当にもう僕を

ABYSSだって疑ってないの?」


「蒸し返すようで悪いんだけれど、

もう一度だけ確認しておきたいんだ」


僕への疑いが確実に晴れていないのであれば、

黒塚さんとの信頼は、砂上の楼閣も同然だ。


朝の話だと、ABYSSじゃないと判断した方法が

あるみたいだったけれど……。


「別に疑ってないわよ」


「……即答でありがたいんだけれど、

それって根拠はあったりするの?」


「もちろん。ABYSSとプレイヤーの間で

決まってるルールが根拠ね」


「そのルールを使えば、プレイヤーは二回まで、

ABYSS候補を本物かどうか確実に判定できるの」


「へー、そんなのがあるんだ」


「聞いた話だと、ABYSSじゃない人間を

間違って襲わないために作られたルールらしいわね」


「どう考えても、

そういう風に使うものじゃないと思うけど」


……恐らく、

黒塚さんのその予想は正しい。


本当の目的は、ABYSSのゲームを

円滑に進めるためだろう。


でも、これで納得した。


そういう手段が信頼の根元にあるなら、

僕も黒塚さんのことを信じられる。


万が一そのルール自体が嘘だとしたら――

その時はもう仕方ない。大人しく騙されよう。


「でも、そういう便利な方法があるのに、

どうして僕を間違えたりしたの?」


「それは……あなたがあまりに怪しすぎたから、

調べる必要なんかないと思って……」


……まあ、そりゃあ経歴が出鱈目な人間がいたら、

怪しいとは思うけれどさ。


だからといって、いきなり殺そうっていうのは、

ちょっと手順をすっ飛ばし過ぎでは……。


いきなりナイフを飛ばしてきたところを見るに、

痛めつけようとかいう考えもなかったみたいだし。


「だ、だってしょうがないでしょうっ?

その判定のルールは二回しか使えないんだし!」


「階級章を確認する手もあるけど、

そんなの見せてくれるバカがいるわけないじゃないっ」


「階級章って?」


「ABYSSに所属してる印のこと。

部員は常にそれを持ち歩かないといけないの」


ああ、そういうのがあるのか。


まあ、それなら確かに、

見せてくれる人はいないだろうな……。


「ABYSSは多ければ三人殺らないといけないの。

二回の判定じゃ足りないでしょ?」


「だから、確実っぽい相手に使うなんて、

もったいなくてできないの!」


黒塚さんが、

拳を握り締めて力説する。


その熱意はともかく、

理屈は理解できた。


「まあ、それなら温存するかぁ」


「そうよ。

私の正しさが分かったでしょう?」


ふふん、と自慢げ黒塚さん。


「ちなみに、ABYSSじゃない人を

殺した場合のペナルティは?」


「ええと、確か……死ぬんだったかしら?」


「危ないよそれ!

死ぬとこだったよ黒塚さん!」


「な、何よっ?

別に死ななかったでしょう?」


いや、もうすっごい紙一重だから。


たまたま僕が

人より動けたから助かっただけだし。


「というか、その特定できるルールを使うにしても、

襲ってからじゃなくて襲う前でしょ?」


「え、どうして?

もったいないじゃない」


「お、おおう……」


思わず頭を抱えてしまう。


大丈夫なんだろうか、この人は?


「……えーとね、一応説明しておくと、

戦闘はリスクなんだ」


「自分が負ける可能性もあるし、

相手を取り逃がす可能性だってあるんだし」


「まして、間違えたら自分が死ぬんだから、

最初から全力で戦うことができないわけでしょ?」


『それって凄いハンデだよね?』と目を向けると、

黒塚さんは渋い顔で頷いた。


「だから、候補を絞った上でルールを使って、

戦闘になる前に部員を特定するべきなんだ」


「でも、それじゃ数が足りないでしょう?

二回しか使えないのよ?」


「大丈夫だよ。ABYSSが一人でも分かったなら、

その部員から仲間の情報を聞き出せばいいんだから」


「あっ……」


「うわっ、今『あっ』て言った!

『あっ』て!」


全然考えてなかったのか!


「ち、違うわよ! そんな常識的なこと、

プレイヤーの私が考えてないわけがないでしょう!?」


「でも、『あっ』て言ったよね?」


「それは……その……」


「……『ああ笹山くん殺したいわ』の

言いかけなのよ」


「何でそんなこと言うの!?」


協力する相手なのに!


「と、とにかく、紛らわしいあなたが悪いの!

私は絶対に悪くない!」


「あー……分かったごめん、

この話はやめよう」


掘り下げていっても、

泥沼になる気しかしない。


「……とにかく、ルールはあと一回だけなんだから、

笹山くんにはその分働いてもらうわよ」


「仰せの通りに」


元々働くつもりだったし、

自分のことでもあるし、言われるまでもない。


黒塚さんとは一蓮托生のつもりで頑張ろう。


ただ――そのためには、

もう一つ聞いておきたいことがある。


「次の質問なんだけれど、

プレイヤーについて教えてくれるかな?」


途端、黒塚さんの顔が変わった。


「……どうして?」


「ABYSSとの間にあるルールを把握したいからね。

あと、黒塚さんの目的も頭に入れておきたいし」


「一応、ある程度は把握できてるんだけれど、

聞かないと分からないのもあるからね」


『ABYSSを二回限り判定できる』なんてのは、

まさに聞かないと分からないルールだ。


ああいうのが他にあるなら、

早めに確認しておきたい。


「……現状ではどこまで把握しているの?」


「黒塚さんがプレイヤーだってことと、

プレイヤーはABYSSの敵対者だってことかな」


「あと、この先は、

あくまで僕の予想だけれど――」


1.敵対者である以上、

  プレイヤーはABYSSと戦う力がある


2.プレイヤーには、

  “確認”を行うことのできる人間がいる


3.プレイヤーは、黒塚さんの例を見るに、

  学校に“転校”という形で潜入する。

  もしかするとABYSSも?


4.“ゲーム”である以上、

  プレイヤーには罰と賞品が存在する


5.ABYSS・プレイヤー間に“ルール”がある以上、

  お互いの背景にあるものは繋がっている


「当たってるかどうかは分からないけれど、

大体こんな感じかなぁと」


「ええ、当たってるわよ。

後は、細かいルールくらいじゃないかしら」


細かいルール……?


「まず、舞台はここよ」


黒塚さんがこつこつと床を蹴る。


「……学園ってこと?」


「ええ。ABYSSとプレイヤーの戦う場所は、

夜の学園というのが原則ね」


「ただ、実際には人目を避けさえすれば、

どこでやっても構わないことになってるわ」


「これも破ると罰則があるみたいだけれど、

こっちは程度に応じて決まるって話ね」


……まあ、厳密に言ってしまえば、

僕にバレてるのもまずいって話になるしな。


ABYSSの存在を公にしなければ、

基本的にはお目こぼししますよ、ってことか。


「だから、プレイヤーの行動は、

『昼間に調査、夜に戦闘』が基本になるの」


「このルールは、

ABYSS側も同じはずよ」


なるほど……だから、今日のお昼に、

鬼塚は呆気なく引いてくれたんだな。


プレイヤーとABYSSが、

昼間から争うわけにはいかないから。


「……だとすると、ごめん」


「どうして謝るの?」


「だって、鬼塚から琴子を助ける時に、

黒塚さんは自分がプレイヤーだって明かしたんでしょ?」


「鬼塚はまだ、黒塚さんのことを

特定してなかったかもしれないのに……」


「ああ、そのことなら気にしなくていいわよ。

元々、隠すつもりもなかったから」


「……そうなの?」


「ええ。調査とか面倒なことやってられないもの。

相手に来てもらうほうが簡単だし」


「いや……でもそれって、

一斉に来られたらまずくない?」


「えっ、どうして?

まとめて来たら手間が省けるじゃない」


「……もしかして、今までもそのやり方で?

っていうか、一人で目立ってたのもそういうこと?」


「そうだけど」


おいおいおいおい……

危ないなんてもんじゃないぞ!


よくそんなやり方で、

これまで死なないでやって来られたな……。


「でも、この学園のABYSSは慎重みたいで、

まだ誰もかかってこないのよね」


「それはラッキーだったね……」


「ちっともラッキーじゃないわよ。

おかげで面倒くさい調査をやらされてるんだから」


不機嫌そうに

爪先で床を蹴る黒塚さん。


その様子を怖い物知らずだなぁと眺めつつも、

同時に、その自信の根拠が気になった。


まとめてかかってきても問題がないというのは、

それだけ“奥の手”が強力なのか。


一体、どんな奥の手なんだろう……。


「あのさ、また質問いいかな?」


「それは急ぎじゃなければ明日にしない?

そろそろ日も落ちてきたし」


「あ、そろそろ帰る感じ?」


「違うわよ。

私はプレイヤーだから」


ああ……

言われて気付いた。


彼女はプレイヤー。

となれば、その活動時間は、必然的に夜間になる。


日が落ちるということは、

彼女と、ABYSSの時間が来るということだ。


「分かった。それじゃあ、

続きは明日……お昼にここでいい?」


「いいわよ。人はいるでしょうけど、

屋上で私の姿を見れば、近づかないでしょうしね」


あぁ……そういえば黒塚さんって、

一年生の生徒を突き落としたって噂があったんだっけ。


あの話の真相も、明日聞いてみるか。


「じゃあ、明日のお昼に屋上で」


「ええ。遅れたら、

特別に出血大サービスをしてあげるから」


「き、気をつけるよ……」


「そうしてくれると嬉しいわね。

あなたは囮として有効活用したいんだから」


「……いやでも、ここは怪我をさせて、

わざと弱々しく見せるのも手かしらね?」


ふふふ、と

意地悪そうに笑う黒塚さん。


……明日は遅刻できないな、これは。





「あ、晶くん。

お帰りなさいですねー」


生徒会室へと戻ってみると、

聖先輩がちょうど帰ろうとしていたところだった。


「あれ、残っているのは

先輩だけですか?」


「ですです。琴子ちゃんは先に帰りましたし、

真ヶ瀬くんもどこかに行っちゃったみたいですから」


ああ、琴子は帰っちゃったか……。


ちょっと屋上に長居し過ぎたな。


「というわけで、私も今日は上がります。

晶くんはどうします?」


「あ、僕も帰りますよ。

仕事ももうありませんし」


「じゃあ、せっかくだから

一緒に帰りませんか?」


「あー、ちょっと友達と約束してまして」


何だかんだ言いつつ、

黒塚さんは僕のことを待ってくれていたり。


一応は、ABYSSと戦う仲間として、

僕のことを認めてくれているんだろうか。


そうだとしたら、少し嬉しい。


「そうですか。

それじゃあ、また明日ですね」


「はい。それじゃあ、また明日――」





「ごめん。待たせちゃった」


声をかけながら、

待ち合わせの場所に向かう。


けれど、黒塚さんは僕のほうに振り向くでもなく、

窓の外を熱心に眺めたままだった。


一体、何を見ているんだろうか?


そう思い視線を向ければ、

中庭の端あたりで二人の生徒が話し込んでいた。


そのうちの片方は、見覚えのある顔――


「佐倉さん……?」


あり得ないという言葉が、

口から出そうになった。


あの、人を寄せ付けまいとしていた佐倉さんが、

髪の長い生徒と真面目な顔をして話し込んでいる。


しかも、お相手は男子生徒。


佐倉さんが、誰かと話せるようになった。


それを喜ばしいと思う反面、

微妙な気持ちが胸にないとは言えなかった。


何を話しているんだろう?

二人に共通の話題があるのか?


唇の動きさえ読めれば――


「――行くわよ」


「え? あ、うん……」


……もう少し見ていたかったけれど、

呼ばれた以上は仕方ないか。


せっかく黒塚さんと帰るんだし、

佐倉さんのことは忘れよう。





「お兄ちゃん」


校門まで来たところで、

よく見知った声と顔に出迎えられた。


「あれ、先に帰ったんじゃなかったのか?」


「お兄ちゃんを待ってたの。生徒会室だと、

お兄ちゃんが戻ってくるか分からなかったし」


「ああ、そういうことか」


うん、と答えながら、

琴子がチラリと僕の横へと視線を向ける。


まあそこには、

当然のように黒塚さんがいるわけで。


んー、何と説明したものやら……。


「じゃあね、晶」


と、説明の文句を色々と考えていたところで、

黒塚さんはスッと琴子の脇をすり抜けた。


「え? あ――」


「また明日」


それだけ告げて、

黒塚さんはあっさりと先に行ってしまった。


残されたのは、ぼんやりと口を開けた琴子。

とついでに僕。


あんまりの早業に、

開いた口が塞がらなかった。


「今の、黒塚先輩でしょ?」


「……うん」


「仲、いいの?」


「そう見えた?」


聞き返すと、琴子はしばらく考えた後に、

『全然』と答えた。


その通り過ぎて、何も言い返せない。


「でも、お兄ちゃんのこと、

名前で呼んでたよね?」


「ああ……そういえば。

初めて呼ばれたような気がする」


「何度か会ってるの?」


「あー……えーと、生徒会の件で。

黒塚さんに接触してみるって話があったでしょ?」


「でも、その調査って、

名前で呼ぶくらい仲良くなるものなの?」


「いや、そんなことはないし、

僕も何が何だかよく分からない感じ」


先に帰ったのも名前で呼んだのも、

琴子がいるから気を遣ってくれたのか?


うーん、全然理解できない……。


「ふーん……それでお兄ちゃんは、

黒塚さんのことをどう思ってるの?」


「え? それは……」


ABYSS関連でしか考えてなかったから、

上手く言葉が出て来ない。


それをどう勘違いしたのか、

さらに質問を重ねてくる琴子。


そうして、針のむしろに包まれたような時間が、

夕食終了までひたすらに続くことになった……。



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