協力関係1

「よっしゃカトちゃん!

今日は一緒に帰ろう!」


「あんたねー、毎日言ってるでしょ?

部活あるから無理だってば」


『どいたどいた』と大股で廊下へ向かう加鳥さんと、

その周りに何とか食らいつこうとする三橋くん。


そんな、玉砕という名の恒例の儀式を横目で眺めつつ、

帰り支度を整える。


さて、今日の生徒会は見回りだったか。





「おはよございまーす」


「お。晶くんはろー」


「あ、お兄ちゃん。

お兄ちゃんも言ってあげてよっ」


生徒会室に入ると同時に、

二人がそれぞれの言葉を投げてきた。


「えーっと……

何があったんですか?」


とりあえず、二人が険悪ムードっていうことは、

来た瞬間に理解したんですが。


「あー、それはね――」


「昨日のことだよ。

真ヶ瀬先輩がお兄ちゃんを遅くまで連れ回したこと」


「そんなに遅くまで連れ回した記憶はないって、

ずっと言ってるんだけどなぁ」


「琴子ちゃんが、

ちょっと大げさ過ぎるんじゃない?」


「そんなことありませんっ。

見回りだし、遅くなるのは普通だと思ってます」


「でも、昨日お兄ちゃんが帰ってきたのは、

零時過ぎてたんですよっ?」


「あれ、零時?」


うわっ、ヤバ……。


「あー……それはですね、真ヶ瀬先輩と別れた後に、

校舎に怪しい光を見つけてですね……」


「えっ……じゃあ、遅くなったのは、

お兄ちゃんが勝手に残ったからなの?」


「ま、まあ、そういうことに……」


「ふーん……」


真ヶ瀬先輩がほんのり笑みを浮かべながら、

まじまじと僕の顔を覗いてくる。


ああ、これはもう絶対に、

早く帰したことを怒ってる顔だ……。


「ダメだよ晶くん?

そういう楽しいそうなことは、一人でやっちゃ」


「……すみません。

先輩を呼び戻すのも悪いと思って」


「呼び戻さないにしても、ぼくと琴子ちゃんに

連絡くらいは入れておくべきだったね」


返す言葉もなくて、

僕はもう頭を下げるのみだ。


「私、心配だって言ってたのに」


横で唇を尖らせる琴子。


……こっちにも、

ちゃんと謝っておかないとな。


「ごめん。次は絶対連絡するから」


「……絶対だよ?」


もちろんと返すと、

ようやく琴子は頷いてくれた。


「あと……真ヶ瀬先輩、ごめんなさい。

勝手に疑ってました」


「ん? ああ別にいいよー。

晶くんが悪いんだしね!」


「いやもう……ホントすみません」


「ま、今後は気を付けてくれればいいよ。

琴子ちゃんに心配かけないようにね」


「っていうところで、

そろそろ今日の見回りについて、いいかな?」


「あ、はいっ」


先輩に寄越されたプリントを受け取る。


僕の今日の担当は……

文化系部活動の部室が割り当てられてるエリアか。





割り当てられた巡回ルートを回る。


とは言っても、さすがに校舎内で

不審者が見つかることはないだろう。


温子さんの話によれば、

不審人物は校舎の外で見たって話だし。


「せっかくだから、

今のうちに情報整理でもしておくか……」


とりあえずは、現状――


ABYSSのメンバーは、

鬼塚がほぼ確定。


候補者としては、

真ヶ瀬先輩のリストに載っていた人たちだ。


一方で、僕の存在は知られていないのか、

ABYSS側から接触を図ってきた様子はない。


また、黒塚さんが“プレイヤー”――

ABYSSと敵対する存在だと分かった。


情報を得るにしても、ABYSSと戦うにしても、

黒塚さんが重要な人物なのは間違いない。


ただ……黒塚さんのあの拒絶っぷりを見ると、

協力を取り付けることはかなり難しいだろう。


利害じゃなく経験で拒絶されている以上、

すぐさまどうにかはできない。


……だったらいっそ、

すぐさまじゃなくてもいいか?


黒塚さんがそれなりに動けることは、

昨日の夜の時点で分かってる。


それだけじゃ鬼塚には敵わないだろうけれど、

彼女の話によれば、奥の手――恐らく薬もあるらしい。


慣れた様子を見る限りだと、

単に自信過剰っていうこともないんだろう。


なら、黒塚さんに基本的には任せてしまって、

僕はいつでも助けられるように用意をしておく。


黒塚さん一人で

ABYSSを片付けられるなら、それでいい。


でも、もしもダメだった時は、

僕に連絡してもらって二人で解決する。


これなら、裏切られた経験やリスクがあろうと、

僕と協力する以外の選択肢はないはずだ。


つまり『鳴かぬなら鳴くまで待とうホトトギス』

ということになる。


……問題があるとすれば、

ABYSS側の甘さを前提にしてるところか。


まず、黒塚さんがABYSSを打倒するまで、

ABYSSが僕を放置してくれるのか。


そして、黒塚さんが窮地に追い込まれた場合に、

ABYSSが助けを求める隙を与えてくれるのか。


あのアーチェリーの仮面に襲われでもしたら、

下手をすると何もできずに死んでしまうかもしれない。


一度に複数のABYSSに襲われても同じだ。


そういった状況に陥る可能性を、

果たして本当に無視していいのか否か。


「……ダメに決まってるよな」


命がかかってる以上、

可能な限り安全な方法を採るべきだ。


何より、黒塚さん一人を戦わせて、

僕はその恩恵に預かるだけなんて性に合わない。


鬼塚から琴子を助けてもらった恩もあるし、

やっぱり黒塚さんと一緒に戦わないと。


「よし、決めた」


見回りは切り上げて、

図書室に行こう。


お断りされたとしても、

何度でも黒塚さんのところに通ってやる。





……けれど、

図書室に黒塚さんの姿はなかった。


既に帰ったんだろうか?


いや――もう一カ所、

この学園で黒塚さんをよく見る場所があったか。





屋上へやってくると、

だいぶ傾いた日が屋上に色を付けていた。


その片隅で、長い影を伸ばす尋ね人が、

こちらを見て目を丸くしていた。


「またあなた……?」


「うん。ごめんね」


「……嘘ばっかり。

ちっとも謝る気なんてないくせに」


「いや、一応これでも

申し訳なく思ってるよ。半分くらい」


「でも、僕もABYSSに関わっちゃってるから、

黒塚さんの力を借りるしかないんだ」


「私には、あなたの力は必要ないわ」


「でも、あって困るようなものでもないよね?」


黒塚さんが口を噤む。

つまり、肯定ってことだろう。


「もし、対等な協力が嫌だっていうなら、

僕を一方的に使ってくれるだけでもいい」


「僕の家族とか友達を巻き込まないように、

とにかく早く解決したいんだ」


「だから僕に、

黒塚さんの手を貸してくれないかな?」


改めてお願いすると、黒塚さんは

『何なのコイツ』とばかりに困った顔を作った。


「あのね……もしあなたがABYSSに捕まっても、

私は絶対助けないわよ」


「それでいいよ」


「本当に分かってる?

もし必要なら、あなたを殺すかもしれないのよ?」


「当然、それも覚悟してる」


「……バカじゃない?」


「いや、もちろん生き残ることも計算してるけれどね。

死にたいなら助けてなんて言わないし」


「分かってるわよ、そんなこと」


不機嫌そうに鼻を鳴らし、

黒塚さんが視線を泳がせる。


それから、

はぁと思い切り溜め息を吐いて、


「分かったわよ……

一応、協力してあげる」


心底残念そうに呟いた。


「ホントにっ?」


「これ以上あなたに時間を使いたくないし、

いい加減、追い払うのも疲れたわ」


「いや、そんな

犬みたいに言わなくても……」


「犬のほうがいいわよ。

可愛いもの」


……可愛くなくてごめんなさい。


まあ、協力してくれるっていうんだから、

このくらいで文句は言うまい。


それよりも、

黒塚さんに聞きたいことが山ほどある。


「それじゃあ、早速で悪いんだけれど、

色々と質問いいかな?」


「その前に、一つだけ聞かせて。

どうしてあなたは、そんなにお節介なわけ?」


お節介……?


「黙って私に全部やらせておけば、

ABYSSの問題も解決できたじゃない」


「なのに、何でわざわざ危険な目に遭ってまで、

私を手伝おうとするの?」


「それは……色々と理由はあるかな。

ABYSSの事件を解決したいのもそうだし」


「さっき、黒塚さんに琴子を助けてもらったから、

その恩返しをしたいとかもそう」


あと、これは言わないけれど、

黒塚さん一人じゃ危なっかしいのもある。


でも、一番の理由は、そう――


「早く、今回の件を解決したいからなんだ」


「ABYSSと

早く縁を切りたいということ?」


「大まかに言ってしまえば、

そういうことになるんだけれど……」


「一昨日、ABYSSの儀式の最中に、

仮面を着けた鬼塚に襲われたって話はしたよね?」


「ええ、聞いたわ」


「その時、鬼塚と一緒に女の子がいたんだけれど……

僕は、その子を見捨てたんだ」


「助けようと思って頑張ったんだけれど、

結局、逃げるしかなかった」


今でも鮮明に思い出せる。


獣めいた獰猛さを湛える仮面と少女。

そして直後に現れた、アーチェリーの仮面。


最期の瞬間は見なかったけれど――

普通に考えれば、生け贄の子は生きていないだろう。


「その時の僕の選択が間違ってるとは思わない。

今、同じ状況になっても、やっぱり逃げると思うし」


「でも、誰も死なないのが一番だと思ってる。

特に、身内の人間に関してはね」


「だから、生け贄が自分の知り合いになる前に、

僕はABYSSをどうにかしたいんだ」


「何よ。結局、お節介じゃない」


「……そうなのかな?」


「ええ。何だかんだ言っても、

他人のためにやってる時点でね」


うーん……まあ、

そう言われると否定はできないか。


それでも、敢えて

自分のための理由を付けるなら、そう――


「僕の身の回りの知り合いとかも、

僕の一部だってことなのかな」


「……それを聞いて、納得したわ」


黒塚さんが目を伏せて、

髪をかき上げる。


それから、夕影が差した顔で、

じっと僕の目を見据えてきた。


「自分とは関係がないから、

あなたは生け贄の子を見捨てて逃げたのね」


「それは……」


「別に気にする必要はないわよ。

あなたの行動は正しいもの」


「『無理をしないと助けられないけど、

他人にそこまでできないから、助けないで逃げた』」


「私は別に、それでいいと思ってる。

私だって、笹山くんが邪魔なら見捨てるし」


「だから、私は別に、

あなたを責めるために聞いたんじゃないの」


「私が知りたかったのは、

笹山くんが嘘をついてるかどうかよ」


「でも、あなたの話も行動も筋が通ってる。

そこに嘘はないわ」


「そういう人は信頼できる。

あなたとなら、上手くやれそうね」


淡い微笑みを向けてくる黒塚さん。


これまで、皮肉げなやつとか強気なやつとか、

色んな黒塚さんの笑顔を見て来たけれど――


今、目の前にあるこの笑顔は、

初めてみたような気がした。


「とりあえず、私の聞きたいことはそれだけ。

笹山くんの聞きたいことは?」


やっと僕のターンか。


それじゃあ――

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