幽との関係1
「ちょっと晶!
昨日、魔女子さんと一緒にいたって本当?」
登校早々に迫ってきた爽に挨拶をすると、
いきなりそんな質問が返ってきた。
「……っていうか、
どうして知ってるの?」
「うちの部の子が、
晶と魔女子さんが屋上にいるのを見たって」
あー……そういうことか。
まあ、別に見られてることは問題ないけれど、
それが爽だと面倒臭いことになりそうだ。
「で、晶って、
魔女子さんとどんな関係なの?」
「いや、どんなって言われても……
別に爽にとって楽しそうな感じじゃないよ?」
「全然そんなの気にしないってば。
ただ……魔女子さんと晶って、気が合うのかなって」
「あと、温ちゃんも
微妙に気にしてたみたいだし」
……そうか。
昨日の話を温子さんからも聞いてたのか。
となると、何て答えるべきか。
ここで迂闊なことを話すと、
温子さんにも伝わりそうなんだよな……。
「前も言ったと思うけれど、黒塚さんとは、
調査する側とされる側だよ」
「えーと、生徒会の……だっけ?」
「そうそう。ちょっと黒塚さんに悪い噂があって、
その真相を生徒会で調べることになったんだ」
「それで話を聞いてみたら、
黒塚さんがABYSSを知ってるって話になってさ」
「今、生徒会でも不審者について対応してるから、
じゃあ協力しようねって流れになった感じ」
……真実はかなり混ぜてあるし、
ある程度は筋も通っているはず。
今後の動きやすさも考えると、
第三者向けの説明は、この辺りがいいところだろう。
「んじゃ、別に魔女子さんとは
お友達とかいうわけじゃないんだね」
「まあそうだね。
利害関係者っていうか、協力してるだけだよ」
「そかそか。
いやー、つまんないなー」
その割りには
嬉しそうな顔してるんですが。
まあどうせ、黒塚さんを独り占めできるやったー、
みたいな感じなんだろうけれど。
「んでも、魔女子さんがABYSSかー。
確かに魔女子さんなら調べてても不思議じゃないけど」
「っていうか、晶も調べてんの?」
「ん? まあ、一応付き合いでね。
不審者と言えば不審者だし」
「んじゃ、あたしにも手伝わせてよ」
「ダメ」
「えー、何でさー?
あたしちょー役に立つよ!」
超役に立つって言われてもなぁ。
実際、爽がABYSSに対して
何かをできるとは思えないし。
……っていう僕の内心を見透かしてるのか、
あたしも混ぜろ光線を出して来る爽。
これを無下に扱うと爽が勝手に動き出すのは、
もう一年の頃に学習済みだった。
「……じゃあ、ABYSSが本当に存在するとしたら、
どんな人がそうだと思う?」
「うちの学園でってことだよね?」
「うん。噂通りのABYSSだと仮定してね」
『よっしゃ任せとけ!』と気合いを入れて、
爽がうんうん唸り出す。
……思考実験なら幾らやっても危なくないし、
このくらいだったらいいだろう。
どうせ爽のことだから、
常軌を逸した回答だろうし。
「んー、パッと思いつくABYSS候補は、
運動部には所属してないと思うかな」
「……どうしてそう思うの?」
「そいつが人間以上の力を持ってるなら、
運動部にいたら目立って仕方ないから」
「でも、うちの学園に、
そんな運動凄いやつなんていないっしょ?」
「でもって、もし実力を隠すんだとしたら、
運動部にそもそも入んないじゃん」
「……そうだね」
現に僕がそうだから。
「だから、ABYSSは運動部にはいない」
「あと、うちの学園にABYSSがあるなら、
入学前と入学後でキャラが変わりそうかな」
「どういう風に入るのか分かんないけど、
死体の処理とかあるし、入学前から殺しは無理っしょ」
「つ、つまり、入学前は童貞だったけど、
入学後は童貞を卒業しちゃった的な……!」
「わざわざ顔真っ赤にしてまで、
そういう言い方しなくていいから」
確かに、人を初めて殺す時は、
童貞を卒業するって言うけれど。
「あとは、部員に優等生なんかがいても
不思議じゃないと思うよん」
「ヤンキー漫画で優等生が黒幕みたいなことあるけど、
あれって結構、理に適ってると思うんだよね」
「悪いことしようと思うなら、
権力の傍にいたほうが絶対に都合いいし」
「だから、生徒会とか風紀委員とか部活の部長とか、
その辺にABYSSがいる可能性はあると思うよ」
例えばこの辺に――と、
爽が僕のおでこを人差し指で突いてくる。
「……ん?
なに真面目な顔してんの?」
「いや……正直、
こんな真面目な分析が帰ってくるとは思ってなくて」
全然答えなんて期待してなかっただけに、
爽の回答はかなりびっくりした。
爽の挙げた要素に関しては、
少なくとも僕からすると正しいものに思える。
いつもふざけたことしか言わないのに、
どうして今日はこんなに鋭いんだ?
「……ねえ、爽。今日の爽って、
実は中身が温子さんだったりしないよね?」
「はぁ? んなわけないじゃん。
何言ってんの?」
うん、そんなわけないよな。
まあ、元々ABYSSの噂は知ってたみたいだし、
前から考えてた内容を話した感じなのかな。
あるいは、温子さん辺りを巻き込んで、
思考実験してみたのかもしれないし。
「で、どーよ? あたし役立つ感じじゃん?
ABYSSの調査の仲間に入るフラグじゃん?」
「ダメ」
「えー! 何でそこでフラグへし折るわけっ?
あたしも魔女子さんと遊びたいのに!」
「一応、言っておくけれど、
僕は遊びでやってるんじゃないからね」
「んじゃ、本気でやればいいのね?」
あ、これはまずい。
「あのさ、変な調査とかは絶対にしないようにね?
ABYSSはオマケで、不審者が本命なんだし」
「下手に首を突っ込んだりして
怪我されたら困るから」
「へいへい、晶はそう言うもんね。
分かってますよーだ」
僕の話を聞いたのか聞いてないのか、
手を振って自席に戻っていく爽。
本当に分かってくれてるのか、
いまいち不安だ……。
ようやく退屈な授業が終わり、
みんなが待ち望んでいた昼休みがやってきた。
にわかに教室内が騒がしくなって、
学食勢やら購買勢やらの声があちこちから上がる。
教室の扉が勢いよく開いたのは、
その時だった。
「入るわよ」
あまりにも唐突な魔女の襲来に、
賑わいかけていた教室内が一気に静まる。
けれど、特に物怖じするでもなく、
ずかずかと教室へ踏み込んでくる黒塚さん。
ついで、何かを探すように、
キョロキョロと教室内を見回し始めた。
っていうか、まさか……という嫌な予感に、
胸の鼓動が早まる。
そんな折りに、
黒塚さんと思い切り視線が合った。
「見つけた」
あ、やばい――と思うより早く、
黒塚さんが机を押し退けて一直線に向かってくる。
それを察してか、温子さんが/爽が/クラスのみんなが、
『何あれどういうこと?』とばかりに視線を注いでくる。
その好奇の眼差しが集まる中、
黒塚さんは僕の机に手の平を叩きつけて――
「行くわよ、晶」
にやりと、不敵な笑みを浮かべた。
「あのさ……何かあったの?」
「何かって?」
「教室にいきなり来たから、
めちゃくちゃびっくりしたんだけれど……」
明日のお昼にという約束はしていたけれど、
迎えに来るという話は全然聞いてない。
何か、急ぎのわけでも
あったんだろうか?
「びっくりさせるために行ったに
決まってるじゃない」
……ああ、そうですか。
僕はそんな理由で、
後からみんなの質問攻めに遭うんだな……。
「何よ、つまんないわね。
派手に驚かなきゃ、晶のいる意味がないでしょう?」
「ひどい!」
存在理由を否定された!
「ああごめんなさい。つい気が抜けて
酷いことを言ってしまったの。訂正するわね」
「派手に驚かなきゃ、
晶の生きる意味がないでしょう?」
「気がついたら悪化した!」
僕だって何か人生に
意味はあるはずなのに!
「まあ、晶の人生なんて私には関係ないし、
どうでもいいわ」
「その通りなんだろうけれど、
できれば面と向かって言わないで下さい……」
こんな僕でも、
一応は傷つくんです。
まあ、言葉の暴力にはさておいて――
「実は昨日から
気になってることがあるんだけれど」
「何かしら?」
「僕の呼び方、
いつの間にか下の名前になってない?」
「そんなこともあったわね」
「いや、そんな
過ぎた話とかじゃないから!」
むしろ、リアルタイムで
進行中と言ってもいい。
おかげで昨日は琴子から質問攻めだし、
さっきも爽とか温子さんが凄い目で見てきたし……。
「あれって、何か意味があるの?」
「嫌がらせ」
……即答ですか。
「何よ、名前で呼ばれるのが嫌なの?」
「嫌がらせって言われたら、
素直に嬉しいとは言えないんだけれど……」
「冗談よ。本当のことを言うと、
ちょっとしたいたずらだから」
……まあ、そうだろうなぁ。
それ以外理由はないし。
「でも、その顔を見ると、
いい感じで効いてるのかしら?」
「それはもう、効果覿面で」
「あら、素敵ね。
やった甲斐があったわ」
あんまり僕をいじめないで下さい。
「そういうことなら、
今後も晶で行くわね」
「……まあ、別に構わないけれどさ。
その代わり、僕も幽って呼ばせてもらうから」
「は? 何で晶が私を名前で呼ぶわけ?」
「幽が僕のことを名前で呼ぶからだよ。
僕もそうしないと不公平でしょ?」
「……思ったんだけど、
私と晶が公平である必要があるのかしら?」
「あるよ! あるから!」
「じゃあ仕方ないわね。
特別に許可してあげるわ」
「あ、ありがとうございます……」
……お礼を言っておいてなんだけれど、
何だかこの関係は間違ってる気がする。
まあ、深く考えると泥沼に陥りそうなので、
その件は横に置いて、さっさとご飯を食べよう。
お弁当を包むハンカチを床に敷く。
その上にお弁当を広げようと思ったところで、
幽がじっとこちらを見ているのに気付いた。
その手の中にあるのは、
パックの牛乳とコッペパン。
「……もしかして、それがお昼?」
「全く同じ台詞を返していいかしら?」
……どうやら、
お互いに未知の昼食らしい。
いや、しかしまあ……。
手作りのお弁当はないだろうなぁと思っていたけれど、
まさかここまで味気ないとは。
こんなんで、
栄養状態は大丈夫なんだろうか?
「そのお弁当、妹さんが作ったの?」
「半分くらいはそうかな。
もう半分は僕だよ」
「何ですって!?」
……いや、そこまで驚かなくても。
「晶って料理できるの?
男なのに?」
「うちは両親がいないから、
必然的にできるようになった感じだね」
「せっかくだから、幽もつまんでみる?
パンだけじゃ寂しいだろうし」
「……じゃあ、頂くわ」
ティッシュを用意した後に、
難しい顔をしてお弁当へと手を伸ばす幽。
迷わずチョイスしたのは厚焼き卵。
深く味わうように目を瞑り、もぐもぐと口を動かす。
「どう? 美味しい?」
「ふーん……
な、なかなかやるじゃない?」
ああ、口に合うみたいでよかった。
「もしよかったら、こっちの煮物とかも食べてみてよ。
ちょっと煮崩れしてるけれど、味は保障できるから」
「じゃあ遠慮なく」
コッペパンをそっちのけで、
幽が次から次へとお弁当をつまんでいく。
僕のお昼がなくなりそうな勢いだけれど、
美味しそうに食べてくれるのを見るのはやっぱり楽しい。
せっかくだし、
このまま止めないでおこう。
「食べるついでに、
昨日の続きをしようか」
止める代わりに提案すると、
幽は口をもぐもぐさせながら頷いた。
えーと、昨日は、
聞きたいことがある状態で終わったんだよな。
確か、そう――
「幽の奥の手って、なに?」
「答えたくないわ」
一瞬でお断りされた。
まあ、幽の生命線なんだろうし、
仕方ないか。
「じゃあ、幽はどうして、
ABYSSに対抗する力を持ってるの?」
「どうしてって……プレイヤーだからよ」
「それは、プレイヤーという役職だから強いってこと?
訓練を積んだからとかじゃなくて?」
「どっちも正解ね。
訓練をして強くなったからプレイヤーなの」
「逆に言えば、ABYSSに対抗する力があって、
初めてプレイヤーになれるのよ」
「力が付くまではプレイヤーと認定されないし、
ABYSSとも戦闘はしないわ」
「じゃあ、仮に僕がABYSSと戦えるとしたら、
それはプレイヤーという扱いになるの?」
「それは違うわ。プレイヤーは強いけど、
強いからプレイヤーというわけじゃないもの」
「……なるほど、選ばれる必要があるわけね。
あるいは登録するって感じか」
「ちなみに、選抜される条件は?」
「――晶が知る必要はないわ」
一瞬、幽の視線が凍るように冷たくなった。
……この話題も
踏み込まないほうがよさそうだな。
気にはなるけれど、
諦めて話を切り替えよう。
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