鬼塚からの情報






家を飛び出してから、もう一時間近くが経つものの、

まだ温子さんは見つからなかった。


学園から場所を移して、公園、路地裏、

少し範囲を大きくして駅の傍まで行っても、梨のつぶて


一緒に探している爽や龍一からも、

未だ発見の連絡は入っていない。


目撃情報を得ようにも、

夜遅くではそもそも人とすれ違わない。


当然、温子さんも佐倉さんも、

音信不通のままだ。


「まずいな……」


手がかりの一つも見つからないのは相当ヤバい。

闇雲に探すのはそろそろ限界か。


ちょっと考えないと――

そう思って足を止めたところで、


「ん……?」


どこかで見たことのあるような後姿を見つけた。


恵まれた上背/幅広の肩――

誰もが一目でケンカを売れないと判断しそうな肉体。


見間違えるはずがない。

鬼塚だ。


別に親しいわけでもないのに、一日に二度も会うとか、

一体どういう巡り合わせなんだろうか。


まあ、それはともかくとして。


「こんな時間に何してるんだ……?」


大半の店が閉まっているようなこの時間に、

敢えて出歩く意味があるようには思えない。


実際、人とすれ違うこともほぼないし。


なら、当て所なくぶらぶらしてる?

それとも、目的がある?


ABYSSではないと思うものの、

他に手掛かりは何一つないこの状況――


無駄かもしれないとは分かりつつも、

鬼塚を尾行してみるかどうか。





「……追うか」


やっぱり、

ABYSSが完全に無関係とは思えない。


徒労は覚悟の上で、

鬼塚の後をつけてみよう。





……鬼塚の尾行を始めて、

どれくらい経っただろうか。


五分? 十分?

まあ、多分それくらいだろう。


それだけの時間、後をつけて――


それでもなお、鬼塚が何をしたいのか、

未だに理解できないままだった。


コンビニに寄ってうぐいすパンを買い食いしたり、

人気のない公園をただ歩いていたり。


これじゃあ、夜の街を

お散歩してるのと何ら変わらない。


それとも、尾行に気付いているから、

何も尻尾を出さないのか?


判断がつかないうちに、

鬼塚は裏道へ。



つられて後を追ってはきたものの、

この先はどうするか。


このまま尾行を続行するか、否か。


もし尾行を中断するなら、

直接話しかけて温子さんのことを聞きたい。


ただ、あの鬼塚が、

僕に対して本当のことを教えてくれるのかどうか――


その答えが出る前に、

鬼塚がふと足を止めた。


「なあオイ、出てこいよ」


「……!」


「尾行してんだろ? 分かってんだよ。

オラ、早く出てこい」


真っ直ぐ前を見つめたまま、

鬼塚が虚空へと話しかける。


……バレてたのか。

思っていたよりずっと鋭いな。


ただ、僕の位置に関しては

特定できていないようにも感じる。


このまま息を潜めて隠れてるか?


……いや。尾行に気付かれた以上、

走って逃げられる可能性が高いか。


何でもいいから情報が欲しい今、

それを許すのは悪手だ。


「――こんばんは」


覚悟を決めて街灯の影をくぐり、

鬼塚の前に姿を晒す。


と、鬼塚は意外そうに目を見開き――

すぐさま、いつものように睨んできた。


「誰かと思ったら、またてめぇか……」


「こんな時間に何してんだ?

何で俺を尾行してんだ、あぁ?」


「それは……ちょっと、

聞きたいことがありまして」


「聞きたいことがあんなら、堂々と聞けよ。

何コソコソ隠れるような真似してんだ?」


「……後をつけてたのは、謝ります」


「ただ、話を聞きたい気持ちと、

余計な争いをしたくないっていう気持ちがあって……」


「てめぇのその行動が、

余計な争いの種を撒くとは思わなかったのか?」


「いや……その、ホントすみません」


全く持って言う通りで反論できず、

再度頭を下げる。


……普段は向こうのほうが争いの種を撒いてるだけに、

鬼塚にお説教されると、何だか凄く微妙な気分だ。


まあ、今は時間が惜しいから、

早いところ本題へ。


「あの……今、友達を探しています。

行方不明になってて」


佐倉さんは……鬼塚は面識がなさそうか。

となれば――


「朝霧温子、って知ってますか?

眼鏡をかけた、僕の友達なんですけれど」


「眼鏡……ああ、

この間の昼にいたやつか?」


「その人です」


一昨日の昼休み、僕が鬼塚に殴られた時のことを、

鬼塚も覚えていてくれたらしい。


なら、話は早い。


「鬼塚先輩は、その子のことを

どこかで見たりしませんでしたか?」


「……知らねーな。

つーか、行方不明なら警察に任せとけよ」


「それともまさか、失踪して何日も経ってんのに、

警察に届けてねぇほどアホなのか?」


「いや、行方が分からなくなったのは今日なんです。

まだ学園から家に帰ってきてない感じで」


「そんなん、別に珍しくもねーだろ。

ガキじゃねーんだぞ」


「普通ならそうなんですが、その子は真面目で、

夜遅くまで連絡なしで出歩くことはないそうです」


「なのに、今日に限って、

連絡もないまま帰ってなくて……」


「ふん。何かあったと思ってるってわけか」


「はい……もう二時間以上探しているのに、

全然見つからなくて……」


……お互い既に分かりきっているとはいえ、

直接ABYSSの話を出したことはまだ一度もない。


僕からそれを出すのは、

避けておいたほうがいいか。


「鬼塚先輩は、本当に何も見てませんか?

その子じゃなくても、怪しい連中を見たとか」


「どんな情報でもいいです。

心当たりでも構わないんで教えて下さい」


「心当たり、ねぇ……」


ふん、と鼻を鳴らし、

思い耽るように目を閉じる鬼塚。


……ちょっとびっくりした。


まさか、素直に僕の話を聞いて、

しかも恐らくだけれど、ちゃんと考えてくれるとは。


ここまで話が通じると、

何か裏があるんじゃないかと勘ぐってしまう。


待ち伏せとか……周りでしてないよな?


「……笹山、だっけ?」


「は、はい」


いきなり呼ばれて、慌てて姿勢を直す。


と、目を向けた先には、

鬼塚のやけに真剣な表情があった。


「お前、何そんな必死になってんだよ。

家族でも何でもない、ただの友達だろ?」


「友達だからですよ」


「……」


「友達だから、助けたくて走ってるんです。

他の友達も含めて、今、みんなで探してます」


「凄く単純に感じるかもしれませんが、

真剣に探してます」


そう答えると、

鬼塚は舌打ちして頭を掻いた。


その様子は、苛立っているようには見えるものの、

夕方に遭遇した時のような剥き出しの敵意は感じない。


というより――違う。


さっきから思っていたけれど、

雰囲気が昼間とは別人みたいだ。


殴り合いも覚悟してたのに、

こんな風に言葉のやり取りをできるだなんて……。


一体、どうなってるんだ?


「じゃあ聞くけどよ……」


「助けられない状況だったらどうすんだ?」


「助け……えっ?」


今、何て言った?


「友達が命がけじゃないと助けられない状況だったら、

てめぇはどうすんだ? あ?」


……何だ、それ?


温子さんは今、

助けられない状況にいるのか?


「答えろ、オラ」


「……助けます」


「嘘つけ。どうせ逃げんだろ、てめぇは」


「なっ……!」


「違うか? 違わねぇよなぁ」


あおあざけるような鬼塚の声。


その攻撃的な響きで――

暗に、あの夜のことを言っているのだと分かった。



「友達を助けたいって言うけどよ、

それって結局、てめぇの自己満足なんだろ?」


「だから、てめぇの出来る範囲で、

無理なく守ることしかできねぇ」


「いざとなったら、友達だって諦める。

違うか?」


「それはっ……」


違う――とは、言い切れなかった。


そうしたくないとは思っても、

いざその場面になった時、


僕は、何度も命の計算をしていたから。


でも――


「……それの、どこが悪いんですか?」


「蛮勇を奮って死にに行くよりは、

冷静に状況判断したほうが犠牲者は少なくなります」


「自分の命が、

助けようとする相手の命より軽いとは思えません」


ごく、当然の話だ。


僕は聖人じゃない。

誰だって、自分の命は惜しい。


誰かに何かを分け与えるにしても、

自分に余力がある時以外は到底無理だ。


そんな僕の考えを、鬼塚は鼻で笑った。


「何で片方しか守れねぇ話になってんだよ。

何でそんな簡単に諦めてんだよ」


「簡単って……

簡単なわけないじゃないですか!」


「他人を簡単に諦められると思ってるんですか?

そこで僕が悩んでないと思うんですか?」


「悩めば相手は助けられんのかよ」


「てめぇが悩もうがどうしようが、

相手にそんなのは関係ねーんだよ」


「相手がてめぇに思うことはただ一つだ。

『助けて欲しい』それだけだろ」


「それをてめぇは、ごちゃごちゃ理由付けて、

無視するっつってんだよ」


「……!」


「いったん守るって決めたら、死ぬ気で守れ。

最後まで全力を尽くせバカ」


「それもできねぇくらい自分が大事だっつーなら、

始めから首突っ込むんじゃねーよ」


「それはっ……」


――人殺しのあなたに言われたくない。


危うくそう口走りそうになって、

すんでの所で止めた。


それを言ってしまったら、

この人は僕との会話を止めてしまう気がする。


そうなったら、

温子さんについて聞くどころの話じゃなくなる。


それだけは避けないと。


「それは? 何だよ?」


「……失敗したらどうするんですか?」

死んだら全部終わりなんですよ?」


「適度なところで引くのも勇気です。

死ぬ気で守って死んでどうするんですか」


「そんなに失敗が怖いなら、最初から手ぇ付けねぇで、

見ない振りしてればいいじゃねーか」


「自分の命が大事なんだろ?

そうすりゃ確実にてめぇは助かるぞ」


「……友達を見捨てろってことですか?」


「そうだ」


「そんなの、できるわけないでしょう!

それは友達に対する裏切りです」


「裏切り? だからてめぇは助けに行くのか?

助けに行って無理だったら諦めて帰ってくんのか?」


「最初から見捨てるのと、

検討した上で諦めるのとで、何が違うんだ?」


「相手を助けられるかどうかだけ検討すれば、

それで裏切ってねぇことになんのか?」


「それは……」


「何度も言うけどよ、

それはてめぇの自己満足だろうが」


「相手にわざわざ期待持たせて、ギリギリで手を離す。

そんな自己満足なら誰も要らねぇよ」


「誰かを助けてぇなら、

その相手のことだけ考えて動け」


「その意思がねーならスッこんでろ。

てめぇの命が惜しいんだろ?」


「っ……」


「分かったら、とっとと帰れ。

そんでクソして寝ろ。いいな」


鬼塚が背を向ける/唾を吐いて歩き出す。


『まだ余計なこと言うなら次はぶん殴るぞ』と、

隆々とした背中で告げてくる。


……確かに、僕の考えは、

鬼塚の意見と比べれば甘いのかもしれない。


誰かを助けるために、

全てを注ぎ込む。


それと比べれば、僕のやっていることなんて、

自己満足の範囲でしかないだろう。


結果的には何も生み出さないのかもしれない。


それでも――


「……それでも、

助けたいと思っちゃダメですか?」


「あ?」


鬼塚が振り返る。


蓄えた眉間の皺をいっそう深くして、

こちらを睨み付けてくる。


それを、怯まず正面から見つめ返す。


「ギリギリで諦めてしまうとすれば、

それはきっと、僕の力が不足してるからです」


「でも、非力だとしても、

誰かを助けたいと思っちゃダメですか?」


「……」


「鬼塚さんの考えは……分かります。

それが正しいというか、理想的です」


「でも、だからといって僕は、

自分の意見が間違っているとは思いません」


「自己満足かもしれないです。

下手に期待を持たせるだけかもしれないです」


「それでも、例えそうだとしても、

友達にできるだけのことをしたいんです」


「何もしないで誰かを見捨てるのは、

もう嫌なんです」


そう――


鬼塚に殴られたあの時に、

みんなに助けてもらって、


琴子の勇気に触れて、僕は思ったんだ。


「僕も、誰かを助けられる人間になりたいんです」


「その気持ちは、悪いことなんですか?」


「僕の考えは、間違ってますか?」



ややあって――


「……はぁ」


鬼塚が盛大に溜め息をついた。


それから、ガリガリと頭を掻いて、

足下にある石を蹴り飛ばす。



「バカはこれだから困るんだ」


「……すみません」


「学園だ」


「えっ?」


「余計なこと考えてんじゃねーよ。

さっさと行け」


「あ……は、はい!

どうもありがとうございました!」


鬼塚に対して頭を下げる。


それに、鬼塚はまたもや『ふん』と鼻を鳴らした。


「それじゃあ、僕は行きます」


「ああ、勝手に行け」


ぶっきらぼうな返答。


けれど、それはそれでこの人らしい感じがして、

不思議と好感が持てた。


「……できれば、

殺し合いとかはしたくないですね」


「全くだな」


鬼塚が肩を竦める/背を向ける。

コンビニのビニール袋をゴミ箱へと投げ込む。


そしてそのまま、こちらに振り返ることもなく、

夜の公園を散歩するかのようにゆっくりと歩き始めた。


「……ありがとうございます」


遠ざかっていく後ろ姿に、

もう一度頭を下げ――


頭を上げると、

既にその姿は見えなくなっていた。


……こんなことになるとは予想もしていなかったけれど、

とにかく行く先は決まった。


鬼塚の話を聞く限り、

相手はABYSSで間違いないだろう。


「待ってて、温子さん……!」


手遅れになる前に、急がないと――!



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