手紙の送り主1

教室に戻ってみると、

あまり見ない組み合わせがわいわい騒いでいた。


一体、何を話してるんだろう……?


「おー晶、いいところに来た!」


いいところ?


「昨日、進路希望調査のプリントもらったじゃん?

あれ、ののちゃんが上手く書けないらしくてさー」


「うん……

私、あんまりやりたいこととか無くて」


ああ、そういうことか。

経緯は把握。


「というわけで、ここはズバッと一発、

委員長サマにアドバイスなんかもらえない?」


「んー……僕も特に目標とかないから、

アドバイスできる立場にないんだけれど」


「それでもいいから、

笹山くんの意見も聞いてみたいなぁ」


……まあ、意見だけでいいなら、

僕でも力になれるか。


「それじゃあ、

羽犬塚さんってやりたいことはあるの?」


「えっと……よく分かんない」


「なら、将来どういう生活をしたいとかは?」


「うーん……どうしたらいいかなぁ?」


いや僕に聞かれても。


「じゃあ、やりたくないことは?」


「キツい仕事とか……かな?」


やりたいことと将来のビジョンはなくて、

やりたくないことも曖昧、と……。


「ね、手強いでしょ?」


「いやでも、

僕も似たような感じだしね」


というより、僕らと同年代で、

既に将来を決めてる人のほうが少ないと思うし。


「えーマジ?

二人は目標とかないわけ?」


「僕は平穏な人生を送ることくらいかな。

安定した職業につければそれでって感じ」


「うっわつまんね!」


まあ、そう言われると思ってたよ……。


「……一応、礼儀で聞いておくけれど、

そう言う爽の将来の目標は?」


「あたしはもちろん、

歌って踊れるシンガーソングライターっすよ」


……まあ、そうですよねー。


前も先生が頭抱えてたよなぁ。

前代未聞だとかなんとか。


「……いいなぁ、二人とも。

私も二人みたいに目標があったらなぁ」


「いやでも、

僕もあってないようなものだよ」


「そーそー。

ち、チンカスみたいなものだし!」


「顔真っ赤にしてまで人を罵らない」


「それでも凄いよぉ。

どうしたらそんな目標とか見つけられるの?」


「どうって……きちんと自分と向き合った上で、

目標を決めていく感じじゃないかな」


「え、そう? あたしは路上ライブやってる人見て、

これだーって決まった感じなんだけど」


「本当はそういう風に決めるのがいいんだろうけれど、

爽みたいなのは例外だって」


「大半の人は、興味のあるなしを自分で整理して、

消去法で決めて行く感じだと思うし」


「うーん……興味かぁ」


「さっきは『分からない』って言ってたけれど、

よく考えてみてもやりたいことが分からない感じ?」


「……あのね、私ね、

『こうしたい』っていうのがないの」


「この学園も、

お父さんとお母さんに言われて入ったし」


「お洋服も、お母さんが選んでくれたり、

みんなに似合うって言われたのを買うし」


「遊びに行く先も涼葉ちゃんが決めて、

ご飯を食べる時もメニューを選んでもらってるの」


「でもね、それで全然不満じゃないの。

みんなの言うことが、私のしたいことなの」


「だから、目標って言われても私、

何をしたいのか全然分からなくて……」


「んん……どうしましょうね、晶先生?」


「あー、そうだなぁ。少しずつでいいから、

選択の機会を増やしていくしかないんじゃない?」


「進路に関しては、極端な話、

あと一年は時間があるわけだから」


「ごめんなさい……」


「ああ、別にののちゃんが謝る必要ないってば。

悪いのは全部晶なんだから」


僕が何をしたっていうんだ……。


「とにかく、

ののちゃんの強化委員会発足だねこりゃ」


「じゃあ、ついでに進路に関しても考えていこうか。

多分、僕らのためにもなるし」


「んじゃ、早速ののちゃんには、

究極の選択をしてもらおうかなー」


究極の選択って……

爽は一体、何をさせるつもりだ?


「帰りにコンビニに寄って、

全員ぶんの中華まんの具を選んでもらいます」


「えーっ!?

そんなぁ……最初から難易度高すぎだよぉ」


「いや、そんなに難しい問題なのそれっ?」


「だって、どれも美味しいから、

いっつも買うの悩んじゃうんだもん……」


「あー、うんうん!

ののちゃんはよく分かってる!」


「でも、どれも食べたくて困っちゃうって時は、

最終奥義があるから安心してよ」


「却下」


「ちょっとー!

まだ何も言ってないんですけどー!」


「いや、今僕を見る目が

明らかに¥マークになってた」


「それに、今日はこの後に用事があるんだ。

コンビニ行くなら二人でね」


「ちぇー。晶におこってもらう予定だったのに」


やっぱりたかる気

満々だったんじゃないか……。


「じゃあいいですよーだ。

ののちゃん、こんな奴置いて二人で行こっ」


「あ、うん。

ありがとうね、笹山くん。ばいばいっ」


「うん、ばいばい。

二人とも気を付けてね」


手を振って二人を見送る。


……さて。話している間に、

教室には誰もいなくなった。


時計に目を向ける――指定された時刻の十分前。


そろそろ、いい時間だろう。





数時間前に来たはずの場所がすっかり変わっていて、

ちょっと驚いた。


昼間は解放的に感じたはずなのに、

今は影の吹き溜まりのような印象を受ける。


校舎から丸見えの場所と思っていたけれど、

案外、話をするだけならいいところなのかもしれない。


「誰が来るのかな……」


鬼塚か、片山って生徒か、

アーチェリーの仮面か。


生徒はまだ残っているけれど、朝の経験を踏まえて、

荒事になった場合も想定しておかないと。


まあ、今回は屋上でもないし、

逃げ一択で問題はないはずだ。


念のため、狙撃にだけ注意しつつ、

中庭の中央へと歩を進める。


と、それを待っていたかのように、

誰かが物陰からスッと出てきた。


途端に、どくりと心臓が高鳴るのが分かった。


「佐倉さん……」


予想もしていなかった姿が、

そこにあった。


まさか、あの手紙を書いたのは、

佐倉さんだったのか?


「あの……僕、ここで待ち合わせしてるんだけれど、

佐倉さんは、他に誰か見なかった?」


佐倉さんが首を横に振る。


それから、酷く人間味の薄い声で、


「私があなたを呼び出したの」


独り言のようにそう呟いた。


……カァカァと、

どこかでカラスが鳴いている。


遠くから踏切の警報が聞こえてくる。


時はきちんと流れているっていうのに、

どうしてか上手く言葉が出ない。


まさかという想像――それを口にした瞬間、

事実として確定してしまいそうで怖くて聞けず。


でも、頭が考えるのは止められない。


まさか……

佐倉さんがABYSSなのか?


「手紙……見たでしょ?」


「……ええと、下駄箱の?

『人殺し』って書いてあったやつだよね?」


佐倉さんの迷いのない頷き。


少なくとも、

勘違いじゃないっていうことか。


「だとしたら、意味が分からないんだけれど。

どうして佐倉さんは、あんなのを僕に出したの?」


「あなたと、

決着を付けたいと思ったから」


決着……?


「もう、野放しにしたくないの。

晶ちゃんの顔をしたあなたを」


「……ええと」


ちょっと待て。

落ち着いて考えろ。


『ABYSSの存在を知ってしまった人間』じゃなく、

『笹山晶の顔をした僕』を野放しにできないだって?


それは、ABYSSの言い分じゃない。


ということは、佐倉さんが僕を呼び出したのは、

ABYSSとは全く関係がないのか?


……というか、よくよく考えれば、

あの佐倉さんが人殺しだなんて馬鹿げてる。


それは僕の中で絶対に揺るがない、

全存在を賭けても構わないくらい確かなことだ。


佐倉さんはABYSSじゃない。


それを確認できたのは、

とても喜ばしいことなんだけれど――


「僕と決着って……野放しにできないっていうのは、

どういうことなの?」


「もしかして、例の手紙にあった人殺しとかいう話?

何でそんなこと思ったの?」


「……だって、殺してたじゃない」


殺してた?


僕が、人を殺していただって?


「二年前の、二月二十日。

覚えてないの?」


佐倉さんは、少しだけ俯いて――


一足早い冬がそこにあるかのように、

小さく身震いした。


「あの日は凄く寒い日で、

いっぱい雪が降っていて、真っ白に積もってたでしょ」


「それから……前の日は私立の受験の日で、

結果は色々とみたいだけど、みんな浮かれてて」


ああ……そうか。

思い出した。


佐倉さんと仲良くできた、最後の月だ。


「その日、私は呼び出されてたの。

覚えてる? あの、体育倉庫の前」


「相手は、同じ学年の男の子。

話したことはほとんどなくて……顔を知ってたくらい」


「でも、好きです、

どんな返事でもいいから来て下さい、って……」


……そんなことがあったのか。

全然、知らなかった。


「だから、私は断ろうって思って、

ずっとその言葉を探してた」


「できるだけ傷つけないようにって、

倉庫の前に行きながら考えてたの」


「それで、やっと何て言おうか決めた頃に、

ちょうど待ち合わせてた場所に着いたの」


「……でもね、そこにいたのは、

ラブレターを書いてくれた彼じゃなかった」


襟元をきつく握り締めた佐倉さんが、

キッと顔を上げる。


「あなたがいたの。

血溜りの中で、私のことをじっと見つめていたあなたが」


「僕が……血溜まりの中にいた?」


「どうして、知らない振りをするの?

今さらとぼけないでよ」


「私、ちゃんと全部知ってるんだからっ」


佐倉さんの血走った目が、涙の滲んだ瞳が、

僕を咎めるように見つめてくる。


……とりあえず、理解はできた。


どうして僕を遠ざけるのかと思っていたけれど、

佐倉さんの中ではそうなっていたのか。


それなら、嫌われるどころか、

怯えられるのも当然なのかもしれない。


けれど……その当然も、

前提が正しければの話だ。


僕が人を殺して血溜まりに立っていたっていうのが、

そもそも間違ってる。


というか、何だよそれ……。


暗殺者として不良品であるこの僕には、

人殺しなんてできるわけがないのに。


でも――


佐倉さんは、鬼気迫るような真剣な表情で、

こちらの反応を伺うようにずっと押し黙っていた。


覚悟したかのように唇を噛み締め、

手足には震え。


……彼女からすればきっと、殺人犯に対して、

一対一で罪を告発しているようなものなんだろう。


恐らく、これ以前に僕と接触してきた時も、

気が気じゃなかったはずだ。


そういった背景が分かっただけでも、

このやり取りに意味があることは間違いない。


ただ、この虚構の目撃者に対して、

僕はどういった対応を取るべきだろうか。


そういえば……。


「……佐倉さんは、

僕が晶じゃないって言ってたよね」


首を縦に振る佐倉さん。


「確かに、僕は違う。

少なくとも、佐倉さんの知ってる晶じゃないとは思う」


……とりあえず、聖先輩にもらった助言の通り、

否定しないで話してみよう。


温子さんとの約束は破ることになるけれど、

この状況で何も言わずに引くのはあり得ない。


もし、墓穴を掘ってしまったら、

その時は温子さんに土下座だな……。


とにかく、僕が今すべきことは肯定。

絶対に否定はしない。


「じゃあ、あなたは誰なの?」


「僕は……御堂だよ。御堂晶」


……まさか、

前の苗字をまた名乗る時が来るとは。


世の中は本当、

何があるか分からない。


「あなたは何で、晶ちゃんの姿をしてるの?

前の晶ちゃんはどうしたの?」


……否定をしないのは当然として、

どう説明するべきか。


「僕は、ちょっと事情があって、

晶と入れ替わってるんだ」


「前の晶は……

ちょっと遠い場所にいる感じで」


「やっぱり……!」


やっぱり?


「絶対、晶ちゃんじゃないって……

晶ちゃんが私にあんなことするはずないって思ってた」


襟元をきつく握り締めながら、

蒼い顔で呟く佐倉さん。


……僕が佐倉さんに

何かしたことになってるのか?


でも、あんなに怯えられるだなんて、

一体どんなことを……。


「あの、佐倉さん――」


「私の質問にだけ答えて!」


何をしたのか聞こうとした矢先に、

大きな声が飛んできた。


……従うしかないか。


「分かったから、大きな声は出さないで。

興奮すると、心臓に悪いと思うし」


「そんなの……分かってる……からッ!」


『気遣う振りはやめろ』とでも言いたげに叫んで、

佐倉さんがぜぇぜぇと酸素を貪る。


……大丈夫なんだろうか?

風邪だって話だったけれど。


ただ、体調の悪そうな外見とは裏腹に、

あまり弱っている感じがしない。


本当に風邪なのか?


「それより……次の質問。

どうして、あの時、人を殺したの?」


「ええと……二年前の話?」


「そう。どうして、三人も……」


「……」


殺してない、と言いたい気持ちを抑えながら、

うな垂れる佐倉さんを見据える。


いつの日か、佐倉さんが正気に戻った時に、

分かってもらえることを信じて。


「僕は……確かに三人を殺したよ」


「それは、君を守るためには仕方のないことだったんだ。

佐倉さんに危害を加えるつもりはなかった」


「私を、守る?」


頷きを返しつつ、

稼いだ時間で守るに至った理由を捏造する。


佐倉さんが呼び出された状況と、

その場にいただろう三人を殺した理由――


「……彼らは佐倉さんを呼び出して、

いかがわしいことをしようとしてたんだ」


「それを事前に知って、止めたんだよ。

結果的には、つい、やり過ぎてしまったけれど」


「……そんなの、信じられない」


「本当だよ。

三人の男は、ラブレターを使って君を――」



……なんだ? 耳鳴り?

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