abyss調査1





「問題児?」


「うん、問題児。心当たりない?」


一時限目の休み時間――


諸事情によって教室から逃げ出した後、

龍一に誘われた屋上で、懸案を切り出してみた。


「そんなん聞いてどうするん?」


「んー、今ちょっと生徒会で、

防犯に力を入れようって話になっててさ」


「僕にできることはーって思ったら、

問題児を警戒しておくことかなって」


もちろんそれは建前。

本音は、ABYSS候補の情報を得ることだ。


「まあええけど、

何で俺に聞いてくるん?」


「だって、じゃの道はへびって言うだろ。

問題児のことは問題児に聞くのが一番かなって」


「余所の学園なら有名どころは知っとるけど、

細かいやつは全然知らへんし」


「ああ、うちの学園だけでいいよ。

うちの学園で暴力沙汰とか起こしそうな人」


アーチェリーのABYSSは余所の制服だったけれど、

さすがに女の子で有名ってことはないと思うし。


それよりも、うちの制服を着ていた

男のABYSSのほうが情報は得やすいはずだ。


「何やー、それをはよ言うてや。

こんなガリ勉学園やったら余裕やん」


「お、ホントに?」


「おお。暴力言うたら、

何も考えんでも出てくんのが鬼塚耕平やな」


鬼塚耕平……?


「三年の男子やねんけど、

晶は聞いたことないんか?」


「結構有名な人なの?」


「まー、なかなかエグいことやっとるからな。

名前の通りっちゅーか」


「気に食わないヤツは皆殺しみたいな?

敵認定されたら悲惨やでー」


「俺と同じくらい身長タッパあるし、ガタイもええから、

一度暴れ出すともう手ぇ付けられへん」


龍一と同じくらいの体格か……。


ちょうどあの

男のABYSSと同じくらいだな。


「いやいや晶、

そこはまだ引くとこちゃうて」


僕の顔の前で、龍一が手を横に振る。


別に引いてたわけじゃないけど、

まあそう思ってもらったほうが都合はいいか。


「引くとこじゃないって、

暴れる以外に何かやってるの?」


「いや、やっとることは暴れる一本やけどな。

そのやり方がえげつなくてなー」


「五月頃、女のセンセが転任したことあったやろ?

覚えてるか?」


「ああ、もちろん。

ちょっとヒステリックなおばさんだったしね」


「って、まさかそれを……?」


「鬼塚がやった」


「しつこく注意してたセンセにブチ切れて、ボコボコや。

歯も何本か折った言うてたかな」


はぁ!? 歯を折った?

女の先生だぞっ?


なんだよ、それ――


「それ、表沙汰にならなかったの……!?」


「センセが鬼塚に死ぬほど怯えとったのをええことに、

転任と金を餌に、上手いこと握りつぶしたらしい」


「学園っちゅうんは、何かと表に出たない組織やからな。

もちろん、鬼塚は停学食ろたけど」


「いや……停学とか、

そういう問題じゃないだろ……」


「俺に言われたってなぁ。

鬼塚はそういう恐ろしーヤツやねんって話よ」


「俺もまぁ、そこそこにはええことしてへんけど、

アイツと違って女子供までグーでは殴れへんし」


「……最低だね」


そんなのが、僕らと同じ学園にいたのか。

今まで全然気付かなかった。


「ま、鬼塚についてはそんなトコやな」


「生徒会でどうこうするにしても、

あんまり手ぇ出さんようにしといたほうがええで」


「覚えておくよ。あとは誰かいる?」


「そやなぁ……俺とかどうや?」


……はい?


「だから、俺やって! おれおれ!」


「えーと、聞いてるのは頭のやばそうな人じゃないよ?

素行のやばそうな人だよ?」


「おま……何てことを……」


「えー、だって龍一って非行はしないっていうか、

あんまり他人に迷惑かけるタイプじゃないし」


「いやいや、俺やったるよ?

どぎついこと一杯やったるよ?」


「はいはい。そうだね」


龍一はそんな悪いことするタイプじゃないって、

今までの付き合いで十分に分かってるから。


ただ……鬼塚耕平か。


昨日のABYSSと同じくらいの体格みたいだし、

きちんと調べてみる価値はありそうだな。





いつも通り、三人でお昼を食べ終えた後、

爽と一緒に黒塚さんに会いに行く流れになった。


「ちなみに爽ってさ、

黒塚さんとどれくらい親しいの?」


「え? そりゃもうマブダチって感じよ」


「ふーん……じゃあさ、

黒塚さんは普段、爽にどんな話を振ってくるの?」


「んー、『いつ帰るの?』とか

『私と話してて楽しい?』とかかなー」


さもハートフルな

コミュニケーションのように語る爽。


知らぬが仏か……。


まあ、怪しい人物でもあるし、

深入りしないっていう意味ではいいのかもしれない。


「じゃあ、黒塚さんってどんな人?」


「すっげー美人さん!

学園全体でも、間違いなく五本指には入るね!」


「あー……外見は僕も見たことあるから、

どんな性格なのかとか教えて欲しいんだけれど」


「性格……クールビューティー?」


ああ、それっぽい。


「あと、何かいっつも本を読んでるし、

頭よさそうな感じ」


「ふーん……そういうのも含めて、

図書室の魔女って呼ばれてるのかな」


「かもねー。

さっすがあたしの魔女子さんだよね!」


「……ところでさ。その魔女子さんって呼び方、

黒塚さんは嫌がってないの?」


「え、何で?」


本気で何も分かっていないかのように、

爽が首を傾げる。


いや、普通ならそれ、

いじめに感じるレベルの呼び方だからね?





図書室に来てみると、

黒塚幽はすぐに見つかった。


特に探す必要もない。


図書室の隅にある、他に誰も人のいない机が、

彼女の座っている場所だからだ。


……そういえば、彼女がABYSSなら、

殺せるかどうかの“判定”で分かるんじゃないか?


昨日接触した二人の様子からすると、

一般人との違いは瞭然だし。


どれ……。



……いまいち微妙なラインだな。


一般人以上ではあるけれど、

スポーツをやってる人ならこれくらいはありそう。


昨日以前は“判定”なんて全くしてなかったし、

感覚も鈍くなってるのかもしれない。


臨戦態勢に入ってれば、

多分きちんと分かるんだろうけれど……。


「晶、行くんでしょ?

何で目つぶってんの?」


「ああ、ごめんごめん」


“判定”での選別は諦めるか。


実際に会って話してみて、それで判断だ。


「まっじょーこさーん!」


爽が人目も憚らず、

手を振りながら大きな声を投げる。


と、図書室の魔女は面倒そうに顔を上げ――


「……あら」


――僕の姿を見るなり、

冷たい笑みを浮かべた。


「黒塚幽さんだよね?

初めまして。生徒会の笹山です」


「ちょっと聞きたいことがあるんだけれど、

今って時間もらっても大丈夫かな?」


「……嫌だって言ったらどうする?」


「まあそう言わずに、ちょっとだけ。ねっ?」


用事があるならともかく、暇そうなこの様子なら、

はいそーですかと帰るわけにはいかない。


まずは真ヶ瀬先輩にお願いされた、

黒塚さんが男子生徒を突き落とした件の調査からだ。


「黒塚さんって、

一年の男子生徒に知り合いはいる?」


聞いてみるも――反応はなし。


そもそも聞こえていないかのように、

本に目を落としたまま、僕をチラリとも見てくれない。


……これは、生半可な質問じゃ何も響きそうにないな。

もっと直接行かないと。


「じゃあ、高いところから

何かを落としたことはある?」


爽が聞いているから、直接的には言えないけれど、

当事者なら何を言っているかは分かるだろう。


「ねえ、どうかな?」


黒塚さんが顔を上げる――

何食わぬ顔で僕を見てくる。


「それを私に聞いてどうするの?」


「ちょっと、

生徒会の用事で調べ物をしててね」


「ふん……何のことだか分からないわね」


表情/声音/細かな仕草――共に変化なし。


さっきより反応はあったけれど、

真偽の判断は付かないな。


じゃあ、次は僕が

事実として把握していることを。


「昨日の朝、屋上にいなかった?」


「さあ? そうだったかしら?」


「何を見てたの?」


「さあ……」


掴み所のない、曖昧に濁した返事。


……どうする?

これ以上踏み込むべきか?


リスクはある。


理由は不明だけれど――現状、

黒塚さんが僕を悪意に近い形で意識しているのは明白だ。


そんな人に踏み込んだ話をすれば、

今後はもっと行動が過激化するかもしれない。


彼女がABYSSだとしたら、

事態はもっと深刻だ。


場合によっては、昨夜の闖入者として、

僕が明確に意識されることもあり得るだろう。


ABYSSのメンバーを特定できていない今、

そういうリスクのある行動は避けたい。


ただ、際どい部分に踏み込まなければ、

この魔女の仮面を崩すのは難しいのも事実であるわけで。


引くか、進むか――


「黒塚さんってさ、

今朝、生徒会室の傍にいたよね?」


ままよ、という思いで踏み込む。


「あれって何をしてたのかな?」


「……生徒の校内徘徊は禁止されているの?」


「いや、まさか。黒塚さんが僕を見ていたから、

何かなと思っただけ」


……僕は既に顔を見られている。

少なくとも、二人のABYSSに。


連中が本気になれば、僕に簡単に行き着く以上、

必要なのは巧遅より拙速だと判断した。


さあ――どう答える?


「ふぅん……随分と自意識過剰なのね。

気持ち悪い」


「テレビのアイドルのカメラ目線でも、

目が合ったって言い張りそう」


「あのね……」


「だって、私はあなたと目が合った覚えなんてないもの。

見ていたなんて分かるわけないでしょう?」


……む。


鋭い指摘に、思わず言葉に詰まる。


この子が僕を観察していたのは確かだけれど、

その証明には、暗殺者としての僕の開示が必須となる。


けれどそれは、

さすがにリスクが高すぎだ。


『かまをかけようとしてハッタリを言った』という

言い訳のできる今が、後戻りできる最後のラインだろう。


ここが退き際で間違いない。


「……ごめん。よく考えてみたら、

僕の勘違いだったみたいだ」


「構わないわよ、勘違いは誰にでもあるもの。

私だってそう。例えば――」


「昨日の夜に

あなたが何かしていたんじゃないか……とかね?」


「……!」


一気に、体の血の気が引いた気がした。


僕が“昨日の夜にしていたこと”――

それは、惨劇の夜を荒らしたことに他ならない。


そして……それを知っているのは、

当事者以外にあり得ない。


「どうしたの?

……怖い顔してるわよ?」


黒塚さんの嘲るような瞳/氷の微笑――

浮かぶ“魔女”という言葉。


その、あまりのらしさに、

固まりかけていた頭が逆に少しだけ溶けた。


……さすがにちょっと、

その魔女の振る舞いはやりすぎだ。


思わせぶりなことを言ってみて、

僕の反応を窺っているだけの愉快犯に見える。


もちろん、本当にABYSSである可能性も

十分にあるけれど――まだ決定的じゃない。


「……何よ、いきなり笑って?」


「いや……ごめん」


そうだ。もう少し落ち着こう。


「てっきり黒塚さんが、僕の部屋の

エロ本の場所を知ってるのかと思って焦っちゃった」


「……そんなの知ってるわけないでしょう。

バカじゃないの?」


茶化されたのが気に食わないのか、

黒塚さんが眉間に大きな皺を作る。


けれど、その一方で、

そういう話題を待ってる人間もいるわけで。


「なになに、エロ本の話?

あたしの出番が来ちゃった感じ?」


「爽はホント、

こういう話になると元気になるね……」


ただ、今はそれがありがたい。


色々と聞きたいことはあったけれど、

まだ動揺も残っているし、今日はこれで撤収だ。


「まあ、後は二人でどうぞ。

僕も話したいことは大体話したしね」


「ん? さっきの

わけ分かんない話でいいの?」


「まあ、今日のところは挨拶が目的だったから。

そんなに内容には拘ってないよ」


「というわけで、黒塚さん。

また来ると思うけれど、その時はよろしくね」


「……残念ね」


不愉快そうに鼻を鳴らす黒塚さんに、

目礼を返して背を向ける。


そうして図書室を後にしようと思ったところで、


「最後に、魔女と呼ばれている私が、

あなたに予言をしてあげるわ」


そんな言葉で呼び止められた。


「予言……?」


「ええ、予言」


黒塚さんが立ち上がる――

僕のほうへと歩いてくる。


何をされるのかと身構えていると、

黒塚さんは耳のすぐ傍にまで顔を近づけきた。


鼻先に届くシャンプーの匂い/

頬をくすぐる絹のような髪/耳朶に触れる静かな吐息。


その雑多なノイズの向こうから、


「あなたはそう遠くないうちに殺されるわ……」


背筋の凍るような、澄んだ声が届いた。


「……それ、は、」


聞き返すものの、魔女は何も答えない。


ただ、僕の心を透かすように目を細めて、

微笑を浮かべるのみ。


その姿は、彼女が持ち合わせている

整った顔立ちと合わせて――


本物の、魔女に見えた。

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