旧友と級友と1

温子さんと別れてから教室へ。


その途中、那美ちゃん――佐倉さんと、

ばったり出会った。


「あっ……」


「お、おはよう……佐倉さん」


出会ってしまった以上は無視するわけにもいかず、

ごくありふれた朝の挨拶をする。


けれど、それをきちんと言い切る前に、

佐倉さんは顔を俯け、視線を横へ逸らした。


分かりきっていたけれど、

やっぱり拒絶されるか……。


どうして、

こんな関係になったんだろう?


佐倉さんが豹変したのは本当に突然だ。


まるで中身が入れ替わったみたいに、

僕を/他の人を寄せ付けなくなった。


幾ら理由を聞いても、

佐倉さんは逃げるばかりで何も分からない。


それでも無理に近づこうものなら、

躊躇なく人を呼ばれた。


おかげで、今では僕も、

佐倉さんに深入りしないことを覚えてしまった。


周りもみんな同じ。腫れ物に触るのではなく、

そもそも触れないように扱う。


本人がそれを望んでいるのだから、

周りの人間はその望みを叶えてあげるしかない。


だから――拒絶した彼女じゃなく、

それを分かっていて挨拶をした僕が悪い。


分かってる。


なのに――


どうしてか今日は、

もう一度声をかけてみたくなった。


ほとんど内容を覚えていないけれど、

今朝の夢に、懐かしい匂いを感じたからかもしれない。


白鳥みたいに華やかだったいつかの彼女に、

また会ってみたくなった。


「あの……佐倉さん」


彼女の体がびくりと跳ねる。


いつものように襟元に手を当て、

僕との距離を作るように胸の前で手を構える。


怯えられているのが嫌でも分かる。


それでも、

せめて挨拶だけでもちゃんとしたい。


そうすれば何か変わってくれるんじゃないか、

なんて淡い期待を抱いて、頭を前に傾ける。


けれど、最初からそんなのは、

僕の願望でしかなくて――


「……ごめんなさいっ」


僕が『おはよう』と言う前に、

佐倉さんは教室へと走って逃げていってしまった。


「佐倉さん……」


昔の明るかった佐倉さんは、

一体どこに行ってしまったんだろうか――





佐倉さんの後を追って教室へ戻る気にもなれず、

時間を潰すために適当に歩く。


もっとも、こんなことをしたところで、

どうせ後で顔を合わせることになるんだけれど。


「……やっぱり、

目の前で逃げられるのは辛いよなぁ」


溜め息で曇る窓から、

ぼやけた景色に独りごちる。


と――その窓の外に、

ぼやけてようと分かる見慣れた顔を見つけた。


爽のやつ、何やってるんだ……?





「こんなところで何やってんの?」


「お、晶。おいすー!」


「はい、おはよう」


「えー、何その普通の挨拶?

もっとテンション上げてくんなきゃ」


「いや、そんな朝からテンション高くできないし」


……言っておいて、自己嫌悪。


単純に佐倉さんの件で落ち込んでるのに、

変に繕って嘘をついてしまった。


ああもう、何だかなぁ……。


「よし! じゃあ、

あたしが晶を元気もりもりにしたげる!」


「え? いや別にいいんだけれど」


「遠慮なんてする必要ないし!

ほら、こっちこっち!」


「……んもー、何なのさ?」


面倒臭いと思いつつも、

手招きに呼ばれるまま、爽のもとへ歩み寄る。


「はい、ここ座って」


「はいはい……」


「そこから右を向いて、

窓から階段のほうに目を移してごらん?」


階段のほう?



「――ブッ!?」


「見えた? どう、見えたっしょ?

凄くないこの場所?」


「何考えてんだよ、爽!」


同性のパンツ見て喜ぶ女の子とか、

全くわけが分からない!


「なにさー、常識人ぶっちゃって。

晶だってパンツ見たら嬉しいっしょ?」


「嬉しいけど、覗きは犯罪だからね?」


「じゃあ、覗きじゃなきゃいいわけ?

あ、ああ、あたしのパンツ見る!?」


「顔真っ赤にしてまでそういうこと言わない!」


もう……ホント頭が痛くなってくる。


というより、我が校の不名誉ある“三大変人”の一人を、

そもそも理解しようとするほうが無理なのか。


「……爽を見てると、

大抵の悩みがばからしくなってくるよ」


「お、いいね! いい傾向だよ!

さすがパンツパワー!」


「あのね……」


「おー、なんや?

朝からみんなおさかんやなー」


呼びかけられて顔を向けた先には、

この時間には珍しい姿があった。


「お、龍一! おいすー!」


「おいすー。

って、男のほうは晶やったんか。めずらしー」


「僕からすると、

龍一がこの時間に来てるほうが珍しいんだけれど」


「いやー、最近いやらし成分に飢えててな。

ちょっくら目の保養しよかなーて思ったんよ」


「全くもう、どいつもこいつも……」


「ちゅーか、俺は晶がいるほうが意外や思うけどな。

晶むっつりやし、一緒に覗きとか絶対せーへんやろ?」


「僕は爽を見かけてここに来ただけだよ。

あと、僕がどうであれ覗きは犯罪だからね?」


「大丈夫だってば。

見つかんないように、毎回場所は変えてるから」


ってことは、

校内にこういう場所が幾つもあるのか……。


学園の設計者は、

一体、何を意図してこんな校舎を作ったんだ?


「ねーねー、それよりさ。

龍一のそれ、なに?」


龍一の肩にぶら下がっていた包みを弄りだす爽。


「ん? あー……これな、木刀やねん」


「何でそんなもの持って来てるのさ?」


「いやー、最近物騒やん?

切り裂きジャックゆーやつまでおるみたいやし」


「せやから、俺も木刀の一つや二つ、

持っとかなあかんかな思てな」


「おー、さすが龍一!

正々堂々、剣道で勝負すんだね!」


「こっちは木刀持ってるのに、正々堂々……」


「いやいや、違うよ晶。

相手も武器持ち」


「え、そうなの?」


「そそ。ジャックの武器は日本刀なんだって。

峰打ちして歩いてるって噂」


「……それ、切り裂いてなくない?

切り裂きジャックなのにさ」


「正義の味方だからじゃないの?

よく分かんないけど」


……確かに、変なことやってる人間なんだから、

理解しようとすること自体無理なんだろうな。


爽とか真ヶ瀬先輩を見てればよく分かる。


「……まあ何にしても、対抗しなくていいから、

危ない目に遭ったら逃げようよ」


「うーん、さすが心の友!

心配してくれるなんて優しいなー!」


「でしょー?

あたしの晶、さすがだと思わない?」


「僕、爽のものになった覚えないんだけれど」


「別に誰のもんでも構わんから、

優しい晶さん、ジュースおごってくれんかなー?」


「あ、あたしもあたしも!

ペットボトルでもいい? もちろん1.5リットル」


……言葉が出ないとはこのことか。


思うことは二つ。


一つは、うちのクラスに

問題児集まりすぎということ。


そして、二つ目。

こちらは心の底から。


温子さんがいてよかった。





それから、二人のジュース買って攻撃を適当に躱しつつ、

何とか教室へ逃げ帰ったところで――温子さんが爆発。


龍一は、オイラーの等式ばりの明快かつ美しい論理の前に、

ほとんど為す術なく木刀を没収。


爽はというと、黒板の落書きの件を諸々の悪行と含めて、

胸焼けを起こすラーメン並みにこってりと絞られたのだった。

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