ゲーム開始1

ゲーム開始の宣言の後、

少女は半ば追い出されるようにして教室を後にした。


打ちのめされた表情は夜の闇に陰り、

まぶたは泣き明かしたように赤く腫れている。


しかし、ゲームは夜明けまで。


自分と弟、両方の命がかかっている以上、

休んでいる暇はない。


折れたがっている心を使命感で締め上げて、

どうにか顔を上げる。


と――


「ひっ!?」


いつの間にか彼女の前に、

部長の言っていた同行者と思わしき怪人が立っていた。


白い仮面に黒いマント。


ABYSSのメンバーには格好も規則があるのか、

その出で立ちは部長とほぼ同じだ。


ただ、外套の下から覗く男物の制服とその体格、

そして仮面の模様だけが、部長とは異なっていた。


「お前が今回の生け贄か」


同行者――鬼塚が、少女に声をかける。


先程の部長と同じ機械音声/違う太い声。

少女を見下ろす高い上背。


広い肩は黒い外套をすらりと下ろし、

その下のぶ厚い胸板や引き締まった体を闇で覆っていた。


堂々たる体躯は男そのものであり、

少女の身体に先程までとは違う緊張が走る。


「……おい、今回の生け贄なのかって

聞いてんだよ」


「あ、ええと……はい……」


「でっ、でもっ!

私、生け贄なんかになるつもり、ありませんからっ」


弱気を見せれば踏み込まれると思い、

少女が声を震わせながらも、キッと仮面を睨み付ける。


そんな彼女の決意とは対照的に、

黙したまま、少女を上から下まで眺める鬼塚。


「な……何ですか?

人のこと、じろじろ見ないで下さい」


「……ふん。

嫌ならさっさと行けよ面倒臭ぇ」


「行けよ……って、

どこに行けばいいんですか?」


「あ? 何だそりゃ?」


「何って……チェックポイントの場所は、

同行者に聞けって部長に言われて……」


説明してもらえるんですよねと怖々訊ねると、

鬼塚は舌打ちして頭をがりがりと掻いた。


「ったく、しょうがねぇなぁ……。

分かったから、ちょっとそこに立ってろ」


「ちょっとって……何するんですか?」


怯える視線の先にあるのは、

機械の瞳――ハンディカム。


既にカメラを回しているらしく、

撮影中と思しき赤いランプが点灯している。


「見れば分かんだろ。撮影だよ撮影。

しっかり撮っとかねぇと、後で部長に怒られんだよ」


そういえば――と、先の説明の中で

“撮影役”という単語が出て来たことを思い出す。


「あの……どうして私を撮るんですか?」


「どうせ死ぬのに、知る意味ねぇだろ」


「っ……だとしても、

勝手に撮られてたら集中できないです」


「うっせぇな……記録だよ記録。

お前がどうやって死ぬか撮っとくんだよ」


「どうやって死ぬかって……まさか、

私が殺される時も撮影してるつもりなんですか!?」


問われるまでもないと言わんばかりの、

鬼塚の気怠げな首肯。


それを前にして、

少女の顔が青くなった。


死の瞬間すらも記録され続ける――

一体、どんな思いをするんだろうか。


目の前の男は、その顔に笑みを浮かべながら、

少女の死にカメラを回し続けるのだろうか。


「そんなことして、

何の役に立つんですか……?」


「変態どもの道楽だな」


「……は?」


「死ぬ瞬間ってのを見たがる人間は、

結構いるんだよ」


「それにお前は女だ。顔もなかなか悪くないし、

男の部員に見つかれば陵辱される」


陵辱という聞き慣れない言葉に、

首を傾げる少女。


その無知を嘲るかのように、

鬼塚が大仰に溜め息をつく。


「力尽くで犯されるってことだよ。

多分、最終的には寄ってたかってな」


「な――」


ぞっとした。

思わず体をぎゅっと抱きしめた。


おにづかから一歩後退り、

その視線から隠れるように顔を横に向けた。


「……おいおい、

んなことも予想してなかったのか?」


「だって……そんな……」


「何でもアリな場所で、どうせ殺す女だぞ?

せっかくなら使わねぇと損じゃねぇか」


まるで、賞味期限が切れ廃棄予定となった

お弁当に対する物言い。


それで少女は、恐らくABYSSの全員が、

少女を人間扱いするつもりがないのだと確信した。


そして――その考えに至ったら、

今度は無性に腹が立ってきた。


こんなやつらに好き勝手させてやるもんかと、

奥歯を噛み締めて鬼塚に正対する。


「……おお、いい顔だな」


「嬉しくありません」


「強気な女がめちゃくちゃにされるのは、

変態どもに人気なんだよ」


「ほとんどのやつは、

逃げ惑って泣き叫ぶばっかりだからな」


「……最低のクズですね」


「いいな、その調子で死ぬまでよろしく頼むぜ。

タカツキリョウコさんよ」


「っ……あなた一応、

私のサポート役じゃないんですかっ?」


殺されることを前提に話している男に、

少女の怒りが噴き出す。


「サポート役なのに、

逆に私を追い詰めてるじゃないですか」


「それじゃ、クリアできない……

もっと協力してくれないと困ります!」


「あ? 協力してんだろうが」


「どこがっ?」


「殺してねぇだろ、お前を」


カメラを回しながら、

とんでもない言葉をさらりと口にする鬼塚。


それに、少女が絶句する

/さらに一歩後退る。


「他の役割なら、とっくにブッ殺してる。

お前が死んでない時点で、サポートしてんだよ」


「それに文句があるっつうなら言ってくれ。

そのほうが面倒臭くなくていい」


「……文句ないです」


少女が消えそうな声で呟く。


部長と比べて、

鬼塚は話の通じる相手だと思っていた。


それだけに、ルールで縛られた敵でしかない彼の態度は、

少女を大きく落胆させた。


やはりABYSSは、外面が似通っているだけでなく、

中身も皆同じ人殺しなのだ。


「んじゃ、今後の説明だ。

面倒臭ぇから一発で覚えろ」


了承と兼ねて複雑な気持ちを飲み下すべく、

少女が首を縦に傾ける。


「説明受けてねぇこと前提に話しとくぞ。

まず、この校舎には他のABYSSはいねぇ」


「ABYSSは……いない?」


「そうだ。だから長生きしたけりゃここにいろ。

そうすりゃ少なくとも朝までは生き延びられる」


「死んでもいいから生きて帰りたいっつうなら、

勝利条件を満たすために動け」


「……もちろん、生きて帰ります」


「それなら、まずはこの校舎に二つある

チェックポイントを回ることになる」


「チェックポイントを……ですか?」


そうだ、という鬼塚の首肯。


「私は人質を助ける勝利条件を狙ってるんですけど、

チェックポイントを回る意味はあるんですか?」


「それとも、どんな条件でもクリアさえすれば、

人質って解放されるんですか?」


「さぁな。クリアしたヤツを知らねぇから、

そこは部長次第だ」


「……じゃあ、やっぱり私、人質の救出を狙います。

チェックポイントには寄りません」


制限時間は夜明けまで。


見知らぬ学園でも、校舎を踏破するだけならすぐだが、

ABYSSから隠れながらでは相当時間もかかるだろう。


少しでも勝率を上げたい少女にとっては、

チェックポイントに寄り道している時間さえ惜しかった。


「それより、

人質のいる場所はどこなんですか?」


「……部長のいる場所だろうな。

ただ、それまで教えるのはルール違反だ」


「どうしてですか? チェックポイントの場所と、

大差ないと思うんですけど」


ここまで来たら全部教えてよと、

少女が暗に訴える。


しかし、その問いかけに対し、

鬼塚は首を横に振った。


「俺が教えるチェックポイントは、

この校舎にある二つまでだ」


「何で二つまでなんですか?」


「この校舎には、

ABYSSがいねぇからだよ」


「……そういうことですか」


「ああ。だから、この校舎に関してだけは、

お前に味方をしても問題はねぇ」


「それに、ABYSSがいねぇんだから、

この校舎のチェックポイントは安全に回れるんだ」


「タダで回れる場所に

行かない理由はねぇだろ?」


「でも、別に回る意味は……」


「意味はちゃんとある。とにかく行くぞ?

目的地は図書室だ」


「えっ……って、

何であなたが前を歩くんですか!?」


さっさと歩き始める鬼塚を、

少女は小走りで追いかけた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る