第19話 拷問
熱があるせいか余計に頭がぼーっとする。
先輩の唇も俺の熱が伝わったように熱くて、溶けそうだった。
なんだこれ、気持ちよすぎる。意識がもってかれそうな、そんな感じ。
「…はっ、せ、んぱ…っ」
「あー、やべぇ…」
呼吸が漏れて思わず声を出すと、先輩は嘆息したように頭を抱えた。
俺を熱のこもった目で見つめると困ったように笑った。
その顔が言いようもなくイケメンでさらに優しさを含んでいて胸がきゅんとなった。なんだそれ、どこの乙女だ俺は。
「先輩…その、どうしたんですか…」
「いや、なんていうか…俺は今必死に理性と闘っているんだ…あー、くそ…まじ情けねぇ」
俺をベッドに押し倒したままで先輩はぶつぶつと呟きながら頭を抱えている。俺といえば先程からのキスで頭がお花畑状態なので先輩の言葉は拾っているようで拾えていないのだ。
「せんぱい、俺のことは、大丈夫です。むしろ熱をうつしちゃわないか…その、すみません」
「…いや、そんなことは、いいから。あー、…その、なんだ…すまん」
俺を一度強く抱きしめてから先輩はベッドの脇に座りなおした。先輩にしては何やら奥歯にものが挟まったような言い方をする。なんだろう。
すると先輩は赤くなった顔で俺に向き直り、少しためらいながらも話し始めたのだ。
「お前は、俺のことをわかってないんだ」
「そ、そんなこと…」
「わかってねぇよ、全然」
真剣な表情の先輩に言われて俺は顔に熱が集まる。あー、もう。好きだなあって思ってしまう。
でも先輩に先輩のことを全然わかってないって言われてちょっとショックを受けてる自分もいる。
そりゃあ崇先輩のことを知っているかと言われるとそこまで知らないかもしれない。
日比谷先輩の方がずっと一緒にいる時間は長いだろうし、俺は一緒に過ごした時間は圧倒的に短いからそういわれてしまっては仕方ないなと思う。
「そ、それは…これから知るように努力します!」
告白をしてめでたく、恋人…になるんだろうか。ちょっとまって急に恥ずかしくなってきたんだけど。
俺の精一杯の、渾身のキメ顔でガッツポーズをしてそう言ったのだが恥ずかしさがじわじわと俺を侵食してきた。
先輩はしばらくぽかんとした顔で俺を見つめると、すぐに堪えきれないように噴き出した。
「ははは!やっぱお前は、最高だよ。俺が言った意味わかってないし」
「な、それって褒めてないですよね…くしゅっ!」
先輩に文句も言ってやりたくなったんだけど、くしゃみが止められなかった。俺の空気の読めなさ、なんなんだよ。さっきまでの甘い雰囲気はどこにいったのやら。先輩はあったかい手のひらで俺の頬を撫ぜた。
「すまねえ、お前熱あるんだもんな。やっぱ無理させられねえから今日は帰るわ」
「え…なんで」
「…こんなかわいい顔したお前の前でずっといろだなんて…俺にしたら、その…拷問なんだよ」
「…ごうもん?か、かわいい…?」
「…俺はそこまで人間できてねえし、さっきの言葉だけでも大概やばいってのに。あれ以上したらキスだけで終わる自信ねえから。お前に無理させたくないんだ」
「…はあ?!ちょ、…ええ?!」
「だから、お前は俺のことわかってねえって言ったんだよ…あー、まじ拷問だってこれ。据え膳食わぬはって言葉を俺は今かみしめてっから」
先輩は茶化すという感じではなく照れながらも真顔でそう仰るのだ。俺はキスとかだけでもうだいぶお腹いっぱいというか、大概先輩の色気にあてられているんですけど。
それより先って一体なんなんですかと問いたい気持ちをぐっと堪える。それを聞くと墓穴を掘りそうだということは俺でもなんとなく分かった。
というか、先輩はどうやらこのままだと拷問らしく、帰るらしい。一緒にいてほしいというわがままを貫き通すことはできないみたい。というか俺もこのままだと先輩の色気で熱がどんどん上がりそうだ。
「今日はありがとうございました。そ、その…今度は…一緒にいて、ください」
俺のありったけの想いを伝えると、先輩は目を見開いて頬を撫でていた手を滑らせ、俺の唇を指でなぞり、悪い顔で嗤った。耳元に唇を寄せて、一言俺にささやいたのだ。
「…お前…今度、覚えておけよ?」
「…ひぇ…」
今の色気のある声、腰砕けそうになったんだけど…てか先輩の目、尋常じゃなくぎらついててさっきまで拷問とか言ってた人間と同一人物だとは考えられないなと俺は思ったのだ。
先輩は不穏なひと言を残しつつ、俺の部屋を後にしたのだった。
俺は布団にくるまりながらもしばらくは寝付けなかった。
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