第17話 発熱-2

先輩の姿をインターホン越しに見るだけで体の熱が上昇する気がした。なんだ、これ。

俺やっぱり昨日からなんか熱があったんだろうな。


しかし先輩がわざわざ来ているのに顔も見せないのは失礼だろう。

俺は玄関をゆっくりと開けた。


「せ、先輩。どうして」

「すまん、体調が悪いのは知っていたが、様子を見に来たくて」

「た、大したこと、ないですよ」

「…顔赤いぞ、大丈夫って顔してねえよ」


先輩の真剣な顔でまじまじと見られて、俺は胸がきゅんきゅんするのが分かった。

…いや、おかしいだろ?!この突っ込み何回すれば俺は気が済むんだ。


「せっかく来ていただいたんで…あがって、ください」

「…お、おう…」



このまま立っているのも実はしんどかったので、先輩に自室にあがってもらうことにした。


先輩はどこかそわそわと落ち着かず俺の部屋の隅に腰を下ろした。俺は何かお茶でも、と思ったがベッドに横になれと先輩に諭された。まあ、そうなるよな。そっちの方が俺もありがたい。


「やっぱりすげえ熱だ。すまねえ、ちょっと差し入れだけ持ってきてお前の様子みたら帰るつもりだったから」

「わざわざ、ありがとうございます」

「礼なんていらねえ。俺がしたくてしたことだから。なんかあればすぐに俺を頼れよ」


そうしてそっと額に手を添えて頭を撫でられると俺の鼓動は余計に高まった。なに、この気持ち。

俺は男なのに、先輩の一挙一動にときめいてる。なんなんだよ、もう。

先輩はコンビニで買ってきたのか、風邪薬とスポーツ飲料水、レンジでチンするお粥を袋ごと俺のベッドサイドに置くとその場を立ち去ろうとした。

撫でられた手のひらの体温が逃げていくことがどうしても寂しくて悲しくて。兄ちゃんに5歳児じゃないんだから、と言いたくなったのに、今は5歳児に退行したかのような気持ちになっている。


「たかし、先輩」


行かないでほしい。ここにずっといて?


そう目で訴える。そうして先輩の服の袖を力なく引っ張る。

自分でも何をしているんだと、数日前の俺なら恥ずかしさに火を噴くだろう。

身体が弱っていると人間、心も弱くなるのかもしれない。

恥ずかしさよりも、寂しさの方が勝っているんだろう。俺は熱を出してる病人であるが、この行動は正気だ。


「す、なが」

「先輩、行っちゃ、やです」

「…」


今の俺の素直な気持ちを言葉に出すと、先輩は何かを堪えるように俺を見つめた。

その先輩の切なげな、それでいて色気と情欲をはらんだ瞳も、俺は気づいてないふりをした。

俺、自分の気持ちに気づいてしまったのかもしれない。昨日から俺はおかしいんだ。それはきっと風邪のせいだけじゃないってことなんだ。きゅんきゅんしたり、余計熱が上がる理由も一つの仮説を立てるとすとんと納得できる。


先輩にこいつ馬鹿だろとか、甘ったれ野郎とか思われてもいい。それでも俺は…


「たかし、先輩、俺のそばに、いて?」

「…お、まえ…」


先輩の顔がわずかに紅く染まった気がした。まあ、先輩の表情があまり変わっていないから気がする、程度なんだけれど。

コミュ障で照れ屋な俺にしては精一杯のアピール。俺の家にまで心配だと言ってきてくれた優しい先輩への精一杯の気持ち。

少しくらい甘えたっていいでしょう、ねえ?


「その顔で、それを言うってことは誘ってるって受け取るからな」


切羽詰まったように俺の目をしっかりと視線で捉えながら先輩は言う。

もちろん、答えは決まってるんだ。



「…はい」

「…っ、馬鹿」



そう、俺は馬鹿なんです。今の今まで先輩の優しさとか魅力に気付けなかった俺は。

自分の気持ちにすぐ気づけなくって遠回りした俺。


先輩は舌打ちをし、吐き捨てるように言ったかと思うと、俺のベッドがギシリと揺れた。



「…好きだ、須永」



僕を陥落させる甘い囁きは、先輩からの噛みつくようなキスですぐに溶けたのだった。

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