第3話 誘引

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 残念なことに君はもう助からない。


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 ひとしきり自動ドアで遊んだ後、サーバルちゃんは満足したようで声を弾ませながらボクにその笑顔を向けた。

「あーおもしろかった! それにしてもかばんちゃんは物知りだね! じどーどあなんてわたし知らなかったよ! もしかして、はかせに教えてもらったの!?」

「……ううん、違うよ」

 ボクも自動ドアを見るのは初めてだ。

 加えて博士に教えてもらったわけでもない。

 たまにあるんだ。

 見たことない物の名前や形を既に知っていたり、それをどういう風に使ったらいいのか、感覚でわかることが。

 物によってそれこそまちまちで、一例を挙げると、さばんなちほーのゲートにいた大きいセルリアンの気を引くために作った紙飛行機。ボクは飛行機が空を飛ぶ乗り物で、それを紙で折って作ったものが紙飛行機だということは知っていた。

 反対に、ボクはラッキーさんが説明してくれるまで、バスというものがどんな形をしていてどんな使い方をするのか全く知らなかった。

 この違いは一体何なのだろう。

 この、不明確に色分けされた違いは。

「……」

 ……いや、わざわざ考える問題を増やすこともない。

 今は目の前のことに集中しよう。

 たとえばこの自動ドアについて。

 結構な勢いでサーバルちゃんがぶつかったにも関わらず、ドアの方は無傷ときている。

 ボクはそこに引っかかりを感じた。

 というのも、サーバルちゃんの体当たりは生半可な威力ではないのをボクは知っているから。

 少し前の話になるけど、あるうららかな昼下がり、ボク達はバスから降りて思い思いに休憩していた。木にもたれて座るボクから離れたところにいるサーバルちゃんはチョウチョかあるいはそれはハチだったのかもしれない、遠すぎてわからなかったけど何かしらの宙を舞う生き物を追いかけ回して野原を飛び跳ね、ボクはそんな様子を平和だなーなんて穏やかな気持ちで眺めていた。すると狩猟本能を満たしたらしいサーバルちゃんがピョンピョンするのをやめて、「かばんちゃーん!」とボクの名前を呼びながら今度はこちらに駆け寄ってきた。どうやらボクにそのまま抱きつこうとしているようで、ボクの方も両手を広げて抱きとめる気満々でいたけど、一向に速度を緩めずむしろボクに近づくにつれて加速しているんじゃないかちょっとこれはぶつかったら割と洒落にならないダメージを受けそうだなどという考えが頭をよぎる前にボクは反射的に地面を蹴り右に4回半ローリングして回避行動を取った。その直後、ドォン! という音が大地を震わせ、合わせてメキメキと何かが軋んでいるのを耳で聞きながら詳しい状況を確認しようとしたボクは体制を立て直し音のした方へと顔を向けると今さっきまでボクがもたれかかっていた木が砂埃を撒き散らしながら倒壊したところだった。ボクは顔面から木に飛びかかったポーズのまま痛そうに呻いているサーバルちゃんを見て、ついさっきまで天に向かって静かにそびえ立っていたけど今は地面を慈しむようにして寄り添っているもといただ横たわっているだけの決して小さいとは言えない木を見て、もう一度サーバルちゃんを見た。

 二度見した。

 サーバルちゃんしばらくして起き上がり頭を掻きながら、「ちょっと勢いがつきすぎちゃった!」と笑っていたけど、あれはどう見てもちょっとどころではなくむしろトップスピード出しちゃいましたと言った方が相応しい気がする。

 そんなことがあったので、ボクはサーバルちゃんの一撃を耐え抜いたこの自動ドアに敬意を表さずにはいられない。あとボクもよくサーバルちゃんの突進を避けれたものだと思う。迫り来る命の危機に体が反応して秘められた力が解放でもされたのだろうか。

「……」

 うんまあ、解放云々はいいとして。

 問題はこの自動ドアの強度だ。

 いくら何でも硬すぎやしないか。

 樹木を横倒しにするほどの衝撃を受けたのに。

 あるいはサーバルちゃんが全力ダッシュをしていなかった可能性もあるけど、それにしたって。

「……これは」

 普通よりも頑丈な素材で作られている?

 何のために。

 そもそも、ここは何をする施設なのだろう。

「……ラッキーさんに聞いてみるか」

 情報が不足している。

 パズルのピースがごっそりと欠けているから全体が見えてこない。

 しかし、不足していることにより浮かび上がってくるものもあるはずだ。

 それがたとえ益体のない妄想の産物だとしても。

 それがたとえ客体もない狂騒の怪物だとしても。

「……」

 ボクは手で口元を覆い、黙考した。

 巨大な壁。

 異様に頑丈な自動ドア。

 開かない。

 遮るもの。

 出入りの制限。

 保守。

 安全。

 大切なもの。

 隔離。

 管理。

 逃がさない。

 外に出さない。

――《ノイズ》。

「……あ」

 待てよ。

 あるいはこの建物だからこそなのか?

 だからこそ、こんなある意味必然とも言える――

「かばん、こっちだよ」

 物思いに耽るボクに、建物の中からラッキーさんが呼びかけてきた。ボクとサーバルちゃんが自動ドアの前でうじゃうじゃやっている間に、開きっぱなしになったドアから先に入ったのだろう。

「あ! ボスがもう中にいるよ! わたし達も行こ、かばんちゃん!」

 そんなボクをしげしげと観察していたサーバルちゃんはラッキーさんの方を振り向きながら言った。

「……う、うん!」

 サーバルちゃんがボクの手を引いてきたので、それに従う。正直、この得体の知れない建物に入るのは遠慮したいところだけど、ここでいつまでもじっとしていても仕方ない。

 ちなみに。

 ボクは何かにつけて思考の世界に埋没する癖があるのだけれど、考え始めるとサーバルちゃんがトコトコと隣にやってきて何とはなしにボクの様子を見つめてくることが度々ある。

 別に見ていて楽しいものじゃないしよく飽きないなぁとボクなんかは思ってしまうのだけど。

「……」

 と、今はそんなことを考えている場合じゃなかった。

 ボクはさっきよぎった建物に関する嫌な考えに囚われすぎないようにして気を引き締める。

「……さて」

 何もなければいい。

 それが一番だ。

 でも、そんな都合のいい展開なんて有り得ないことはわかってる。

 だから常に警戒を怠るな。

 どんな状況の変化にも対応しろ。

 一番起こって欲しくない事態を想定しておくんだ。

 いざという時のために。

「……これで取り越し苦労だったら笑えるけどね」

「こっち。こっちだよ」

 急かすようなラッキーさんの声を受けながら、ボク達は建物に足を踏み入れる。置き去りにされた、最果ての腕に絡め取られるみたいにして。

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遺棄胎(いきたい) バークシー @09sea

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