第4話 彼女の弾けるような笑顔を俺は一生忘れないだろう

社畜にとって『休みなんて幻』だと、この歳で痛感させられることになるとは思ってもみなかった。

デートの次の日の絶対の休みであるはずの日曜日、昨日の疲れを癒すために俺は長い夢の世界へと旅立っていた。

そんな俺を現実へと引き戻したのは一本の電話であった。




―――プルルルルルッ


予期せぬ着信にすぐに目を覚ます。

寝ぼけ眼を擦りながら、画面の表示を確認せず電話に出る。


「ふぁい???」


「先輩ですか?おはようございます」


「・・・・・・・」


声の主に心当たりはあったが、脳がうまく働いてないため勘違いの線を疑う俺。

画面の表示を確認し、『霜乃あかり』であることを理解した頃には頭も冴えてくる。


「えっ、なんで?どうした??」


頭は冴えても解決しようのない疑問が次々へと湧いてくる。


「今日先輩の家に行ってもいいですか?」


「はあーー??」






二日連続で同じ所に待たされるとは思わなかった。

それも同じ人物に。

しばらくすると、手を振りながら近づいてくる後輩を視界に捉える。


「お待たせしました!」


「俺も今来たところ」


「・・・・・キモイです」


「おい!!」


要望に応えてやった結果がこの仕打ちか!




「先輩の家はここから近いんですか?」


「徒歩15分ってところかな」


「まあまあですね」


「まあまあだな。・・・・・ところで」


「はい?」


「何故今日も俺は腕を拘束されているのだろうか」


「いいじゃないですか」


「いいのか?」


「はい」


腑に落ちないが、これ以上追及するのはやめておこう。

この思わせぶりな行動で、一体どれだけの男を翻弄してきたのだろう。





なんだかんだ、すぐ俺の家へと到着した。


「これが先輩の家ですか!」


「一般的な一軒家だけどな」


玄関のドアを開けると待ち構えていたのはニコニコした母親だった。


「うわー・・・・・」


俺は心の声を漏らす以外に行動できなかった。


「おかえり。そしていらっしゃい」


「お邪魔します」


「ふーん・・・・・」


「なんだよ?」


「後で飲み物持っていくわ」


「お、おう?」


できたら大人しくしていてほしいものだ。

母親ってものはなんでこんなに勘が働くのだろうな。


「どうぞ」


「失礼します」


俺の部屋の感想は『殺風景』だった。




「それで今日は何の用だったんだ?」


「そうです!昨日のデートの点数が出たので、伝えておこうと思いまして」


「あー・・・・・」


そんなこともあったな。

すっかり忘れてたわ。


「・・・・・先輩、忘れてましたね?」


「ばっちり覚えてたよ!!もう昨日からそのことで頭いっぱいだった!!」


「どうしてそうわかりやすい嘘つくんですか!?」


昨日のことで頭がいっぱいだったのは事実なことは黙っておこう。




「その話、私も入れてくれない?」


廊下で聞き耳を立てていたであろう母親がここで乱入する。


「・・・どっから聞いてた?」


「んー??デートした辺りかしら?」


ほぼ全部じゃねーか。


「あなた名前はなんていうのかしら?」


「霜乃あかりといいます」


「あかりちゃんね!息子とデートしてくれてありがとう」


「いえいえ、私も楽しかったです、お母さま」


照れながら謙遜をする後輩は、外面は完璧だった。


「それで息子とは付き合っているのかしら?」


「あの――――」


「もういいだろ!」


後輩は何かを返そうとしていたが、俺が言葉を遮った。


「あらあら・・・・。私は出かけてくるから、ゆっくりどうぞ」


「はい、ありがとうございます」


嵐のような人物は立ち去り、静けさがやってくる。




「すごいですね・・・」


「悪かったな」


「いえ、楽しかったですよ?」


実際嫌そうな顔は一切していなかった気がした。









「お待ちかねの点数発表です!!!」


「わー・・・・」


誰も待ってないから、なしの方向になったりしないかな。

・・・・・・ならないよねー。

現実逃避のために頭の中で自問自答を繰り返す。


「合計は・・・・・ででんっ!!40点です」


「・・・・・一応確認しとくけど、50点満点?」


「なんで都合良く満点を下げてるんですか!?もちろん100点満点ですよ」


ですよねー。


「参考までに内訳を聞いてもいいか?」


「ちゃんと遅刻せずに待っていたので、プラス10点。デートプランもなく私に丸投げしたので、マイナス20点です」


「・・・・・」


出だしマイナスだったのに、よく点数を持ち直したなと自分を褒めてやりたい気分になった。


「一緒に楽しんでくれたので、プラス20点です。私の我儘にも付き合ってくれたので、プラス30点です」


「ほー・・・・」


「どうかしました?」


「いや、意外と採点が甘いことに俺は少し驚いてるよ」


少し俯きながら、「私の独断なので」と。




「そして―――――『他の人の方が良かった』の発言で、マイナス50点です!」


一番目を輝かせながら言い放つ。


「そこだけ配点おかしくね!?」


「私はとっても傷つきました!」


「あれは言葉の綾で・・・・」


「へー・・・・」


「あれは悪かったよ。結果的にすごい楽しかった」


「・・・・・まあ、そういうことならマイナス40点にまけてあげます」


それでも40点は引くんだな・・・・。



「ん?待てよ・・・・。それだと俺の点数なくなってね?」


「はい。なので・・・・」


「???」


「遊園地で私のことを助けてくれたので、50点あげます」


照れ臭そうな笑顔は俺の鼓動を早める。


「それでも、合計50点なんで不合格です!!」


「まあ、妥協点だろ。正直10点ないかと思ってたからな」


「どんだけ自信なかったんですか!?」


「いや、びっくりするぐらい全く!!」


「威張ることじゃないですよ・・・」


おっしゃる通りです。



「それを踏まえた上で作戦でも立てるか・・・」


母親が持ってきたジュースを飲みながら思考を組み立てる。


「その件なんですが・・・・・」


「ん?どうした?」


「やっぱりなしでお願いします」


「へ?」


突然のことで、一体どういうことなのか理解できなかった。


「俺じゃダメだったってことか?」


「ち、違います。先輩は意外とちゃんとしてくれてて、素直に驚いています」


「なら―――」


「えーと・・・・、何と言いますか・・・・」


いつもはあんなにはっきりしているのに、今日はどこか歯切れが悪い。



「別に好きな人ができたというか・・・・・気になる人ができたというか・・・・・・・」


「あー・・・そういう・・・・・・・」


安心と不安が同時に来るような、そんなよくわからない感情が俺の心を掻き乱す。


「今度はどこの誰に惚れたんだ??ここまできたし、そっちを手伝ってやるよ」


手伝いがなければ、俺達は『ただの他人』。

そんな考えだけが俺を蝕んでいき、思考を埋め尽くす。


「いえ、今回は大丈夫です・・・・」


後輩の顔を見れば、どのような意図で答えたのかわかるだろうが、今の俺には後輩を見ることはできなかった。


「はは・・・・・そうか・・・・・・・・」


振り絞って出た言葉はこれが精一杯だった。


「はい・・・・・。って先輩なんて顔してるんですか!?」


「えっ、いや・・・・なんでもない」


自分でも見苦しいぐらい、なんでもないなんて言えない顔をしていた。

こんなに取り乱すことに自分でも少し驚いて少し冷静さを取り戻していった。





「大丈夫ですか!?」


「ああ・・・・・」


「先輩?」


生返事を繰り出しながら、思考を廻らす。

何かをする前にすべて諦めて、黙って押し殺そうなんて俺らしくなかった。

そんなことをしているからこんなに気分が悪くなったのだろう。

我慢なんてらしくない。無理を承知で貫くのが俺だ。

駄目なことなんてこの世の中たくさんあるだろうが、やらないと絶対に不可能だ。





「・・・・・・最初に謝っておくが、約束守れなくて悪いな」


「何のことですか?」


発した言葉通り、疑問符が頭の上に見えそうな顔をしていた。

今はわからなくていいよ。

すぐ答えはわかるから。



「次の土曜日も俺とデートしよう」


「いや、あの・・・・・この件はなしにと――――」


「今度はさ、予行とかじゃなくて普通のデート」


「えっ・・・えっ!!??」


異常な顔の温度上昇を感じたが、最後まで言い切る。

後輩はまだ混乱しているようだ。


「それって・・・・・告白ですか?」


「まあ、そういうことになるな・・・」


「そうですか・・・・・」


彼女とは二度目の気まずい雰囲気。

俺の目を真っ直ぐ見つめた後、目を伏せてじっとしている。




「先輩は私のことが好きなんですか?」


「まあな」


「どこが好きなんですか?」


「どこだろうな。色々あるだろうが、一番は一緒に居て楽しいところかな」


「なんですかそれ・・・・」


「上手く説明できないんだよ。悪いな・・・」


「先輩はずるいです・・・・」


「何を―――!?」


顔を上げた彼女の目には涙が溜まっていた。


「私先輩に嫌われてるかと思ってました・・・・・」


「あー・・・・最初は少しうざかったかもな」


「ひどいですね・・・・」


「正直なんだよ。勘弁してくれ」


「昨日・・・・・昨日は先輩も楽しんでくれてるようで、私嬉しくて・・・・嬉しくて・・・・・」


「楽しかったよ。素直に行ってよかった」


「腕も・・・・嫌そうで・・・・・・」


「嫌というより恥ずかしかったんだよ。したことないから慣れないというかなんというか・・・・・・」


今は誤魔化すことはやめて、すべて正直に吐き出す時だと理解していた。





「もう一度お願いします・・・・・」


「ん?」


「もう一度告白が聞きたいです・・・・・・」


「ああ・・・・・」


「・・・・・・・・」


「・・・・・・・・」


一息ついてから、俺は改めて『霜乃あかり』に告白する。


「俺と付き合ってくれ」


「・・・・・しょうがないですね。いいですよ、付き合ってあげます」


その時見せてくれた、彼女の弾けるような笑顔を俺は一生忘れないだろう。






「あーあ、約束守れなかったですね」


「それは謝っただろ」


落ち着いた彼女はいつもの調子を取り戻し、からかってきた。


「いつから好きだったんですか?」


「さあな」


「あー!!そこ誤魔化すんですか!?」


「いいだろ・・・・。それよりよかったのか?」


「何がです?」


「好きな人ができたとかなんとか・・・・・」


「・・・・・・・先輩ってホント鈍い系男子なんですね」


「意外と鋭いと自分では思ってるぞ?」


「その認識は今日からやめた方がいいです」


「そうかー・・・・?」


「何せ私が気になっているのは『結城くろ』なんですから」


これは本当に鋭いは返上した方がよさそうだ。



「これは予想外だったわ」


「意外と先輩マヌケですね」


勝ち誇ったような顔をしている彼女を負かす言葉を俺は持ち合わせていない。


「罰としてこれから私のことは『あかり』って呼んでください」


「いきなりハードル高いな・・・」


「前は呼んでくれたじゃないですか?」


「仰せのままに・・・・」


「よろしくです、先輩」


「あかりは『先輩』のままなんだな」


「私は罰を受けるようなことしてないので。気が向いた時に呼んであげますよ」


俺の後輩は彼女にランクアップしてもあざとかった。





「来週のデート、昨日の遊園地に行きたいです」


「また?別に他の所でもいいんだぞ?」


女の子は色んな所に行きたがるものだと思っていたので、後輩の提案は俺にとっては予想外だった。


「いえ、あの遊園地がいいんです」


「まあ、俺は構わないが・・・」





「今度は先輩と恋人同士で行きたいんです」


― END ―

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好縁相愛-こうえんそうあい- じゃー @zyasyakku

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