第3話 偽物
休日土曜日の昼、俺は今駅前で後輩の到着を待っている。
どうしてこうなったんだっけな?
理由は明確にして、一つ。
「私が先輩に女の子のエスコートの仕方を教えます。それで相手の子を引き付けて私がその間に光輝先輩を落とします。
いいですね?」
「ちょっと待て。それがなんでお前とデートすることになるんだよ」
理解はしたが、納得はしてないぞ。
「こういうのは実践あるのみなんですよ。すべては経験がものを言うんです。
知識なんて所詮知識でしかないんですよ。わかります?知識だけがあっても意味がないんです!!
その上、先輩は知識もないんですよ!?即席でも身につけるには実践しかないですよ!」
「は、はあ・・・・」
このセリフにどれだけ俺を傷つけるセリフが入っているのかお前にはわかるまい・・・・。
「はあー・・・・」
ホント、こういう時溜息が捗ってしょうがない。
休日出勤ってどこの社畜だよ。
待ち合わせ10分前から待ってる俺もどうなんだ?
携帯で時間を潰しながらしばらく待っていると小走りで駆け寄ってくる後輩の姿を視認する。
「お待たせしました!」
俺は時間を確認した後、「11時まで2分あるから遅刻じゃねーよ」と一言。
「そこは『今来たところ』とかじゃないんですか?」
「・・・・俺がそんなことを言ってるところを想像してみろ?」
「・・・・・・・・キモイですね」
「・・・・・・・」
なんて目をしやがる。
この世の生命体を見る目とは思えないほど、見下した目をしやがった。
俺が振ったけど、そこまでの反応は期待してねーよ。オーバーキルだわ。
「ところで先輩は実際どれぐらいから待っていたんですか?」
「んー、10分前ってところかな?」
「10分ですか・・・・」
少し驚いた表情をしたが、すぐにニヤリと表情を変えた。
「そんなに楽しみだったんですか?どうなんですか??」
「普通に待たせたら悪いかなと思っただけだよ」
「ふむ、それに関してはいい判断です」
どこか満足気だった。
「今日はどこ行くんだ?」
「最初から丸投げなんですか?減点です」
「減点!?えっ、点数つけられてるのか?」
「はい。得点がなくならないように気を付けてください」
「・・・・・もし、なくなったら?」
「ご想像にお任せします」
眩しい笑顔とは打って変わって、グロテスクな想像しかできないんですけどー??
「でも、今日のところは普段の先輩のままでいいですよ。現時点でどの程度なのか知っておきたいので」
「お、おう・・・」
なくなる予感しかないんだが。
「しかも、『今日のところは』ってことは次があるのか?」
「合格点に達するまでです」
「まじか・・・・」
俺の休日はいつ帰ってくるんだろうか・・・。
社畜って・・・・・・辛すぎるな。
「嫌なんですか?」
表情に出ていたようで、ご不満なご様子だった。
「正直に言っていいなら・・・」
「こんな可愛い私とデートできるんですよ?光栄に思ってください。
先輩の人生ではありえないことなんですよ。貴重ですよ!!」
「・・・・・ありがたき幸せなりー」
なんで俺の人生そんなに低く見積もられてるの?
「予行演習というわけで、今日は遊園地に行きましょう!!」
「おー・・・・・」
傍らと違い、俺のテンションはどこかに忘れてきたようだ。
「もっとやる気を出してください」
「やる気を全部持っていってるのはお前だよ」
「前向きに考えましょう。将来先輩に奇跡的に彼女ができた場合のスキルアップですよ」
「はは・・・・・」
渇き笑いをするので、精一杯だった。
「最初の猫被っている時はどこにいったんだろうな・・・」
不思議だな。知り合ってからそんなに時間経ってないのに、懐かしく感じる。
「疲れるので、先輩の前でぐらい被りたくないです」
「解除しすぎだろ!帳尻合わせのように俺を罵倒するなよ」
「先輩はMなのかと思ってました」
「お前のおかげで、Mじゃないことだけは確認できたよ」
「それはよかったですね」
「・・・・・・・・」
バスで30分ほどの所に遊園地が存在していた。
この街に住み始めて、もう大方17年が経とうとしていたが、初めてここに来た。
もしかしたら、記憶がないだけで来たことはあるのかもしれない。
少なくとも、ここ10年以内には来ていないだろう。
「意外と立派なんだな」
「来たことないんですか!?」
「まあな」
「私が初めてでよかったですね」
「せっかくなら他の奴と来たかったけどな」
「・・・・・・・減点」
「いやー、お前と来れてよかったわ」
「それでいいんです」
「はあー・・・・」
「行きますよ!」
「はいはい・・・・・」
先に行ったかと思うと振り返り、「帰る時には先輩の本心からそう思わせて見せます」と悪戯に笑った。
そういうところは見習わなければならないのかもしれない。
入口にあった地図と案内を見ながら、どういうものがあるのか確認する。
「おお!ほーー・・・・」
わくわくしながら見ていると、こちらを見て笑っている彼女に気が付く。
「どうした?」
「いえ、楽しんでいるようなので」
「新鮮でな。どれが面白いんだ?」
「おすすめはいっぱいあるんですが、この『キャットジェット』ってのが私のおすすめです」
「じゃあ、それから行くか!」
「はい」
俺は自然と採点のことやこれが予行演習ということを忘れて、普通に楽しんでいた。
何に乗っても新鮮で、そして後輩が詳しいので色々と案内してくれた。
「色々乗りましたね」
「おう。いやー、遊園地がこんなに楽しいところだとは思わなかった」
「ふふっ」
いつものからかうような笑顔ではなく、とても自然な笑顔を俺へと向けられる。
こういう表情は心惹かれるほど美しい。
絵になるとはこのことである。
光輝とはとてもお似合いで、どこからも文句がつけようがない。
そんなことを考えていると、何故か俺のテンションを急激に落ち着いていった。
「どうしました?乗り物にでも酔いました?」
表情の変化に彼女は敏感で、すぐに俺の違和感へと気づく。
「いや、何でもない。飲み物でも買ってくるからそこのベンチで待っててくれ」
「はい。???」
少し後ろめたい気分になり、その場から逃げるように彼女から離れた。
売店を探し、甘そうで女の子が好きそうな飲み物とカフェオレを注文する。
「350円のお釣りね」
「どうも」
一人になったことにより、頭を冷やす。
元々、告白を手伝うって理由で彼女とは一緒にいるんだ。
彼女とのこんな関係はそんなに長くは続かない・・・・・・・。
少し遅くなったので、彼女を待たせているベンチへと足を急ぐ。
「・・・・・・てください!」
「・・・い・・・じゃ・ん」
「・・・・ちょ・・つ・・よ」
俺の視界が捉えたのは嫌がる彼女に迫る二人組の男だった。
「ッ!!!」
俺の失態だった。
彼女を一人にしたらナンパされるなんてわかりきっていただろう。
だから俺は駄目なのだろう。
「あかりお持たせ。次行こうぜ」
「あ!先輩!!」
「なんだこいつ?こんな奴より俺達と遊ぼうぜ」
「そうそう。俺達との方が楽しいぜ?」
冷静に対処できるのが俺の美徳だと自負していたが、今回は何故かとてもイラついていた。
「俺の女に手を出すなよ!引っ込んでろ」
「えっ・・・・」
「ちっ・・・・、行こうぜ」
「あいつヤバいって」
思ったよりすごい剣幕になっていたようで、二人組は大人しく去っていった。
「はあー・・・・・」
なんであんなに取り乱していたんだろうな。
「大丈夫か?」
「えっ!?あ、はい!」
「ん?」
目を丸くしたまま固まっていたので、俺は不思議に思った。
「えーと、あの・・・・・」
「どうした?らしくないぞ」
「らしくないのは先輩です!『俺の女』とか『あかり』とか・・・」
「ああー・・・。悪かったな。あの時は咄嗟にな・・・・」
「いえいえ・・・・・。先輩のおかげで助かりました」
下を向いてしまって表情が読み取れない。
怒っているのだろうか、怖がっているのだろうか。
「意外と・・・・・・格好良かったですよ」
「お、おう・・・・・」
彼女とは初めて少し気まずい空気を味わった。
「そういえば・・・・」
そう言いながら手に持っている飲み物を差し出す。
「どうも・・・・」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
誤魔化そうとしたが、気まずい空気は払拭できなかった。
「あ!!これ私が一番好きなやつです」
「女子が好きそうな甘いやつだからな」
「甘いのは最近では意外と男子も好きな人多いですよ」
「俺は苦手だな・・・」
「意外ですね!?」
「・・・・よく言われる」
会話が弾むことによって、空気はいつも通りへと戻っていった。
一通り乗り物に乗ったあたりで次は何に乗ろうか考えていると、突然俺の腕へ掴まりどこかへ向かう。
「お、おい!?どうした?」
「先輩、最後に乗りたいので付いてきてください」
「はいよ」
為されるがままに俺は後輩に連れていかれる。
少し後輩の顔が赤かったのは気のせいだろうか。
「ここです」
連れていかれたのは観覧車だった。
「恋人同士で最後に乗ると言えば『観覧車』です!さあ、早く行きましょう!!」
「でも、俺達―――」
「予行って言いましたよね?」
まあ、観覧車に乗るぐらい別に構わないんだが。
「乗るか!!」
「はい!」
時間も時間ということで、少し並んでいた。
「皆考えることは同じということです」
「だな・・・・・。ところで・・・」
「はい??」
「腕の拘束はいつ外してくれるんだ?」
「帰るまでです」
「・・・・・・・」
ホントあざとい。近い近い。
「お待たせしました!カップルシートと通常シートがありますが、どちらにいたしますか?」
カップルシートってあの真っ赤なハート型のあれか?
絶対嫌なんだけど。
「通――――」
「カップルシートで」
「かしこまりました」
俺に選択権なんてありませんでした。
「あのなぁ・・・・・」
「どうかしました?」
可愛く首を傾げるが、それでは誤魔化せない違和感がある。
「普通はさ、向かい合わせで乗るもんじゃねえのか?」
「カップルはこう乗る方が多いですよ」
狭い席に隣同士で座り込んでいる。
「それに・・・・・」
「それに?」
「そっちに座ったら腕を離さないといけないじゃないですか!」
「離せば?」
「ひどいです。早く離れてほしいんですか!?」
「そういう意味ではないが・・・・」
普通に恥ずかしいんだよなー。
「離しませんよ。先輩が少し照れくさそうにしてるの面白いので」
「・・・・ですよねー」
からかいの範疇なんだな。
免疫ない奴には効果は抜群だよ。
この体勢にも慣れてきた頃、そろそろ帰ることになった。
「先輩は楽しかったですか?」
「宣言通り、心から楽しいと思ってるよ。流石だな」
「当然です!」
見なくてもわかるドヤ顔。
「くっくっ・・・」
「なんで笑うんですか!?」
認めてしまおう。
俺はどうやら、この後輩『霜乃あかり』に惚れてしまったらしい。
普段なら嫌がることもあまり苦に感じないのはそのせいであろう。
それどころか、今がとても楽しくて心が躍るようだ。
―――――例えそれが、『偽物』の関係であったとしても。
「なんか先輩、えらく上機嫌ですね?そんなに私とのデート楽しかったですか」
「まあな。また行きたいほどにな」
「そ、そうですか・・・・??」
素直に答えるのは、認めてしまったら簡単なことだった。
でも彼女には疑問しか湧いてこないようだった。
「また月曜日からお願いしますね」
「おうよ」
現実はいつだって厳しくて、残酷である。
シンデレラの魔法なんてあっという間に溶けてしまうのだ。
「気を付けて帰れよ」
駅へと歩いていく後輩の後姿を見送りながら、柄にもなく手を振る。
腕に残る後輩の体温が一層俺を寂しく感じさせた。
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