記憶の欠けたチャーリー・ブラウン

@keisei1

第1話 新緑の映える午後。

 2017年。3月18日、都内某所。新緑に映える陽射しが美しい季節に、彼、「BOYS MIND IN THE SYMPHONY」の元ヴォーカリスト、米柄よねがら遼司りょうじは、紺のスーツに赤ネクタイという、40代を迎えて以降、彼お馴染みのファッションで現れた。


 彼の風貌は相変わらず、繊細で内向的な青年をイメージさせたし、同時に円熟味を増したアーティストとしての貫禄をもあわせ持っていた。米柄は私、90年代前期に結成され、21世紀の到来とともに解散したバンド、この「BOYS MIND IN THE SYMPHONY」の伝記を書かせてもらう「私」、を見ると一言添えて、親しげに手を差し出す。


「今日は模型を作るのに忙しくてね。少し遅れてしまった。すまない」


 この男、類まれなセンスと価値観で一つのバンドを完結させた米柄は、おごることはなく、かといって成功者にありがちな、閉鎖性さえ漂わせることなく、新しい仕事のパートナーとして、私を歓待してくれた。私はまずこの米柄の懐、人格に飛び込むために早速一つの質問をしてみた。


 それは、この伝記の企画が立ち上がることになった、直接のきっかけについてだ。


 そう。それは「死」。「BOYS MIND IN THE SYMPHONY」時代の盟友、解散後は、つかず離れずのよきライバルとして、ともに音楽シーンを歩んできた、ドラマーの飯塚いいづか大宗たいそうの死についてだ。米柄は深く沈黙を保つことを美徳とするところがあったが、この際、大宗の死について語るのに躊躇いはない様子だった。


「早いよね。まだ48才。多分やり残した仕事も、彼の手によって成し遂げられるべき仕事も多かっただろうと思う。ドラッグや同性愛というトランスボーダーなところにも手をつけて、まさに『疾駆』という人生だった」


 そう口にする米柄は、自身とはある種、対極の人生を歩んだ大宗を懐かしむようでもある。米柄は電気煙草を懐にしまうと、目の前の手つかずの仕事。「伝記」の口述筆記へとすぐに関心を向けていく。


「じゃあまずは1stアルバムの『BOYS MIND IN THE SYMPHONY』の作品を辿りながら、口述筆記。始めていこうか。前フリは短い方がいい」


 電気煙草の匂いはほとんどなく、無味乾燥な「たしなみ」としての趣を漂わせ、煙草は米柄のポケットに収まっている。そうして私は、極わずか、三か月ばかりの短い執筆期間の間、米柄領司と時間をともにすることになった。

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