アンドロイド
母は、家族の誰より早く起きて、朝食の準備をする。
次に父が目覚め、食卓に朝食が並ぶまでの間、新聞に目を通す。
あたしは、アラームが鳴って起床時間を知らせても、布団の中で充電が満タンになっていることを確認するくらいで、2度寝という怠惰な世界に突入する。
これは、決定事項である。
朝食の準備ができると、母があたしの部屋を訪れていつものセリフを言う。
「あんたいつまで寝てるの起きなさい! 遅刻するわよ!」
すでに目は覚めているが、眠そうにいつものセリフを言う。
「うーん、あと5分」
あたしがそう言っても、母は5分待ったためしはない。強引に布団を引きはがされて、あたしは胎児のように丸くなる。
1度だけ、ふざけながら起こされたことがあったっけ。
「はーやく起きないとー……、くーすぐり地獄の刑だー! コチョコチョー!」
いま思えば、どうしてあんな態度をとってしまったのか。
「ちょっと、やめてよ! 朝っぱらからくだらないことしないで!」
あたしはひどい言葉で怒鳴った。
我ながら子供だったと反省している。寝起きだったし、たまたま本当に体調が悪かったこともあって、あたしは最低の行動をとってしまった。
その時の母は、驚いて口を開け、困ったように眉間にシワを寄せて、悲しそうに下がった眉。涙こそ見えなかったものの、あたしはもう二度と母にこんな表情はさせまいと誓った。
だけど、それ以降母が朝からふざけることはなかった。失敗から学ぶことで科学は進歩してきた。
母は学習してしまったのだ。だから365年間、夏も、冬も、毎日同じように布団を引きはがして、ムスッとした顔でお決まりのセリフを言う。
「いいかげん子供じゃないんだから、自分で起きなさいよ」
いつも変わらぬ朝の日常。どこにでもあるような、多くの人類が体験したであろう、ひとつの幸せのかたち。
不満はない。母がそうするのは、あたしへの愛だから。朝から喧嘩する必要はない。
「はあい」
あたしは不満そうに返事をする。これも、決定事項である。
起きない。という選択肢はない。
感情のない人形のほうが、どれだけラクだったか。
この展示室は、地球に住んでいた人間の、日常を再現したプログラム。
制作者は、どういうわけか、あたしたちに感情を組み込んだ。
規定の進行を妨げない限り、どんな思考も自由だ。
そんなある日の朝、いつものように母があたしを起こしに来た。
「あんたいつまで寝てるの起きなさい! 遅刻するわよ!」
「うーん、あと5分」
「はーやく起きないとー……、くーすぐり地獄の刑だー! コチョコチョー!」
嘘でしょ?
あたしは、驚きのあまり数秒間フリーズした。
でもそこは最新のアンドロイドであるあたしは、瞬時に再起動してリアクションする。
「アハハハハ! わかった、わかったから起きるからやめてー」
「いいかげん子供じゃないんだから、自分で起きなさいよ」
母は笑顔で言った。
「はあい」
あたしはやっとの思いで不満そうに返事をするけれど、頬笑みをこらえられない。
些細なことだけど、プログラム通りの日々で、この違いは大きい。
ほんの小さなきっかけで、世界が輝いて見える。
怒りで返すより、笑いで返すほうが、よっぽどいい。
単純だけど、制作者が感情を与えてくれたことに感謝した。
感情のない人形じゃなくて良かった。
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