職人だった男の記憶

俺は武器職人だ。


東ナルグス大陸で、誰よりも優れた武器職人だと自負している。


俺の作った武器のせいで、たくさんの死人が出ている。なんて非難するヤツもいるが、俺に言わせれば、それは武器が原因なんじゃなくて、使うヤツに問題があるんだ。


そもそも俺の武器は弱者を守る為に作っている。


コゲつかないフライパンを作って主婦たちからキャーキャー言われてるヤツもいるが、フライパンだって使いようによっちゃ立派な凶器になりうるじゃないか。


しかも、身近にあって誰にでも使える。包丁だってそうだ。


便利な台所用品を作るイケメン職人のアイツは正義で、見ると子供が泣き出す武器職人の俺は悪か?


上等だ。そんな浅はかなヤツらは、こっちから願い下げだ。


女、子供は大嫌いだ。


ウルサイし、すぐ泣く。


俺は一人で生きていけるし、何の不自由もない。


武器を作るのは楽しい。


素材と対話しながら最適な温度に炉を保ち、俺が正しく打てばキッチリ返してくれる。そこには裏切りは無く、ひたむきに向き合った分だけの結果がある。


やりがいもあるし、隣国と戦争中の今は需要がある。供給が追い付かないほどに。



納品予定の武器を打ち終えて、作業場を出るとすっかり陽が暮れていた。


満天の空の下、夜風が気持ちよかった。


夜は好きだ。静かだし、昼間の噂好きの女どももいない。


俺が上機嫌で町の入り口に差し掛かると、フードを深くかぶった女と五、六歳くらいの小さな男の子が人目を忍ぶように歩いているのを発見した。


まるで、どっかから逃げ出してきたみたいだった。薄汚れていて、裸足だった。


俺が助けると思うか?


そんなわけないだろう。俺は見てみぬふりをして家路を急いだ。


街の見張りをしているギルティとイノセントに言わなかったのは、せめてもの優しさだ。面倒ごとに関わりたくなかったってのも否定できないけどな。


ようやく我が家に着いて、お気に入りのロッキングチェアに身体を預けた。自慢じゃあないが俺の作った最高の椅子だ。


酒でノドを潤す。疲れた身体にアルコールが駆け巡っていく。


もうひとふんばりと夕食の準備に取りかかる。


昼のうちに買い込んでおいたカンパーニュと、残り物の野菜を煮詰めたスープ。


凝った料理はできないが、腹を満たせればそれでいい。


コンコンコン


家の扉を叩く音がした。いやな予感がする。


トントントン


静まりきった室内に乾いた音が再度響く。


部屋の明かりとスープの匂いが洩れていないわけがない、性格上いないフリはできない。なぜなら嘘をつくことになる。


「どちらさん?」


俺は扉の向こうに問いかけた。開けたらダメだ。面倒に巻き込まれるかもしれない。


「すみません。行くあてがないんです。一晩だけ、弟だけでもいいので、泊めていただけませんか」


案の定、女の声がした。町の入り口で見かけた女だろう。


「悪いが面倒はゴメンだ。他を当たってくれ」


冷たいかもしれないが、お互いの為だ。他の家に行った方が良い。俺は女子供は嫌いだし、町の奥に行けば教会もある。


そうさ、教会なら迷える子羊を受け入れてくれるさ。


「お願いします、ご迷惑はおかけしません。朝になったらすぐに出ていきますから」


「うちはダメだと言ってるだろう! 町の奥に行けば教会がある。そこまで行けば……おいヒドいな、どうしたその顔は」


俺は扉を開けて怒鳴り、教会までの道のりを伝えようとして驚いた。女の顔は酷く腫れ上がり、まるでバケモノだった。


「おね・・・えちゃ・・・」


隣にいた少年が限界を告げて崩れ落ちた。少年の方はきれいな顔立ちをしていたが、顔色は土気色だった。


倒れる少年を思わず助け起こすと少年に高熱があることがわかった


「ひどい熱だ。良く見りゃあんたも血が出てるじゃないか」


「すみません、町の方を驚かせてしまったみたいで・・・」


本当にひどい有り様だった。血はまだ新しく、ついさっき傷付いたばかりのようだ。夜更けにバケモノみたいな風貌を見て、何か投げつけられたのかもしれない。


「…勝手にしろ」


俺は見捨てることもできず、どうしたらいいかわからず言った。


「じゃあ…」


女が期待に満ちた目を向ける。半分以上塞がっていたが、綺麗な瞳をしていた。


「いいか、俺は何も見なかった。仕事で疲れて帰ってきて鍵をかけ忘れた。夕飯を食って寝ていた所に、お前さんが忍び込んで勝手に上がり込んだんだ。俺が寝ている事を良いことに、あまった夕飯を盗んで食べたんだ。俺は何も知らない。いいな」


俺は何をやっているんだ!


自分に腹が立ちながら革張りのカウチに少年を寝かせると奥の部屋に引っ込んだ。


「ありがとうございます、ありがとうございます」


女の目には涙が光っていた。女はすぐ泣く。


「ありがとうございます、本当にありがとうございます。何てお礼を言ったらいいか」


扉の向こうから何度も感謝の言葉が聞こえたが、俺は聞こえないフリをして、ベッドに横になった。


「夕食を食べ損ねたな」


俺はつぶやきながら、疲れが睡魔と結託して襲ってくるのに身を任せた。




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