第11話
「ふぅ……。取り合えずこれでいいか」
マリアへの返信を必死に考え、何とか詳しくは明日説明するとだけメールを送信した。
結婚の事については敢えて触れなかった。
今その報告をしようものなら、マリアの事だからすぐにこちらへ駆けつけてくるだろう。
それは容易に想像出来たので明日説明する事にした。
これはもう誤魔化せるレベルの話ではないし、これは正式な婚姻なのだから正直に話すべきだ。
別にマリアとは婚約しているけでもないし、結婚についての具体的な話をした事もなかった。
それは凪斗が意図的にそういう方面の話題になるのを避けてきたからなのだが。
それは分かっているのだが、どうにも憂鬱な気分になるのは否めない。
ベッドに仰向けで片手で顔を覆い、凪斗はため息を吐いた。
その時だった。
奥のバスルームからドアの開く音が響いたのは。
「っ!」
思わず反射的に身体を起こしたが、すぐに緊張は緩んだ。
「あ~、そうだった。今日から一人じゃなかったんだった」
そうだ。
今日から一人暮らしではなく、同居人…つまり妻と暮らすのだ。
だから部屋に自分以外の気配がある事にも慣れなくてはならない。
自然と入った肩の力を抜こうとした凪斗の身体は、黙って入って来た柚希羽の姿を捉えた瞬間再びガチガチになる。
「なっ……そうだった。先に風呂使わせたんだっけ………」
ふんわりと漂うシャンプーの香り。
それは普段自分が使っているものと同様のものなのだが、それが彼女から香ると全く違うもののように感じる。
「どうかしたの?」
大きく襟ぐりの開いたパーカーからは甘いボディソープの香りが立ち上る。
彼女は可愛らしく首を傾げ、少し濡れた髪を気にしながら更にこちらへ近づいてくる。
それを見ているだけで何故か頭がクラクラした。
「いいいいいい…いやうんあれだ、オレも風呂行ってくるわ。先に寝ててもいいから」
「うん。わかった。おやすみなさい」
誰が見てもぎこちない所作で凪斗は手早く着替えを掴むと、出来るだけ柚希羽の方を見ないようにしてバスルームへ素早く移動した。
「ふぅ。あぶねー。っても、別にいいんだけどな。ふ…夫婦なんだし」
何となく感じた心のざわつきを何とかやり過ごし、凪斗は冷たいシャワーを浴びた。
「いやいやいや、ダメだ。今は違う。うん……」
凪斗は必死に脳裏に焼き付いた柚希羽の姿を消した。
その時、また左目がじくじくと疼いた。
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