第8話

「あら。おはよう。凪斗。柚希羽ちゃん、ごめんなさいね。起こしてもらって」

「いえ…」

身支度を整えて居間の方へ柚希羽と一緒にやって来ると、朝食の支度をしている母が声をかけてくる。

父は奥で新聞を読んでいて、その向かいに腰かけていた霧矢が軽くこちらに会釈してきた。

親戚たちはもう既に帰ったようで、廊下には昨日の宴会の名残ともいえる空き瓶やゴミが纏めてあった。

「はい。どうぞ。柚希羽ちゃん、貴方が起きるまで朝ごはん待っていたのよ。感謝なさい」

「………別に先に食っててもいいの……いでっ!」

「バカ言ってんじゃないの」

「はあ。あれ姉貴は?」

「仕事よ。朝一番で撮影があるっていうんで、五時には家を出たわ」

「はぇぇぇ…」

凪斗は茶碗を受け取り一つを柚希羽に渡す。母の朝食は純和食といった基本的な献立で、ご飯に卵焼き、焼き魚とお浸し。それに豆腐と葱の味噌汁がつく。

「あの、朝は和食なんですか?」

「あ~、朝は基本食べないんだ。食べるのは実家帰った時だけ」

そう言って凪斗は美味そうに味噌汁を啜った。

「やっぱりお袋の味噌汁最高っ」

「…………」

柚希羽はじっとお椀を見つめていた。

「どうした?」

「いいえ」

しかし横目で盗み見るように観察すると、やはり柚希羽はとても整った顔立ちをしている事がわかる。そしてとても若そうだ。

「あのさ、柚希羽っていくつになるんだ?」

「十七です」

「……………うっ。やっぱりなぁ」

つまり自分とは十も離れているという事だ。

その時、父がこちらにやって来て昨日の書類を差し出してきた。

「ちゃんと今日提出するんだぞ」

「………わかっているよ」

渋々受け取る。

自分の意思ではなかったが、彼女の「目」を犠牲にしてしまった以上、彼女の面倒を見なくてはならない事はわかっている。

本来ならばこのような形で結婚というのは間違っているはずだ。

だが彼女は未成年でもある。そんな彼女を自分の傍に置くにはどうしてもこの書類は提出しなければならないだろう。

書類を捲ってみると、自分の名前の隣には綺麗な文字が並んでいる。

「用意周到な事…。証人んとこ、俺の幼馴染たちの署名まであるじゃねぇか」

「ふふふ。お姉ちゃんがもらいに行ってくれたのよ」

「こういうところ、本当に親子だなって思うわ」

すると霧矢がこちらにやって来た。

「では私も仕事があるのでこれで失礼するよ。凪斗くん。娘をよろしく頼むよ。まだ未熟とはいえ、こちらも妻として母親ととしての教育はしっかりしてきたつもりだ。生活の面で君に迷惑をかけるような事はないと思う。後は君がこの子を受け入れて、愛してあげて欲しい」

「…はい。努力します」

人間味に欠けた不思議な人物だと思っていたが、こういうところはしっかり娘を送り出す「父親」の顔をしているなと凪斗は思った。

「柚希羽。しっかりやるんだよ。何かあったら連絡をしなさい」

「はい。私は大丈夫です」

霧矢は最後に娘を軽く抱きしめると、駅まで送ると言う父と一緒に七原邸を後にした。


「さて、あんたたちもそろそろ行くんでしょ?」

最後に残った二人を見て、母がそう聞いてきた。

「んー…。そだな。今日には帰るつもりでいたからな。役所にも行かないとならないし、買い物もあるよな…」

「ならお昼にお弁当作ってあげるから、帰りのバスで食べなさい」

「へいへい…」

僅か一日でこうも人生というものは激変するものなのだろうか。

気楽な独身生活は一夜にして幕を下ろしてしまったらしい。

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