第7話
それは深い深い記憶の中に眠る少女のお話。
「また会いに来てくれる?」
格子戸から伸びた手に自らの手を絡める。
絡めた手は小さくて温かい。
「勿論。誰に何を言われても会いに行くよ」
「嬉しい……」
月明りだけが二人の秘密の約束見守っていた。
あの少女は何者だったのだろう。
どうして自分はあの場にいたのだろうか。
全ては分からない。
だって全て「夢」の中の出来事なのだから……。
「約束よ。だから覚えていてね……私の事」
久しぶりに随分長い事見なかった夢を見ていた。
何故かはわからないが、あの夢に出てきた少女が柚希羽の面影と重なったからなのかもしれない。
「寝顔は幼く見えるのね……」
どこからかそんな声がする。
そして額に誰かの手が添えられている。
長い前髪をはらわれる。
「うっ……。頭痛ぇ…」
徐々に意識がはっきりしていく。
呻きながら目を開けると、すぐ横に柚希羽が座ってこちらを見ていた。
彼女の左目は眼帯に覆われていた。
気付けば自分の左目にも同様の眼帯で覆われている。
それを確認した途端、まざまざと昨日の出来事が蘇ってきた。
「そうだっ!昨日、どうなったんだよ。俺の目はっ」
ガバッと起き上がり、柚希羽に詰め寄る。
彼女は少し驚いたように目を大きく見開いている。
よく見ると凪斗が寝かされているのは昨日の「儀式」とやらで敷かれていた布団だ。
そして何時の間に着替えたのか浴衣を着せられていた。
「まだ痛みますか?」
「え…、そういや目は痛まないな。代わりに頭が痛ぇ…」
「良かった。目の方は私の力が馴染めば普通になります。多分夕方くらいになれば安定していると思うので眼帯を外して構いません」
「へぇ、そうなのか…って、違うっ。あんた、一体昨日俺に何をしたんだよ。それにあんたの目も…」
あの時の激痛を思い出すと今でもゾッとする。
「あれは夫婦の契りを交わしたのです」
「ち…契りって」
思わず凪斗の顔が熱くなる。
すると凪斗の様子で何か察したのか、柚希羽がコホンと小さく咳払いをした。
「何を想像したのか知りませんが、昨夜私が貴方と交わしたのは「風水師」の妻としての契りです」
「風水師の妻?」
柚希羽は頷く。
「戸隠の家に生まれた女は代々地脈を目で見る力を授かって生まれます。それは風水師にとって必要な力。ですがこの力はこれまで女にしか現れないものでした。その力を得るにはその女と片方の目を交換しなくてはならないのです」
「なっ…まさか昨日のは」
「そうです。昨夜私と貴方は目を交換して夫婦となりました。その眼帯が取れる時、貴方は地脈に宿る力を捉える事が出来るでしょう」
凪斗は言葉を失った。
あの激痛を伴った儀式にそのような意味があったとは。
「…………」
「どうかされましたか?」
「あんたの目はどうなるんだ?」
凪斗の視線は柚希羽の眼帯に注がれている。
「少しだけ視力が低下するだけです。お気になさらずに」
「気にするよ」
「え…」
凪斗の手が柚希羽の細い手首を掴む。
「そんな自分を切り売りするような形でここに来てあんたは良かったのか?」
柚希羽はそっと目を伏せる。
「別にそうは思ってません。上の姉さまたちもそうして夫婦になっていきましたから」
「…………」
何ともやるせない空気が二人の間に落ちてきた。
「もとに戻せって言っても無理なのか?」
「はい。あるとすればどちちらか片方の番が死ぬ事で、両方の目にその力は移ります」
「だったら俺が死ぬしかあんたに目を返してやる手段はないっていうのか?」
凪斗がぎゅっと布団を掴んだ。するとその手に柚希羽の手が重ねられる。
「これは私が望んだ事なのです。ですからそのような事は決して口にしたりしないで下さい」
「あんたは……」
柚希羽は首を横に振った。
「これからは柚希羽と呼んで下さい」
「……柚希羽」
「はい」
どうも大変な事になってしまったが、こうなってしまった以上、このまま彼女を放り出してはおけない。
凪斗は立ち上がった。
「ちょっと風呂いってさっぱりしてくる。準備が終わったら東京に戻るけど、柚希羽も一緒に来るか?」
「はい。旦那さま」
柚希羽は嬉しそうに頷いた。
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